―― 同年3月8日・病院

 この日の定期健診はいつもと違った。
 隣には唯先輩が付き添ってくれている。

梓「先生の予想外れましたね。先生に持って1年と言われたのに1年以上たちました」

金田「そうだね、痛みはある?」

梓「いえ、薬が効いてるみたいです」

金田「物は食べられる?」

梓「問題ないです。まだ入院しなくても大丈夫ですよね?」

金田「一応病人なんだし僕としては入院を勧めたいんだけどね」

梓「先生、やっぱり私は入院しないでこのまま普通の生活を続けて行きたいんです」

金田「平沢さんも、同じ考えかな?」

唯「はい」

金田「それはそうと、いよいよ明日卒業式だね」

梓「はい、まさかこうして卒業式に出られるなんて夢にも思いませんでした」

金田「卒業おめでとう」

唯「おめでとう、あずにゃん。約束守ってくれたんだね」

梓「ありがとうございます。先生も、唯先輩も」

金田「ところで約束って何?」

梓「べ、別に何でもないです!唯先輩、先生の前で変な事言わないでください」

唯「えー、別にいいじゃーん」

金田「ははは、本当に君達楽しそうだよね。これじゃまるで新婚さんだよ」

梓「また!茶化さないでくださいよ先生!」

 余命1年を宣告されてから既に1年以上過ぎている。
 私達は何も変わりなく過ごしている。
 さあ、明日は卒業式だ!



―― 桜高

 今日は私達の卒業式、色々あったけど無事にこの日を迎える事ができた。

梓「――そして、後輩の皆様方のご活躍と、桜ヶ丘高校の一層の発展を願い、ここに答辞とさせて頂きます」

梓「平成24年3月9日、卒業生代表・中野梓

――

梓「ふぅー、緊張したー」

憂「答辞お疲れ様梓ちゃん」

梓「てか何で私にこんな役廻ってくるのよ。普通生徒会長の役目でしょこれ」

純「まあまあ、でも終わっちゃったよね卒業式」

憂「そうだね」

梓「これで高校生活ともお別れ、か」

憂「大学行ってもみんな同じ大学だからあんまり実感ないよね」

梓「おまけに先輩達も同じ大学だし、結局今までと変わらないしね」

純「それで梓はいつ引越しするの?」

梓「もう荷物まとめてあるし、すぐにでも行くつもりだよ」

純「ったく……ラブラブすぎるわあんた達」

さ「ちょっとあなた達いつまでそこにいるの?そろそろ最後のHR始めるわよ」

梓憂純「はーい」

梓「ほらいくよ2人共」

憂「うん!」

純「ちょっ、待ってよあずさー」

 コンコン

唯「はーい」

 がちゃっ

唯「いらっしゃーいあずにゃーん」ぎゅっ

梓「にゃあっ!えへへ…来ちゃいました」

唯「待ってたよー、さ、どうぞどうぞ」

梓「お邪魔します」

唯「お邪魔しますだなんて変だよ。今日からここがあずにゃんの家なんだからただいまだよー」

梓「そうでしたね……ふふっ」

梓「……ただいまです、先輩」

唯「おかえり、あずにゃん」

梓「前来た時と同じであんま散らかってませんね」

唯「そうだよー、しっかり整理しておいたからね」

梓「とりあえず荷物置かせてください」

唯「はいよー」


 その夜、私達はテーブルを囲んで夕食をとっていた。
 2人分の食器がギリギリ乗る程度の小さなテーブル、だけどその分お互いの距離も近い。
 こじんまりとしたささやかなディナーだけど、今の私にとってはどんな高級料理や一流レストランも適わない素晴らしいものだった。

唯「味はどうかな?」

梓「美味しいです……本当に美味しいですよ唯先輩」

唯「よかったー、マズいとか言われちゃったらどうしようかと思ってヒヤヒヤしてたんだよ」

梓「本当に美味しいですから。私がお世辞言う人間じゃない位先輩なら分かりますよね」

唯「うんっ」

 どうやら唯先輩は私からプロポーズを受けたその日から憂に頼みこんで家事全般を教わっていたらしい。
 病気持ちでこれから先体調もままならなくなり満足に体も動かせられなくなるかもしれない私を支えていける様にしたいからって教えてくれた。
 やっぱりこの人はその気になれば何でも出来る人なんだな……ギターだけじゃなくて勉強も、家事も。

唯「ねえねえあずにゃーん」

梓「どうしました?」

唯「あずにゃんってさ、小学生の頃からギターやってたんだよね?」

梓「ええ、そうですけど」

唯「本格的に始めるようになったきっかけの出来事とかあったの?」

梓「両親がジャズバンドやってたって話は前にも聞きましたよね」

唯「うん」

梓「確かにそれもあるんですけど本当のきっかけは別にあるんです」

梓「その頃の私は小学校のクラスでもあんまり友達とかいなかったんですよ」

唯「えー、以外だなー」

梓「私って元々人付き合いが得意じゃなかったんです。家族は仕事で家にいない日の方が多いし学校でも家でも1人でいるのが殆どだったんです」

唯「ふむふむ」

梓「そんな時期に家にたまたま置いてあったギターを見つけて見よう見まねで始めたんです。最初は暇つぶしと寂しさを紛らわす手段のつもりでやってただけでしたけど何時の間にか日課になってしまって」

梓「音楽がきっかけで友達も少しですけど出来ましたね。先の話になりますけど中学でも音楽系のクラブに入れたし」

梓「その後両親が私がギター始めたって話を知ってそれからですね。両親の演奏会や色んな場所でやっているライブを見に付いていって段々と夢を見るようになっていったんです」

唯「夢?」

梓「プロになりたかったんです私。生きるのなら好きだった音楽でやっていきたかったんですよ。大勢のお客さんの前でスポットライト浴びて演奏してみたかったんです。両親と同じように」

梓「尤もすぐに諦めちゃったんですけどね……」

唯「えーっ!勿体無いじゃん。あずにゃん演奏上手なのに諦めちゃうなんてさー」

梓「実際プロになると事務所や周りの声とかのしがらみやら何やらで大変なんですよ、好きでやっていた筈なのに何時の間にかその好きな音楽が好きでも何でもない物になっていくんです。両親がそうでしたから」

梓「すいません、なんか頭では分かってても口に出してみると具体的に説明はしにくいんです」

唯「ううん、何となく分かるよあずにゃんの言いたい事は」

梓「実際年に多くの人がデビューしてるんですけどその殆どは数年の内に姿を消すんですよ。流行るのは早いけど飽きられるのも早いんです。そうなったら後には何も残りませんよ」

梓「だから私はあくまで音楽は趣味に留めて無難に過ごすようにしたんです。余命宣告されてそれも否定されたんですけどね」

唯「でもさ、やってみなけりゃ分からないよ?もしプロになってみて実際そうなったとしてもやらないで後悔するよりよっぽどいいと思うな」

梓「そういえば先輩方が軽音部立ち上げた時の目標は武道館デビューでしたね」

唯「今でもそうだよー。私達大学でも軽音やってるし武道館が目標なのは変わってないよ」

唯「そうだ!あずにゃんの次にやるべき事思いついちゃった」

梓「どんなのです?」

唯「バンドのコンクールに出てみようよ!私達5人でさ」

梓「コンクールですか……」

唯「そうだよ!あずにゃんの夢だったんだよね?大勢の人の前で演奏するのって」

梓「そうですけど……上手くいくんですかね。私達のバンドが学校の外で演奏したのって3年前の大晦日のライブの時だけだったし」

唯「やってみなきゃ分からないよ。バットを振らなきゃヒットも出ないし点も入らないよ!」

梓「押し出しやスクイズがありますけど」

唯「ぶーっ!意地悪いわないでよー」

梓「すいませんすいません……ふふっ」

唯「もー」

梓「でもそうですよね。夢を目指せる最後のチャンスですもんね。それに先輩達となら何があってもやっていけそうな気がします」

唯「そうだよー。じゃあさ、明日早速りっちゃん達に相談してみようか」

梓「はいっ」

 翌日、私達軽音部5人はいつも集合場所に使っているマックに集まった。
 勿論昨日唯先輩と話し合ったコンクールの話をする為に。

律「コンクールかー。何か面白そうだよな」

紬「そうねぇ、何だか楽しそうね学校の外でみんなと演奏だなんて」

梓「何か目標があった方が練習にも身が入りやすいと思うんですよ」

澪「それってやっぱ学園祭や新歓の時よりも人がいっぱい来るんだよな?」gkbr

律「そりゃあそうだろ。何たって優勝すればメジャーデビューの可能性だってあるんだし関係者もいっぱい来るんじゃないの?」

澪「うぅっ……無理だろ学園祭よりも大勢の前で演奏だなんて……」gkbr

梓(相変わらずだなぁ澪先輩)

紬「今回の提案考えたのってやっぱり梓ちゃんなの?」

梓「いえ、唯先輩です」

律「へぇー、唯がなぁ……コンクールに出ようなんて言い出すなんてなぁ」

唯「私ね、みんなと一緒に武道館のステージに立ってみたいんだよ。だってそれを目標に高校1年生の時からやってきたんだよね」

唯「それにね……私の夢だけじゃなくてあずにゃんが一度諦めかけた夢でもあるから……」

唯「みんなちょっと聞いてくれるかな?……あずにゃん、昨日話してくれた事言ってもいい?」

梓「はい」

 唯先輩は昨夜話した一部始終を話し始めた。
 私が話したギターを始めたきっかけ、夢を持ったけど諦めた話、ありのままの話を。
 そして私にとっては最初で最後のチャンスだという事も。

律「そっか……なるほどなぁ……」

紬「私は賛成よ。折角唯ちゃんと梓ちゃんがこんないい話持って来てくれたんだもの。やらない手はないじゃない」

律「私も賛成だぜ。だって人に聞いてもらいたいから音楽やってるんだもんな。メジャーデビューとかそういうの関係なしに私等の演奏がどこまで通じるか確かめてみたいし」

律「……で、澪はどうなんだ?」

澪「……恥ずかしいけどやるよ。だって何時までこのメンバーで音楽やっていけるのか分からないだろ。だから私もやるよ。梓が諦めかけた夢、私達でやってみたいじゃないか」

唯「ほいじゃー決まりだね!」

梓「そうですね。律先輩、大学で練習する場所確保してあるんですか?」

律「もちろん!去年私が軽音部立ち上げたからな。練習場所もお茶やれる場所もバッチリ確保済みだ!」

澪「お茶はどうでもいいだろ」

梓「大学行っても相変わらずいつも通りの軽音部なんですねみなさん」

唯「それがあってこその私達軽音部だからねー」

梓「そうですよね」

律「よし!そうと決まれば明日からやるぞー!」

全員「おー!」

 という訳で私達放課後ティータイムは1年ぶりに再始動した。
 目指すは秋に行われるバンドコンクール。
 これが私の人生の集大成になるかもね……だけど大好きな先輩達と少しでも長く音楽をやりたいから……


―― 4月・病院

金田「うぅむ……」

梓「どうしたんですか先生。まさか体の状態がそんな悪いんですか?」

金田「いやね……」

金田「その逆!すごくいいよ!いやぁーびっくりだよ。体の状態すごくいいよ」

梓「もう……脅かさないでくださいよ」

金田「いやーごめんごめん。つい、ね」

梓「悪ふざけにも程がありますよ」

金田「それでどう?大学生になってうまくやれてる?」

梓「それはもう!病気なんて忘れる位楽しくやれてますよ」

金田「そっか、それはよかったよ」

梓「先生、私達秋に行われるバンドコンクールに出る事になったんですよ」

金田「ほほぅ……それはそこにいる平沢さんも一緒に?」

唯「はい、勿論」

梓「先生、私絶対コンクールに出場します。今はそれが私の生きる第一の目標になったんですから」

金田「いいと思うよ。目標があれば生きる糧にもなるし、今の君にとってはすごく大切な物だよ」

梓「先生にもそう言ってもらえて安心しました」

金田「平沢さんも中野さんをしっかりと支えてあげてね。今の君なら要らぬ心配だと思うけど一応ね」

唯「勿論です。2人で決めた目標なんだから最後まで2人でやり遂げます」


 それからは練習に明け暮れる毎日。
 勿論大学の勉強も両立させてるけどね。
 講義が終わった後は部室で毎日練習、ただ私がギター触っていられる時間が病院の方で制限されてるので練習時間は3~40分程度でその分中身は濃くやっている……つもりだけどどうなのかな。
 残った時間は高校時代と何ら変わらないティータイム、何だかんだでコレがないと私達じゃないし……私も完全に毒されちゃってるな。



―― 5月末・唯と梓のアパート

 この日は軽音部の先輩方と純、憂を家に呼んでお食事会を開いた。
 元々あんまり広くない部屋に7人も入ったからかなりぎゅうぎゅう詰めな部屋の中、でも案外何とかなったりもする。
 テーブルは同じアパートに住んでる憂が自分の部屋から持ってきてくれたのも使って何とか広さを確保できた。

唯「今日はみんなどんどん食べてね!」

律「言われなくても食べてるぜ!」

澪「お前は食べ過ぎだっ!」

紬「いいわぁこのお部屋。なんか家庭的でいい匂いがして2人がいつもどんな生活してるのか分かる気がするわぁ~」ほわほわ

梓「どんな想像してるんですか……」

純「でもいいの?今日は軽音部の集まりなんでしょ?私達部外者なんじゃ」

梓「気にしないでよ。純と憂には普段からお世話になりっぱなしだったからさ。それに2人共軽音部じゃん」

憂「言われてみればそうだったね」

純「最後の1年だけだったけどね」

澪「それにしても本当に料理上手だよな。これって梓と憂ちゃんが作ったんだろ?」

憂「違いますよ。この味は多分、お姉ちゃんが作ったんじゃないかな」

律「味で分かるのかよ……てか唯が作った!?マジで?」

唯「大マジだよー。ちょっとあずにゃんにも手伝ってもらったけどね」

律「という事はあれか、クリスマス会の時みたくイチゴのせるだけの簡単なお仕事だったりとか」

唯「りっちゃんシドい!」

梓「殆ど唯先輩ですよ。私は本当に補助的な部分しかやってません……というか入る余地が殆どなかったんです」

憂「1人暮らし始める前からお姉ちゃん特訓してたからね。今はもうそれ以上の事まで出来てるしやっぱりお姉ちゃんはやれば出来る子なんだよ」

純「さすが平沢姉妹……」

律「でもこの寿司の舎利、ちょっと柔らかすぎないか?」

唯「えーっ!?そっかなぁ……丁度いいと思ったんだけどなぁ」

梓「いいんですよ、私はこれでいいと思います。美味しいですよ先輩」

唯「あずにゃんにそう言って貰えるなんて最高の褒め言葉だよー」

憂(確かにこの舎利少し柔らかすぎる。でもこれは失敗したんじゃない、ワザとだよ……病気で食べ物が喉を通りにくい人でも食べやすいようにあえて柔らかくしたんだ……お姉ちゃんそこまで……)

唯「そういえばりっちゃんと澪ちゃんも一緒に住んでたんだよね」

澪「ああ、でも料理は専ら律が担当してるけどな」

律「澪といるお陰で翌日の話のネタには困らないぞ。昨日も部屋に出たゴキブリを新聞紙で叩いて潰したら澪の奴布団被って隠れちゃってさー」

澪「一々お前は余計な事言うなっ!」がつん

律「たわばっ」

唯「あっ!そろそろピザ焼きあがるから持って来るねー」

梓「私も手伝いますよ」

唯「じゃあお願いねあずにゃん」

梓「はいです!」

憂「……お姉ちゃん…梓ちゃん……」


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最終更新:2011年04月21日 02:51