「澪ちゃん・・・・場所選ばなすぎよ・・・・」

そう雑誌で顔を隠しながら隣でつぶやいた。
たしかに、私もそう思う。
音声は聞こえないが、窓ごしに唇の動きが見えた。
もともと今日告白をするということは聞いていたから
あんだけ顔を真っ赤にしているのを見たら唇の動きだけで
何を言っているかなんてだいたい想像がついてしまう。
そういえば、文化祭のときもそうだったけど
澪センパイは緊張すると頭の回転がびっくりするくらい止まるンだった。



今日は放課後にムギ先輩に話があって前日に約束していた通り
うまく部活を休み、ムギ先輩と落ち合った。

が、ムギ先輩いわく、私はうまく部活を休めてはいないらしい。
だけど、それは律先輩のせいだから、私は無実だ。

ムギ「まさか、りっちゃんが梓ちゃんに告白とは・・・私もヨミがまだまだだわ」

待ち合わせ場所にあらわれたムギ先輩に午後の出来事をすべて話すと
そう言いながら先輩はため息をひとつついた。

梓「先輩がいうと『読み』ってか、『黄泉』の変換が正しく思えてきますね」

ムギ「なにか言ったかしら?」

梓「いえ!なにもいってません!」

たまにムギ先輩は怖い。なんというかオーラが禍々しい。
口がすべってしまったら、一体私はどうなってしまうんだろうか。
・・・想像でとどめておきたいもんだ。

2人の家の中間ぐらいの距離で待ち合わせたのだけど、
どうやらその区域は律先輩たちの通学路だったらしい。
無言で歩く二人を見つけた私とムギ先輩はあわててコンビニへと入った。

梓「この時間帯はきっと人がたくさん居ますからカモフラージュにはなると思いますよ」

ムギ「梓ちゃん、ナイスよ!!」

私の提案であった。
無言で歩く2人がコンビニなど寄らないだろうと踏んでの発言であった。
しかし、私の考えは軽く踏んづけられてしまう。

コンビニにめったにこないらしく、
はしゃいで店内を回るムギ先輩について歩いていた私はふと店の外を見て驚いた。

梓「え!?」

ムギ「どうしたの?梓ちゃん」

梓「律先輩たちがこっちにきてます」

ムギ「え?もしかして、コンビニにくるのかしら」

梓「た、たぶん、・・・・ムギ先輩!!こっち!!!」

ムギ先輩を引っ張っていそいで本コーナーの前に行くと
立ち読みをしている男子高校生らしき人たちに混ざった。
そして無造作に置かれたマンガ雑誌2冊を私は手にとって、1冊を先輩に渡した。

梓「これを読むフリして顔を隠してください」アワアワ

ムギ「・・・!!わ、わかったわ」アセアセ

雑誌で顔を隠した瞬間、コンビニに来店を示す音が響き
律先輩が入ってきた。

ムギ「間一髪ね」ヒソヒソ

梓「・・・で。ですね」ヒソヒソ


律先輩の来店は予想外だったけど人が多いことが幸いしたのか
どうやら私たち2人には気づいていないようである。


ムギ「澪ちゃんは店の前で待ってるわね」

梓「はい。何か飲み物でも買いにきたんですかね?」

律先輩なら、まっさきにマンガ読みにきそうだな、と思ってビクビクしていたけど
私の予想ははずれにはずれて、律先輩は一目散にアイスコーナーへ向かっていった。
こっちにこなかったのはよかったけど、なんだか、行動を予測できなかったのが心なしか悔しい。

ムギ「アイスが目当てみたいね」

梓「・・・はい」

アイスを選びおわったのか、レジ待ちの列に律先輩は並んだ。

レジの流れは速いけど、なかなか並んでいる人が多い。
このマンガのコーナーもそうだけど、比較的コンビニ内は部活帰りの学生が多かった。
律先輩はレジに並んで、最初はボーっと棚を眺めていたみたいだけど、
途中から、コンビニの外を眺めた。
その視線の先に目をやると、そこには澪センパイがいた。

・・・・・ながい・・・・。
長すぎる。
レジの番がくるまですんごい澪センパイを眺めていた。
一体何を考えているんだろうか。
なんか、やだな。

あぁ、こういう気持ち、なんていうか知ってる。
一般的に「嫉妬」っていうんだ。
最近部活になると、いつもこういう気持ちになる。
耳元で「あずにゃん、あずにゃん」言われてもその気持ちは消えることがない。
むしろ、私が体温に包まれてる姿を見ることで先輩もそういう気持ちを持たないものか、と
私は思ったりする。ごめんなさい、唯先輩。
あなたの抱擁を心から拒絶していないのは、律先輩へのあてつけのためなんです。

唯先輩を好きになれば、本当に、すんなりと私の恋はうまくいったのかもしれない。
いや、唯先輩が私に恋愛感情を抱いてるのかどうかとか、そういうことは知らないけど。
なんとなく、あの先輩はそういうのを受け入れてくれるような気がした。
というか、抱きつきまくっているのだから、受け入れてくれなきゃ困る。
あぁ、本当に、唯先輩を好きになればよかった。

私のちょい右で風に吹かれる澪センパイの髪がサラサラと揺れていた。
なんで、律先輩なんだ、私よ。
とても、勝てる気なんてしないよ・・・・。

そんなことを考えているうちに律先輩はコンビニから出て行った。

ムギ「あ、りっちゃんが澪ちゃんになんか渡したわね」

梓「・・・・パピコですかね?」

ムギ「パピコ?」

梓「あ、アイスですよ。昔ながらの定番って感じのアイスです」

ムギ「へぇ~~~」

そういいながら、ムギ先輩はアイスをマジマジと見ていた。
        • 食べたいのかな?


梓「あの、・・・・私たちも買いますか?」

ムギ「え?」

梓「あれ、2つセットになって売ってるんですよ。私もちょっと今食べたくなりましたし」

ムギ「・・・・ほんと?」

梓「えぇ。じゃあ2人が去ってから買いますね」

ムギ「ありがとう、梓ちゃん」

梓「へへ。いえいえ。あ」

ムギ「え?」

ムギ「あ・・・・」

ムギ「澪ちゃん・・・・場所選ばなすぎよ・・・・」

どうやら、ムギ先輩もわかったようだ。
ギュッと、胸が苦しくなる。
律先輩、驚いた顔してた。
それは、まぁ、そうだよね。
こうなるってわかってたし、知ってたけど
でも、やっぱり・・・・・つらいなぁ。

「もう一度よく考えて」なんて言わなきゃよかった。
あの時すぐに律先輩に返事すればよかった。
澪センパイが今日律先輩に告白するつもりだって言っとけばよかった。
今日一緒に帰るって言ってくれたときに素直に帰るって言えばよかった。

・・・・でも、そんな後悔をいまさらしたってどうしようもなかった。


梓ムギ「あ・・・・」

律先輩が、澪センパイの手を引いて行ってしまった。


ムギ「・・・梓ちゃん、・・・・大丈夫?」

梓「あ、はい。・・・・大丈夫です」

できるだけ明るく言った。
こんな未来を選んだのはほかではない、私だ。
全部、受け止めよう。

梓「ムギ先輩、アイス、たべましょうか」

ムギ「え・・・でも」

梓「いいんです。律先輩には『ちゃんと考えて』って言いましたから」

梓「ちゃんと考えてきてくれるはずです。あの人はそういう人です」

梓「だから、今はアイス食べましょう!てか、アイス食べたいんです」

ムギ「・・・・強いわね、梓ちゃん」

梓「いえ、全然強くなんてないですよ」

本当は泣きそうだ。今すぐにでも先輩たちの後を追いたいくらいだ。
でも、今を受け入れる。それしか、今の私にはできそうにない。


その後、ムギ先輩がおごってくれたパピコは
きっと忘れられないだろう感情とか、
誰かの幸せをふみにじらなければ自分の幸せを手に入れられそうにない私の未来を
ゆっくりと私の中に溶かしていった。




こぼさないようにして部屋の扉をあけようと取っ手に手をかけた。
だけど、その手を回すことができなかった。
部屋の中から聞こえてきたからだ。
最近は聞かなくなったけど、耳が覚えてた。

部屋の中から、すすり泣く声がした。

その声を聞いた瞬間、さっきまでの時間で考えてた考えは
どっかにいってしまった。
いや、あんな短期間で取ってつけたように考えたってそんなもん、
たかがしれてるんだ。

ゆっくり、1つ、深呼吸をして扉をあけた。

澪はうさぎのぬいぐるみを抱きしめていつものようにベッド脇に座っていた。
おまえ、それ本当に好きだなぁ・・・。

こんなときでも、いつも私の部屋に来る時の当たり前をしてくるとこに
なんだか泣きそうになる。

澪はうさぎに顔をうずめて顔を上げようとしない。
きっと、泣き顔をみられたくないんだろう。
もうばれてるから無駄なのに。

律「澪」

澪「・・・・なに」

律「むぎちゃ、もってきたぞ、飲むか?」

澪「・・・・飲まない」

律「そうか、じゃあ、とりあえず」

私はテーブルに2つコップを置いた。
コトン、コトンとコップを置く音が響いた。

澪はまだうさちゃんと抱き合い中だ。
そのまま、澪の隣に座った。

座るときに、少し私の右肩と澪のの左肩が触れた。
澪がビクってなった。

律「なぁ」

澪「・・・・なんだよ」

律「今、ビクってなったな?な?」

澪「・・・・言うなよ」

恥ずかしそうに声を出す。

律「ふふふ」

澪「笑うな、ばか」

律「なぁ」

澪「・・・・なに?」

ちょっとさっきより不機嫌そうだ。
でも、涙はとりあえず止まったみたいだ。

律「お気に入りのうさちゃんの抱き心地はいかがかしらん?澪ちゅわん♪」

さっきよりもふざけた感じで言ってみる。

澪「・・・・ばかりつぅ」

そういうとともに私の頭に澪の左手が垂直に落ちた。

律「あいたっ!!!」


こいつ・・・・!!!グーでたたきやがった。
馬場チョップじゃなくてグーでたたきやがった。
鈍痛が響く頭のてっぺんを押さえる。
こんなやり取りももう何回繰り返したんだろう。


律「いったいな!!!ぶつことないだろ!!!ひとのうさちゃんとりやがって!!!!!」

澪「お前が悪いんだろ!!!いっつもいっつもいっつも私をからかうことばっかり言って」

澪「大体このうさちゃんだって私の部屋にあったのをお前が勝手に持ってったんじゃないか」

律「・・・・あれ?そうだっけ?」

やっと顔を上げた澪と目が合った。

澪「なんだよ・・・・・忘れたのかよ・・・・・」

ちょっと、澪の顔がゆがんだ。

澪「・・・・ほんとにバカだな。ばかりつ」

澪「・・・・ったく・・・・」

私でもなくうさちゃんでもなく、部屋のどこかを見て澪はつぶやくように言った。


澪「私はこんなバカがそれでも好きなのか」

律「・・・・」

今日2回目のその響きは1回目よりも私をドキッとさせた。
部屋っていう空間のせいか、それとも肩が触れるか触れないかの距離のせいか
さっきよりも確かに私の耳に聞こえてきた。
やっぱ、うさちゃんじゃごまかせないよな、その話するために今ここにいるんだから。


律「あのさ」

澪「・・・・」

律「私のこと、す、好きって、その・・・・本当なの・・・・か?」

うぬぼれてるみたいなセリフで思わずどもった。

澪「本当だよ」

律「そ、そうか」

澪「というか、私はこの気持ちもうりつにバレてるって思ってたんだけど・・・・」

澪「全然そんなこと、なかったんだな」

そういって、澪は私を見て笑った。
ちょっとくたびれた感じの笑い方だった。

律「すまん」

澪「なんで律が謝るんだよ」

律「なんとなく・・・・」

澪「そうか・・・・」

そういうと、澪はコップに手を伸ばしそのまま一口飲んでいた。
その一口を飲み込んで、言う。

澪「りつ」

律「ん?」

澪「ずっと・・・好きだったよ」

澪「いつ好きになったかなんてもうわからないくらい。律の隣は居心地がよくて、安心できるんだ」

澪「律といると楽しいし、自分でも不思議なくらい私、強くなれる」

澪「文化祭だって、律がいたからがんばれたよ」

澪「いままでもいろんなことを律と経験して、見たり聞いたりしてきたけど」

澪「もっともっともっと、今まで以上にいろんなこと、私は律と一緒に見たいし聞きたいし共有していきたい」

澪「りつ、好き」

澪「ずっと私の隣にいてほしい」

澪「だめかな?」

そういうと澪は黙った。
私はずっと何もいえなかった。

喉がからっからだった。
部屋の中にはあいかわらず沈黙が続いていた。
こういうとき、すんごい考えてるってフリして
実は頭の中はそうとう真っ白で、何も考えてなんかなかったりする。
考えるって行為をまず冷静にできないし、
考えて答えがでるくらいなら、人間に「悩む」ってコマンドは必要がないんじゃないか。

律「澪・・・」

でも

律「正直、すごくうれしい・・・本当にありがとう・・・」

自分の顔が赤くなるのがわかる。
澪のほうを見ないで続ける。
澪はじっと部屋のどこかを見続けたまま言葉をまってた。

澪「・・・・・・」

律「さっき澪は自分のこと気持ち悪くないかってきいてきたけど、ぜんぜん私はそんなこと思わないよ」

律「だいじょうぶ、全然そんなこと思う必要なんてないから」

澪「・・・・りつ・・・・・ありがとう」

律「うん」

律「私も、澪みたく、ずっと一緒に同じものを感じたりできたらいいなって思ってた」

律「ずっと隣で笑ったり、馬鹿やったりできたらいいなって思ってた」

でも、それでも今の私はこうしている間も思い出してしまうんだ

律「澪といると本当に楽しい」

律「自分が自分で居られる気がしてた」

理屈じゃないんだ、目をもうどうしても離せない

律「きっとそういう自分でいられるってずっと思ってた」

律「でも」

ほんとうに、恋愛感情なんて考えてるだけ無駄なのかもな。

はっきりという。これだけはどもらせたくなかった。
素直に、言葉のままに、澪に届いてほしかった。


律「ごめん。私は梓が好きなんだ」


部屋の静けさが一段と強くなった気がした。


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最終更新:2011年04月20日 03:36