―― 病院の廊下

紬「こんなの言えた義理じゃないけど病気の話を秘密にしてた事で唯ちゃんと梓ちゃんを責めないであげて」

律「ああ、あいつらを責めたりなんかする訳ないだろ。私だってもしあいつらの立場になったら言えるかどうかわからねえよ……」

澪「そうだな」

律「全く梓の奴、自分が死ぬかもしれないって位ヤバいってのにさ……卒業式で強気な事まで言って今日まで隠し通して……あいつやっぱり素直じゃねーな」

紬「そうね。でも梓ちゃんらしいわ」

律「それとさ、さっき別れる前に唯が言ってたの、覚えてるか?」

澪「覚えてるさ、敵わないよな、あそこまで言われちゃな」

律「あいつはもう全てを受け入れる覚悟を決めてるんだよな……大した奴だよ普段はトボけてるのに」

澪「そうだな。あんな真剣な目をした唯、今まで見た事なかったな」

律「とにかくだ、これから先もいつもと変わらない様に普通に接してやろうぜ」

紬「それが一番いいわね」

澪「ああ」

紬「それじゃあ私はここでちょっと離れるね」

澪「どこかいくのか?」

紬「ちょっと金田先生のとこに行ってくるわ。りっちゃんと澪ちゃんは先に待合室に行ってて」

律「ああ、じゃあまた後でな」

澪「……」

律「澪」

澪「なんだ律」

律「もういいぞ、ここには私以外誰もいないからさ」

澪「何言ってんだよ律、私なら全然平気だから。先輩がうろたえてたりなんかしてたら笑われるだろ」

律「そっか……」

澪「……」

律「……」

澪「……何でだよ」

律「澪?」

澪「何で梓なんだよ!!あいつ私達より年下なのに、順番でいったら年上の私達から先に死んでいくのが普通の世界ってもんだろ!それなのに……どうして梓がこんな目に会わなきゃいけないんだよ!!」

律「そうだよな……もっと早くに気付いてあげれればな……後輩の悩みに気が付かないなんて部長失格だ」

澪「やめろよ…そんな事いうなよ」ぐすっ

律「澪、もしかして泣いてるのか?」

澪「うっ、うるさいバカ律!」うるうる

律「もう我慢しなくていいんだぞ。今の内にいっぱい泣いておけよ」

澪「ぐすっ……ひくっ……りつうぅぅ!」ぎゅっ

律「よしよし……なあ澪」なでなで

澪「ん」

律「唯と梓の前では絶対に泣いたりするなよ」

澪「分かってるよ……今日だけ、今日だけだから……もう少しこのままでいさせてくれ……」

律「ああ……」なでなで


―― 病室

 病室に入ってからそう長い時間を置かずに先生がやってきた。
 今回の結果とこれからの入院計画を話す為だ。

金田「もう胃の出血は止まってますが貧血が酷いのでしばらく輸血が必要で入院してもらう事になります」

唯「どれくらい必要ですか」

金田「順調にいけば3、4日です」

唯「退院したらまた普通の生活に戻れますか?」

金田「はい、でも再出血の可能性があります。食事がとれなくなると再入院が必要となります」

唯「わかりました」

金田「それでは私は一度失礼します。何かありましたらすぐ連絡してください」

 どれ位経ったんだろう、私はベッドの脇にある椅子に座って目の前で眠っているあずにゃんの顔をただ静かに見つめていた。
 色々な不安が頭の中によぎってくる。その度にそれらを否定する繰り返しの作業が続く。
 ふと時計を見る。もうすぐ6時になろうとしている。
 私の他に誰もいなくただ心電図の音以外何もない沈黙の続く病室、いつの間にか夕陽が室内をオレンジ色に染めていた。
 何時だったのか分からない、不意に病室のドアが開いた。
 憂と純ちゃんだ。

憂「お姉ちゃん、着替え持ってきたから。今日は1晩梓ちゃんの傍にいてあげるつもりなんだよね」

唯「うん」

純「梓の様子はどうですか?」

唯「今は落ち着いて寝てるとこだよ。あとは目を覚ますのを待つだけだから」

純「良かった……本当に良かった……」

憂「ねぇ、梓ちゃん本当に大丈夫なの?もう一度ちゃんと検査してもらった方がいいんじゃないの?」

唯「今回は貧血で3、4日の入院で済むみたいだから心配いらないよ」

憂「お姉ちゃんも気が動転してるだろうけどしっかり気を持たなきゃ駄目だよ、梓ちゃんも頑張ってるんだから」

唯「私なら平気だよ。憂達こそしっかりね」

憂「うん、私達なら大丈夫だから……それとね、話変わるけど梓ちゃんの病気、あの騒ぎで学校中に知られちゃった……」

唯「そっか……学校に救急車が乗り込んで来たんじゃ隠せる訳ないもんね。それで軽音部の後輩の子達にも知られちゃった?」

純「はい、私がここに来る前事情を話したんですけど正直あの子達も動揺していてまだ事実を受け入れられないみたいです」

唯「突然だもんね。そりゃあしょうがないよ」

憂「……それじゃあ私達澪さん達のとこ行ってるね。梓ちゃん起きたら教えてね」


――――――

梓「うーん……ここ……は?」

梓「病院?そっか、私部室で倒れて……ん?唯先輩……」

 横を見ると椅子にもたれ掛かって眠っている唯先輩がいた。
 私がどれだけの時間寝てたのか分からないけど、もしかしてこの人ずっと付き添っててくれたのかな。

唯「んんー……あっ、あずにゃん……起きてたんだ……」

梓「今さっき起きた所です。すいませんでした心配かけて……唯先輩だけじゃなくて他の皆さんにまで」

唯「本当に心配したんだからね。貧血で輸血が必要で3、4日入院が必要だって」

唯「それとね、お願いがあるんだけど」

梓「なんですか?」

唯「写真が欲しいんだ。やっぱり私、あずにゃんと一緒に写った写真が欲しいよ」

唯「あずにゃんが倒れて、もしかしてこのまま目を覚まさなかったらどうしようって一瞬だけど思っちゃったんだ。そうしたらどうしても一緒に写っている写真が欲しいって思ってね」

梓「先輩……」

唯「1枚だけでいいからさ、ね?駄目かな?」

 先輩からの意外な頼みだった。だけど断る理由がない。
 先輩が私とのいつまでも残る思い出が欲しい、残さないつもりだったけどやっぱり欲しい、それだけ世界中の誰よりも私の事を真剣に想ってくれているわけだから。
 私は何も言わなかった。だけど精一杯の笑顔を送った。


 その後、病院の先生に言われた通り3日後には無事退院する事ができた。
 すぐに学校に復帰した私を出迎えたのは嬉しそうに「おかえり」と言ってくれる憂と純、2人の顔を見たらまた日常に帰ってこれた幸せで胸がいっぱいになる。
 後輩達は既に仲直りしていて迷惑掛けてしまった事を謝ってきたけど私の方こそこの子達にも心配かけてしまったのでなんか申し訳ない気持ちでいっぱい、お互い様なのかな?
 仲直りした理由も詳しくは教えてくれなかったけど、あの日私がもうすぐ病気で死んじゃうのを聞かされてかららしい。 
 とにかく今は病気の事や私の残された時間の事は自分の口で説明しなきゃいけない。そう思った私は今日中にでも放課後の部室で後輩達に自分の病気、これからどうするかをしっかりと話す事にしよう。

純「梓、ギター演奏して体大丈夫なの?」

梓「1日3、40分程度ならやってもいいって許可もらってるから」

梓「本当はね、これからもっと体調が悪くなってくるから学校も部活も続けるべきじゃないって思うんだ。だけどここまで来たら最後までやり遂げたいから……純、憂、本当に勝手なお願いかもしれないけどよろしくお願いします」ぺこり

純「何言ってるの!私は梓に付いていくって決めてるんだから例えあんたがダメって言っても何処までも付いていくからね!」

憂「そうだよ。私達友達なんだから、大変だと思ったらどんどん迷惑かけてよ、ね?」

梓「純、憂……2人にはホント感謝してもしきれないよ……」


 その後、部室に5人揃った所で話をした。
 とても重ーい空気、そして後輩の2人、元気がないな……きっと私の病気が気になってるんだろうな。
 とにかく話そう……今言えるだけの事を。
 私の命が残り少ないのは事実でそれは変えることのできない運命だけど今の私には迷いや恐れはないから。残りの人生をしっかりと生きると。
 とにかく今は学祭を絶対に成功させるように頑張っていこう。
 それが今の私達のさしあたっての目標なんだから、と。
 私は気持ちの沈みこんだ後輩を励ましながらそう言った。
 話している内にみんなに笑顔が戻ってきた、やっぱりみんな一緒に笑っていたいもんね。
 全てを話し終えた時私は清清しい気持ちになっていた。
 そしてこの日、軽音部はいつもの賑やかさを取り戻した。

 先輩達も見に来てくれた学園祭のライブは大成功に終わった。
 ライブが終わった後部室でみんなにお礼を言って後輩達にこれからの軽音部を任せると伝えた。
 そう、今日で3年生は部活動を引退する。これからはこの子達がこの軽音部を引っ張っていかなきゃいけない。
 かつて私が先輩達から伝えられた想いを今度は私が後輩達に伝えていく事がちゃんとできたんだよね。
 私の今の心は澄み切った青空のように晴れやかだった。



 そしてしばらく経ったある日

―― 写真屋

カメラマン「準備ができましたらどうぞ」

梓「よしっ……と。私の方はいつでもいいです。唯先輩、どうですか?」

唯「えー、ちょ、ちょっと待ってよぉ」

梓「もう!早くしてくださいよ。待たせちゃってて悪いでしょ。ほら、手伝ってあげますよしょうがないなぁ」

唯「へへー、すいませんねぇ」

梓「ったく唯先輩はもう……」がさごそ

梓「よし、出来ましたよ。すいませーん、Okです」

カ「ヘアピンの方はもう少し寄ってくださいね。カメラに入りきらないので」

唯「こうですか?」

梓「せ、先輩!くっつきすぎですよ!体当たってます!//」

唯「いいじゃんいいじゃん。私達にとって初めての記念写真なんだからさ」

梓「……もう、しょうがないですね……今回だけですからね//」

カ「それじゃいきまーす!はい、チーズ!」

 2人で力を合わせてこれからを過ごしていく決心をした今の私達は生きる希望に満ちている。
 その一方で私達はゆるやかに心の準備を始めている。やがて訪れる永遠の別れの日に向かって


 第4話 終



 第5話

純「ほら梓、早く早くー」

梓「ちょっ純!そんなに手引っ張らないでよ!痛いって!なんなのよもう」

純「へっへー、到着ー」

梓「到着って……ここ平沢家じゃん」

純「まあどうぞどうぞ、遠慮なくあがってくださいな」

梓「別にあんたの家じゃないでしょ」

純「まあそうなんだけどね」

がちゃっ

梓「お邪魔します……っと。静かだなぁ、誰もいないの?」

純「さ、どうぞどうぞこの中へ」

梓「何なのよもう」

 純のよそよそしい態度を疑いながら居間のドアを開けると……

クラッカー「ぱぁ~~~ん!!!」

唯澪律紬純憂「お誕生日、おめでとうーーー!!」

梓「うわあぁっ!」びくっ

梓「びっくりしたー。心臓に悪いですよこれ」

澪「悪いな梓、唯と律の提案で梓を驚かせようとサプライズ仕込んだんだ」

唯「あずにゃん、今日は何日か知ってる?」

梓「今日はえっと……11月11日…そうか、私の誕生日だったんだ」

律「なんだよ自分の誕生日くらい覚えとけよー」

梓「まさか自分の誕生日を祝ってくれるなんて思ってもいませんでしたから考えてもいなかったです、予想外ですよ」

唯「私達今迄1度もあずにゃんのお誕生日会やってなかったからね。今年こそやってあげようって」

紬「私1度でいいからお友達の誕生会で三角帽子被ってクラッカー鳴らすのが夢だったの~」

梓「ありがとうございます。本当に何て言ったらいいか」

純「おめでとう梓、これで今日から18歳だね」

梓「そっか……私18歳になったんだ……なれたんだ」

律「そうだぞー梓、今日から18歳だ。パチンコ行ける年齢だぞ」

澪「パチンコなんでどうでもいいだろっ!」がつん

律「いでぇー」

梓「18歳……なれたんだ……」

憂「梓ちゃんの為に今日はいっぱいお料理作ったからね。どんどん食べてね」

唯「ほらあずにゃん早くこっちおいでよ」

 前に誕生日を祝ってもらったのはいつだろう、確か小学生の頃に家族に1回やってもらったっきりだったな。
 まさかこんな大勢の人に盛大に祝ってもらえるなんて夢みたい。
 そして18歳、歳をとるなんて何とも思ってなかったけど今はとても感慨深い。次は365日後の19歳か……また祝ってもらえたらいいな。何時の間にか私は贅沢な考えをしていた。

純「ほら早くしないと梓の分も食べちゃうぞー」

梓「ああっ!もう、待ってよ純!」

 私は十分すぎる程満喫しています。今の充実しすぎた日々を。


 それからの日々は大学の受験勉強の日々だった。
 かつて先輩達がそうしたように私達も音楽室で後輩達の演奏をBGMにして勉強に励んでいる。
 第一志望は当然N大、そして憂も純も同じN大を志望していた。
 勉強の甲斐あって受験は3人揃って合格、ようやく肩の荷が降りた気がする……あとは卒業式を迎えるだけだね


―― 2012年3月・水族館

 今日はデートの日、私の希望で行き先は水族館。

唯「ちょっとあずにゃーん、くっつきすぎだよぉ。もう、他の人達が見てるじゃん//」

梓「離れませんよ、いつぞやの仕返しです」

唯「えー。じゃあ私もっ」ぎゅっ

梓「ふにゃあ//」 

唯「そういや今日のデートはあずにゃんにとっては高校生での最後のデートだね」

梓「そうですね。唯先輩としても独身最後のデートでしょう」

唯「だねー」

老人「あのー、ちょっといいですかな?」

唯「ほえ?」

梓「私達ですか?」

老婆「ええ、お嬢ちゃん達にちょっと頼みがあってねぇ」

梓「どうしました?」

老人「このカメラでわし等の写真を撮って欲しくてねぇ」

梓「はい、そういう事なら喜んで」

 私はデジカメを受け取って2人の前に立ってシャッターとフラッシュの位置を探る。
 ふと片割れの御婆さんが話しかけてくる。

老婆「出来れば日付を入れたいんだけどねぇ…私達機械あんま得意じゃないからどう操作すればいいのか分からなくて」

梓「日付ですか?分かりました。何とかやってみます」

老人「ほら、いいから日付なんて。時間取らせてその子達に迷惑かかるじゃろう」

老婆「何言ってるの!記念の大切な日なんだから日付がなくてどうするの!」

唯「今日は何かあったんですか?」

老婆「ええそうよ。今日は私達夫婦の50年目の結婚記念日なのよ」

梓「わぁー!結婚してから50年目なんですか!すごいじゃないですか!おめでとうございます」

老人「ありがとう。ところで君達はお姉さんと妹さん?すごく仲良さそうに見えたからねぇ」

唯「ちがいますよー」

老婆「じゃあ恋人同士かねぇ」

梓「なっ//」

老婆「図星のようねぇ。いいわねぇ初々しくて。私達にもこんな頃があったのよねぇ」

唯「私達、今月から一緒に暮らすんですよ」

老婆「あら、いいじゃない。おめでとう」

唯梓「ありがとうございます」

梓「あ、何とかなりましたよ日付、撮りますね」

老婆「ありがとうねぇお嬢ちゃん」

梓「いえ、こんな大事な日の写真に日付入れないなんて勿体無いですから。それでは行きますよ」

――

老人「すみませんねぇお嬢ちゃん達、わざわざ時間とらせてしまって」

唯「私達なら気にしなくていいですよ」


老婆「それじゃあ私達は失礼するわね。あなた達も先は長いけど私達みたいに50年目指しなさいね」


梓「……」

 私達2人は返事に詰まった。だって50年先の将来を考えるカップルではなく死に向けて考える普通とは違うカップルなのだから……
 しばらく間があり私は横を見てみる。そこには同じく私を見つめる唯先輩の姿が。
 言葉を交わさなくても何が言いたいのかはお互い表情だけで理解できている、小さく頷いた後私達は正面を見据える。

唯梓「はいっ!」 

――

梓「ねぇ唯先輩」

唯「何?あずにゃん」

梓「唯先輩と約束したい事があります」

唯「約束?」


 そう、私達は約束した。
 私達は愛し合うことを約束した。
 私達は50年分愛し合うことを約束した。


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最終更新:2011年04月21日 02:40