最終話

―― 9月のある朝

唯梓「ごちそうさまでした」

唯「今日は私が片付け当番だったね」

梓「そうでしたね。それではよろしくお願いしますね」

唯「まっかせなさい!」

唯(あずにゃんのお皿、おかずもご飯も半分以上残ってる……もうあんまり食べられなくなってきてるんだ……)

唯(大丈夫だよね!今日はたまたま食欲がなかっただけだよね!うん)

梓「どうかしましたか?」

唯「え?な、何でもないよ。ちょっと考え事してただけだから」

梓「そうでしたか。そろそろ学校行く時間なので遅れないようにしてくださいね」

唯「うん、わかってるよー」


―― 午後 N大・部室 

唯「未来は誰にも撃ち落せなーーい♪」ジャジャーン

澪「今日はここまでにしようか」

紬「そうね。もう今日は40分やったものね」

律「つっかれたぁーっ!今日は随分多めにドラム叩いた気がするぜ」

唯「それはそうと、来週いよいよ予選だね」

紬「そうね、ここまで来たらもうやれるだけの事をやるだけよ」

梓「そうですね」

純「大丈夫かな……こんな大舞台経験するの初めてだしなんか緊張するよ……」

澪「なんか想像したら私まで緊張してきたじゃないかよ……失敗したらどうするんだよ……」gkbr

純「あ、す、すいません。つい」

梓「いいじゃないですか。結果はどうであれ、頑張ったって事実は絶対後に残る財産になるんですから」

律「そうだ!あと少しなんだからみんな気合いれていくぜー!」

HTT「おー!!」

唯「それじゃ帰ろっかー。今日は夕食の買い物しにスーパー寄ってかなきゃいけないからね」

梓「」ふらっ

律「梓、どうした?大丈夫か?」

梓「はい、何とか」

純「ねえ本当に大丈夫なの?ちょっと休んだ方がいいんじゃない?」

梓「平気平気!ちょっと練習しすぎただけだから。もう、純は心配性なんだから」

純「……」

唯「純ちゃん、この後時間空いてる?」

純「はい。特に用事はないですけど」

唯「だったらさ、悪いんだけどあずにゃんを家まで送ってあげてくれないかな?買い物なら私1人でもできるし」

純「はい、それぐらいなら」

梓「そんな……悪いですよ。唯先輩にお使い押し付けるなんて」

唯「いーのいーの、たまには先輩に甘えなさい!」

純「そうだよ梓、唯先輩がこう言ってくれてるんだし今日くらい休んだ方がいいって」

唯「じゃあそーゆー事だから後よろしくっ!」

澪「それじゃあ純、梓をよろしく頼むな」

純「はい」


―― 唯&梓の家

梓「ありがと純、あとはもう私だけで何とかなるからさ」

純「……分かった。あんまり唯先輩に迷惑かけちゃ駄目だよ」

梓「何いってんの。親みたいな説教しないでよ」

純「それじゃあ帰るよ。また明日ね梓」

梓「うん、また明日……うっ!」

純「どうしたの梓」

梓「げほっ!ごほっ!ごほっ!」

純「ちょっ!梓!どうしたのよっ!!」

梓「大丈夫……大丈夫だからあんまり大きな声ださないでよ」

純「馬鹿っ!大丈夫なわけないでしょうが!……って、あんたその手血まみれじゃん……」

梓「ドジだな私も……純の目の前でこんな格好悪い姿見せるなんてさ……ふふっ」

純「梓、病院いこ?無理だよその体じゃ!」

梓「それだけは駄目だよ……病院行ったらコンクール出れなくなっちゃうもん、絶対にそれだけは駄目」

純「コンクールなんかより梓の命の方が心配だ!」

梓「ごめん純、私どうしてもステージに立って演奏したいの。私の最期の我侭…聞いてよ……お願い」

純「最期って……なに言ってんの梓」

梓「私ね……もうあんまり長くないかもしれない。予感がする」

純「縁起でもない事言わないでよ!」

梓「私の体だからさ……何となく分かるんだ……だから純に今の内に話しておきたいんだ」

梓「もし私の身に何かあったらさ、先輩達に……」

純「嫌だよ」

梓「純?」

純「私言わないから!梓の口から先輩達に直接伝えてよ!」

梓「え!?」

純「あんたまだ生きたいんでしょ!?音楽続けたいんでしょ!?」

梓「うん」

純「だったら死ぬなんて軽々しく言わないで!!次言ったら本気で怒るからね!!」

梓「そうだったね……ごめん純、変な事言っちゃって。私ちょっと弱気になってたかな」

 がちゃっ

唯「ただいまーあずにゃーん。おっ、純ちゃんあずにゃん送ってくれてありがとねー」

唯「おかえりなさい先輩」

純「お邪魔してます」

 思い返してみると私の人生は色々な人に支えられてたんだな……
 大好きな人に愛されて、最高の親友に囲まれて……



―― 病院

紬「そうですか……もうそこまで症状が」
              はしゅ
金田「ええ、先月の検査で腹膜播腫とリンパ節への転移が発見されました。正直言ってあまり時間的猶予は残されていないと見ていいでしょう」

紬「あとどれくらいなんでしょうか、梓ちゃんの残りの……その……もうすぐ予選も控えてますし」

金田「明確には言えませんが遅くてもコンクールの決勝が終わったら入院してもらうかもしれません」

紬「……」

金田「本来ならすぐにでも入院して欲しいというのが医者としての意見です。ただ医者ではなく中野さんを見守る1人の人間として、あの子には晴れの舞台に立ってもらいたいという気持ちもあります」

金田「なので中野さんにも平沢さんにもこの話はまだしていません。職務より私情を優先させるなん医者失格ですかね僕は」

紬「そんな訳ないじゃないですか。本当に心遣い感謝します。あと1週間……何とかもってくれればいいのですが……」


 予選の日は9月18日、それまでは練習とお茶の日々が続いた。
 幸い重篤な病気の症状はあの日以来出る事はないけど正直ただ立ったり座ったりするだけでも相当身体が辛いしもうほとんどご飯も喉を通らない……でもなんとか予選の日を迎えられそうだ。
 私のこの身体、もってくれればいいな……いや、もたせてみせなきゃ!


―― 9月17日 夜

 今日は部屋で平沢姉妹と私の私物の身辺整理をしている。
 私がいつ死んでもすぐに実家へ荷物を送れるように準備しておく必要があったし唯先輩と憂に余分な仕事をさせたくなかったから。
 ここに来る時に必要最低限の物しか持ってこなかったせいか整理は早く片付きそうだ。
 生活日用品以外の物を次々とダンボール箱の中に詰めていく度に部屋の中の隙間が増えていった。
 そして3人でやった甲斐もあり思っていたより早く作業は終わった。

梓「なんとか終わりましたね」

唯「そだねー。でも部屋の中が寂しくなっちゃったなぁ」

梓「憂もわざわざ手伝いに来てくれてありがとね」

憂「気にしなくていいよ。私も久しぶりにお姉ちゃんと梓ちゃんに会いたかったし」

梓「そうだ、そこの引き出しの中に私の預金通帳と保険関係の書類が入ってます」

梓「それに私が死んだ時に連絡して欲しい人の住所と電話番号が書いてある紙もまとめて入ってます」

唯「うん、分かったよー」

梓「大丈夫ですか?まあ憂もいるから問題ないとは思いますけど」

唯「私を信用しなさい!」

梓「はあ……」

憂「コンクール、いよいよ明日だよね!お姉ちゃん、梓ちゃん、頑張ってね!私も会場見に行くからね」

梓「うん、ありがとう憂」

唯「まっかせなさい!」

唯「そうだ!あずにゃん、本番に向けて私からプレゼントがあります!」

梓「え?プレゼントですか?」

唯「今日憂と一緒に探しに行って買ってきたんだ。はい、どうぞ」

梓「開けてもいいですか?」

唯「どうぞー」

梓「わぁ……ピックじゃないですか。しかもこれ、隕石で出来たピックですよね?」

憂「そうだよ、何件も廻ってようやく見つかったんだー。お姉ちゃんがどうしてもそれがいいって聞かなくてね」

梓「なんか悪いですよ……これすごく高かったんじゃないですか?」

唯「金額なんてどうでもいいんだよー。あずにゃんに喜んで貰いたかったからさ。それに、ほれ」

梓「先輩も全く同じピックを……こんな高級なの2つも買ったんですか!?」

唯「うん、明日はお揃いのピックでやりたいもんね。へへ」

梓「ありがとうございます唯先輩、憂。私、大事に使いますから!……ペアルックかぁ、嬉しいなぁ」

憂「じゃあ私は用事も終わっちゃったしそろそろ帰るね。明日朝早いから早く寝ないと」

梓「おやすみ憂、明日はよろしくね」

唯「ういおやすみー。明日は頼むよー」

憂「またね、お姉ちゃん、梓ちゃん」バタン

唯「私達も寝よっか」

梓「そうしましょうか。寝坊なんかしたら洒落になりませんからね」



―― 9月18日 朝

梓「そろそろ時間なので行きましょうか」

唯「うーん」

梓「どうしました?」

唯「あのねあずにゃん。洗面所の蛍光灯がね、チカチカしてるんだ。もうすぐ切れちゃいそうだけど替え置いてあったっけ」

梓「蛍光灯の替えならこの前買って置いた筈ですよ。たしかこの押入れの中に……あったあった、ありましたよ」

唯「おおっ!」

梓「でももう行かないと待ち合わせに遅れちゃいますから帰ってきてから付け替えますね」

唯「おっけー」

梓「それじゃこの蛍光灯は洗面所に置いておいて、と。むったんも昨日先輩からもらったピックもちゃんと持ったし……唯先輩、ちゃんとギー太持ちましたか?」

唯「ちゃんとあるよー」

梓「私の1年目の学祭の時みたいに忘れて取りに戻るなんてもうしないで下さいね」

唯「ぶー!わかってるよぉ、あずにゃんの意地悪ー」

梓「じゃあ、行きましょうか」

唯「うん!いってきまーす」

梓「いってきます」


―― コンクール会場・市民ホール

律「私等の出番は午後の一発目、1時からだ」

紬「今は10時、まだ結構時間あるね」

律「演奏する曲は1組1曲だそうだ。それと来週の決勝に残れるのは5組だけだってさ」

純「結構ハードル高いんですね」

梓「まあプロの登竜門とか言われてる大会だからね。競争率高くて当然だよ」

澪「演奏するの1曲だけか……それなら今回の為に作ってきた新曲でいいんじゃないか?」

律「そうするかー。折角作ったのに披露できずにお蔵入りじゃ勿体無いもんな」

梓「まだ負けると決まったわけじゃないですよ」

律「まーそうだけどさ」

澪「あとは……舞台のセットの打ち合わせ今の内にしておかないか?」

純「そうですね」

紬「それじゃあお茶でも飲みながら決めましょ」


―― PM12:30

律「どうだ唯?客席の様子は」

唯「思ったより人少ないね。まだ予選だからかな」

純「そうですね。空席目立ちますし」

澪「十分多いじゃないか……」

―― PM12:50

憂「お姉ちゃーん」

唯「おおっ、ういー来てくれたんだねー。それにさわちゃんまで」

さ「教え子達の晴れ舞台だもの。そりゃあ見に来るわよ」

係員「放課後ティータイムさーん。そろそろ出番ですので準備の程よろしくお願いしまーす」

HTT「はーい」

さ「時間ね。行ってらっしゃい。しっかりやるのよ」

唯「うん!」

憂「みなさん、頑張ってくださいね!」

梓「任せてよ!」

純「そうそう、かるーく勝ち抜いてくるから大船に乗ったつもりでみててよ」

梓「純が言うと泥舟に見えてくるって」

純「なにをーー!」

憂「ふふっ」

律「よし、みんな用意はできたか?」

唯「おっけーだよ!」

紬「いつでもOKよ」

梓「やってやるです!」

純「いつでもいけます!」

澪「……ああ」gkbr

律「よっしゃ行くぜぇー!!!」

HTT「おー!!」

―― PM13:00 

 私達はステージに上がって周りを見渡した。
 正面に審査員らしい人達が数人、その後ろにそれ程人数は多くないけど観客の人達がいる。
 スポットライトが私達を照らす。
 とうとう夢の舞台に足を踏み入れたんだよね……改めて実感した気がする。
 配置は高校の軽音部時代と同じ、ボーカルの私が真ん中に立っている。
 今年入った純ちゃんは私の右斜め後ろ、澪ちゃんとの間。
 まあ澪ちゃんが前に出るのを嫌がってこの配置になっただけなんだけどね。


唯「どもどもー、放課後ティータイムでーす」

 いつもと同じように、というより本能的にMCを始める私。

律「ライブじゃないんだからMCはいらないんだよ!」

唯「えへへ、そうでした!それじゃ早速行きます!Utauyo!!MIRACLE」

♪~

唯「大好き 大好き 大好きをありがとう♪」

唯「歌うよ 歌うよ 愛をこめてずっと歌うよ♪」ジャーン

唯(終わったぁー)

 大成功だった。
 私も、他のみんなもミスをする事なく完璧にこなせた気がした。
 これなら行けるかな?期待で胸いっぱいな私でした。


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最終更新:2011年04月21日 02:44