―― 学校
純「それで、結局言い出せなかったんだ」
梓「うん……言おう言おう思ってたけどいざとなると言い出せなくて」
純「後に引き伸ばせばそれだけ辛くなるよ。お互いにさ」
梓「話すのが怖いんだよ。純はどう思う?これからもずっと一緒にいたい大事な人が私のような人だと知ったら」
純「そんなの聞かないでよ。一緒にいたいと思わなくても、ただの部活の先輩後輩の関係というだけでも……うぅっ」ぐすっ
梓「ごめん……変な事聞いちゃったよね」
有耶無耶になった状態でそれから数日が過ぎた。
授業を受けていた私の元に1通のメールが届いた、唯先輩からだ。
そう、先輩達全員第一志望の大学に合格した報せ。
―― 中野家
梓「いいんですか先輩。折角の律先輩達との打ち上げ抜け出してきちゃって」
唯「いいんだよ。今日くらいあずにゃんと2人きりで過ごしてもバチは当たらないもん」
梓「そうですか、私も本当に嬉しいですよ。先輩達が無事同じ大学に行けるようになって」
唯「ありがとうあずにゃーん」ぎゅっ
梓「もう……今日だけ特別……ですよ」
唯「あずにゃん、来年受験だよね?どこに行くかもう決めたの?あずにゃんしっかりした子だからもう決めてるんじゃないかなーって思って」
梓「え?ああ、そうですね。もし行けるのなら先輩方と同じN大に行きたいですね」
唯「おおっ!それなら私から1つ提案があります!」
梓「何ですか?」
唯「私春から1人暮らし始めるつもりなんだけどね、もし良かったら来年私と一緒に暮らさないかなーって」
梓「え?同棲ですか」
唯「うん!」
梓(どうしよう……唯先輩すごい嬉しそうな顔してるし、これじゃ言い出せないよぉ)
●REC
『2月16日、明日こそ話そう。あと生きられるのはせいぜい1年ぐらいだということ。一緒に暮らす事はできないということ』
―― 中野家・夜
唯「あずにゃんの手料理おいしいよー」
梓「喜んでもらえて何よりです」
梓「そういえば、唯先輩って今まで深く悩んだ経験ってあるんですか?」
唯「そりゃあるよ。私だって人間だもん!」
梓「どんな時なんです?」
唯「私と憂が小さかった頃にお母さんが死んじゃった事かな」
梓「!?す、すいません!変な事聞いてしまって……」
唯「いいよー。それにさ、今は軽音部のみんなや何よりあずにゃんがいるから寂しくなんかないよ」
梓「先輩……」
唯「でも出来ることなら、もう二度と大切な人を失いたくないんだ……」
梓「……っ!」
唯「どったの?」
梓「い、いえ、そうだ!飲み物切らしちゃってるからちょっとコンビニ行ってきますね!あ、アイスもついでに買ってきますから!」
唯先輩の一言で締め付けられるようなショックを受けた私はコンビニに行くという名目を作って逃げるように部屋を出た。
一瞬だけ見せた先輩の悲しげな顔がコンビニに行く最中ずっと脳裏に焼きついている。
唯「うーん、ヒマだよぉ……」
唯「そうだ、あずにゃんのお部屋拝見しちゃおっと」
唯「ほえ?何でこんなとこにビデオカメラ?三脚付いててテープが入ってる……何かこの部屋で撮影してたのかなぁ」
唯「まだ帰ってきそうにないしこっそり見ちゃってもいいよねー。なんか気になるもんね、あずにゃんにホームビデオの趣味があったなんてさー」
唯「それでは、ちょいとご拝見いたしますっ」かちっ
―― 翌日
放課後、私は近くの喫茶店にムギ先輩に来てもらって相談をしてもらっていた。
受験が終わって3年生は学校へ登校する事も無くなったから。
紬「そう、唯ちゃんがそんな事を……」
梓「皮肉ですよね。私が病気にならなかったら唯先輩とは只の先輩後輩の関係のままだったかもしれないのに」
紬「そうね……」
梓「でもこんなことになるんなら先輩の言った通りもっと早くに病気の事を言うべきでした。もしかしたら恋なんてするものじゃなかったのかもしれません。ムギ先輩、あの人が私の病気を知ったらどうなるんでしょう」
紬「どうなるのかしらね。梓ちゃん、あなたはどうなった?」
梓「え?」
紬「あなたは病気を知ってどう変わった?あなたの人生はどう動き出した?」
そうだ、私の人生は病気になって前向きに動き出したんだ。
―― 平沢家
唯「……ごちそうさま。悪いね憂、せっかく作ってくれたのに残しちゃってさ」
憂「どうしたのお姉ちゃん、体の具合でも悪いの?」
唯「そんなんじゃないよ、ちょっと……ね」
憂「何かあったの?」
唯「あのね憂、私思い知らされたんだ……」
唯「私って今まで大して悩んだりもせずその上何も知らずに能天気に生きてきたんだなって」
唯「やっぱり私温室育ちだったんだよね」
憂「お姉ちゃんいきなり何言ってるの?今日のお姉ちゃん変だよ」
唯「ごめん憂、私今日はもう寝るね。おやすみ……」
―― 翌日・中野家
今家には唯先輩が来ている。卒業旅行はどこに行くか相談するつもりで来たらしいけど私にとっては病気を告白する唯一の機会だ。
テーブルの上に散らかされたツアーのチラシに見入っている唯先輩の反対側に座る。
梓「唯先輩に聞いてもらいたい話があります」
唯「あ、私もあるんだよー。旅行なんだけど暖かい所でのんびりしたいからさ、ハワイなんかどうかなぁ?」
梓「その前に私の話をきいてください。私は12月の健康診断で引っかかって再検査の結果病気がみつかりました。病名は胃癌です」
梓「私の場合かなり進行していて肝臓にも転移してました。手術は無理で抗がん剤で治療していますが今の医学では完治する見込がありません」
唯「~♪」
梓「現在もってあと1年近くの命です。黙っててすいませんでした」
唯「知ってたよ」
梓「えっ!?」
唯「でさー、あずにゃんは何処がいいの?やっぱり海があった方がいいよねー?」
梓「ですから私はあと少ししか生きられないんですよ。私の話聞いてます?」
唯「あー、ハワイじゃあずにゃんまた焦げちゃうよね、やっぱりアメリカにしよっか」
梓「唯先輩私の顔を見てください」
唯「うーん、悩んじゃうねぇ」
梓「いい加減にしてください唯先輩」
唯「じゃあ私が決めてもいいよね、じゃ決定」
梓「唯先輩っ!!!」
唯「だから分かってるって言ってるでしょ!!!」ドカッ
唯先輩はテーブルを両手で思いっきり殴りつけながら今まで聞いたことない位大きな声で怒鳴った。
その目は怒りというより悲しみに満ちた目をしていて今にも涙がこぼれ落ちてきそうで正直見ているこっちも辛かった。
梓「私は唯先輩と一緒にいる事はできません」
しばらく気まずい時間が流れる。
私はじっと唯先輩の目を見つめる、というより視線を逸らす事が出来なかった。
そんな私を唯先輩は今まで見た事もないような目で睨みつけている。
この時私は病気を告白した事が本当に良かったのかどうか自分を疑ってしまう。
唯「私……帰るね……」
それだけ言うと唯先輩は荷物を取って足早に逃げるように家から出て行ってしまった。
私はそれを止める事も追いかける事もなくただその場に立ち尽くす。
梓「あれ?これって……」
梓「私のビデオカメラ……電源が入ったままだ。そっか……唯先輩、これ見ちゃったんだ」
ふと机に上に散らばった旅行のパンフの山を見る。
梓(神様、お願いです。私の運命を変えてください。だめですか?)
―― 公園
唯「はぁっ…はぁっ……」
私はあずにゃんの家から逃げるように家の近くの公園まで走ってきてた。
昨日興味本位で見てしまったビデオカメラの内容を半ば信じきれずに……いや、信じたくなかったといのが正しいのかも。
そしてあずにゃん本人から今さっき一番聞きたくなかった事実を告げられた。
私は自分を誤魔化して旅行の話をして何とか逸らそうとしてたけどあずにゃんに怒鳴られて……そして私は堪えていた感情が爆発してしまった。
唯「そっか……前々からおかしかったよねあずにゃんの様子。何で私気が付かなかったんだろ」
『旅行なんかも老後の楽しみにしようと思ってどこにもいきませんでした。でも彼女はある日、自分があと1年しか生きられない事をしってしまったんです』
『将来を考えるのは大事な事です。でも将来の事ばかり考えすぎて今を見失ってはいけないんじゃないでしょうか』
『私はもう明日があると思って生きるのをやめたんです』
『自分にはやりたいと思ってもやらなかった事がいっぱいあるって。ですからもうやりたいと思った事を先延ばしにするのはやめようと思いました。私は今日やろうと思った事は今日中にやっておきたいんです』
そういえば思い当たる事前々からこんなに言ってたんだよね……
あの余命1年を宣告されたお友達ってあずにゃん自身だったんだね。
やっと分かったよ。
同時に今まであずにゃんと過ごしてきた日々が頭の中を駆け巡る。
中学まで部活に入った経験のない私にとって初めて出来た只1人のかわいい後輩。
口では言わないけどこんなダメな先輩を受け入れてくれて慕ってくれた大事な大事な後輩。
そして勇気をだしてプロポーズまでしてくれたのにそれを断った私を笑って許してくれた大好きな人。
唯「あずにゃん……私嫌だよ……あずにゃんが死んじゃうなんて……あんまりだよぉ」ポロポロ
唯「ひぐっ……ぐすっ……うわあああぁぁぁぁん!!!」
私は泣いた、人目も憚らずに。
多分今まで生きてきて一番長く激しく泣いた、でもいくら泣いても涙が枯れるなんて事はなかった。
それは私にとって今一番大切な人がもうすぐいなくなってしまうかもしれないから。
―― 学校
純「どうしたの梓」
梓「私ね、言っちゃった、とうとう」
純「え?」
梓「言っちゃったんだよ病気の事、唯先輩に」
純「そうなんだ。それで唯先輩は?」
梓「泣いてた、すごく。私酷いよね。勝手にプロポーズして勝手に振って」
純「確かにちょっと酷だと思うけどいつかは言わなきゃいけなかったんだよね。だけどまだ全てが終わったわけじゃないよ、別れるなんて絶対にダメ」
梓「終わったよもう。終わらせたんだ、私が」
―― その頃病院
唯「じゃあ本当に病気を治すのは無理なんですか」
金田「はい」
唯「でも何かある筈じゃ」
金田「……」首横振り
唯「そんなぁ……もうそこまで病気が……」
金田「ええ、残念ですが……」
唯「それで、梓ちゃんは今どんな気持ちでいるんでしょうか」
金田「中野さんの気持ちは中野さんにしか分かりませんから。中野さんの痛みをあなたが理解しようとしてもそれは無理なんです」
唯「先生、私にできる事って何ですか」
金田「中野さんの話し相手になってください。中野さんが辛い時に辛いって言える相手になってあげてください」
唯「はい……」
―― その日の夕方・中野家
梓(あれ?家の前に誰かいる)
唯「やっほーあずにゃーん」
梓「唯先輩……」
……
梓「どうぞ……」
唯「お邪魔しまーす」
梓「ちょっと座ってください、聞いてもらいたい話があります」
唯「うん」
梓「唯先輩にはもっと早く事実を話すべきでした。自分の身体の事を最初に知ったとき本当に信じられませんでした。ヤケになったりもしました」
梓「でも今は自分の運命を受け入れてます。唯先輩を始め軽音部の皆さんと一緒に過ごした時間はかけがえのない物となりました。ありがとうございました。最後にこれだけは言っておきたかったので」
唯「何か別れ話してるみたいだよ?」
梓「それはそうですよ」
唯「私と別れたいの?」
梓「私は長く生きられないんですから」
唯「別れる理由にはならないよ」
梓「なりますよ」
唯「私はずっとあずにゃんのそばにいたいんだよ」
梓「いいですか?この先私は体調が悪くなる事でしょう。気持ちが不安定になって自制が効かなくなる事もあるでしょう。そんな私のそばにいようと思ったら大変なエネルギーが必要です」
唯「分かってるよ」
梓「本当に分かってるんですか!?それって自分を犠牲にするって事ですよ!」
唯「違うよあずにゃん!私はそんな風に思わないから!」
梓「いくら唯先輩が違うと言っても私はそう思うんです」
唯「私のためを思ってそう言ってるのならさ」
梓「唯先輩のために言ってるんじゃありません。私が辛いんです。先輩に無理をさせてるんじゃないかと思うと私が辛くなるんです。私が苦しくなるんです」
私は願った。唯先輩が幸せになってくれる事を
―― 病院
梓「唯先輩に病気の事を話しました」
金田「そう、よかったよ。君に今必要なのは辛い時に辛いって言える相手だから」
梓「私は自分の辛さを誰かに話すつもりはありません」
金田「誰にも話さないつもりなの?」
梓「ええ、そうです」
―― 平沢家
唯「ねえ憂、ちょっと聞きたい事があるんだ」
憂「なに?」
唯「お母さんが死んじゃった時ね、憂はどう思ったの?」
憂「どうしたの突然」
唯「ちょっとなんとなくね」
憂「そうだね……お母さんがこんなに早く死んじゃうとは思わなかったから。さよならくらい言いたかったかな」
憂「それに、死ぬとわかってたらもっと色々してあげたかったよ」
唯「何をしてあげたかったの?」
憂「特別な事っていうより当たり前の事かなぁ。例えば作ってくれたご飯が美味しかったら美味しいって笑顔で言ってあげたりするとかね」
唯「当たり前の事、かぁ……」
―― 翌朝・学校
憂「という訳なんだ。お姉ちゃん何か様子がおかしいんだよ」
純「訳を聞かなかったの?」
憂「聞いてもはぐらかされちゃうんだ。こんなの初めてだよ、お姉ちゃん今迄隠し事なんかしなかったのに」
純「そっかー」
憂「思えばちょっと前に梓ちゃんの家に行ってからかな。梓ちゃんと何かあったのかな」
純(……これはマズい)
憂「純ちゃん何が知ってるの?」
純「あ、いや……」
憂「何があったのお姉ちゃんと梓ちゃんに。知ってるのなら教えて!」
純「……どうせいつかはバレちゃう、か、私が黙ってても唯先輩が言っちゃうかもしれないし限界かも」
梓「おはよう、純、憂」
純「あっ、おはよう梓」
憂「おはよう梓ちゃん」
憂「純ちゃん、この話は放課後に……」ぼそぼそ
純「うん」ぼそっ
―― 放課後・屋上
憂「それ冗談で言ってるの?全く笑えないよ」
純「冗談でこんなん言えないよ!てか冗談でも言いたくないさこんなの」
憂「だって梓ちゃんまだ17歳だよ?それなのに癌であと1年しか生きられないだなんて常識でありえないよ!」
純「間違いないよ。そりゃあ信じたくはないけどさ……」
憂「でも言われてみると今までの梓ちゃんとお姉ちゃんの言動を思い返してみれば辻褄が合う……」
純「とにかく、今はあの2人をそっとしておいてあげたいんだ」
憂「そうだね……」
最終更新:2011年04月21日 02:33