―― 翌日・病院
梓「先生、ちょっといいですか?」
金田「中野さんどうしたの?今日は診察日じゃなかったよね。どこか痛むの?」
梓「間違いなんじゃないんですか?私の検査の結果。本当は間違いなんじゃないんですか?」
金田「え」
梓「検査結果、誰かのと入れ替わったんじゃないんですか」
金田「それはないよ」
梓「でも、1%でも0.5%でも、間違いが起こる可能性はあるんですよね?」
金田「どうしてそう思うの」
梓「私は17年間地道に生きてきたんです。私は別に、大きな成功とかそういう事を望んでいたわけではありません」
梓「毎日平穏無事に暮らせればいいんです。そりゃあ小さい事は色々ありますよ。でも大きなトラブルは1度となく過ごしてきたんです」
梓「そんな私がこんな目にあう筈ないんですよ。おかしいと思いませんか、そんなの不公平ですよ!!これは絶対何かの間違いなんです。そうですよね先生!!」
金田「そうだね。君がそう思うなら間違いかもしれない」
梓「……」
金田「でも確かな事が1つある」
金田「それは今君が生きている事、生きているという事に間違いはない」
金田(告知は重すぎたかな、この子にとって)
この後後家に帰った私はふと昔を思い返したくなってアルバムを漁っていた。
見つかったのは小学校の卒業アルバム、そこには幼い頃の私の写真と将来の夢が書かれていた。
梓「なになに?将来の夢……プロのギタリストになって大勢の人達の前でライブ、かぁ。あの頃はそんな事も考えてたっけなあ」
梓「結局諦めたんだけどね。理想と現実って違いすぎるし」
梓「ん?他にも何か書いてある、何書いたんだろ私」
『私は将来幸せな人間になりたいです。幸せな人間とは後悔のない人生を生きている人だと思います』
梓「ふふっ、私ったら随分生意気な事書いちゃって……ふふっ」
梓「今まで17年何事もなく無難に生きてきたんだから後悔する事なんて何もないもん、本当に生意気だよあの頃の私」
梓「本当に生意気……ぐすっ……あれ、何で涙が……どうしてよ」ぽろぽろ
梓「ひっく……うぅっ……ぐずっ……」
実は私は後悔していた。本当にやりたい事もやらず、やろうとしなかった今までの日々を。
―― 月曜
梓「ご心配をおかけしました」
律「おっ、体の方はもう大丈夫か?」
梓「え?」
澪「唯から聞いたぞ。インフルエンザで寝込んでたんだってな」
梓「あ、は、はい」(そっか……唯先輩わざわざ言わないでいてくれたんだ)
律「心配したぜ全く、いきなり何も言わないで学校来なくなるんだもんな」
梓「す、すいませんでした」
その後先輩達が勉強している間、私は1人でギターを弾いていた。
梓「……うっ!」
演奏中突然お腹に激痛が走りギターの音が止まる。
梓(な、なにこれ……これって病気が進行してるって事!?)
痛みはすぐに治まった。だけど言いようのない不安が私の頭の中を錯綜する。
唯「あれ?どったのあずにゃん、急に演奏やめて」
梓「な、なんでもないです。それより先輩はちゃんと勉強に集中してください!ちゃんとやらないと落ちますよ」
唯「うっ!受験生にその言葉は禁句だよっ」がーん
梓(無理矢理だけどなんとかごまかせたかな……)
梓(先輩達は受験で大変な時期なんだからもうこれ以上気を使わせて迷惑かけたくはないもんね)
その夜、私は部屋でじっと携帯電話のモニターを見つめていた。
モニターに映っているのは親の電話番号。
病気の事を言わなきゃいけない…告知された日に本当は言うつもりだったけど言うのが怖くて言い出せなかった。
今日こそ言わなきゃね、うん。
梓「もしもし、お母さん?あのね、私病気にかかっちゃったみたいなの」
梓「スキルス性の胃癌って知ってる?私それにかかってあと1年しか生きられないんだって」
言ってみたけど実は発信ボタンは押していない、どう切り出すか考えて自分を落ち着かせるために練習で言ってみただけ。
でもいざとなったら右手の親指をちょっと押し込むだけの簡単な動作が出来ない、出来ずにいる。
告白してどう反応されるのかが怖くて言えない。
私はそっと携帯を折りたたんで部屋の隅に置いた。
~~
梓(あれ…ここはどこ?)
梓(こんな場所しらないよ…何時の間にこんなとこに)
梓(あそこにいるのは先輩達だ…どうしたんだろあんなとこに集まって)
すたすた
梓(え!?先輩達どうしたんだろう、泣いてる?)
梓「せんぱーい!」
唯澪律紬「……」
梓(おかしいな、聞こえてないのかな私の声…あれ?何見てるんだろ…)
梓(木の箱?あの大きさ…中に何が入ってるのかな)
梓(え!?私だ!私が寝てる…これって私の……!?)
梓「そんな……いやあああああっ!!」
ガバッ!
梓「はぁっ…はぁっ…」
梓「ゆ、夢…!?」
梓「なんなのアレ、いくらなんでも縁起でもないよもう……」
梓「2時……か」
時計「ちっちっち」
梓「時計の音……気になるなぁ。TVでもつけよっと」
時計「ちっちっち」
梓「……っ!」
時計の刻を刻む音が今の私にとっては黒板を爪で引っ掻く音より苦痛だ。
これが1つ刻まれる度に死へと少しずつ近づいていると連想させられるから。
時計の音が聞こえないようにTVの音量を上げ耳を塞ぎ一睡もせずにそのまま朝を迎えた。
―― 病院
この日私は診察日ではないけど病院にいた。
こうしている間にも少しづつ「その時」が近づいている、それもあと1年もの間毎日怯えながら過ごすのが怖くて先生にある事をお願いするために来ていた。
梓「あと1年と思ってましたけど、考え直しました。1年て結構長いですよね」
金田「そうだね」
梓「楽にしてください」
金田「何言ってるの」
梓「死ぬ事考えたらすごく怖いんですよね」
梓「すごく痛いんだろうなとか苦しいんだろうな、とか。毎日毎日怖いんですよ」
金田「そう感じるのは当然だよ。でも、残りの人生それだけじゃない」
梓「何の痛みも感じないまま楽にしてください。そういう方法ちゃんとありますよね」
金田「落ち着くまでこのまま少し入院しましょうか」
梓「楽にしてくれるんですね」
金田「そんな事法が認めないよ。例え法が認めたとしても私が認めない」
金田「少し待っててくれる?空きベッドの確認をするから」
これ以上お願いしても進展はない、それにこのまま病院で薬漬けにされるのも嫌なので私は何も言わず足早に診察室を出た。
私はもう諦めている。私に残されたのはあと1年、それまでただ待つしか道はないのかな……
―― その日の夜・病院の診察室
コンコン
金田「どうぞー」
紬「お邪魔します、お父様に頼まれていた今度の会議のレポートをお持ちしました」
金田「お嬢様自らわざわざ、ご足労かけます」
紬「いえ、たまたま私も暇でしたので……先生もこんな時間までお疲れ様です」
金田「いえいえ、丁度患者のカルテの整理をしてましたので」
紬「CTとMRIの画像ですか」
金田「ええ、最近私が担当する事になった患者のカルテなんですが……癌患者なんですよ」
紬「癌患者……先生のその表情を見る感じだともう手遅れなんですね?」
金田「ええ、まだ17歳の女子高生なのにですよ。本人も相当参ってるようで今日も相談に来たんです」
金田「誰か相談できる人がいれば心の支えになってくれるんですけどねぇ」
紬「そうですね……」
金田「おっといけない。これ以上はお嬢様といえど患者のプライバシーに関わる事なので」
紬「そうですよね、それでは私の用件も済みましたしそろそろお暇いたします」
金田「はい、お父様によろしく伝えておいてください……あっ!」ぱらっ
紬(先生が立ち上がった拍子に袖が机の上のカルテに当たって私の足元に……)
紬(患者の名前が書いてあるわ……え!?なんで、ウソでしょ!?)
金田「これは、失礼しました。ここは片付けておきますので」アセアセ
紬(ナカノアズサって……見間違いか同姓同名の他人よね?でも最近の梓ちゃんの行動を照らし合わせてみると辻褄が合う……)
―― 数日後・某海岸
私は海に来ていた、目の前には断崖絶壁の崖、その先は吸い込まれるような青い海が広がる。
別に海水浴に来てるわけでも観光に来てるわけでも詩を書きに来ているわけでもない。
楽にしてもらえないのなら自分自身で楽になろうと、そう思いわざわざここまで足を運んだんだ。
崖ギリギリまで行き下を見下ろす、あまりの高さに足がすくんだ。
変だよね、飛び込むつもりで来たのに足がすくむなんて……
黙ってこんなとこ来ちゃって先輩達怒るだろうなきっと……なんだかんだでやっぱり気になってるんだ私。
一呼吸置いた後私は下を見ずに視線を正面に向けた。そこには視界いっぱいの水平線と私の心情とは裏腹の青空が広がっている。
憂、純……勝手にいなくなってごめん……
唯先輩、律先輩、澪先輩、ムギ先輩、こんなダメな後輩ですいませんでした。
お母さん、こんな親不孝な娘でごめんなさい……
一通り謝罪の言葉を頭の中でした私はその後、両足を一歩ずつ踏み出した
その直後全ての意識が途絶えた。
これで全てが終わった……終わったんだ……
~~~~
梓(ん、ここは?もしかして私、生きてるのかな)
意識を取り戻した私の視線に最初に入ったのは見慣れない天井、見慣れない部屋だった。
梓(というか何で私生きてるの!?)
金田「気が付いたようだね」
梓「先生!?という事はここは病院なんですね。私何で生きてるんですか」
金田「やっぱり死のうとしてたんだ」
梓「どうして私ここにいるんですか」
金田「この人が浜で君を見つけて運んでくれたんだ」
紬「……」
梓「え……ムギ先輩……どうしてここに、そうだ、ここ琴吹病院だから」
紬「ええ、ここは私のグループの病院よ」
金田「まさか君がお嬢様の後輩だったなんてね、驚きだよ」
梓「ムギ先輩がここにいるって事は……私の病気全部知ってるんですよね」
紬「ええ、この前カルテを見てしまってまさかとは思ったけど最近梓ちゃん様子おかしかったでしょ?もしやと思って万が一を考えて身辺探らせてたの」
梓「私は自分で死ぬ事もできないんですか?」
金田「そうだよ」
梓「余計な事しないでください」
金田「余計な事はしていないよ」
梓「私の命ですよ。どうしようと勝手じゃないですか」
紬「いい加減にしなさい!」
梓「……っ!」
紬「あなたに自分で死ぬ権利なんかどこにもないわよ!」
梓「先輩や先生に何が分かるんですか、他人のくせに!」
紬「他人だから何だって言うのよ!」
紬「梓ちゃん、あなたまだ生きてるでしょう?まだ生きているのなら精一杯生きて、それから死になさい!」
梓「……」
金田「中野さん」
金田「ついさっきね、僕の患者さんが死んだ。1ヵ月後に娘さんの結婚式があってね。何とか1ヶ月、1ヶ月でいいから生きたいって最後まで言ってた」
金田「僕はそういう人を何人も見てきたんだ。気持ちが安定するまで入院してもらうよ。お嬢様もそれで構いませんよね?」
紬「はい、お願いします」
金田「僕には君の残りの人生を支える義務があるから」
金田「それでは僕は診察があるのでこの辺で、お嬢様、あとお任せしますがよろしいですか?」
紬「ええ、後はお任せください」
ガチャリ
梓「ムギ先輩……私……」
紬「とにかく今夜1日冷静になってよく考えてみて。学校とりっちゃん達には今回の事は秘密にした上でしばらく休むって連絡しておくから」
梓「はい……」
紬「大丈夫よ、病気の事も黙っておいてあげる。病気の話は梓ちゃんの気持ちの整理がついたら自分の口で言ってあげて。その方がいいと思うから」
梓「わかりました」
紬「落ち着いたらみんなを連れてお見舞いに行くからね。その時はケーキも持って行くからみんなでお茶しましょうね?」
梓「はい……」
翌日、軽音部の先輩達、憂、純が放課後の学校帰りにお見舞いに来てくれた。
唯「あずにゃんおいーっす!」
澪「こら唯、病院なんだから静かにしろ」
唯「えへへー、あずにゃんの顔見たらなんか安心しちゃったんだー」
澪「梓は絶対安静の身なんだからな、抱きついたりするなよ」
唯「ちぇー」
律「てかびっくりしたぞ、梓が入院したってムギが言い出したからさ」
憂「そうだよ、しかも自殺しようとした友達を止めようとして巻き込まれたって聞いたからホントに焦ったんだから」
梓(え?ムギ先輩本当に秘密にしてくれたんだ)
純「でも梓は悪運強過ぎだね、あんな高さから落ちて打撲で済んでるんだから。ま、私がお見舞いに来てやったんだから安心しなさい!」
梓「別に純が来たって安心するような要素ないでしょ」
純「ぶーっ!ひどいぞーそんな事いうなんてー」
律「まー見た感じ元気そうで何よりってとこだな」
唯「それはそうと、落ちる時『私死ぬのかなー?』とか思ったりしたの?」
梓「死ぬつもりでしたよ」
梓(そのまんまの意味だけどね)
澪「でもなかなか出来る事じゃないよな。自殺しようとしてる相手を体張って助けるなんてさ」
憂「それでそのお友達はどうなったの?」
梓「え、ああ、ちゃんと無事だよ。別の病院に運ばれただけでピンピンしてるよ」
純「ああそうだ、何かヒマ潰しになるかと思って梓の机の中の使えそうな物持ってきたよ」
梓「え?ありがと純。あれ、この本、昔買って読まずにしまっておいた本だ。こんなとこにあったんだ」
純「感謝しなさいよー?わざわざ持ってきてあげたんだからさ」
梓「そういう事にしといてあげる」
純「はいはい、あいかわらず素直じゃないんだから」
律「さて、そろそろ面会時間も終わりそうだし私らそろそろ帰るなー」
梓「はーい、今日はわざわざありがとうございました」
紬「お大事にね」
唯(死ぬつもりだった……って言ってたよね。私の考えすぎかな。でももしかしたら)
―― 診察室
コンコン
金田「どうぞ」
唯「失礼します」
金田「あなたは?中野さんのお友達ですか?」
唯「私、梓ちゃんと同じ軽音部に所属している
平沢唯といいます」
金田「はじめまして、中野さんの主治医の金田です」
唯「実はちょっと先生に聞きたい事がありまして……」
金田「どんな?」
唯「梓ちゃんの今回の入院の件なんですけども、もしかして……」
金田「中野さんの件に関しては完全に事故です。自殺だと思われてるかもしれませんが決してそんな事はありません」
唯「事故の詳しい内容分かりますか?」
金田「申し訳ありませんが患者のプライバシーは秘密厳守となっておりますので」
唯「そうですか……なんかあの子、最近様子がおかしかったんです。だから今回の事件もなんか不自然に思ったんですけど先生がそう言うなら大丈夫なんですよね」
金田「ええ、あの子なら心配いりませんよ。これからもお見舞いに来てあげてください。それがあの子にとって一番の励みになりますので」
唯「はい、勿論です」
金田「それはそうと……平沢さんでしたっけ、あなたは中野さんにとっての特別な人?」
唯「え?」
金田「いや、いいんです。大した意味はありませんので」
唯「そうですか、それでは私はこの辺で」
金田「はい」
唯「失礼します」
最終更新:2011年04月21日 02:25