―― その頃・校門前
梓「唯先輩?どうしたんですか。3年生はもう登校しなくてもいいんじゃないんですか」
唯「あずにゃんに会いたくなってさー。それよりも久しぶりに焼き鳥とか鯛焼きでもどう?」
梓「唯先輩、私達は別れたんですよ」
唯「学校帰りのご飯くらいいいじゃん」
梓「やめときましょう」
唯「ちぇー」
―― その夜・平沢家
TEL中
唯「うん、そうなんだよ。私、あずにゃんにふられちゃった」
紬『ふられちゃったんだ……あんなに仲睦まじかったのに』
唯「ムギちゃんは知ってたんだよね。あずにゃんの病気の事」
紬『ええ。やっぱりそれが原因だったのね』
唯「私はずっと傍にいたいと言ったんだけどね。ムギちゃんならどうするの?やっぱりずっと傍についていたいと思う?」
紬『それはずっと一緒にいてあげたいけど、私には耐えられないかも。だって辛すぎるもの』
紬『でも私と違って唯ちゃんは見かけによらず強いから』
唯「そんな事ないよ」
紬『大丈夫?唯ちゃん』
唯「うん、平気だよ私。ああもう!私のこと振るなんて何様のつもりなのあずにゃんったらさー!」
紬『そうよ!とっちめてやりなさいよ』
唯「うん!」
――
紬(唯ちゃん、電話の向こうで泣いてた……辛いかもしれないけど唯ちゃんなら絶対に乗り越えられるから、諦めないで)
―― 学校
梓「そうなんだ……聞いちゃったんだ病気の事。誰から聞いたの?」
純「私が話しちゃったんだ、ごめん」
梓「ううん、別にいいよ。唯先輩が知ってるのなら憂の耳にもいずれ入ってたかもだし」
憂「昨日純ちゃんから聞いてその後お姉ちゃんにも問い詰めてみたよ。本当だったんだね」
梓「うん、隠してたりした事は悪いと思ってる。憂にも……そして唯先輩にも」
憂「本当に体、大丈夫なの?」
梓「今のところは平気だよ。それよりも2人には今迄通り普通に接して欲しいんだ」
純「分かった。それで唯先輩とは本当に別れるつもりなの?」
憂「……」
梓「もう別れたよ。それが唯先輩の為だと思うから」
憂「それは違うよ梓ちゃん」
梓「え?」
憂「昨日から色々考えたんだ。もし私が梓ちゃんの立場だったら。学校や将来の事、お姉ちゃんやお父さんの事、好きな人がいたらその人の事」
憂「好きな人の為を想って別れるって私も考えたけどそれって只の格好つけだと思うよ。私なら別れない、私なら絶対に別れたくない」
梓「憂……」
憂「どうしてもこれだけは言っておきたかったんだ。だから別れるなんて絶対駄目だよ!」
―― 中野家
ピンポーン
梓「はーい、今いきまーす」がちゃっ
唯「こんにちはあずにゃん。来ちゃいましたっ!」
梓「何で来たんですか」
唯「えへへ、つい、ねー」
梓「つい、って何ですか」
唯「最近あずにゃん分補給してない禁断症状で体が勝手にここに来てしまったのです!」
梓「全く……まあ立ち話も何なのでどうぞ」
唯「あずにゃん、今日はギー太持ってきたんだー。私達学校来なくなってからずっと合わせてなかったからさ、ちょっと演奏しようよ」
梓「分かりました。少しだけなら……」
~♪
しばらくの間部屋の中に2つのギターの音が響きあう。
私は精一杯に無邪気に振る舞いながら演奏して時を過ごす。
あずにゃんが心変わりしてくれないかな、て願いながら。
梓「……唯先輩」
唯「ほぇ?」
梓「私がこんな事いうのはなんですけど、私の心を揺さぶるような事をするのはやめてください。出来るだけ心おだやかに過ごしたいんです」
唯「あずにゃん前に言ってたよね。将来のことを考えすぎて今を見失っちゃいけないって。今の私にとって今日という日は1年後10年後のためにあるんじゃないんだよ。今日は今日だけの為に過ごしたいんだ。あずにゃんと一緒にね」
梓「それは無理です。本当にこれで終わりにしてください」
ぴんぽーん
そう言った直後、不意に玄関のベルが鳴った。
重苦しい空気が流れ出してたのが止まったような気がして少し安心した。
梓「ちょっと失礼します」
がちゃっ
梓母「ただいま梓」
梓「わっ、お母さん!?どうしたの急に。ツアー終わったの?」
梓母「ええようやくね。驚かせたかったからいきなり押しかけちゃった」
梓「もう……連絡ぐらいしてよね」
梓「あらお客さん?」
梓「紹介するね。前にも話したよね?軽音部でお世話になってる唯先輩」
唯「はっ、はじめまして。あずに……梓ちゃんといつも軽音部でご一緒させてもらってます
平沢唯ですっ」
梓母「あなたが噂の唯先輩ね。あなたの話はいつも梓から聞いてます。はじめまして梓の母です」
唯「は、初めまして」アセアセ
梓母「それにしても梓がいつもあなたの話ばかりするからどんな人かと思ってたら……期待通りのいい人じゃない。これなら梓が惚れちゃうのも無理ないわね」
唯「え!?//」
梓「ちょっ!や、やめてよお母さん」
梓母「ふふっ、照れちゃって、ほんと素直じゃないわねこの子。そうだ、唯ちゃんも今日は泊まっていきなさいな。梓との仲がどれだけ進展したか私も気になるし」
梓「だーかーらー!違うってばー!そんなんじゃないもん!」
唯「どうしよう、私あずにゃんの恋人だと思われちゃってるよ」ぼそぼそ
梓「とりあえず、今は恋人のフリしててください」ぼそぼそ
その夜、あずにゃんがお風呂に入っている間、私は寝室であずにゃんのお母さんと2人きりでいた。
あずにゃんどうするんだろ……病気の事言わなくていいのかな……
梓母「こういう場合、私は誰と寝ればいいのかしら。やっぱり梓と唯ちゃんが一緒に寝るべきよね」
私は一瞬戸惑った。こういう場合どうすればいいんだろう……
いつもの私なら「あずにゃんと一緒に寝るー」て言うんだろうけど今日だけはそんなの言える気分じゃなかった。
残された僅かな時間、ここは親子水入らずの場面にしてあげるべきなんだろうな。
だって年に数日しか家に帰ってこれないって聞いてたし、次に2人一緒にいられる日が何時になるか分からないんだから。
唯「じゃあお母さんと梓ちゃんが一緒に寝るっていうのはどうですか?そうしましょう」
梓母「唯ちゃんがそう言うならそうしましょうか。あ、そうだ、ちょっと待っててね」
そう言うとお母さんは箪笥の引き出しを漁り始め1つの箱を持ってきた。
中に入っていたのはとても綺麗な真珠のネックレス、これをどうして私に見せたりなんかするんだろう。
梓母「これ、唯ちゃんに渡しておこうと思って」
唯「これは?」
梓母「昔ね、私が結婚した時に死んだお父さんからプレゼントされた物よ。いつか梓に相応しい人が現れたら渡すつもりだったの」
唯「……え!?それって!?」
梓母「唯ちゃんなら梓の事幸せにしてくれると確信したからこのネックレスを唯ちゃんに受け取って欲しいのよ」
唯「そんな……こんな大切な物はいただけません!」
梓母「大切な物だからこそ受け取ってもらいたいと思ったんだけど……」
唯「……」
―― その夜
梓「はぁ、なんか寝付けないなぁ」
私は台所でそう呟きながら水を飲んでいた。
梓(言わなきゃなぁ……はぁ)
梓母「梓?起きてたのね」
梓「お母さん、どうしたの?」
梓母「なんか久しぶりに梓の顔見たら嬉しくてね、寝付けないのよ」
梓「そうなんだ、私もだけどね……そうだ、久しぶりに肩揉んであげるね」
梓「話したいことがあるんだ。あのね」
梓母「なに?」
梓「その……お父さんと結婚してよかった?」
梓(ダメだ……何で言わなかったのよ!私のバカ!)
梓母「父さんは疲れる人だった。何もしないし、一々細かいし。でも本当は気の小さい人だった」
梓「お母さんに甘えてたんだよ」
梓母「梓も唯ちゃんと一緒になったら父さんみたいになるのかしらね」
梓「私はならないよ。迷惑なんてかけたりしないから」
梓母「迷惑?」
梓「だから甘えたり我侭を言うことだよ」
隣の部屋
唯「……」聞き耳
唯(……あずにゃん)
―― 翌日の昼・駅
梓「お母さん、もう少しゆっくり出来なかったの?」
梓母「ごめんね、今回は梓の顔がどうしても見たくて無理矢理時間の都合つけてきたからもう行かなきゃ」
梓「飛行機間に合いそう?」
梓母「大丈夫よ。今度は海外だからまたしばらく帰ってこれそうにないから悪いけどまた留守お願いね」
梓「うん、私ならしっかりやっていけるよ」
梓母「そうだ、唯ちゃん」
唯「はい?」
梓母「これお土産、受け取って」
唯「あ、いや、悪いですよ何か」
梓母「気にしないで、ほら」
唯「……すいません。本当に何から何まで」
梓母「それじゃ、そろそろ時間だから行くわね。元気でね梓」
梓「行ってらっしゃい。お母さんも元気でね」
梓母「あっ!大事な事言い忘れてたわ」
梓「どうしたの?」
梓母「唯ちゃん」
唯「はい」
梓母「梓の事、どうかよろしくお願いします」ぺこり
唯「……!?そんな、顔上げてください滅相もないです。私でよければいつだって梓ちゃんの力になりますから」
こうして私達2人は新幹線がホームを出て行くのを静かに見送った。
梓「帰りましょうか」
唯「そうだね」
梓「!?」
歩き出した直後、私の手にあの感触が伝わってきた。
唯先輩が手を握って来たんだ。
唯「少しだけだから……少しだけこのままでいさせて……」
梓「……はい」
断る気になれなかった。
最近忘れかけていた唯先輩の手の感触、あの雪の日の事を思い出しつい私もぎゅっと手を握り返す。
―― 病院
この日は定期健診の日、たまたま診察室にムギ先輩も来ていて先生と3人で会話をしている。
紬「唯ちゃんが恋人と思われて結局言えなかったんでしょ」
梓「そうなんです」
金田「クククッ」
梓「ちょっと!こんな所で普通の医者は笑いませんよ」
紬「いいじゃないの。告白の事は置いといて2人の関係はいいとこまで来ているんだから」
梓「そんなつもりなかったのに。全く、困りましたよ。母に勘違いされちゃってるし」
金田「いっそのこと結婚しちゃえば?」
梓「私達女性ですよ?」
金田「分かってて言ったんだけどね」
梓「もうっ!//」
紬「梓ちゃん、こんな言葉知ってる?昔の偉い人が言った言葉だけどね」
梓「はい」
紬「たとえ明日世界が滅亡しようとも今日私は林檎の木を植える」
ムギが言った「たとえ明日世界が滅亡しようとも今日私は林檎の木を植える」という格言の意味。
簡単に言うと「例え先の未来が分からなくても自分自身今出来る限りの事をする。それが今日を生きている意味だから」
という意味です。
色々解釈もあるけど大体こんな感じ
家に戻った私の目の前にあったのは机の上に置かれた1通の封筒だった。
梓「ん?手紙だ。お母さん書置きしていったんだ」
『梓へ。誰かに甘えられたり頼られたりすることで幸せになれることもあるんだからね。母より』
梓(あんなお父さんでもお母さんは幸せだったんだ……)
―― 平沢家
憂「お姉ちゃんどうしたのその荷物」
唯「あずにゃんのお母さんに貰ったんだ。お土産だって」
憂「へぇー、また1つ進展したんだ、よかったねお姉ちゃん」
唯「だねー。おっ、見て見て、このお菓子美味しそうだよ」
憂「本当だ、後で切ってお皿に出してあげるね」
唯「うん!」
唯「あれ?底に何か入ってる……この箱……」
私は底に隠したように入れてあった箱を手に取り蓋を開ける。
そこにはあの日の晩、受け取るのを断った大事なネックレスが入っていた。
唯「……」
憂「わぁー、綺麗な真珠のネックレスだね。梓ちゃんのお母さん、結構真剣に考えてるのかもね」
唯(どうしてこんな大事な物を私に……)
憂「どうしたのお姉ちゃん」
唯「あ、いや、何でもないよ」
その夜
唯梓「……」
唯梓「……はぁ」
―― 翌日
今私は唯先輩と一緒に近所の河原を歩いている。
ここは去年、演芸大会に出る為に2人で練習に明け暮れた場所だ。
梓「お母さんを駅に見送りに行った帰り道のこと覚えてますか?唯先輩は私の手を握ってくれましたよね」
唯「うん」
梓「正直言ってあの時心がすごく安らぎました」
梓「私は自分の運命を受け入れたと言いましたけどやっぱり怖いです。急にたまらなく怖くなったりします」
梓「これから先、もっと辛くなったりもっと苦しくなったりするかもしれません」
梓「唯先輩、ずっと私のそばにいてくれませんか?私とずっと一緒にいてください!!」
唯「うんっ!勿論だよ」
梓「先輩っ……」ぐすっ
唯「えへへ……もう絶対に離さないから、いつまでも一緒だからねあずにゃん」
梓「はい、愛してます唯先輩」
唯先輩はぎゅっと私を抱きしめる。私はそんな唯先輩の背中にそっと手を沿えた。
あのプロポーズから数日後、今私達は私の部屋にいて私が唯先輩の首にネックレスを付けてあげている。
梓「よし、と……先輩、出来ましたよ。はい、鏡です」
唯「どれどれ……おおっ!」
梓「お似合いですよ、先輩!とても綺麗です」
唯「えへへーありがとあずにゃん」
何となくだけど、より一層先輩との距離が近くなった気がした。
それにしてもアクセサリ1つで結構雰囲気変わる物なんだな……なんか大人っぽく見える。
でも本当の目的はそれじゃない、そう、もっと大事な事をしなければいけない。
私の右手には携帯電話がある。
梓「さて、次は私の番ですね……」
唯「うん」
梓「お母さんに報告しなくちゃ」prrrr
梓「もしもし、お母さん?私だけど今日報告しなくちゃいけない事があるんだ」
梓母『どうしたの?』
梓「唯先輩にプロポーズしてね、OKもらったんだ」
梓母『プロポーズならとっくにしてると思ってた』
梓「お母さんごめんね」
梓母『どうして謝るの?』
思わず口をつぐんでしまう。言わなきゃ……覚悟を決めろ私!
唯(あずにゃん……頑張って)
固まっている私を見て、唯先輩は私の手を両手で握ってきた。
優しい笑顔を浮かべて見つめているのを見て勇気付けられた気がする。
やっぱり私にはこの人が必要だ。今までずっとそうだったように……そしてこれからも。
梓「あのね、お父さんに会ったら伝えておくから。お父さんはお母さんに甘えてばかりで我侭だったけど、お母さんはすごく幸せだったって……私、お母さんより先にお父さんに会うことになりそうだから」
梓母「梓?」
梓「お母さん。実は私……」
最終更新:2011年04月21日 02:35