澪をみると、何かを反芻するように目を瞑っていたけど
目をゆっくりあけて、ためいきをつくように言葉を吐いた。
澪「・・・・・そっか」
律「・・・・・そうなんだ。だから、ごめん。澪の隣にはいられない」
数ヶ月で色々な梓を知った。
でも、色々な澪をその倍以上に知っている。
それでも思い浮かんだのは梓の顔だった。
どうして、とたずねられてもわからない。答えられない。
むしろ自分自身に尋ねたい。
『どうして澪ではなく梓なのか』と。
両想いだったのに、どうして、と。
部活とか、雰囲気っていざとなったら頭の中になんてなかった。
梓、お前の言葉、案外正しいのかもしれない。
自分が答えられないものに答えを出すときは結局、
そのとき、そのしゅんかんに自分の中にあるものを信じるしかないんだな。
私の場合、澪と梓の2人ともを失うかもしれないけど。
澪「・・・・なぁ」
ちょっと気持ち、力のない声で澪が聴いてきた。
律「ん?なに?」
澪「りつは・・・・その・・・・・」
律「?」
澪「私を好きだったことって・・・・・一回もない?」
律「・・・・・ないよ」
澪「ほんとに?」
律「・・・・うん。本当に。一回もない」
律「澪は私の友達で、最高の親友だよ」
澪「そっか・・・・。わかった」
澪「なんか、ごめん。引き際が、悪いね・・・・」
律「いや、私こそ・・・・ごめん」
澪「あ、謝られても・・・・私がみじめになるだけなんだけどなぁ~・・・・」
律「・・・・」
澪「・・・・」
澪「・・・・梓に」
律「ん?」
澪「梓に告白とか・・・するの?」
律「それは・・・・まぁ・・・・するかな・・・・」
澪「そっか・・・・」
律「うん・・・」
澪「・・・・りつ」
律「ん?」
澪「きっと、大丈夫だよ」
律「え・・・っと・・・・なにが?」
澪「梓も、きっとりつのこと、好きだよ」
泣きそうなのに、澪は私に笑ってくれた。
律「・・・・・」
律「・・・・そうかな」
なんとかそういうと、ひざの間に顔をうずめた。
やばい。なんだか泣きそうだ。澪の顔をみることができない。
澪「うん。そうだよ。だから、絶対だいじょうぶ。自信もちなよ」
律「おう・・・・。ありがと・・・・」
時間、止まってくれないかな。
澪を傷つけたかったわけじゃないのに。
澪にこんな笑顔させたくなかったのに。
澪のことが好きだったのに。
こんな気持ちになるために人を好きになったわけじゃないのに。
そう思うと、もうダメだった。
「みお・・・・ごめん・・・・」
私のほうが、泣き出してしまった。
一度泣くと収まりがつかなくなりそうで怖かった。
でも、泣かないのもそれはそれできつかった。
だから、私はあの場所でたまに一人でひっそりとないていたわけだ。
膨らんだ風船が割れないように、空気を入れたり抜いたりしていた。
澪の前では、小さい頃からいままで一度も泣いたことがなかった。
「澪」と「ごめん」の単語2つのみを何度も繰り返しながら泣きじゃくる私を
澪はぼーっと見ていた。
私の泣き顔をはじめてみて澪はどう思ったのだろう。
いきなり、暖かいものが私を包んだ。
気づくと澪に抱きしめられていた。
驚きのあまり、あんなに流れていた涙がやっと止まった。
律「・・・・・み、お・・・!?」
澪「・・・・やっと、泣き止んだか?」
律「う・・・・うん・・・ご、ごめん。いきなり泣いたりして・・・」
澪「いいよ、別に」
怒っているのか、あきれているのか、よくわからない声色だった。
澪の顔は見えないのに、澪の声が耳元で聞こえてくるのはなんだか
変な感じがした。
澪はしっかり私の背中に腕を回してきていたので、身動きはとれなかった。
澪「りつ」
律「う、うん」
澪「おまえ意外と小さいな、抱き心地微妙。うさちゃん以下」
律「う、うるないな!!こんな状況でそんなこというなよ!!」
澪「ふふ」
律「なに笑ってんだよ」
澪「いつもからかってくれてたおかえしだ」
律「なんだそりゃ・・・」
澪が私の肩にあごを乗せてきた。
こんな風に澪からしてくるなんて、はじめてだ。
さっきまで泣いていた顔を見られなくてすむのはとても都合がいいんだけど。
澪「あのさ」
律「う、うん・・・」
澪「さっきの私がどんな顔をしてたか、私にはわからないけど」
律「うん」
澪「それを見て、おまえに同情なんて私はされたくない」
律「・・・・」
澪「私とじゃないほかの誰かといることになるからって」
澪「私はりつの隣で笑うことはやめたくない」
澪「べつに友達のまま、隣で笑ってくれてそれでいい」
律「・・・・みお・・・・」グスン
澪「だから、泣くな!」
そう言って、澪は私の背中を少しつねった。
律「いたい!!」
澪「耳元でわめくな!うるさい!!!」
律「(・・・・この状況でいえないけど、なんか理不尽)ご、ごめん・・・・」
澪「さっきの・・・・」
澪「さっきの私はきっとりつに悲しい顔を向けたんだと思う。だろ?」
律「う、うん」
澪「・・・悪かったよ、それは謝る」
律「いや、べつに」
澪「でも」
律「?」
澪「でもな、さっきはおまえはそれを見なかったフリしなきゃいけなかったんだぞ?」
律「・・・・・・」
澪「・・・・おまえは、」
澪「私より梓がすきなんだから、「ごめん」なんていう立場じゃないし、泣いてもいけなかったんだ」
澪「私は確かに悲しかったよ」
澪「でも、その悲しみは私だけの悲しみだ」
澪「・・・私だけが悲しんでいい悲しみなんだよ・・・・りつ・・・・」
そういうとさらにギュっと抱きしめられた。
肩のしめりを感じながら、私は澪の背中を抱くのをためらった。
そのためらいは一瞬だったけど、でもそれですべてのような気がした。
律「みお・・・・・」
私は少し高いところにある澪の肩にあごを乗せる。
澪「なんだよ・・・・」
泣き声が答える。
律「誰か1人を好きってなんなんだろうな」
そうたずねると、おまえがそれをいうな、と返ってきた。
律「うぅぅ~・・・そんな風にぶっきらぼうなことをおっしゃらずに」
澪「なんだよ?何がいいたいんだ?」
律「変なこというと思うんだけど、おどろかない?」
澪「え?なんだよ・・・・変なことって・・・・・」
律「おどろかない?」
澪「いや、おどろくだろ」
律「じゃ、やめた」
澪「おい!気になるだろ!!!いえよ!!!!」
声は泣いてるのに、口調は強気だ。
律「おどろかない?」
澪「な、内容による....」
律「・・・・・あのさ」
澪「う、うん」
律「きっと理解してもらえないと思うけど澪だけにはちゃんと言っとくよ」
澪「・・・なにを?」
律「・・・・・・」
澪「・・・・・・?」
律「私は、梓が好きだけど」
律「一緒に居たくて、一緒にいろんなことしたいと思うのも梓だけど」
澪「え?・・・・なに?おまえは私の傷を増やしたいのか?」
律「いいから、だまってきいとけ」
澪「・・・・なんだよ」
律「世界で一番大好きなのは」
律「澪、おまえなんだよ」
澪「・・・・・は?」
澪をぎゅっと抱きしめ返した。
勢いで抱きしめてしまったんだけど、どうしよう。
そんなことを思いながら、すんごく自分の心音だけがやかましく響いてた。
でも、そういう緊張じゃなくて、いつもじゃないこの状況にただ緊張してるだけなんだ。
澪は何も言わない。とりあえず、場をもたせなくては。
律「そういえばさ」
澪「・・・・」
律「『あからさまに』って」
律「『にわかに』とか『ついちょっと』って意味なんだよね」
澪「・・・・・いや、今そんなこというの期待してないから」
律「あ、そう」
澪「うん」
律「・・・・・」
澪「・・・・・」
どうやら、なにか間違えたみたいだ。
律「・・・・なんか、話ずらいから離してもいい?」
自分から抱きしめといていうセリフじゃないな。
澪「・・・・・」
あ、ダメなんですね、わかりました。
ならこのまま話をしよう。
それにしても、澪は胸がでかいですね。言ったら絶対殴られるから言わないけど。
澪「てか、・・・・説明は?」
いろいろなことをすっ飛ばして、なんかおかしなテンションになってますよ?
なんでそんなに怒ってるんですかね、澪さん。
律「・・・・・えっと、まぁ多分ぼやかして言ってもわからないと思うけど、でも雰囲気でわかってほしいんだけど」
澪「・・・うん」
律「澪は、もう好きすぎて何もできない」
澪「・・・・は?・・・なんだよ、それ」
律「なんというか、ヤル前から萎えてるって気分というか」
澪「やるって?なにを?」
律「いや、だから・・・その・・・ナニを・・・」
澪「?」
え?わかんないの?そこ詳しく言わなきゃダメなの?
家出してたメルヘンチックな少女このタイミングで帰ってきちゃった?
今の澪、げにまっこと唯といい勝負ぜよ。
律「えっとですね・・・そのね・・・・まぁ、恋人同士がするようなことを」
澪「!?」
あ、やっと気づいたか。身体ビクってなってやんの。
まぁ、こんな話、澪にとっては恥ずかしくていたたまれないよね。
澪「ちょ、いきなり何いいだすんだよぉ!?」
律「いきなりって。でも、付き合うってなったらきっとそういうことするだろ?」
澪「そ、そうなのか・・・・?」
律「え、そうでしょ・・・・」
これ素で言ってるんだろうな。
そんな風に純粋だから、汚せないんだよ、まったく。
律「だから、というか、なんというか・・・・澪のことすごく好きなんだけど」
律「自分の中でもうそれが当たり前のことになってて」
律「一緒に居てもドキドキしないし、そういうことを澪としたいって思えないんだよ、どうしても」
澪「・・・・・」
そこから澪がまた黙ってしまって、何を言えばいいのかわからなくて私も黙ってしまって。
1、2分が2時間くらいの体感時間になるくらいの沈黙に押しつぶされてしまって
本当にどうしようか、と私が思い始めた頃に澪が口を開いた。
澪「律、離して」
いきなり言われたから、なにを話すのか?と最初思ったけど
あ、「話す」じゃなくて「離す」か、と自分の中で漢字の変換ミスを正した後
おそるおそる澪を抱きしめてた手の力を緩めた。
抱きしめてたままの形でしばらくいたから、動かすときに腕の関節が少し痛かった。
澪と身体が離れたときに、スッと胸のあたりの温まっていた空気が抜けて
その部分が少し寒くなった。
電気もつけてない部屋の中は暗くて、
部屋の中に入ってくる街頭の明かりだけでなんとかお互いの顔はぼんやり確認できていて
澪の表情をなんとか見ようとしたけど、
今どんな表情をしてるのか見たくないと思う自分もいた。
私の制服のボタンあたりを見ながら澪が静かに言った。
澪「じゃあさ、律は梓とそういうことしたいの?」
まさか、ここで澪の口から梓の名前が出てくるとは予想だにしていなかった
。
土管の中に入ろうと思ったらそこからパックンが突如として出てくるような
そんな不意打ちを見事に食らってしまった。
マリオなら1P減るとこだが、私はマリオでも永遠の2番手でもない。
私にHPはあとどれくらい残っているだろう。
律「え!?・・・・えっと・・・・・あの」
律「・・・・・なんというかその・・・・///」
顔が自分でも赤くなるのがわかったし、明らかに誰が見ても動揺してた。
今日だって、ふざけた雰囲気を出しながら手を握るのが精一杯だったのに
そんなことをいきなり言われても恥ずかしくなるばかりだ。
場面を想像してしまいそうになる自分のそんな幻想をどうか、ぶち壊せ。遠慮なく。
澪「・・・・・私の前じゃいつもそんな顔しないのにな」
律「え?」
澪「だからさ、律がそういう風に照れてるの、初めて見た」
さっきまでと違って、いつもの飽きれたような声色で言われた。
律「照れてる?」
澪「いや、顔真っ赤だから」
律「(やっぱり・・・)」
律「そですか・・・・///」
指摘されると、もっと恥ずかしくなるのはなんでなんだろうな。
もう、とそう言ってため息のようなものをついた。
澪「そんなの見せられたら]
澪「どうしようもないじゃないか・・・・・」
律「えっと・・・・」
澪「りつのこと大好きだったけど、今は」
澪「世界で一番だいっっきらいだ」
律「・・・・・」
最終更新:2011年04月20日 03:37