―― その夜・平沢家

憂「どうしたのお姉ちゃん」

唯「あ……憂……何でもないよ」

憂「そんな落ち込んだ顔で何でもないって言われても何も説得力ないよ。何か学校であったの?」


憂「梓ちゃんも何か様子が変だったし、梓ちゃんとお姉ちゃん、何かあったの?」

唯「私のせいだよ」

憂「どういう事なの?」

 私は昼休みにあった事を全て憂に話した。
 あずにゃんに告白された事、そしてそれを私は周りの目を気にして断ってしまった事、洗いざらい話した。

憂「……やっぱりそうだったんだ。梓ちゃん、やっぱりお姉ちゃんの事が好きだったんだ」

唯「もしかして分かってたの?」

憂「うん、何となくだけどね」

唯「私、あずにゃんに悪い事しちゃったのかなぁ」グス

憂「お姉ちゃんは梓ちゃんの事どう思ってたの?本当に只の部活の先輩後輩関係だったの?」

唯「最初はそう思ってたよ。あくまでも先輩と後輩、それ以上でもそれ以下でもないと思ってた」

唯「だけど途中からそれ以外の感情が出てくるようになったんだ。でもそれっておかしい事、いけない事だよね」

唯「それが理由であずにゃん自身が周りから変な目で見られるなんて私が嫌なんだ」

憂「お姉ちゃんは本当にそれで良かったと思ってるの?」

唯「わからない……わからないよぉ……どうしよううぃー」

憂「私思うんだけどね、人を好きになるのに年齢も性別も理由も必要ないんじゃないかって」

憂「梓ちゃんはお姉ちゃんの事が好き、お姉ちゃんは梓ちゃんの事どう思ってるの?」

唯「……多分好きなんだと思う」

憂「だったら問題ないよ。他人がどうとか関係ない、お姉ちゃんの気持ちをぶつけてみればいいんじゃないのかな」

唯「うん、そうしてみるよ。ありがと憂」



―― 翌日

唯(あっ……あずにゃんだ……何か気まずいなぁ)

梓「おはよう憂!」

憂「おはよう梓ちゃん」

梓「おはようございます唯先輩!」

唯「あ……お、おはようあずにゃん」

梓「どうしたんですか唯先輩」

唯「え、えーと」

唯(言いにくい……)

梓「昨日の事なら只の私自身の我侭だったしもう全然気にしてませんから大丈夫ですよ」

唯「……」


―― 部室

唯「……」ぼー

澪「……」カリカリ(勉強中)

紬「……」カリカリ

律「……」いらいら

律「だーーーーっ!!」

澪「律うるさい!!もう少し集中したらどうだ」

律「もう面倒くせー!こんなのずっと続けてたら頭パンクするだろーー!」

澪「おいおい、まだ30分しかたってないぞ。休憩するにはまだ早いんじゃないのか」

律「時間なんて関係ねー!時間よりも内容の濃さで勝負だろうが」

澪「全く……なにを言ってるんだこんな時期に。唯を見てみろ、こんなに真剣に……って」

唯「……」ぼー

澪「何にもやってないじゃないかっ!」

唯「ちょっと考え事しちゃってたんだよ」

律「よーしお茶だお茶!ムギ!お茶の準備だっ」

梓「受験までもう時間がないじゃないですか律先輩。見てるこっちが心配になってきますよ」

澪「ほら、後輩に心配されてどうするんだよ律」

紬「そうよ、それに私達が勝手にここに押しかけてきてるんですもの。気を使わせている梓ちゃんにも悪いわよ」

律「ま、なんとかなるだろ、本番でいざとなったら正解率7割を誇るこの6角君を使えば!」

澪「お前鉛筆に全部を任せるつもりかよ。今やっておかないと将来絶対後悔するぞ」

律「受験なんかに私達の未来は決めさせないぜ!」

澪「もう少し真面目に先の事を考えろよ……」

梓「あの……そんなに将来って大事なんでしょうか」

律澪紬「え?」

梓「私の友達に将来の事ばかり考えてる人がいました。彼女は人生80年のつもりで地道に生きてきました。本当は甘い糖分いっぱいな物がすきだったけど将来の健康を考えてたまにしか食べないようにしました」

梓「旅行なんかも老後の楽しみにしようと思ってどこにもいきませんでした。でも彼女はある日、自分があと1年しか生きられない事をしってしまったんです」

紬(梓ちゃん……あなた……)

梓「将来を考えるのは大事な事です。でも将来の事ばかり考えすぎて今を見失ってはいけないんじゃないでしょうか」

梓「でも澪先輩の言ってる事も分かりますよ。実際に律先輩全然真面目に勉強してませんから」

律「グサッ」

梓「だから皆さん、とにかく今は大学受験を無事成功させる事だけを考えましょうよ」

唯「みんな、あずにゃんの言うとおりだよ!私絶対に4人揃って同じ大学行きたいもん!」

澪「ああ!!」

律「そうだなー、そこまで言われちゃな。これ以上後輩心配させたらそれこそ見下げ果てた先輩になっちまうもんな」

梓「先輩達なら絶対できますよ!」

律「今やりたい事をとりあえず今やっとこうぜ。というわけでお茶」

澪「おいっ」

紬「まあまあ澪ちゃん。ちょっとだけ一息つきましょ」

澪「はあ……」

紬「梓ちゃんもいらっしゃい。休憩しましょ」

梓「はいです」


●REC

『2月3日、今日は先輩達に自分でもありえない位変な事を言ってしまった。でも全員で第一志望に合格して欲しいのは私にとっても大切な願いだ』

『先輩達には私の分まで充実した人生を送って欲しいから』


律「何やってんだ梓」

梓「今度の新歓に向けて何をやるか考えてたところです。あと最近新入部員探し始めたんですよ」

紬「今の時期からもう新歓の事を?」

梓「そうです。あと新学期になってから新入生の部員をどうやって集めるかそれもすぐに考えないと。空いた時間を使って大学受験の勉強も始めてます。とにかく何もしない時間を1分でも作るのが勿体ないですから」

澪「……いくらなんでも少し早すぎるし急ぎすぎやしないか?」

梓「それはないです。前に私が入院した時本を持ってきてくれましたよね?あの本を見て分かったんです」

梓「私は1年前にその本が読みたいと思ったので買いました。しかし今度読もう今度読もうと思いつつ未だに読んでません。読む時間が無かった訳じゃないんです。読もうとしなかっただけです」

梓「あの日病院で読まなかった本を見てなかったら5年たっても10年たってもこの本を読む事はなかったと思います。」

梓「まだ時間があると思って何もしなかったら5年あっても10年あっても何もしないと思います。だから早すぎるとか急ぎすぎとか言ってないで今やれる事をやる事にしたんです」

梓「部長として先輩達から受け継ぐこの軽音部をしっかり支えていかないといけませんから」


―― 中野家

梓「どうしよ……洗濯でもしよっと」

梓(あのメモ翌用紙……そっか、あれお母さんに言わなきゃいけない事が書いてあったんだ……)

梓(やっぱり電話しなきゃね。黙ってるのもよくないし)

梓「話中だ……良かった……」

1人そう呟いた私は手元のメモ翌用紙を丸めてゴミ箱に投げ入れた。


●REC

『2月4日。お母さんに言わなきゃいけないことは、なかなか言えない。やりたい事も全くはかどらない。時間だけがどんどん過ぎていく』


梓「どうしたんですかムギ先輩。こんな時間に電話なんて」

紬「あなたムチャしすぎよ。病人だという事忘れてるでしょ」

梓「分かってますよ、でも時間がないんです」

紬「だけど!」

梓「昔は今日出来なくても明日やればいいって思ってましたけど今はそういう訳にいきません」

梓「病気を知ってからのこの1ヶ月、本当にあっという間でしたから」

梓「身体がきく内に色々やっておかないとです」

紬「そう……それでみんなに病気の事はいつ言うの?」

梓「今は言うつもりはありませんし、これからも言うつもりはありません。勿論親にも」

紬「本当に誰にも言ってないのね」

梓「ええ。それと、私の生命保険、受取人が母になってるんですよ」

梓「最大の親不孝ものですよね。保険金を母に受け取らせるなんて」

紬「あなたは本当にそれでいいの?突然何も言わずにいなくなったりしたらみんな悲しむし何より相談に乗ってあげれなかった事で悔やむと思う」

梓「私は誰かに寄りかかることなく一人で歩んでいくことになると思います。それが私の運命ですから」

梓「それでは私、今日は病院で検診があるので……失礼します」

紬「……」



―― 病院

金田「学校で病気の事を理解してくれている人はいるの?」

梓「まだ知らせてません。話せば色々と気を使わせちゃうので学校に迷惑がかからない範囲で黙っていようと思います」

金田「誰か病気の事を打ち明けられる人がいればいいんだけどね。今の君に必要なのは悩みや苦しみを受け止めて支えてくれる人の存在だから」

梓「この先もそんな人は出てこないと思いますよ。私はこれから1人で病気と向き合って1人で死んでいくって決めましたから」

金田「それは違うよ」

梓「どういう事ですか?」

金田「僕は長年医者をやってきて中野さんのような患者をいっぱい見てきた。その経験から1ついい事を教えてあげよう」

梓「なんですか?」

金田「その人はある日突然やってくる。一番最初にやってきたその人を絶対に逃がしちゃだめだ。その人は生涯を通じて君の力になってくれる」

梓「いるんですかそんな人」

金田「大人の言う事は素直に信じるもんだよ」


―――

●REC 
『2月5日、生涯を通して味方になってくれる人が現れるって言われたけど、そんな人いないよね、ドラマじゃあるまいし』

『そんな事より今の私がやらなければいけないのは先輩達が卒業していなくなった後の軽音部の事だ』

『先輩達との思い出が詰まった軽音部を部長として守っていく事は私がここで生きていた証にもなるのだから』


梓「ふぅ……今日のビデオ日記終わりっと……さて、寝よっかな」

梓「……!!?」

 突然お腹に激痛が走り私はソファの上に倒れこむ。

 今まで感じた事のないような激しい痛みで頭の中は真っ白、思考は完全にストップしている。

 数秒で痛みは治まったけどその間に時間はとても長く、いつまでも続くように感じた。

梓「うぅっ……はぁっ……はぁっ……」

梓(な、何これ……段々症状が悪くなっていってる!?まさか病気の進行が……)

梓(明日休日でよかった。明日は少しゆっくりしよう)



―― 翌日・行きつけの焼鳥屋

梓(やっぱり私、少し焦り過ぎなのかなぁ)

梓(ううん、そんな事ない!私には時間がもうあまり残ってないもん!)

梓(……でも本当にそれだけなのかな)

梓(先輩達がいなくなっちゃう寂しさを紛らわせようとしてるだけなんじゃないのかな私)

梓(駄目駄目!こんなんじゃ駄目だよ私。もっとしっかりしなきゃ!)

梓(……)

梓(はあ……病気に部活に新入生勧誘、頭の中いっぱいいっぱいで大変だよ。強がってみたはいいけどどうしよ……)

?「隣座ってもいいかなー?」

梓「え?あ、はい、空いてますのでどうぞ」

?「ありがとーあずにゃん」

梓「いえいえ……って、ええ!?」

唯「やっほー」

梓「唯先輩、どうしてここに?」

唯「あずにゃんの家遊びに行ったんだけど留守だったからさー、多分ここにいるんじゃないかと思ってね」

梓「そうだったんですか」

唯「ねぇあずにゃん」

梓「はい?」

唯「最近何でそんなに焦ってるの?まるで時間に追われてるように見えるよ」

梓「私はもう明日があると思って生きるのをやめたんです」

唯「それはこの前の事故で死にそうになったから?」

梓「入院した日に先輩達が持ってきてくれた本を見て自分にはやりたいと思ってもやらなかった事がいっぱいあるって気付いたんです」

梓「ですからもうやりたいと思った事を先延ばしにするのはやめようと思いました。私は今日やろうと思った事は今日中にやっておきたいんです」

唯「それって新学期からの軽音部?」

梓「そうです。それだけではありませんけどね」

唯「そっかぁ……」

唯「あずにゃんが軽音部を大事に思ってくれているのは嬉しいよ。でも今のあずにゃんはちょっとおかしいよ」

梓「どういう事ですか」

唯「前にさ、困ったら相談してねって言ったよね?でもあずにゃん私達に何にも相談してくれないんだもん。私達ってそんな頼りない先輩なの?」

梓「そんな筈あるわけないじゃないですか」

唯「相談するのが迷惑だと思うのならそれは違うよ。人間って1人じゃ絶対に生きていけない生き物なんだから。これからあずにゃんが3年生になって部長になっていずれは後輩の子達が来てくれると思う」

唯「もしその後輩の子達が悩みを抱えて打ち明けられずにいたらどう思う?」

梓「それは……嫌ですよね。何となくですけど分かります」

唯「だったらそろそろ話してくれてもいいんじゃないかな。ここから先は私の予想なんだけどね、間違ってたらごめんね」

唯「私達が卒業した寂しさを紛らわせようとして自分を苛めるような事をするなら私はあずにゃんに部長を任せたくないな」

梓(……この人勘が良いなあ。私より私を知ってるみたい)

梓「……やっぱり私、寂しいし嫌なんですよ。先輩達が卒業した後の誰も居ない部室を見るのが」

唯「寂しくなんかないよ。私達とは通う学校が変わるだけで別れるわけじゃないんだから。それにね、きっと新しい出会いがまたあると思うんだよ。私達があずにゃんに出会えたように」

梓「そういうものなんですか?」

唯「そういうものだよ。あずにゃんはしっかり屋さんだから別に焦ったり無理に突き詰めたりしなくてもきっとみんな分かってくれると思うよ」

唯「それに私にどうしても会いたいのならいつでも行くからね」

梓「先輩……」

唯「それに私もたまにはあずにゃん分補給したいですからなー」

梓「何ですかそれ……卒業生が出入りする部活なんて聞いたことありませんよ」

唯「えへ、そうだよね」

梓「ふふっ」

唯「そうだ、それなら私卒業するのをやめてあずにゃんと同じ3年生をもう1回……」

梓「何バカな事言ってるですか!」

唯「えー、冗談だよー冗談っ」

梓「唯先輩の冗談は冗談に聞こえませんよ」

唯「あずにゃんやっと笑ってくれたね。うん、笑って楽しくやっていこうよ。部活ってそういうものだよ」

唯「ピリピリしてたら上手く行く物も上手くいかないよ?」

梓「そうですね。頑張るのもいいけど頑張りすぎるのもよくないですよね」

唯「そういうことっ」

梓「唯先輩と話せて少しスッキリしました。ありがとうございます」

唯「いやー照れますなー」

唯「あっ!そうだ、私まだ注文してないよー。お腹ペコペコだよ、何にしようかなー」

 唯先輩の顔を見て話していたら何時の間にか悩みが嘘のようになくなっていた。
 何も言ってないけどきっと私の事が気になってここまで来てくれたんだろう。
 この人はこの人なりに私の事を心配して相談に乗ってくれてる。
 もしかして、病院の先生が言っていた運命の人って……唯先輩の事!?
 本当にそうなのかは分からない。ただ今はっきりと分かる事は1つだけ、それは唯先輩が鶏皮を頼むという事だ。

唯「すいませーん、鶏皮5本お願いしまーす」


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最終更新:2011年04月21日 02:28