唯「嘘だよ。お母さんがやられるわけないよ」
聡「流石池沼!やっぱりマザコンかよ。きっも……ここらかな…ほらよ」
ゲルミルが地面を掘る。そこから数人のミイラが出てきた。さらにゲルミルは掘る。どんどんミイラは出てくる。しばらくして掘るのをやめた。最後に掘り出したミイラが足元に転がる。
唯「嘘だよぉ…お母さん……」
聡「終わりだな」
脚が上がり振り下ろされる。私は――
~~~
「唯は糸をどこまで視れる?」
一年前お母さんに問われた。
唯「動きを司る糸」
「それは大糸っていうんだ。四肢に大まかな部位の糸だ。さらに細かいところまでは極糸っていうんだ。臓器とかな」
唯「あっそれなら視えるよ。触った事ないけど……」
「じゃあもう一段階上がる」
唯「まだあるの?」
「心糸っていう。心を司る糸さ。どんな生物でも一本心の糸がある。この糸を視て操れたら究極だな」
唯「……視えるかな」
「唯なら視えるさ。ただ、力に飲み込まれず正面から向き合うんだ。克服するんだ。制御するんだ。唯ならできるさ。自分に自身を持つんだ。唯は唯のままでいるんだ」
ふと、そんなお母さんとの約束事が浮かんだ。
蟲の攻撃をかわし糸を視る。大糸、極糸とどんどん目を凝らす。そして視えた。一本だけ太く輝かしい糸が……巨大な蟲の心を操る心糸が視えた。その糸を何とか掴む。
蟲はピタリと止まった。
聡「おい。どした?動けよゲルミル!」
唯「無駄だよ」
聡「は?」
唯「操ってるから」
聡「あんな数を操ってるのか!?」
唯「糸なんか心糸だけで十分だよ」
聡「ひいっ!」
蟲の上に乗った私は聡に詰め寄った。
聡「とっ取引だ!薬やる!一年分!澪姉は大丈夫だぞ!」
唯「いいよ。使えない人形はいらない」
聡「ひぃ…うわっ!」
後ずさり過ぎて聡は蟲から落ちた。
唯「ゲルミル」
蟲の名前を呼ぶ。応えるように体を傾がせた。聡の姿が蟲に隠れてからぐしゃっと音がした。それでもまだ聡は生きておりよろよろ立ち上がり澪の名前を呼ぶ。が、澪はまだ律と交戦中で抜け出せない。
唯「ばいばい」
ゲルミルはすばやく首を伸ばして聡の背中に突き立てた。そして聡の体は食いちぎられ血飛沫を飛ばしながら地面に落ちた。
急に私の視界が真っ暗になった。心糸を視るのを辞めたからであろう。そして体が軽くなった。が……
「唯!」
声が聞こえて抱きしめられた。目を開けると律に助けられていた。
唯「りっちゃん…」
律の背中から刀が複数の集まり翼を作ってゆっくり降下していた。
バサラ
律「剣翼『羽鎖羅』のおけげだ。化け物に常識は通じねえ!!」
澪「ずるいぞー!」
ゆっくり着地してから律は再び澪と対峙する。そこに聡の声がする。
聡「み澪姉…はやく……あのいけぬまを…」
澪「は?」
聡「はじゃなくて……」
澪「お前が唯を殺せるわけねーだろ!こんなアホな芝居付き合わされた身にもなってみろ!死ね!!」
聡「じゃあ、まさ…か」
澪「お前も人形だったわけ」
澪は聡の体全体を蹴り付ける。やがて聡は動かなくなった。背後でゲルミルが消え崩れた。
唯はゆっくり立ち上がり澪を見る。澪は笑って
澪「お疲れ様です」
普段の顔だが何かがある。そういう違和感があった。
律「どういうことだ?」
澪「全部お芝居です。唯様に最初にお会いした時に言ったでしょう」
澪の目が濁る。
「私は妹様の命でここに来たと……」
つまり、澪は唯の命令なんか聞いていなかった。澪の言う妹様に唯の命令は聞くようにと命令されていたからだった。
唯「じゃあ澪ちゃんは最初から……」
澪「ええ。そうです。だから私も聡も人形だったんです」
唯「なんでそんな事を」
「そこから私が話すよ」
唯「憂…え?じゃあ澪ちゃんの言う妹様って」
憂「私だよ。それにしてもお姉ちゃん流石だよ!もう心糸視れるなんて…やっぱり一つの事にのめり込むとお姉ちゃんは凄いね」
最初から私は憂に踊らされていた。
唯「何が目的なの?」
憂「私が当主になるんだ」
唯「じゃあなれば良いじゃん」
憂「それじゃあだめなの。例外を使わなきゃダメだったんだよ」
また例外という言葉を聞く。しかし、例外の意味が分からない。どういうことなのか?
憂「異能は基本遺伝なんだけど、私は妹だからお姉ちゃんより優れてないんだよ」
憂「でもお姉ちゃんみたいに当主を放棄する人だっている。だからね、ごめんねお姉ちゃん。お姉ちゃんを種馬にするよ」
唯「種馬?」
憂「大丈夫。ちゃんと世話するし、種付けた男はすぐ始末するからね。お姉ちゃんの世話もちゃんとやるよ」
早い話、子作りしろと。
唯「遠慮するよ」
憂「だよね。じゃあ決闘で決着着けよう。ごめんねお姉ちゃん。それが決まりなんだよ」
唯「憂は何でこんな事を……」
憂「私が当主になりたかったんだけど、当主はお姉ちゃんが第一子だからおねえちゃんがなるんだよ。それにお姉ちゃんの方が糸遣いとして優れてる。だから当主になるには私はお姉ちゃんと戦わなくちゃならない。でも、お姉ちゃんはぽわぽわしてて、戦闘経験も皆無だし今のままじゃ私に勝てないから強くなってもらったの。その方が印象も良いと思うしね。ごめんね。辛かったでしょ?」
唯「………」
憂「それじゃあねお姉ちゃん。日時はまた追って連絡するからゆっくり休んでね。行きましょう澪さん」
澪「はい、妹様」
憂「憂で良いよ」
澪「……憂様」
唯は澪の名を囁くと一度止まって人形のような微笑みかけた。
律「ちょっと待った!」
律は憂を止める。姉と闇宮以外とは話したくないのか一度ため息をこぼしてから律に返答する。
憂「何ですか?」
律「聡と神の手の?がりを教えてもらおうか」
憂「知らないです。私はお姉ちゃんと違って忙しいんです。まあお姉ちゃんも学校という大事な日課があるけど、それと同じくらい忙しいんです。ではこれで」
憂はシスコンなのか。やたらお姉ちゃんを連呼する。
律「シスコンが!刀姫から逃げれると思ってるのか?」
憂「逃げませんけど、えっと…そうでした。律さんとは戦うつもりはありません。これは私とお姉ちゃんの問題ですから、律さんは身を引いてくれませんか?」
律「ふざける…」
律は体を屈める。
律「なっ!!!」
大地を蹴って憂に飛び掛る。澪は何もしない。憂を守ろうとせず、ただ立って唯に微笑を掛けている。
憂「…………」
律の手足から刀が生えて、なお空中で身をひねりながら突進する。弾丸のような勢いで律は憂に襲い掛かる。
憂「……和ちゃん」
憂の影から黒いスーツの女性が出てきた。髪は短く眼鏡を掛け黒い手袋を嵌めている。
律はそのまま和に突っ込むが、和は無表情で律の回転する刀を握る。律の顔が歪む。そのまま和は律を真上に投げる。宙に浮いてる律は背中から刀を出し、翼を出し着地して輪を睨みつける。
憂「私の闇宮の和ちゃん。本当は私も同年代の子のはずなんだけど、わがまま言って和ちゃんにしてもらったの。律さんまだやる?」
律「今更退くわけ…「ダメだよりっちゃん!!」
律を制して唯は憂と和を対峙する。
唯「決闘だっけ?良いよ。やろ。憂が勝ったらどんな状態でも連れて帰っていいよ。ただ、私が勝ったら澪ちゃんを返してもらうよ」
憂「うん良いよ。澪さん、そうゆう事でお姉ちゃんの物になってね」
澪「はい、憂様」
唯「澪ちゃんを物扱いしないで!!」
憂は困った顔で唯を見る。その顔は旅行に来た外国人に道案内を尋ねられたように困った顔である。
憂「お姉ちゃんおかしいよ。さっきので分かったでしょ。和ちゃんも澪さんも闇宮だから人形なんだよ。私やお姉ちゃんの命令を聞くためにだけに存在するんだよ?」
唯「澪ちゃんは人形じゃないよ!!」
憂「う~ん。……じゃあ和ちゃんと澪さんの心糸を視てくれるかな?」
視ようと思ったが、先ほどの戦闘での肉体、精神の疲労で視れなかった。憂に視れないと言うと「残念」と落胆した。
憂「じゃあ2人の瞳を見ててね。和ちゃんに澪さん。心を殺してください」
憂がそう言うと2人の瞳から光が消えた。
憂「闇宮の人は自分のあらゆる糸を切ることが出来るんだ。生物なのに心を殺せるんだよ!これを人形と呼ばないでなんて呼ぶの!?」
パチンと憂が指を鳴らすと2人の瞳に光が戻る。
憂「……怒っちゃってごめんねお姉ちゃん。それじゃあね。気をつけて帰ってね。行きましょう。澪さん、和ちゃん」
「はい、憂様」と2人の闇宮と憂は森の中へ消えて行った。唯はただ振り返る事のない澪の背中をただ見つめるばかりだった。
律「唯…」
律は声を掛けるが何を言えば良いのかわからず、そのまま黙ったままだった。
私はどうしたらいい?そう問おうとしたか呟こうとしたか。力をなくした私は律を支える。その感触を最後に私の意識は途絶えた。
最終更新:2011年04月20日 22:58