私は1言1言ゆっくりと、ありのままの全てを伝えていく。
 お母さんの動揺したような声が受話器越しに聞こえてきた、だけどすぐにその声は嗚咽交じりになっていった。
 途中言葉に詰まりそうになるものの、しっかりと、今まで育ててきてくれた事への感謝の気持ち、親よりも先に逝ってしまう事への謝罪を告げる。
 電話の向こうからヤカンの沸騰する音が聞こえる、それだけの大きい音にも気が付かない程お母さんは動揺していて話す声も涙声で何を言っているのか聞き取るのも困難になっていた。
 私も貰い泣きしそうになるけど必死に堪えた。
 その間も唯先輩は何も言わずずっと手を握り続けて寄り添っていてくれた。


 この日私達は誓った。
 2 人で幸せになる事を。
 例え明日世界が滅亡しようとも今日私達は幸せに生きる事を……



―― 病院

金田「そうか、報告したんだね」

梓「はい、母は何度もごめんね、ごめんね、って謝ってました。多分代わってやれなくてごめんねって事だと思うんですけど」

梓「母は仕事を全てキャンセルして帰ってくるって言ってくれましたけど私の事で振り回させたくなかったので断りました。もっとも私が生きてる間にまた会えるかどうかわかりませんけどね」

金田「そっか、君にとっても辛かっただろうね。今回の報告は」

梓「辛かったですけど、今迄言いたくて言えなかった事が全て吐き出せたのは良かったと思ってます」

金田「君がそれなら良かったじゃない。それで、これからどうするの?」

梓「唯先輩と一緒に暮らすつもりです。大学に行けたらですけど。いいですよね?」

金田「ダメ」

梓「何でそんな意地悪言うんですか!」

金田「ははは、いやあ、幸せそうな顔してる君の顔見てたらさ、ついからかいたくなってね」

梓「もう、それでも先生ですか!……ふふっ」


―― 平沢家

唯「待ってたよあっずにゃーん」ぎゅっ

梓「もう!いつになっても変わりませんよね先輩は」

唯「えへへ、今日のあずにゃん分補給です」

梓「離れてください暑いです」

憂「いらっしゃい梓ちゃん」

梓「こんにちは憂。呼んでくれてありがとう」

 今日は平沢家でのお食事会です

唯「そうだあずにゃん、一緒に住む話お父さんに報告したんだけどOKもらったよ」

梓「OKしてもらえたんですか、病人の私と住むなんて言ってどうなるかと思ってましたけど何よりです」

憂「私達家族の過去がアレだったからね。お父さんもすぐに理解をしてくれたんだよ」

梓「なんか嬉しいですよ、本当に」

憂「……でもやっぱり納得いかないな。梓ちゃん幸せそうなのに、まだまだこれからなのに……不公平だよ、この世の中は」

梓「憂、私は別に不公平だなんて思ってないよ」

憂「どうして?」

梓「病気になって私の人生は大きく変わったからね。失うばかりじゃなく得たものもあるから」

唯「得た物って?」

梓「私が得た一番大きなものは唯先輩、あなたです。唯先輩と一緒に生きていきたいと思ったことです」

唯「ありがとうあずにゃん。私もあずにゃんと一緒に生きて行きたいからさ、そう言ってもらえて私も嬉しいな」

憂(梓ちゃんもお姉ちゃんも本当に幸せそうだな……まるで新婚の夫婦みたいに。でも、だからこそ……)

梓「憂どうしたの?なんか元気ないよ?」

憂「ううん、何でもないよ……」

梓「憂、私の事考えてくれてるのならそんな暗い顔しないで。私は唯先輩だけじゃなくて憂にも笑顔でいて欲しいから。みんなで笑って過ごしていこうよ」

憂「そうだよね!梓ちゃん、これからもよろしくね!」

梓「うん、こちらこそこれからもお世話になります!」


 そして時は流れ、今日は桜高の卒業式の日。
 今日をもって先輩達はこの学校を卒業し去っていく。

 ……とは言ったものの、最後のHRが終わり部室に集まった先輩達はいつも通りの平常運転なんだけどね。
 泣いても笑ってもこうして5人揃ってこの部屋に集まるのも今日で最後、次にこのメンバーが集まるのは何時になるかわからない。
 生きてる内ににまた会えたらいいな……ううん!絶対に先輩達と大学でまた一緒に音楽やるんだ!


さ「卒業式の後なのに本当にあなた達最後の最後まで変わらないわね。いつも通りというかなんというか」

律「なーんか短いようで長かった3年間だったよなー」

澪「それを言うなら長いようで短かっただろ!」

紬「みんなー、お茶が入ったわよー」

がちゃっ

澪「おっ梓」

梓「最後くらい私がお茶淹れようかと思ったんですけど」

律「いーからいーから!ほら」

梓「先輩方ご卒業おめでとうございます」

律「あのさ、これからの事なんだけどな」

梓「大丈夫です」

唯「でも私達あんまり……」

梓「本当に大丈夫ですから!新入部員いーっぱい勧誘して絶対!ぜーったいに廃部になんてさせませんから」

梓「そうだ、先輩達に手紙を書いてきました。直接口で伝えるのは言いにくくて」

澪「なあ梓、唯の分は書いてきてないのか?」

梓「昨日の内に言いたい事は全て直接伝えておきましたので」

律「最近益々お熱いですわねーこの2人は」

唯「えへへー」

澪「ちょっと羨ましいよな……な?律」

律「ん?どうしたーみおー」

澪「……この鈍感が」

律「?あれムギ、お前珍しく浮かない顔してるな。何かあったのか」

紬「!なんでもないわーりっちゃん。うふふ」

梓(ムギ先輩……)

さ「さて、そろそろ下校時刻よ。名残惜しいかもしれないけど遅くならない内に早く帰りなさい」

HTT「はーい」

律「じゃあな梓、来年大学で待ってるからな」

唯「うん、大学でまた放課後ティータイム再結成だからね!必ず来てよね。絶対に絶対だよ!」

梓「はい、また大学で一緒に音楽やりましょう。私その為にこの1年しっかりやりますから!」

澪「部長がんばってな。学園祭必ず見に行くからさ」

梓「はい!私頑張ります!」

律「よし、いくかー」

紬「梓ちゃん」

梓「はい?」

紬「体には気をつけてね、何かあったらすぐ連絡してね」ぼそぼそ

梓「はい」

律「どうしたムギ、梓に何て言ったんだ?」

紬「何でもないわよりっちゃん。お茶が無くなったら分けてあげるって言っただけだから」

澪「さ、もういい加減時間だ、帰るぞ」

 こうして先輩達の高校生活は終わった。
 同級生も後輩もいない私は1人きりになってしまったが、大見得を切った以上廃部になんか絶対させたりなんて出来ない。
 そんな私の前に助け舟が現れる。

純「やっほーあずさー」

憂「梓ちゃんお邪魔しまーす」

梓「純に憂、どうしたの?」

純「いやー、先輩達がいなくなって落ち込んでる梓を慰めようと思いましてねーわざわざ来たわけですよ」

梓「別に落ち込んでなんかないもん」

純「またまたー、本当は泣きたいくせに」

梓「うっさい!」

梓「もう、それより何の用なの?」

純「来年から軽音部梓1人でしょ?だから新入部員連れてきてやったんだー」

憂「それも2人もね」

梓「……え?どこどこ?」

純「あんたワザとやってるでしょ、そのボケ……」

梓「てことは、まさか2人共入部してくれるの?」

憂「うん、私もお姉ちゃんが1人暮らし始めちゃうから暇になるし」

純「わざわざ放っておくなんて出来ないもんね。梓の体も心配だし」

梓「……」

憂「どうしたの?」

梓「確保ーーーっ!!」ぎゅっ

純「うわーっ!」

梓(ありがとう、純、憂……本当にありがとう)

 私は生き続けてみせる。私を支えてくれる親友の為にも、私を信用して軽音部を託してくれた人達の為にも、最愛の人の為にも……
 唯先輩、必ず行きますから……待っててください。


 第3話 終



第4話

 それからの時間はあっという間に流れていった。
 先輩達の引越し、卒業旅行……慌しい春休みも終わり新学期、高校生活最後の1年の始まり。
 新学期が始まってからは新入部員の勧誘で動き回り新歓ライブも無事に終わらせた。
 その結果新入部員の1年生が2人入部してくれる事になり軽音部は5人で新しく再スタートをする事ができた。
 放課後の部活動の伝統?ティータイムはしっかりと残っている。
 変わった事といえば練習しないで怠けているのを叱る相手が唯先輩と律先輩から純に変わった事ぐらいか。
 その卒業した先輩達ともたまに会ったりしたり遊びに行ったりスタジオ借りて演奏したりもしている。
 体の方もすこぶる良好で全てに於いて順風満帆な感じかな。


~~~

 私は今、どこかの教会にいる。
 こじんまりとした古めのチャペルだ。
 隣を見ると純白のドレスに身を包んだ唯先輩がいてこちらを見つめている。
 正面には神父さんがいてこちらを呼んでいる。
 ここにいるのは私を含めてこの3人のみ、立会人はいない。
 唯先輩は私の手を取るとゆっくりと正面の神父さんの方へ歩いていき、私はそれに付いていく。

神父「よろしいですか?」

唯梓「はい」

神父「汝平沢唯は、この女中野梓を伴侶とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

唯「誓います」

梓(唯先輩、普段見せないようなすごい凛々しい顔してる……この人、こんな一面もあったんだ)

神父「続いてあなたです」

梓「はい」

神父「汝中野梓は、この女平沢唯を伴侶とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

梓「誓います」

神父「それでは、結婚指輪を……」

唯「はい」

 そう言うと唯先輩は私の薬指に指輪をはめてくれた。
 私もそれに返すように指輪をはめてあげる。

梓(ん?ちょっと待って!なんで私結婚式なんてあげてるの?いきなりこんな流れ、出来すぎでしょ)

梓「唯先輩!」

唯「ほえ?」

梓「すいません、ちょっと私の頬をつねってくれませんか?」

唯「えー!そんなのできないよぉ」

梓「いいからお願いします」

唯「うー、分かったよぉ。それじゃちょっとだけだからね?」ぐいっ

梓「あ、いたふない…いらふない…」

~~~

梓「はっ!」がばっ

梓「夢か……そりゃそうかぁ」

梓「こんな夢見るようになったのはこの人の横で寝たせいだよね……ふふっ」

 私のすぐ隣では最愛の人が寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。
 そう、先輩達が卒業して大学へ行った後も唯先輩は時間があれば家によく来てくれる。
 その頻度は高校時代の時より増えていて正直離れ離れになった感じが全くしない。

梓(こうやって見てると可愛いなぁ……ちょっとキスしてもいいかな)

梓(すいません先輩、失礼しちゃいますね)

唯「ふぁぁ~」

梓「!?」

唯「うーん……おはよーあずにゃーん」

梓「お、おはようございます唯先輩」

唯「どったの?何か顔真っ赤だよ」

梓「な、何でもありませんっ!//」

唯「朝から変なあずにゃんだなぁ」

梓「もうっ!朝ご飯支度しますよ、ほら、さっさと起きてください!」

梓(唯先輩が起きてくれてほっとしたようなしなかったような……ちゃんと起きてる時にしなきゃダメ、ズルはいけな



―― その年のある夏の日・ファミレス

律「おーい、ゆいーあずさー、こっちこっち」

唯「おまたせー」

梓「おまたせしました」

律「とりあえず店員呼ぶからさ、何注文するか決めとけよ」

唯「ほーい」

梓「じゃあ私はバナナパフェに」

唯「私は目玉焼きハンバーグのセットに山盛りポテトフライにチョコレートパフェ!」

澪「相変わらずよく食うなお前は……」

律「そうそう、あんま食べ過ぎると太るぞ。こないだだって澪の奴、体重3キロ増えたって騒いでたもんな」

澪「余計な事を言うなっ!」ガツン

律「すいませんでした」

梓「そうだムギ先輩、別荘貸してくれてありがとうございました。おかげで夏合宿今年もやることができました」

紬「いえいえ、あんま大きい場所じゃなくてごめんなさいね」

律「ムギの言ってる大きな場所じゃないってどんな大きさを言ってるのか理解できない……」

澪「だよなぁ」

紬「それで上手くいってる?軽音部」

梓「はい。もうすぐ学園祭なのでみんな気合入ってますよ。純だけは誰かさん達みたいにお茶ばかり飲んでて怠けてますけど」

律「誰かさんて誰のことだよ」

梓「さあ、誰なんでしょう」じー

律「中野ォーッ!」

梓「ぷっ」

唯「だけどさ、あずにゃんにとって初めての後輩なんだよね。見てみたいなー」

梓「学園祭のライブでイヤでも見れますよ。2人共すごく楽しんでくれてて私としても嬉しいですよ」

律「そっかー。やっぱ梓に部長任せて正解だったみたいだな。いやー、しかし梓先輩かぁ」

唯「そうだねぇー、あのあずにゃんが先輩なんてね」

梓「いつまでも下級生扱いしないでくださいよ」

澪「でも楽しそうでよかったじゃないか。学園祭楽しみにしてるからな」

律「梓達にとっては最後の学園祭で後輩の2人にとっては初めての学園祭か。初めてといえば思い出すよな私達が一年だった頃をさ、あの時は……」

澪「だーーーーーっ!!」

梓(最後の学園祭……か)


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最終更新:2011年04月21日 02:36