一体なにを言えばいいんだ。
あずさは澪と帰れって言ってたけど、そもそもあれはどういう意味だったんだ?
文字通りにただ一緒に帰ればいいわけじゃないだろう。
私に澪に告白しろって遠回りに言っていたのか?
だとしたら、私はあずさに、フラれたんだろうか?
あずさの方から告白したくせに・・・・フラれたのか・・・・!?
え・・・それかなりショックなんだけど。
いや、ショックだぞ?シャレにならないくらい。
しかも、帰ってからちゃんと考えろっても言ってた。
なにを考えるんだ?偏見のことか?
・・・・くっそ、私のノータリンな頭ではわけがわからない。
しかも今考えてもショックが増えただけかもしれない。
私の言葉を待つ、澪の視線が痛い。


口数の減少とともに減速していった2人の速度でも
私の家の近くのコンビニ近くまで来てしまった。
どんだけ私は沈黙してたんだ。
そして、澪、お前はどんだけ健気に私の言葉を待ってるつもりだ。

律「み、澪!」

苦し紛れ、そういわれてもしかたがないけど、その言葉を私は言った。

律「コンビニ、寄らないか?」

澪「・・・・いいけど」

律「・・・よし、じゃあパピコ食おうぜ」

澪「パピコ?夏はもう終わったぞ?」

律「いいじゃんいいじゃん、私おごるからさぁ」

澪「・・・・えぇ・・・・でも」

律「(よし、おごるって言葉に惹かれてる。さっすが澪。あと少し!)」

律「ね?あれ2つセットになって売ってるし」

澪「アイス食べたいなら別にパピコじゃなくてもいいんじゃないのか?私は食べないからな」

律「なんだか今無性に澪とパピコ食べたいんだよ!!」

澪「なっ!?」

律「な?いいだろ?」

澪「・・・わかった。いいよ」

律「よし!じゃあ買ってくるから(なんとかごまかせた)」

澪「私は買うものないから店の前で待ってるな」

律「おう~」

店内はなかなか賑やかだった。
大半が私のような学生で、部活帰りといったところか。
パピコを手にとりレジに向かう。
結構な人がレジに並んでいた。
単品の客が多いせいか、1人1人の支払い時間はそれほどたいしたものではなかったけど
レジを待ってる時間が私にはやけに長く感じられた。

ふと、外に目をやると、澪の後ろ姿が見えた。
ベースはきっとおろしてるんだろう。
スラっと伸びたきれいな黒髪がたまに風に揺れてるのがわかる。
・・・・・ん?澪のやつ、なんか掌に書いて飲んでるぞ?
なにしてんだ?腹減ってんのか?空気うまいか?



・・・・・・。


あの後ろ姿に恋をしていた。


もちろん、後ろ姿だけじゃない。
横顔でもいい。
でも、振り向いたら、私のほうを向いてくれたら
私は友達として振舞わなきゃいけなかったから。
気づけばいつも傍にいてくれていた。
私のこと、色々、もしかしたら私以上にわかってくれてる。
自覚をするとか、そういう次元じゃなくて、
それが当たり前だった。

「澪を好きでいること」

それが私の1つのアイデンティティーでもあった。
事実は変えられないし、私は別に澪を好きであったことを消したいわけじゃない。
ただ。
私が澪を好きであったことは、少なくとも、あずさを傷つけた。
かつて私を私として形造ってくれたものが
今、あずさを傷つけた。
うん、傷つけたんだ。
冗談じゃなくて、私があずさを泣かせたんだ。


支払いを終えてコンビニを出た。
澪は夏は終わったって言ってたけど、
この時間になってもまだ太陽は沈んでなかった。
私はさっそくパピコの袋を開ける。
キンキンに冷えた2つの栓を切って澪の方へ向かった。

律「澪、おまたせ~」

澪「ん」

澪はベースを背負う。
背負い終わったのを見計らって私は手渡す。

律「ほれ、澪のぶん」

澪「ありがと」

律「ん。ありがたくいただけよ~」

澪「はいはい。ありがとございます」

律「よし、いただきなさい」


2人でそのままコンビニの前でパピコにかぶりつく。
このコンビニで何か買ったときは、いつもコンビニの前で食べていた。
歩きながらだと、すぐに家についてしまうからそういうことはしなかった。
好きだった頃の習慣を変えるのもなんだか自分に対してあざとい感じがしたし、
いまさら変えると逆に不自然になってしまう気がする、2人の間での習慣のようなものだった。

2人ともアイスに夢中になってた。
また沈黙だったけど、さっきとは違ういつもの沈黙だった。


あと数分でこの沈黙は終わるはずだった。
そして、きっと2人でまた歩き出して
私は家の中に入り、澪は私の家の前を通りすぎ、
自分の家に帰るはずだった。
でも、それは私の中でだけだった。

私のパピコが食べごろになった頃だろうか。

澪「・・・・りつ」

アイスを食べながら澪がつぶやいた。

律「ん?」

澪「私も、りつに話があるんだけど」

律「・・・話?」

澪「うん」

律「そうか。なんだ?」キョトン

澪「おまえ・・・軽いな」

律「ん?」

澪「いや、まぁ、いいんだけどさ、・・・別に」

律「なんだよ。言いたいことがあるならさっさと言ってみろよ」

澪「・・・・その言葉そのままさっきまでのお前に返していいか?」

律「ごめんなさい。どんな話でしょうか、澪さん」

さっきの沈黙のおもさと話題を蒸し返されてはたまらない。
いつものようにおちゃらけた。

澪「・・・・」

澪「あのさ」

律「おう」

正面を向いていた澪は私のほうへ身体を向けた。
その澪の動作でパピコに向いていた私の視線はようやく澪に向く。

澪「驚くかもしれないんだけど」

律「うん。何?」

澪「・・・・ごめん。場所を選んでない私が悪いのかもしれないけど」

澪「ちゃんと聞いてくれないかな?」

澪「今じゃないと、もう言えない気がするんだ」

律「・・・・」

律「うん・・・・わかった」

あたりはさすがにそろそろ暗くなってきて、
夕日が真っ赤に澪に射していた。

澪「あのさ」

律「うん」

澪「おかしいって、気持ち悪いって思うかもしれないんだけど」

律「うん」

澪「私、ずっと」


澪「りつのことが好きなんだ」



あずさ、お前はいつから知ってたんだ?
私はやっぱりノータリンだよ。
ごめん。


そういえば、文化祭のときもそうだったけど
澪は緊張すると頭の回転がびっくりするくらい止まるンだった。
澪も私が好きだったのか、と、いまさらな事実を突きつけられて現実逃避したくなった。

『あと数ヶ月・・・いや、今日の朝でもいい。もっと早くわかっていれば』

そんな考えが頭の中をちょっとかすった。
そして、そんなことを考えたことが顔に出たんじゃないかと怖くなった。
澪は恥ずかしいのか下を向いてしまっている。
大丈夫、きっと顔の表情は、みえてない。
いまなら、少しでもうれしいとおもった私をなかったことにできる気がした。

とにかく、話をするにしても、返事をするにしてもコンビニの前はダメだ。
こんな場所で告白してくるなんて、
お前の中のメルヘンチックな少女は一体なにしてるんだ?家出中か?


律「あ、のさ・・・」

澪がゆっくりと私の顔をみる。
―――-まさかとは思ったが、涙目である。

澪「・・・・」

律「・・・・ちょっと、ここじゃ話にくい内容だから・・・・場所移動しない?」

澪は何もいわない。うん。困る。

澪「・・・・りつ」

律「ん?」

澪「怒ってないの?」

律「なんで?」

澪「いきなり、・・・・その・・・・」

澪「好きっていわれて・・・・・」

澪「私のこと・・・・気持ち悪くないの?」

澪「嫌になってない・・・?」

律「・・・・」

なんか、もう、大変だ。
みんな、大変だ。偏見まみれだ。
梓といても澪といても、私はそれと対峙することになるんだけど、
私をふくめてみんな怖がりだ。

・・・きっと、そういうものからも澪を守るのが私の役目だった。


律「・・・・」

あと少しだけ、その役割を延長してもいいだろうか?

律「みお」

できるだけ、優しく言ってみる。

律「私は怒ってないし、みおのこと気持ち悪いとも思ってない」

律「嫌いにもなってない」

律「とりあえず・・・・場所、変えよう」

律「ここから近いし・・・・私の家、いこう」

そういって私はみおの手を掴んだ。
みおの顔が赤くなるのを見ないように振り返って歩き出した。

無言で歩きながらボンヤリ思った。
私がこれからすることは、一体誰を傷つけるのかな。
梓かな、澪かな。
自分かな。
まぁ、どっちに転んだって、いつの日かの私はきっとたまに思い出して後悔する。
梓からも、澪からも愛想をつかされるかもしれないけど、それでもいいや。
さすがに帰り道は太陽さんもお帰りらしくてほの暗い。
家の明かりをまぶしく感じる。
10分ほどで、私の家に着いた。
しかし、家は真っ暗である。


澪「・・・・今日おばさんいないの?」

律「・・・・・あれ?」

いないとか言ってたっけ?
そう思って、繋いでいた手をほどき
急いでケータイを見てみると、不在着信が2件とメールが1通届いていた。

2件とも母親からのものであり、メールも同じであった。

律「・・・・・」

澪「・・・・なんて?」

このころになると少し澪も落ち着いてきたのか、やや元気なさげであり
少々緊張気味ではあるが、私に話しかけてきた。

律「・・・・・私が帰ってくるのが遅かったから、私除いてみんなで外に食べに行くって」

澪「・・・・」

律「・・・・・・(ひどい)」

まぁ、逆に2人のほうが好都合だよな・・・・。

律「・・・・・まぁ、というわけで、親はいないけどそのほうが澪も話やすくない・・・か?」

澪「・・・・それは・・・話やすいけど・・・・でも・・・・」

律「あーー、家の前でつったってるのもなんだし、入ろうぜ?」

澪「・・・・わかった」

律「よし、じゃあ入った入った」

律「あ、なにか飲み物もっていくから先に部屋いっといて」

澪「え、そんな飲み物とか別にいいよ・・・」

律「いいからいいから。あ、あと」

ちょっと意地悪っぽく笑って私がそういうと途端にみおは不安な顔をした。

澪「え?なに?」

律「いや、私ら2人ともパピコのごみそのまま手に持ったままだなぁって思って」

手をつないだ手とは逆の手にそれぞれパピコの容器を持ってた。
普段ならコンビニで捨ててくるのにな。
そういう簡単なことに気が回らないってのは、お互いやっぱ緊張してる証拠か。
そう思うとなんだか笑えてきた。

律「はは。ほら、捨ててくるからかして」

澪「あ、ありがと」

律「おう。じゃあ、部屋いっといて」

澪「わかった・・・」

そういって私は台所へ。
澪は私の部屋へ分かれた。
てか、部屋ちらかってないよな?
大丈夫だよな?今朝の私よ?

アイス食べたからのどが渇いたってのもあるっちゃあるけど
実際は時間稼ぎなわけで。
ほんの少しだけでいいから、一人で落ち着きたかった。
ごみを捨ててノロノロとコップを2つとる。

梓と澪は、・・・・まぁ、梓からは直接聞いたけど、
澪は私のように部活の雰囲気がどうなるとか多分怖がってないんだろうな。
でも、それは部活がどうでもいいってことじゃなくて
きっと、うぬぼれかもしれないけど、伝えなければ苦しくてたまらないほど
それくらい私のことが好きってことなのかな。
あの澪がなぁ、、、私を好きなのか・・・。
そっかぁ。両想いだったんだなぁ。
なんだか、うれしいけど、すっごい悲しいなぁ。

冷蔵庫から麦茶を取って、コップに注いだ。

・・・うん。もう戻れないってすっごく悲しい。
私があきらめなければ、今はきっと全然違う方向にベクトルが向いていたんだろう。
その影で誰かが泣いていたとしても、
そいつはきっと泣いていることを私に隠すから
きっと私は気づかずに自分の幸せだけを見つめることができたんだろうな。
泣いていた頃には全然想像もつかなかった未来に私はいて。
今もやっぱりなんだか泣きそうになってる。
それが正しいのか、間違ってるのかなんて全然わからないけど。

気持ちは伝えなきゃいけないんだ。
もう怖がっちゃいけないんだ。怖がる必要なんてないんだ。
思ってること、全部言うんだ、みおに。
その結果で泣くかもしれないけど、言うことは間違ってないんだ。
きっと、大丈夫だ。大丈夫なんだ。
だって、嘘じゃないんだから、この私の中にある気持ちは。

麦茶を冷蔵庫に戻して、2人分のコップを持って私は部屋へ向かった。


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最終更新:2011年04月20日 03:34