その夜、私は暇を持て余していた。

梓(暇だなぁ……8時かー、まだ寝るには早いし病院てホントやる事ないなぁ)

梓(ちょっと病院の中散歩してみようかな)

梓(やっぱり真っ暗だな廊下……戻ろっかなやっぱ)

梓(あれ?あそこだけ明るい、なんだろう、行ってみよう)

梓(赤ちゃんがいっぱいいる……みんな産まれたばかりみたい。そっか、ここ新生児室か)

じー

梓(この子達にもこれから長い人生が待っているんだよね)

梓(そういえば私にもこんな時期があったんだよね……さすがに記憶はないけど)

梓(私は周りから何を期待されて、私自身は何をやりたくて生きてきたんだろ)

梓(そうだ、少し確かめたいこと思いついた)

 私は公衆電話の前にいた。
 病院では携帯電話が使えないので電話を使う時は必然的に公衆電話を使う事になる。
 おもむろにダイヤルしある人に電話をかける。

『もしもし』

梓「あ、もしもしお母さん?私、梓だけど」

『あら梓、どうしたのこんな時間に』

梓「ううん、ちょっとお母さんの声が聞きたくて電話してみたんだ」

『そうなの、珍しいわね。留守の間何も無かった?』

梓「何もないよ、私なら平気。あとちょっとお母さんに聞きたい事があるからそのまま聞いてくれる?」

梓「あのねお母さん、私を産んでくれた時どう思った?」

梓「うん、ちょっと気になってね、聞いてみたくなったんだ」

『そうねぇ……やっと会えたねって』

『そして、この子の為なら自分の命を捨てられる、そう思ったかな』

梓「……!!」

『どうしたの?』

梓「なんでもない、私今友達待たせちゃってるからそろそろ切るね」

『あんまり友達待たせちゃダメよ。それと体には気をつけるのよ。来月には私達一度そっちに帰れそうだからそれまで我慢してね』

梓「うん、わかってるよ、ありがとうね」

梓「大丈夫、私しっかりやっていけてるから」

梓「じゃあ切るね、うん、またね」


 電話をきった私は誰もいない待合室に行きそこの椅子に腰をおろした。

梓(私のためなら命も捨てられる、か……)

梓(それなのに私、なにをやってたんだろ……)

梓(自分で死ぬ権利なんかない、か……)

 手元には忘れ去っていた手付かずの本がある。
 私は照明が落ちて薄暗い待合室の椅子に腰掛け本の表紙をじっと見つめながら物思いにふけっていた。

梓(私この本買ったけど読もうとしなかった……純が持ってきてくれなかったらずっと読まずに忘れてたままだったんだろうな)

梓(何もやらずにいたらいつまでたっても変わらないもんね……なら私はこれからの1年、やりたい事を全てやって悔いがないようにしなきゃ)

梓(私が長く生きられない分、他の人達には私の分まで長く生きていて欲しい……なら私はその人達の為にも生きなきゃいけない)

梓(1年しかないのなら残りの1年を17年よりも長いものにして、1日1日を大事にして生きていこう)


―― 学校・部室

梓「こんにちは!お久しぶりです先輩方!」

唯「あずにゃーん、待ってたよぉー」ぎゅっ

梓「にゃっ!?もう、唯先輩ったら……」

唯「えへへーっ」すりすり

澪「梓、退院おめでとう、もう体の方は何ともないのか?」

梓「はいっ!おかげさまでこの通りです」

律「よかったよかった、来期の部長に何かあったら部の存続に関わるからなー」

紬「とりあえず一件落着ね?梓ちゃん」

梓「はいっ!私、精一杯がんばります」

紬(ふふっ、何か吹っ切れたようね梓ちゃん、これでいいのよね)

澪「よし、それじゃ梓も無事に復帰した事だし」

律「お茶だな」

澪「勉強だろっ!」ゴチン

唯「ええーっ、私まだあずにゃん分の補給が終わってないよぉー」

律「そうだそうだー!たまには気分転換でお茶だー」

澪「何言ってるんだ、もうすぐ受験なんだぞ、さ、戻った戻った」

唯律「ちぇー」

梓「それでは私はあっちでギターの練習してますね、ずっと演奏してないからなまっちゃってて」

 私はもう決めた、治らない病気ならせめて向き合って行こう。
 そう、私は生きる、人生最期の日まで

 第1話 終




数日後

●REC

『1月26日、ビデオ日記を始める事にした。私は残りの人生を精一杯生きたい。後悔しないように生きたい』

梓(とりあえず最初はこんなもんでいいかな)

梓(ビデオ日記なんて映画やドラマの中だけの話だと思ってたけど、まさか自分がやる事になるなんてなぁ)

梓(でも頑張らなきゃ!私が生きてきた事の証を何か残しておきたいし)

梓(よし、これくらいにして学校行かなきゃ!)


―― ある日の放課後・部室

唯「おっ、あずにゃんおいーっす!」

梓「こんにちは唯先輩、って他の先輩方は?」

唯「えっと、みんな今日は受験勉強で調べ物があるからって図書館に行ってるんだー」

梓「そうなんですか。唯先輩は行かないんですか?」

唯「私はいいよー。だってあずにゃんに会いたかったんだもん!」

梓「なんなんですかそれ……てかちゃんと勉強しないと置いていかれますよ」

梓(全く大丈夫なのかなこの人は……受験生っていう自覚あるのかな)

唯「私が勝手に来てるだけだからあずにゃんはギター弾いてていいよー」

唯「あっ、あずにゃーん」

梓「どうしたんですか?」

唯「窓の外見てみなよ、雪だよー」

梓「あっ、本当だ……今年初めてですよね、雪降るのって」

唯「へへー、こうやって2人きりで部室で雪見るなんて初めてだよね」

梓「そうですよね」

唯「また来年もこうやって一緒にいれるといいねー」

梓「……」

梓「来年……か」

唯「どったの?」

梓「い、いえ!来年て先輩は卒業してもうここにいないじゃないですか」

唯「あーそうだったよ!残念だー」

梓「今日は朝から寒かったのに先輩といるとあまり寒く感じませんね」

唯「あずにゃん」

梓「はい?」

唯「手出して」

 私が両手を差し出すと唯先輩は両手で握ってきてこちらを見つめている。

唯「えへへ、あったかあったかだよあずにゃん」

梓「はいっ!」

梓「そろそろ帰りましょうか、もうこんな時間ですし」

唯「そうだね、じゃ一緒に帰ろっ」


帰り道

唯「うわぁー、雪が積もってるよ」

梓「本当ですね、これはしばらく止みそうもありませんね」

梓「外に出ると余計に冷えますよね。唯先輩、雪で滑って転ばないでくださいよ」

唯「平気平気!あ、そうだあずにゃんや」

梓「はい?」

 そう返事すると唯先輩は手を繋いでくる。
 突然の事で私は一瞬ドキッとした。

唯「こうやって手繋いでいれば転ばないし安全だよね」

梓「そうですね」

唯「どったの?もしかして迷惑だった?もしそうならごめんね、すぐ手離すから」

梓「いえ、迷惑なんかじゃありませんよ。しばらくこのままでいさせてください」

唯「あずにゃんの手、ちっちゃくてかわいいし暖かいし私幸せだよ」

梓「唯先輩の手もとても暖かいですよ」

唯「そうだ!」

梓「どうしたんですか?」

唯「あずにゃん今日マフラー持ってきてなかったよね」

 そう言うと唯先輩は自分のマフラーの半分を私の首にかけてくれた。
 この間私達の体はマフラーと手の2つで繋がれている。

唯「お裾分けだよ、これで2人共あったかあったかだよね」

梓「はい、ありがとうございます」

梓(温かい……唯先輩の温もりがマフラーを通じて伝わってくる感じだ) 

梓(胸がさっきからドキドキして止まらない……病気のせい……じゃないよねこれって)



●REC

『1月27日、今日は部室で唯先輩と2人きりだった。他の先輩達は受験勉強で忙しいっていうのにあの人は何でああもマイペースなんだろうか』

『来年もまた一緒に雪を見れたらいいなって言われたけど私にはもう先の未来なんかない。でも未来が無いのなら今を大切に生きたい』

『……唯先輩の事をどうしても意識してしまう。どうしてなのか私には分からない』




―― 翌朝

梓「おはようございます唯先輩、憂」

憂「おはよう梓ちゃん」

唯「おっはよーあずにゃーん」ぎゅっ

梓「にゃああっ!もう、しょうがないですね」

唯「えへへー、あずにゃんあったかーい」すりすり

梓「……」ぼー

梓(そういえば私、以前程スキンシップを拒まなくなったなぁ。慣れただけなのかな)

梓(むしろ離れて欲しくないような)

憂「梓ちゃん、そろそろ教室いこっか」

梓「そうだね、それじゃあ唯先輩、また後で」


―― 2年1組

純「なんか最近の梓さ、妙にご機嫌だよね」

憂「そうだよね、何かいい事あったの?梓ちゃん」

純「きっと今度こそ好きな人でも出来たんだよ」

憂「そうなんだ、梓ちゃん、頑張ってね!」

梓「純だけじゃなくて憂まで、やめてよ、そんなんじゃないもん!」

憂「顔真っ赤だよ?梓ちゃん」

梓「なっ……!//」

純「やれやれ、恋する乙女は大変ですなぁ」

梓「なにそれ、老け込んだ事いわないでよ」

純「ふふっ、可愛いですなー梓も。ま、大体誰が好きなのか大方予測がついてますけど」

梓(好きな人か……私多分唯先輩の事が気になってるのかな、今まで気付いてなかっただけで本当は私、唯先輩の事が好きだった、のかも)



●REC

『1月28日、今日は純と憂に茶化されてしまった。口では否定したけど心の中では否定しきれなかった』


梓「ふぅ……明日は定期健診の日か、病院行かなきゃ」


―― 病院

金田「どうしたの?何か悩み事?」

梓「いえ、そういうワケではないんですが」

金田「その顔は恋の悩みだね。いいよね、今の内にどんどん青春はした方がいいよ」

梓「違うんです」

金田「違う?またどうして」

梓「これからだって恋なんかしてる場合じゃないですし、私、有意義に過ごすって決めたんです」

梓「今までは毎日なんとなく過ごしてきました。でももう違います。先輩達がいなくなった後の軽音部を部長としてしっかり守っていかなきゃいけないんです」



数日後・部室

澪「やあ梓」

梓「こんにちは澪先輩。他のみなさんはどうしたんですか?」

澪「律とムギは日直で教室に残ってるから終わったらすぐ来ると思うよ。唯の奴は進路指導でまた職員室に呼ばれてる」

梓「そうですか……大丈夫なのかな唯先輩」

澪「梓、唯の事が気になるのか?」

梓「いえ、別にそんなんじゃないです」

澪「そうは見えないな。好きなんだろ?唯の事」

梓「どうしてそんな事言えるんですか」

澪「顔に書いてあるぞ」

梓「へ、変な事いわないでください!」

澪「まあ冗談は置いておいて、梓が唯を見ている時の表情が他の人を見ている時の表情と違ってたからな。それも昔から」

梓「そ、そんな事ないです」

澪「じゃあさっきまで梓が何を考えてたか当ててやろうか?」

梓「分かるんですか?」

澪「それが分かるんだよ。ちょっと耳を貸して」

梓「はい」

澪「ごにょごにょ」(耳元で)

梓「なっ……//」

澪「図星だったか」

梓「……確かに私は唯先輩の事が好きなのかもしれません。でも今は恋なんかしてる場合じゃないんです」

梓「先輩達は受験が大詰めで大事な時、私は春から部長として軽音部をまとめていかなきゃいけないし今は恋愛なんかできません」

澪「なあ梓」

梓「はい」

澪「確かに受験も部長としての役目も大事な事だけど。でもさ」

澪「この先、いくらでも恋ができるとか、またすぐ好きな人が出来るとかそんなの無理だから。先の事なんか考えずに今やれるだけの事を失敗してもいいからとにかくやってみた方がいいと思う」

梓「……今やれるだけの事、か」

梓「澪先輩、1つだけいいですか?」

澪「なんだ?」

梓「私分からないんです。どうして唯先輩が好きになってしまったのか。恋なんかした事なかったしこれからもしないつもりだったのにどうしてこんなの考えるようになっちゃったんだろうって」

澪「好きになろうとして好きになるもんじゃないんだ。好きになっちゃうんだ。恋はしちゃうもんなんだ」

梓「好きになるのに理由なんかない、今やれるだけの事を、か……ありがとうございます。私何か大事な事が分かった気がします」

ガチャッ

律「おまたせ澪ー、おっ!梓も来てたのか」

澪「おそいぞ律」

梓「こんにちは」

紬「こんにちは梓ちゃん」

唯「あずにゃんおいっす!」


●REC

『1月30日。こんな状況だけど唯先輩と付き合ってたらという能天気な空想をしてしまった。しかも澪先輩にばれてしまった』

『澪先輩に指摘されてやっと分かった。私は嘘をついていたんだ。この恋を忘れようとしていたのは余命1年だからじゃない。傷つくのが怖かったからだ。ありのままを伝えよう。それが私にとって今を生きるという事だから』

……

●REC

『2月1日、私は今更になって初恋という物をしてしまった。それも相手はあの唯先輩だ』

『明日ちゃんと気持ちを伝えようと思う。このままじゃ何も始まってなんかいない』

『女の子同士だからもしかして唯先輩に軽蔑されるかもしれない。でも背中を押してくれた澪先輩の為にも私自身の為にもやれるだけの事をしよう』



―― 翌日・昼休みの学校の屋上

梓(ふぅ、まだ唯先輩は来てないか)

梓(なんか緊張するなぁ、でも頑張れ私!)

ガチャッ

唯「おまたせあずにゃん」

梓「急に呼び出したりなんかしてすいません」

唯「ううん、それよりも私に用って何?」

梓「唯先輩、私どうしても伝えておきたい事があるんです」

梓「私うすうす気付いてたんです。でもはっきりと分かりました」

梓「単刀直入に言います。唯先輩、あなたが好きです!」

唯「……!」

梓「私と……お付き合いしてくださいっ!」ぺこり

 私は深々と頭を下げそのままの姿勢で固まった。
 頭を上げるのが怖かった、唯先輩の顔を見るのが怖かった。
 しばしの沈黙が場を支配する。
 その沈黙を破ったのは唯先輩だった。

唯「あずにゃん、顔あげて」

梓「はい……」

唯「ありがとうあずにゃん、私の事好きでいてくれて」

梓「いえ……」

唯「それでね、返事だけど」

梓「……」

唯「……ごめんね」

唯「私もあずにゃんは可愛くて大事な後輩で大好きだよ……でもあずにゃんの言ってる好きとはまた違う意味の好きなんだよね」

唯「嬉しかったよ、でもやっぱりね、ほら……言いにくいけどさ」

梓「分かってます、おかしいですよね女の子同士ですものね」

唯「うん……本当にごめんね」

梓「いいんです、元々覚悟はしてましたし言いたかった事も言えたしスッキリしました」

梓「それじゃあ、今日はありがとうございました唯先輩」


●REC

『2月2日、恋を始めることができた。一瞬で終わってしまったけど。これが最後の恋になると思う。でも自分の気持ちを伝えることができて本当に良かったと思う』


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最終更新:2011年04月21日 02:27