―― 病院

金田「ううむ……」

梓「どうしたんですか?」

金田「ちょっとヘモグロビン値が下がってるな。疲れたと思ったら早めに休んでね」

梓「わかりました」

金田「それでどう?部活の方はうまくいってる?」

梓「はい、毎日とても充実してますよ」

金田「平沢さんとは?」

梓「よく家に来てくれますよ。来ない時は電話で話をしてますね」

金田「そっか。上手くいってるようで何よりだよ」

梓「今になって思うんです。唯先輩が傍にいてくれて良かったって。もし今、夜1人で居たらとても怖かったんじゃないかって。悩みを隠さず打ち明けられる人がいてくれるだけですごく安心するんです」

金田「そうだね。平沢さんも君の事すごく大事にしてくれているから。同情とかじゃなくて本気で君の事が好きなんだろうね」

梓「そうですね。よく分かりますよ」

梓「そうだ、今日はそんな話しに来たんじゃないんだった。先生、私みたいに余命が分かってる人の場合遺影ってどうしてるんですか?」

金田「いえい?」

梓「だから遺影ですよ。お葬式の時に使う写真の」

金田「ああ、その遺影ね。それがどうしたの?」

梓「だからその遺影、私みたいに死ぬのが決まってる人の場合あらかじめ撮っておいたりするんですか?」

金田「うーん、どうなんだろうね。その人次第なんじゃないのかな」



―― 写真屋

 今日は写真屋に来ている。おそらく私にとって最後になるであろう写真を撮る為に。
 こうやって写真に写るなんて卒業旅行のパスポートに使う証明写真の時以来だな。

カメラマン「それではいいですかー?撮りますよー」

梓「……」

梓(……最後くらい笑顔で写りたい……だけど)

梓(ダメだ……どうしても笑えない。笑いたいけど笑えない)

梓(今の私は幸せな筈なのに、どうしてなのかな)

カ「どうしました?」

梓「……すいません。今日は気分ではないのでまた今度でいいですか」

 そう、私は素敵な顔で写りたい。人生最後の写真だから



―― 唯のアパート

 この日、私と憂は唯先輩にお呼ばれされて先輩の住んでいるアパートに来ていた。
 何気に唯先輩の部屋入るの初めてなんだよね。いい加減な人だから散らかってるのかと思ってたけど以外にも綺麗に片付いてた。
 ちゃんと家事こなしてるんだ先輩……
 それはさておき、何しに来たのかというと特に何も決まってないんだ。
 でもこうやってだらだらと団欒してる時間てすごく大事な気がする。
 昔は何とも思わなかったけど今ではとても貴重だ。

唯「え?ビデオ日記やめちゃうの?」

梓「今ようやく分かりました。どうしてビデオ日記をつけようと思ったのか。余命1年を宣告された後、私はこれまでの17年間を後悔しました。私が歩いてきた道には足跡が付いてない気がしたからです」

梓「そして、残りの1年を悔いなく過ごそうと決心しました。でもちゃんと足跡をつけてるかどうか不安でビデオ日記をつけて自分が今生きている事を確認したかったんだと思います。でももうビデオ日記は必要なくなりました」

梓「私は今ちゃんと足跡をつけて歩いているって分かりましたから」

唯「うん、大丈夫だよ。私が保証するよ」

憂「今まで撮ったテープどうするの?」

梓「元々誰かに見せるための物じゃないし残しておかない方がいいのかもね」

唯「そういえばさ、私達が2人で写ってる写真もまだ無いよね」

梓「言われてみればそうですよね」

憂「でも軽音部の皆さんと撮った写真があるでしょ?」

梓「うん、それはまああるけど……」

唯「私とあずにゃんが2人きりで写ってる写真だけがまだ1枚もないんだよ」

憂「お姉ちゃんと梓ちゃん、恋人同士なのに写真が1枚もないって変だよ。普通記念に1枚くらいはあってもいいんじゃないの?」

梓「多分、今この瞬間の出来事がいつか過去になってしまうんだという事を撮影する時に思いたくなかったんだ。ほら写真て後に残すための物でしょ?」

唯「憂だったらどう思う?好きな人の写真やビデオを残しておきたいと思う?」

憂「うーん、付き合って別れた人との思い出なら全部捨てちゃうけど好きなまま別れるんだよね……あっ、ごめん……」

唯「私こそこんな事きいてごめんね」

憂「ねぇ、2人の写真て1枚もないの?」

梓「うん、卒業旅行で一緒に撮った写真はピンボケだったしね」

唯「やっぱり思い出は形で残すなって事なのかなぁ……」


 夏休みも終わり、学園祭に向けての準備は本格的に最後の追い上げ、同時に私達の大学受験の勉強も行われていた。
 最初は順風満帆に見えた部活動だったけど最近になって歯車が狂い始めた。
 軽音部内の関係がギクシャクしているようにある日気が付いた。
 最初は思い過ごしかもって思ってたけどやっぱりおかしい。
 最初の時点で私が何とか対応出来てれば良かったんだけど気が付いた時には手遅れだった。

 ある日の放課後の部活で1年の1人が演奏中ミスをしたのがきっかけだった。
 もう1人の1年生がそれを指摘し、いつもならそこで終わる物だったんだけれどもこの日は違ってた。
 そう、言葉のニュアンスの食い違いでこの2人がケンカを始めてしまったんだ。
 私達3年生が止めに入ったものの、結局その日は練習どころではなく解散ということに。
 律先輩ならこんな時どうするんだろう……私は部長としてやっていけるか自信を失いかけていた。

 そんな学園祭まであと2週間を切った9月のある日の放課後の部室。
 この日私達3年生はここで話し合いをしてる。幸いにも1年生の2人はまだ部室には来ていない。

梓「やっぱりさ、あの時私がちゃんと気が付いてあげてればこんなに問題にもならなかったんだよね。3年間の間部長としてみんなをまとめてきた律先輩はすごい人だと改めて思ったよ。私があそこまで出来ていればなぁ……」

純「やめなよ梓。律先輩は律先輩、梓は梓だよ。関係ないじゃん。それにあんたは十分過ぎる程にしっかりやってるよ」

憂「そうだよ、梓ちゃんは本当によくみんなをまとめてきてるいい部長さんだからね、もっと胸を張っていいと思うよ」

梓「そう言ってもらえると助かるよ」

梓「……とは言ったものの、はぁ」

純「もう学祭まで2週間ないよ。あの一件から殆ど5人で音合わせてないし流石にこのままじゃマズいよね」

憂「でもあの子達があの調子じゃあね」

純「私達が割って入る隙もないんだもん。だけど放っておくわけにもいかないし」

梓「あのさ」

憂「どうしたの梓ちゃん」

梓「2人共頑張り過ぎていっぱいいっぱいになってるんだよ。きっとそこから抜け出したくても出口が見えない状態だと思う」

梓「私が前にそうだったからさ……何となくだけど気持ちは分かるんだ。だからね、あの子達に私が今伝えたい事をぶつけてみようと思う。ダメなら何度でも分かってくれるまで」

純「うーん」

梓「どうかしたの純」

純「いやさ、いきなり言うのも何だけど、梓……あんた本当に変わったよね。びっくりする位に」

梓「な、なによいきなり」

憂「私もそれ感じたな。お姉ちゃんと付き合いだしてからの梓ちゃん、いい意味で人が変わったみたいだよ」

梓「もう、2人共真面目に聞いてよ//」

憂「…そろそろみんな来る時間だよ」

梓「そうだね……だけどもし来てくれなかった時はこっちから呼びに行くからね、いい?」

純「おっけー。だけど今日の梓、なんか顔色悪いよ。体調悪いの?」

梓「平気だよ。一応しっかり休める時は休んでるし」

憂「それならいいけど……」

梓「部長として後輩達に最後にどうしても伝えたい事があるから……私が先輩達からしてもらった事を今度は私があの子達にやってあげる番だからさ、いつかこの学校を卒業する時に軽音部に入って良かったって思ってくれるように」


 それから数十分後

憂「来ないね」

純「だね……このまま待ってても来そうにない気がする」

梓「いこっか、教室にさ」

 そう言って椅子から立ち上がった瞬間、久しく忘れていたあの腹の痛みが突然襲い掛かってきた。

梓「うっ……あぐっ……ああぁ……」

 今回は前に来た痛みとは違った。まるで腹の中をナイフでえぐるような激痛、瞬間的に体中の至る所から脂汗が吹き出てきて私は床に倒れこんだ。

憂「梓ちゃん……?どうしたの?」

純「梓!どうかしたの!?ちょっと!」

 視界に映っていた2人の姿が白みがかってぼやけて見える。
 何か呼びかけてきてくれているようだけど段々とその声も遠のいてくる。
 私……まだこんな所で死ねないのに……



―― 純視点

純「梓!どうかしたの!?ちょっと!」

 突然私の前で腹を押さえて苦しみだした梓の姿を見て私は叫んだ。
 何が起きているのか理解できない、何なのこれ!?。

梓「じゅ……じゅん……う…い……」

 かすれた声でそう言うと梓はその場に倒れこんで動かなくなってしまった。

憂「え!?梓ちゃん…梓ちゃあんっ!」

純「あずさあっ!」

 私はすぐに駆け寄って梓を抱きかかえる。

純「梓!しっかりして梓っ!」

 必死に呼びかけるものの意識がなく反応がない。
 憂は完全に動揺しているし、私だけでもとにかく冷静にならなきゃ……こういう時は、そうだ!

純「憂!すぐに職員室に行ってさわ子先生に連絡して!それから毛布とかあったら借りてきて」

憂「う、うん……分かった」

純「とにかく急いで!」

 憂が部室を出て行った後、私は携帯を取り出し119番をかける。

純「もしもし?そうです、友人が突然倒れて」

純「ええ、意識はありません。はい、場所ですか?」

純「桜ヶ丘高校の音楽準備室です。はい、すぐ来てください!お願いします!」

 携帯の通話を切り、私は物言わなくなってしまった親友をソファに移す。
 そして前に授業で聞いていた応急処置を始める事にした。
 どうせそんなもん使わないよーとか当時はそう思って流す程度で適当に聞いてたけどまさか本当に役に立つ日が来るなんてね……全く嬉しくないけど。

純「ねぇ梓、起きてよ。もしこのままあんたを死なせたりしたら私、唯先輩に何て言えばいいのよ!だからお願い、目を開けてよ梓ってばぁ


―― 同時刻・N大キャンパス

律「でなー、昨日のTVがさー」

唯「うんうん、あれ面白かったよねー」

澪「おい律、お前レポートの提出まだ済んでないだろ」

律「あー忘れてた。澪お願い!写させて!」

澪「お前確か前回もこんなんだったよな。今度という今度は自力でやれよ」

唯「りっちゃんはいつもいつもだらしがないですなー」

律「そういうお前はやってあるのかよ」

唯「私は後でムギちゃんに見せてもらうもん」

澪律「おい」

紬「ところで今日はいつもと趣向を変えてうなぎパイ持ってきたの。これでお茶しましょ」

唯「わーい」

澪「ムギもムギで何考えてるんだよ……」


prrrr

唯「およ?電話だ。憂からだ、どうしたんだろ」

唯「もしもしーういー?どったの?」


律「でさー、昨日の夜澪の奴がさー」

澪「うるさいバカ律!それは秘密にしろって言っただろ!」

紬「あらまあー、気になるわぁ……りっちゃん、それでその後は?」

律「それでなー……」

唯「みんな!みんなぁー!!」

澪「どうしたんだ唯、血相かえて」

唯「憂から連絡あってね……あずにゃんが……あずにゃんがあぁぁ!」

律「おい落ち着けって。それじゃ何があったか分からないだろ。梓がどうかしたのか?」

紬(!?)

唯「はぁはぁ……あずにゃんがね……学校で倒れたんだって!」

律「なに!?本当かよそれ」

唯「本当だよ!さっき救急車で病院に運ばれたんだって」

澪「ウソだろおい……」

律「唯!運び込まれた病院って琴吹総合病院だったよな?」

唯「うん!」

律「こうしていられるか!すぐ行くぞ!こんなのレポートどころの騒ぎじゃないだろうが!」


―― 病院

唯「はぁっ……はぁっ……あっ、さわちゃん!」

さ「あなた達……待ってたわよ」

唯「憂と純ちゃんはまだ来てないの?」

さ「あの子達ならもうすぐ来るはずよ」

紬「先生、梓ちゃんの容態はどうなんですか」

さ「さっき処置が終わって病室に移されたとこよ。今は寝てるわ」

澪「それって助かったって事でいいんですよね?」

さ「ええ」

律「よかったー、一時はどうなるかと思ったぜ」

唯「あ、来た来た!おーい、ういー」

憂「お姉ちゃん!」

純「はぁっ……はぁっ……先生、梓は!?梓は大丈夫なんですか!?」

さ「落ち着いて純ちゃん」

純「梓は……梓は死んじゃったりしませんよね?無事だって言ってくださいよ!!」

純「まだあと4、5ヶ月は大丈夫だって言ってたじゃないですか!こんな早く死んじゃうわけないですよね?そうですよね!!」

さ「いい加減冷静になりなさい!!あなたがそんなんでどうするの!?」パンッ

純「うっ……」ヒリヒリ

さ「梓ちゃんなら大丈夫よ。命に別状はないって」

純「よかった……うぅ……あずさぁー」ウルッ

律「なあ鈴木さん」

純「はい」

律「さっきの後4ヶ月って、どういう意味なんだ?」

純「あ……」

さ「……流石にもう隠しておく事も出来ないわね」

紬「さわ子先生知ってたんですか?」

さ「ええ、新学期が始まってあの子達の担任になった日に梓ちゃんから直接、ね」

律「……何てこった、くそっ!!」

澪「そんな……嘘だ……梓があと4ヶ月しか生きられないなんて」

紬「残念だけど本当なの。そして病気が見つかった時には既に手遅れだった事も」

律「なあムギ、お前の系列の病院だろ?どうにかする事はできないのか?」

紬「出来るのならとっくにしてるよ……いくらお金持ってても友達1人助ける事もできないなんて……滑稽ね」

律「私等もそうだよ……黙って見ているしかできないなんてさ」

澪「ところでさ、唯、お前も知ってたのか?」

唯「うん」

澪「もしかして梓がもうすぐ死ぬと分かってて付き合ってたのか?」

唯「そうだよ」

澪「死ぬ事が分かってる相手と付き合ってたのか。平気なのか唯?」

唯「何言ってるのさ澪ちゃん!」

澪「え?」

唯「死ぬと分かっている人はあずにゃんだけじゃないよ!世の中の人全てなんだよ!!」

憂「お姉ちゃん……」

唯「命にもしもの事が起こるかもしれないのは私達だって同じだよ!あずにゃんは……たまたま余命が判っているだけだから……」

澪「……ごめん唯。変な事聞いて」

唯「この際だからみんなに話しておくね。私の覚悟を聞いて」

唯「私は幸せな家に生まれて、恵まれて過ごして来たけど何の為に生まれてきたんだろうって考えた時、答えが見つかった事はなかったんだ」

唯「でも今は違うよ。初めて生きる理由を見つけられたから。今、あずにゃんと一緒に生きるために生きているの。一緒に住んで、支えてあげて、見送るために生きているの」

唯「だから私は最後の最後まであずにゃんの傍から離れないから。これだけはみんなに話しておきたかったんだ」

律「唯、お前変わったよな。最初は梓だけかと思ったけどお前も昔とは別人のようだよ」

澪「ああ、凄いよお前達はさ。大変な筈なのにそんなそぶりも見せないもんな」

唯「そんな事ないよ。みんな私を買いかぶりすぎだよ」

さ「さて、話の途中だけど私は学校に報告しなきゃいけないから一度学校に戻るわ。あなた達もここで騒ぐのは他の人に迷惑だから移動しなさい。いいわね?」

全員「はい」

さ「唯ちゃんは梓ちゃんの傍にいてやりなさい」

唯「うん」

憂「それなら私は一度家に帰って荷物取って来ます」

さ「分かったわ、気をつけて行って来るのよ」

憂「はい」


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最終更新:2011年04月21日 02:38