―― 2010年12月 放課後・職員室前


梓「失礼しました」ガラガラガラ

梓「はぁ……職員室に呼び出されたと思ったら明日健康診断の再検査に行けって、面倒くさいなぁ……」

梓「先輩方待たせちゃってるし早く部室行かなきゃ」


―― 部室

 去年の学園祭を最後に部活動を実質引退した先輩達だけど、今も受験勉強をするために部室に来ている。

梓「こんにちは、お待たせしました!」

律「おー、今日随分と遅かったな梓。」

澪「何かあったのか?」

梓「すいません、ちょっと職員室に呼び出されてたもので」

唯「わーい、ちょっと遅くなったけど今日のあずにゃん分補給~」ぎゅー

梓「ちょっ!いきなり何ですか!やめてくださいよ」

紬「まあまあ、とりあえずお茶にしましょ」

梓「それが、急に健康診断の予定が入って胃カメラ飲まないといけなくなったので今日は何も食べれないんですよ」

澪「健康診断?先月やったんじゃなかったのか?」

梓「それが、先月の検査で何か引っかかったそうで病院で再検査する事になったんです」

唯「あずにゃんお菓子食べすぎだからだよ」

梓「唯先輩に言われたくないです」

唯「ぶー、あずにゃんシドイ」

 はぁ、それにしても健康診断だなんて、何もないの分かってるけどそれでもいい気がしないよ。


―― 翌日

 この日は朝から病院にすし詰め、血を抜かれたりX線浴びせられたり大きな機械の中に寝たまま入れられたりバリウム飲まされてカメラ突っ込まれたり……噂には聞いてたけどバリウムって本当吐きそうになる位気持ち悪い。
 午後からは学校に戻って授業、放課後の部活は今日は休みと言われたのですぐ帰ろうと下駄箱で靴を履き替えて外に出ると……

梓「あ、雨だ……どうしよう、天気予報見てこなかったから傘持ってないよ」

唯「お、あずにゃん発見!」ぎゅー

梓「にゃっ!?ゆ、唯先輩いきなり後ろから不意打ちしないでください!それに他の人達が見てるでしょう」

唯「よいではないかよいではないか」

梓「はーなーれーてーくーだーさーい」

唯「えへへー、って、あれ?それにしてもあずにゃんこんなとこで一体どったの?」

梓「今更ですか……傘持ってくるの忘れちゃったから困ってるんです」

唯「ふふふ、実はですね、こんな事もあろうかと、傘を用意してきました!」

唯「一緒に帰ろ、ね?」

梓「すいません、それじゃお言葉に甘えて」

唯「あずにゃんと相合傘だよー。雨の日も捨てたモンじゃないですなー」

梓「よくそんな言葉が恥じらいもなく出ますね」

 しばらく歩いた頃、私はある事に気が付いた。
 今親は仕事で全国ツアーの最中で家にはいない。
 当然家事全て自分でやる必要があるし、夕食の買出しもしなきゃいけないのに今日1日忙しすぎてうっかり忘れてた。
 今日は疲れてたから外食にしようかな……でも何か1人でお店に入るのって緊張するし思い切って唯先輩を誘ってみよう。
 二つ返事でOKしてくれた。何でも憂がお泊りで今日は家に誰もいないそうな。



―― 近所の焼鳥屋


唯「それにしても、あずにゃんがこんなお店知ってるなんて以外だったよ」

梓「そうですか?私の家族、家を留守にしている事が多いからこうやって1人で外食する事がよくあるんですよ。でもこのお店、前にも一度先輩と来た事があったんですよ?」

唯「うーん、そんな事あったかなぁ。思い出せない……」

梓「覚えてませんか?私が1年の時の学祭の後、今日と同じように2人で来たじゃないですか」

唯「そういえばそんな事があったよーな無かったよーな」

唯「あ、思い出した!そうだよ、前にも来た事あったよ。確かあの時は私から誘ったんだよね」

梓「ええ」

唯「あれからだよね。よく帰りに2人で寄り道するようになったのは」

梓「そうですね、なんか随分昔のように思えますよ。まだ1年ちょっと前の出来事なのに」

梓「そうだ、唯先輩、私ここの他にも色々おいしいお店知ってるんですよ。よかったら今度時間空いてる時に行きませんか?」

唯「いいねー、行こうよ行こうよ。あずにゃんの知っているお店ならきっとおいしい筈だもんね」

梓「ふふっ、何ですかそれ」

唯「それはそうと……あずにゃん前来た時も確かそれ食べてたよね、なんだか美味しそう……」じゅる

梓「鶏皮ですよ。 私ここに来たら必ずこれ注文するんです」

唯「よし、じゃあ私もそれにしよっ! すいませーん」

梓「まだ食べるんですか?もう結構頼んでますよ」

唯「平気平気。だってあずにゃんと一緒なんだもん!もっと楽しまなきゃ」

梓(やっぱり唯先輩といると楽しいし落ち着くな……誘ってみてよかった)



―― それからしばらく経ち、翌年1月のある日・琴吹総合病院

 あの検査の日からしばらくの間、私は何度も病院で検査をさせられ検査入院までする事になった。
 でも病気で入院したわけでもないのですぐに退院でき、今日は診断結果を聞きに来ている。

梓「こんにちは」

金田「こんにちは」

 この人はこの病院の外科医で私の主治医でもある金田先生。

金田「今日は先日の検査の結果を聞きに来たんだよね」

梓「はい」

金田「中野さん、ご家族の方は今どちらに」

梓「あの……学校戻らないといけないのでなるべく早くしてもらえませんか」

金田「できれば、検査結果はご家族の方と一緒に聞いてもらいたいんだけどね」

梓「ですから、私は今急いで……」ハッ

梓(ちょっと待って!何で結果を聞くだけなのに家族も一緒に居て欲しいなんて言うのかな…普通言わないよねそんな事)

梓(先生とても険しい顔をしてる。なんか嫌な予感がする)

梓「親は仕事で出張していてしばらく帰ってこれそうにないです」

金田「そう」

梓「それで、私は何の病気なんですか?」

金田「肝臓に腫瘍が見つかった。胃から転移した物のようでとても悪性度が高いものです」

梓「え……」

金田「スキルス性の胃癌でね、既にかなり進行して手術で完全に除去するのは不可能な状態です」

梓「そんな……治す方法は無いんですか?」

金田「残念ながら、現在の医学では完全な治療法は確立されていません。出来る事は抗癌剤で進行速度を抑える位です」

梓「それで、私はあとどれだけ生きられるんですか」

金田「放置していたら半年、薬で進行を抑えた場合もってあと1年」

梓「1年って……」


 私は頭の思考回路が完全に停止した。
 気が付いたら自分の部屋にいた。ここまでどうやって戻ってきたのかすら記憶にない。
 ベッドに飛び乗り横になる。今はもう何も手に付かずただ時間だけがすぎて行く。
 どれ位たっただろうか、玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえたので私はしぶしぶドアを開けに行った。

新聞屋「ちわっす! 新聞屋です。実はお客様の新聞の定期購読の契約が来月までとなってまして、契約の更新に伺わせていただきました」

梓「はい」

新聞屋「どうでしょうか? 来月以降もまた続けてくれますでしょうか」

梓「はい」

新聞屋「ありがとうございます。それではこの書類のこことここにサインをして……ここに印鑑お願いします」

新聞屋「出来れば、長期でとって貰えれば嬉しいんですが2年契約というのは如何でしょう」

梓「はい」

新聞屋「いやー、ありがとうございます本当に。ではこれはつまらない物ですがお礼の品と、契約書の写しです。では失礼します!」ばたん

梓「……2年じゃ長すぎたかな」ぼそっ

 17年間生きてきた。明日という日が来るのは当たり前の事だと思ってた、そう……今までは。

 私は今日、余命1年と宣告された。



―― 翌日・学校 2年1組

梓「……」ぼー

純「よっ、おはよ梓っ!」

梓「あ……純……おはよ」

純「どうしたのー?なんか浮かない顔してるけど」

梓「ううん、別に何もないよ」

純「何も無いような顔してないじゃん。これは……ははーん、さては恋の悩みですな」

梓「違うよ……だから何も無いって言ってるでしょ」

純「そ、そう(いつもみたいに突っかかってこない、これは変だ)」

憂「おはよう、純ちゃん、梓ちゃん」

純「おはよー憂」

梓「おはよ……」

憂「梓ちゃんどうしたの?て目に隈できてるよ!大丈夫?」

梓「平気だよ。昨日ちょっと夜中までTV見てて寝不足なだけだから」

梓(本当は一睡もしてないよ、寝れるわけないじゃん)

純「TV見てて寝不足だなんて、なんだかんだで抜けてるよね梓も。それで授業中寝てて指名でもされたらどうすんのー」

梓「……」

純(こりゃダメだ……)

憂(どうしたんだろ……なんかおかしいよ今日の梓ちゃん。絶対タダの寝不足じゃないよ。なにかあったのかな)

純「まっ、何かあったら相談してよね。困った時位友達を頼りなさい!」

憂「そうだよ、私達いつでも待ってるからね」

梓「ありがとう」

純「そうそう、まだまだ人生これからなんだからさ。もっと気楽にいこうよ!」

梓「これから……か」

憂「どうしたの?」

梓「あ、いや……何でもないよ。ただの1人言」

梓(ごめん……純……憂……でもこれは私自身の問題であって誰にも解決出来る事じゃないから)

 その日は部室には行かなかった。
 とてもじゃないけどそんな気分じゃないし先輩達に気を使わせたくなかったから。


―― 翌日

梓「あ、もうこんな時間。学校行かなきゃ遅刻しちゃう」

梓「……」

梓「喉かわいちゃった。ちょっと何か飲んでから行こうかな」

梓「冷蔵庫空っぽだ……そっか、買い物行き忘れてたんだっけ」

梓「あ……これお母さんの缶ビール……」

梓「お酒はハタチになってから、か……よく考えたらハタチになれないじゃん私」

梓「飲んでもいいよね」ぷしゅっ

梓「うわっ、苦っ!」

梓「はぁ……でも飲んでると何か嫌な事忘れられそうな気がする」

梓「もう今日は休もうかな」

梓「……今更学校なんか行ってもしょうがないもんね」


――  放課後・部室

澪「え?梓が無断欠席?」

唯「うん、さっき憂がそう言ってたんだよ」

律「あのマジメな梓がなぁ…無断欠席って…」

紬「そういえば昨日も来なかったね、何かあったのかしら」

唯「なんかね、昨日からあずにゃんの様子がおかしかったんだって」

唯「憂と純ちゃんが言うには今まで見た事ない位落ち込んでて思い詰めたような顔してたんだってさ」

律「あいつ、相談も何もしないで1人で悩み事かよ。私等じゃ頼りにならないってのかよ」   

唯「私、あとであずにゃんの家行ってみる。だって気になるもん」

紬「そうね、それなら私達も一緒に」

律「いや、ここは唯に任せよう。あんまり大勢で行くと逆効果だと思う」

澪「そうだな、唯、悪いけど頼めるか?」

唯「うん!まっかせなさいりっちゃん澪ちゃん!」



―― 中野家

ぴんぽーん

梓「うるさいなぁ、誰なのもう」

ぴんぽーん

梓「さっさと帰ってよ、うるさい」

唯「あずにゃん出ないなぁ……留守なのかな」

ぴんぽーん

梓「ああもう!誰か知らないけど私に構わないでよっ!」

 この時の私はまさか唯先輩がわざわざ家まで来てくれているなんて事は知る由もなかった。
 でも会わなくて正解だったのかも、あの人見かけによらず勘がいいから。
 私は布団に潜り込んで呼び鈴の音を無視し続けやがてその音も聞こえなくなった。

 その後も私は学校を休み続けた。
 家に居てもやる事もないので外をぶらつく事にした。
 普段は学校にいるから平日の街は少し新鮮にうつった。
 どうせあと1年しか生きられないのだから今までやらなかった事をやってやろうと思った私はいつもなら絶対1人で行かないような場所に行った。
 ゲームセンター、パチンコ屋、1人カラオケ等等、学校にバレたら大事だろうけど今の私には全然気にならなかった。
 もしバレて謹慎や退学になっても来年卒業できるかどうかも分からない私にとっては関係のない話なのだから。
 こうしている間1人ぼっちだけどそれも気にならない、人付き合いがあまり得意でない私は高校に入るまでこうしている事がよくあったからむしろ先輩達や同級生の友達に囲まれてる今の方が珍しいんだ。



 そんなある日の帰り道……

梓(あれ?家の前に誰かいる。誰なんだろこんな夜遅くに)

梓(え!?唯……先輩……!?)

唯「あずにゃん……」

梓「どうしたんですか唯先輩こんな夜遅くに家の前で」

唯「えっへへへ、あずにゃんにここの所ずっと会えなかったからあずにゃん分が不足してましてなぁ」ぎゅー

梓「わっ!?ちょっ!いきなり抱きつかないでくださいよ」

唯「……どうして」

 抱きついた状態のまま唯先輩は私の耳元でそう呟いた。

梓「え??」

梓(唯先輩すごい寂しげな顔してる……そりゃそうだよね)

唯「どうして急に何も言わずに学校来なくなっちゃったの?メールしても返事してくれないし」

梓「それは……」

唯「みんな心配してるんだよ?」

梓「すいません、実はインフルエンザにかかってて連絡できる状態じゃなかったんです」

梓(我ながら苦し紛れな嘘だなぁ……)

唯「あずにゃん、嘘だよね?流石に苦しいよ?」

梓「……」

唯「本当のこと、話すつもりはない?」

梓「すいません……今はまだ」

唯「分かったよ……じゃあ今は無理に聞いたりとかはしないよ。でもね」

唯「あずにゃんの気分が落ち着いてからでいいからね、その時になったら私達に教えて欲しいな」

梓「はい……」

唯「あずにゃんには早く元気になって欲しいから。そんな顔似あわないし私も嫌だから」

梓(先輩……)

唯「来週の月曜、学校来れるかな?」

梓「はい、何とか行けると思います」

唯「絶対だよ!絶対だからね!」

唯「じゃあ、はい!指きりしよっ」

梓「え?」

唯「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ!と」

唯「約束だからね!絶対来てよね」

梓「大丈夫です」

唯「えへへ、じゃああずにゃん、また月曜ね!おやすみー」

梓「はい、また月曜に、おやすみなさい唯先輩」

梓(はあ……何やってんだろ私、とにかく家に戻ろう)

梓(TVでもつけよっか)

『続いてのニュースです。先日〇市で死者9人を出した通り魔事件で逮捕された〇容疑者ですが、警察の取調べで動機はタダの暇つぶしでやったと供述しており容疑を認めておりますが反省の言葉は一切口にしませんでした。この件についてry』

『次のニュースです。先日の不正献金問題で野党から辞任要求の上がっている〇大臣ですが今日の記者会見で改めて続投の意思を表示しました。既に証拠となる書類も検察庁に送られており起訴も時間の問題と言われてますがここにきての強気な発言に議会はry』

梓「何で私なんだろ……」

梓「何で私だけがこんな目にあわなきゃいけないのよ」

梓「なんで私なの!」

梓「どうして、どうしてなのよ!」


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最終更新:2011年04月21日 02:22