みんなが帰った後片付けを済ませた私は今一息ついている処。
 病気の症状かどうなのかは分からないけどちょっと胃がもたれてるようだ。

梓「すいません、ちょっと背中さすってもらえませんか?」

唯「お腹痛いの……?」

梓「いえ、そこまで悪いわけではないんですが」

唯「じゃあやるねー」

梓「はい、シャツめくりますね」

唯(!?あずにゃんの体、すごく痩せちゃってあばらが見えそう……やっぱり病気進んでるんだ……)

梓「どうしました?」

唯「あ!ううん、何でもないよ」

唯「えっと、この辺でいい?」

梓「もうちょっと下、胃の後ろあたりお願いします」

唯「こうかな?」

梓「はい、そこです」

唯「やっぱりあんまし調子よくないの?」

梓「ただの食べ過ぎだと思いますよ。ほら、あの人達といるとついつい自分も釣られちゃって余計に食べてしまいますから」

唯「そうだよねー。私もちょっと食べ過ぎちゃってお腹パンパンだもん」

梓「やっぱり楽しいですよねこういうのって」

唯「そだねー」

梓「いつまでもこんな毎日が続けばいいですよね」

唯「続くよ、私とあずにゃんがそれを願えばいつまでも楽しくいられるよ」

梓「はい」


―― 翌日・病院

金田「あなたは……平沢唯さんの妹さんでしたよね」

憂「はい、いつも姉がお世話になってます」

金田「それで、今回はどのようなご用件で?」

憂「姉と梓ちゃんの事なんですけれど……」

金田「中野さんとお姉さんがどうかなさいましたか?」

憂「姉も梓ちゃんもとても楽しそうで、このままずっと生きていてくれるんじゃないかって思うほどです。でも2人の愛情が深まれば深まるほど心配になるんです」

金田「どんな心配を?」

憂「その……別れが来た時、姉はどうなってしまうんだろうって。そんな事を考えてしまうんです」

金田「平沢さん、僕の知っている限りでは愛情が深まるほど、そして楽しい時間を過ごした人ほど残された後楽しい人生を送っていますよ。お姉さんを信じてあげて大丈夫なんじゃないですか」


―― 夜

 私と唯先輩は床についていた。
 部屋の中に1つしかないセミダブルサイズのベッドの上で2人くっついて寝るのが毎夜の日課。
 最初は唯先輩が勧めてきたんだけど私は正直恥ずかしいから断った……はずだった。
 やっぱり内心は先輩と一緒に寝たかったんだよね。
 結局部屋が狭くてもう1人分布団敷けないからって理由でOKした。
 表向きはね……我ながら本当素直じゃないなぁ。

 夜も更けようとしているのに私達は暗闇の中まだ起きていた。
 2人で背中をくっつけ合わせた状態でお互いの顔は見えない、というより暗いから元々見えないかも。

唯「ねぇあずにゃん」

 不意に唯先輩が話しかけてきた。
 私は背中合わせの体勢を崩さずに返事をする。

梓「まだ起きてたんですか」

唯「うん」

唯「あずにゃんに聞きたい事があったんだ」

梓「なんですか」

唯「初めて私に会った時の第一印象ってどうだったの?」

梓「そうですね……1年で見に行った新歓ライブで初めて唯先輩を見て同じギタリストとして私憧れたんですよ。だってあんなに人を惹きつける演奏するんですもの。きっとすごい人なんだろうなーって」

唯「へへー」

梓「もっとも入部してすぐに幻滅させてもらいましたけどね!」

唯「えーっ!しどいよあずにゃーん」

梓「だってお茶ばかり飲んでて練習もまともにしない、楽譜は読めない、コードも覚えられない、おまけにギターのメンテもまともにしない、居眠りと遅刻ばっかですぐ人に抱きついてくる、挙句の果てには勝手にあずにゃんだなんて変なあだ名をつけるし最悪でしたよ」

唯「がーん!重いよ!今のその言葉重いよあずにゃん!」

梓「だって事実ですから」

唯「そんなぁー」

梓「でも」

唯「でも?」

梓「ずっと先輩達といる内に分かったんです。唯先輩がただ傍にいるだけで安心するし、その笑顔を見て元気付けられて今まで何度も助けられたりもしました。今なら憂が何で先輩をあんなに慕っていたか分かる気がします」

唯「うん」

梓「やっぱり唯先輩は……初めて新歓ライブで受けた印象通りの私が憧れてた最高の先輩でした」

唯「あずにゃん……」

梓「私の中ではもう唯先輩無しの人生なんて考えられません。私という人間を構成する上での1番欠けてはいけない重要な要素なんです。だからこれからも私の傍を離れないでいてください」

唯「絶対離れたりなんかしないよ、絶対にあずにゃんを1人ぼっちになんかさせないから。もうあずにゃんは1人じゃないよ」

 唯先輩はそう言った後、私の両脇に両手を回りこませて優しく抱きしめてくれた。
 突然の行動に思わずドキッとして声を上げそうになるが踏みとどまった。
 そしてお返しとばかりに私は唯先輩の方に向き直り同じように抱きしめた。
 暗闇で顔は分からないけど吐息が顔にかかり息づかいが聞こえる。
 そう、当たりそうになる程近い距離で私達は顔を近づけ合わせていた。

梓「はい……これからもよろしくお願いしますね」

唯「こちらこそよろしくね。愛してるよあずにゃん」

梓「私もです。愛してます唯先輩」

 私達は唇を合わせた。
 限られた時間の中で私達はお互いの愛情を確かめ合った。


―― 6月

律「佐々木さん、ちょっと話があるんだけどさ」

純「鈴木です」

律「ああ、そうだった。永田さん」

純「……もういいです」

律「まあどっちでもいいや。今日呼んだのはさ、私達とバンドやらないかって聞く為に呼んだんだ」

純「え?私をHTTの新メンバーに?」

唯「そだよー。みんなで相談して決めたんだ。ね?」

紬「ええ」

梓「純も3年の時に軽音部入ってくれたからさ。だからまたやろうよ私達と今度は6人で」

純「ちょっと待って、6人って憂には声かけたの?」

梓「憂には断られちゃった。私達のサポートに回りたいんだって」

律「梓の友達なら私達の友達でもあるからな、どう?」

純「そうなるとベース2人になっちゃいますよね」

澪「私は構わないぞ。ツインベースのバンドなんて他にもいるし」

純(そうだ!憧れの澪先輩と2人で組んでベースが出来る!なんて夢のような)

純「やります!やらせてください!」

律「よし、決まりだな!それじゃこれからよろしくな」

純「はい!」

梓「また同じバンドだね。よろしく純!」

純「よろしく梓」

梓「それはそうと」

純「なに?」

梓「純、あんたひょっとして『憧れの澪先輩と2人で組んでベースができる』て考えて決めたでしょ」

純「ギクッ!い、いいじゃん別に!」

梓「ぷぷっ、顔真っ赤」

純「梓のくせに生意気だーッ!」

 こうして今月から私達放課後ティータイムは6人編成になりました。
 やかましいのが入ってきたから余計に騒がしくなりそうだけど。
 ……楽しみだな♪


 私達はその後、毎日を充実させて過ごしている。

―― 6月中ごろ

梓「せんぱーい、具が出来ましたよ」

唯「よっし!それじゃそこの餃子の皮で包んでくれないかな?」

梓「了解です」

梓「……難しいですね。歪な形になっちゃいましたよ」

唯「いいじゃんいいじゃん!なんか手作りって感じするもん。この調子で夕方までに仕上げちゃおー」

梓「はいです!」


―― 6月末

梓「先輩!レポート出来たんですか?もうすぐ提出期限ですよ!」

唯「まだ手付かずですすいません……」

梓「もう!そんなんじゃ単位落としますよ!ほら、手伝いますから早く終わらせますよ」

唯「おおっ!さっすがあずにゃーん」ぎゅー

梓「はーなーれーてーくーだーさーい」


―― 7月

梓「先輩、この洗濯物ちゃんと畳めてませんよ」

唯「えー、出来てると思ったんだけどなぁー」

梓「出来てません。ここの袖の端、折れちゃってるじゃないですか」

唯「これぐらいいいじゃーん」

梓「ダメです。やり直し」

唯「ちぇーー!あずにゃんのいけずー!」


―― 7月7日

唯「ただいまー」

梓「おかえりなさい先輩。あれ?その竹どうしたんですか?」

唯「ムギちゃんに分けてもらったんだよ。今日七夕だもんね」

唯「だからさ、飾り付けしようよ!ね?」

――

唯「どう?出来たかな?」

梓「こっちは終わりましたよ」

唯「短冊いっぱい付けたねぇ」

梓「そうですね」

唯「それじゃあさ、一番大きいこの短冊、2人分の願い事書こうよ」

梓「はいっ!何にしましょうか……そうだ!」

 カキカキ

梓「よし、出来ました!」

唯「じゃあこれは一番目立つ場所に……っと。完成だね!」

梓「綺麗ですね」

唯「うん」

梓「あの短冊の願い事、叶えばいいですね」

 【少しでも長く一緒にいれますように ゆい&あずさ】



―― そして夏

唯「あずにゃーん、憂からスイカ貰ってきたよー」

梓「丸々1個ですか。太っ腹ですね憂も」

唯「早速食べようよー」

――

梓「唯先輩、何で真ん中だけ食べてるんですか?」

唯「私ね、スイカの真ん中の種の無い場所だけくり貫いて食べるのが夢だったんだよぉ」

梓「お行儀悪いですよ……」

唯「あずにゃんもやろうよー」

梓「やりません!」


―― 8月初頭・部室

梓「律先輩に唯先輩、それに純も!もうすぐ予選なんですよ!お茶ばかり飲んでないでいい加減練習しましょうよ」

純「今は暑いからもう少しして涼しくなってからね。梓もカッカしてると余計暑苦しくなるよ」

梓「カッカさせてるのはどこの誰よ」

律「そうそう、分かってるじゃん純も。こんな暑い中やっても身が入らないってもんだ。おー冷茶うめー」

澪「ったくこいつらは……結局唯もいつもの唯だし……お前等もっと真面目に出来ないのか」

唯「ほぇー?なにーみおちゃーん」

紬「今日のおやつは信玄餅よー」

唯「わーい、ムギちゃん大好きー♪」

澪梓「頭痛い……」

 月日が流れるのは早いもんでお盆がやってきました。
 コンクールの予選は来月、いよいよ練習も大詰め。
 というわけで毎年恒例の夏合宿にやってまいりました。

律「さあ、泳ぐぞー!」

唯「泳ぐぞー!」

澪「だーっ!お前等練習しに来たんじゃなかったのか!」

 この光景も毎年恒例のお約束、今年で見納めになるかもしれないけどね……

純「ねえ梓」

梓「何?純」

純「軽音部って今までずっとこんな合宿やってたの?」

梓「そうだけど?」

純「くっそーっ!羨ましーーっ!」

梓「練習なんてほったらかしで海水浴して、バーベキューして、花火とか肝試しして、結局練習に割く時間なんてほんのちょっと。いい加減でだらけてると思ってたけど今じゃいい思い出だし大切な時間なんだよね」

梓「だからさ、純も遊ぼ!いっぱいいっぱい思い出作ろうよ!」

純「もっちろん!そうと決まれば行くぞーあずさー!」

梓「ちょっ、待ってよ純」

唯「おーい、あずにゃんに純ちゃーん、こっちこっちー」

 あっという間に日は暮れて海水浴の後はバルコニーでバーベキュー、次に海岸で花火大会。
 練習する為にスタジオに入ったのは結局夜の10時を廻ろうとしている頃、1回通しただけで終わっちゃったけどこの人達元々本番に強いし私自身も楽しかったから別にこれでよかったよね。

 夜も更けて今私は1人で露天風呂に浸かっている。
 ぼーっとただ空を見上げてのんびりとゆったりした時間を過ごしていた。

 ふと後ろで物音が聞こえた。
 誰か来たのかな?

唯「おおっ!あずにゃんもお風呂ですか、奇遇だね」

梓「唯先輩でしたか。先輩も1人でお風呂に?」

唯「そだよー」

――

唯「卒業旅行行けなかったし合宿も海外じゃなくなってごめんね」

梓「気にしてませんからいいですよ」

唯「卒業旅行行こうって話した時にさ、私達の分だけじゃなくてあずにゃんが卒業する時にも行こうって約束してたのに結局行けなかったから。なんか悪い事しちゃったみたいでね」

梓「いいんですよ。この体で海外なんて飛行機の中で何かあったら大変ですし、先輩方や純がいてくれれば国内でも十分なんです」

唯「そっか……」

梓「……星が綺麗ですね」

唯「……そうだね」

梓「こんな綺麗な夜空が見れるなんてやっぱりここに来て良かったです。最高の気分です」

唯「ねぇあずにゃん」

梓「どうしました?」

唯「ちゅーしよっか?」

梓「いきなり何なんですか……でも、やってみましょうか、誰も見てないし……」

唯「ほいじゃあいくね」

 私達は湯煙の中顔を近づけていく。
 もうすぐ唇が当たりそうになった時だった、何故か思わず吹き出してしまった。

唯「どしたの?いきなり笑っちゃったりしてさ」

梓「いえ、なんか急におかしくなっちゃって……ぷふっ」

唯「変なあずにゃーん」

 3度目のキスシーンはこうして立上り消えていく湯気の如く幻となったのでした。


 この日は疲れも溜まっていたせいもあって布団に入ったらすぐに寝てしまった。

 だけどこの日は珍しく夜中に起きてしまった、いつもなら一度寝たら朝までグッスリなのに。
 ふと隣の布団に目をやると、そこで寝ている筈のあずにゃんの姿がない。
 眠い目をこすって辺りを見回してみる。
 月の光が差し込んできていてかすかに明るい室内を見渡すと窓のカーテンが風でなびいているのが目に入る。
 どうやらわずかに開いていてそこから隙間風が入ってきているぽい。
 確かこの窓の向こうはバルコニーだったかな……ちょっと見に行ってみよっと。

 外は夏なのに涼しい風が吹いていて少し肌寒い。
 そんな空の下、バルコニーに置いてある木製のリラックスチェアから見慣れた人の後頭部が見えた。
 何をしてるんだろう……眠れなくて外の空気でも吸ってるのかな。
 でも薄着でこんな場所にいたら風邪ひくよ。
 私はそんな心配をしつつも後ろから近寄って声をかけようとしていた。


唯「あーっず……」

 言いかけた私の口が止まる、なにか変だ。
 よく見るとあずにゃんの肩が震えている、どうしたんだろ。

梓「――たくない…」

唯「あずにゃん、どうしたの?」

 恐る恐る声を掛けて顔を見ると、充血した目に大量の涙を浮かべて今にも零れ落ちそうになっているあずにゃんの姿があった。

梓「死にたくないよ……まだ死にたくないよぉ……」

唯「あずにゃん……」

梓「うっううぅ……唯先輩……唯せんぱあぁぁい!……ぁああぁぁあぁぁ!」

 あずにゃんは泣きながら私の胸に飛び込んできた。
 胸に顔をうずめて私を強く抱きながらひたすら泣きじゃくっている。
 私は何も言わず、ただ笑顔であずにゃんをそっと抱きしめてあげた。

 うん、分かってるよあずにゃん……私は全部分かってるから……
 みんなとお別れするのが辛いんだよね?
 今の私に出来る事はこうやって抱きしめてあげる位しかないけど、それでよければ好きなだけこの胸を貸してあげるよ。

 いつの間にか私の目も涙で潤んでいた。
 嗚咽し続けるあずにゃんをより強く抱きしめる


 私は怖かった、寂しかった。
 死ぬことが痛いからとか苦しいからとかじゃない。
 ちょっと前までは1人で死ぬのに何も抵抗は無かったのに今じゃとても怖い、また1人に戻ってしまうのが怖い。
 大好きな人達ともう2度と会えなくなってしまうのが何よりも辛い。

 だから私は生きたい。
 もっともっと、生きたい。
 私は今、世界で一番幸せなんだから 

 第5話 終



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最終更新:2011年04月21日 02:51