病室の外・帰り道

澪「なあ律」

律「なんだー澪」

澪「お前何にも考えてなかっただろ」

律「あ、バレた?」

澪「当たり前だろ!どうするんだよあんな事言って」

律「まーなんとかなるっしょ。それに唯と梓には最後までずっと一緒にいて欲しいだろ」

紬「でも現実問題ギターがいないのは事実よ。今から代わり探すと言っても……」

律「うーん」

澪「とにかく何とかしなきゃな。今更後には引けないしな……」


 9月20日

憂「お姉ちゃん、私に用って何?」

唯「憂に渡しておきたい物があるんだ」

憂「なに?」

 私はここで憂にギターケースを差し出した。
 そう、これは勿論私のギー太だ。

憂「何でこれを私に?お姉ちゃんの大切なギー太なのに」

唯「憂には私の代わりにコンテストに出て欲しいんだ。勝手なお願いかもしれないけどね」

唯「昨日さ、りっちゃんは大丈夫って言ってたけど絶対強がりで言ってたと思うんだ。私達に気を使ってね」

憂(やっぱりお姉ちゃん気が付いてたんだ……)

唯「憂さ、2年の時の学祭で私が風邪引いた時に私に変装してりっちゃん達の前でギター弾いた事あったよね?」

憂「うん」

唯「あの時の憂のギターね、もしかしたら私よりも上手く弾けてたかもしれなかったんじゃーないかな?と思ってね」

憂「でも出来るのかな私に……あの時はただの見よう見まねで少しだけ弾いただけだったし」

唯「大丈夫だよ。私にも出来たんだから憂が出来ない筈ないよ」

 憂はしばらく考え込んだ後、意を決したようにギー太を受け取ってくれた。

憂「私やってみるね。お姉ちゃんと梓ちゃんが喜んでくれるなら私何でもやってみせるから」

唯「ありがとう憂」


 その数時間後・マック

律「なるほどなぁ、やっぱ唯にはバレてたか」

憂「はい、だからお姉ちゃんは私にギー太を…」

澪「憂ちゃん、高校の軽音部じゃキーボードだっただろ?」

憂「そうですよ。でも昔からお姉ちゃんがギター弾いてるの何度も見てますし弾かせてもらった事もあるので」

律「確かに憂ちゃんなら練習すれば出来る様になりそうな気もするよなぁ……」

律「じゃあいいのか憂ちゃん。やってくれるのか?」

憂「はい!よろしくおねがいします!」

律「ギターが決まった所で……次はボーカルだな。さーて、どうしよっか」

澪「私がやるよ……」

紬「澪ちゃん……」

律「澪、急にどうしたんだ?あれだけ嫌がってたボーカルを自分からやるだなんて」

澪「今更恥ずかしがってなんかいられないだろ。まあちょっとは恥ずかしいとは思うけどさ。私だって一応HTTのボーカルなんだから!」

紬「本当にいいの?もう後には引けないのよ?」

澪「何だってやってみせるよ。後輩があんなに大変な思いをしてるんだからこれくらい何ともないさ」

律「よし!そいじゃーあと1週間出来る限りの事をしていこうぜ!出れない唯と梓の分までさ。」

澪「ああ!」

紬「どんとこいです!」

純「はいっ!」

憂「やってみせます!」

澪「そうだみんな、今思い出したんだけど私から1つ提案があるんだ」

律「なんだ澪、いきなり流れぶった斬って……」

澪「あのさ……」


 それから日は流れ9月27日の夜

 私は病室であずにゃんと一緒にいる。
 他に誰もいない部屋で2人きりの時間を過ごしていた。
 あずにゃんはベッドに横たわったまま私を見つめていた。

唯「あずにゃん」

梓「どうかしましたか?唯先輩」

唯「手、握っていい?」

梓「はい……」

 私はあずにゃんの手を両手で握った。
 その手はとても弱弱しくあずにゃんに残された時間がもう余り無いのを実感させられ息が詰まりそうになってしまう。
 あずにゃん自身今はただ寝ているだけでもすごく痛く大変な筈なのに私をじっと見つめて笑いかけてくれている。 
 私はいたたまれなくなり手を離そうとしてしまったけど、その離した手をあずにゃんはそっと握り返してきてくれた。

梓「ねぇ唯先輩」

唯「何?あずにゃん」

梓「思えば私達出会ってからよくこうやって手を繋いでましたね」

唯「うん……そうだったよね」

梓「私は今でも忘れていません。雪の日に先輩に手を繋いでもらって暖かい気持ちになった事も、駅に行った帰りに手を繋いでくれて安心させてくれた事も」

唯「まだ覚えていてくれたんだね」

梓「唯先輩、私の事忘れないでくださいね」

唯「当たり前だよ、忘れるわけないよあずにゃんの事。でも急にどうしたの?」

梓「でも……私に縛られないでくださいね」

唯「うん、わかってるから。私はちゃんと生きていくよ。私がしっかりしなかったらあずにゃんがゆっくり休めないもんね」

唯「でもね、どうしてもあずにゃんに会いたくなった時私どうすればいいんだろう」

梓「会いに来ますよ」

唯「え?」

梓「もしどうしても会いたくなったら、そうですね、私がプロポーズした場所を覚えてますか?」

唯「分かるよ。前に演芸大会に出る時練習したあの河原だよね」

梓「そこに来てください。必ず会いに行きますから」

 そう言ってより強く、精一杯の力で私の手を握ってきてくれた。
 私を安心させる為に笑顔を向けてくれているあずにゃんに応えるように笑顔を返す。


――――

 夜中、病室を一度出た私は誰も居ないベンチに腰を下ろす。
 薄暗い中1人で佇んでいると隣に人の気配がした。

金田「ここ座ってもいいかな?」

唯「あ、先生……どうぞ」

金田「よければこれどうぞ。自販機でコーヒー買ったら2本出てきて徳しちゃった」

唯「あ、はい、いただきます」

唯「あの、先生」

金田「どうしたの?」

唯「死ぬ事って終わる事じゃないですよね」

金田「そうだよ」



 9月28日 AM9:00 病室

梓「いよいよ今日は本番の日ですね」

唯「そうだねー」

 あずにゃんはベッドから起き上がって会話をしてる。
 何とか起きる程度は出来るようになったみたい。
 さっきから時計をちらちら見てる……やっぱ気になるのかな。

 コンコン

梓「どうぞー」

金田「おはよう、2人とも」

唯梓「おはようございます」

金田「それで今朝の具合はどう?中野さん」

梓「先生、お願いがあります」

金田「何?」

梓「外出を許可してください。今から外出を許可してください。コンクールの会場に行きたいんです」

金田「中野さん、僕は医者として外出を許可する事はできません」

梓「どうしてもだめですか」

金田「はい」

梓「死ぬかもしれないからですか?」

金田「もちろん、その危険もあります」

梓「このままベッドでおとなしくしてれば少しは長く生きられるかもしれません。でもそれは私にとって生きたとは言えません」

梓「私は最後まで生きたいんです!生きたい!生きたい…」

 あずにゃんは真剣な表情で言葉強く訴えかけている。
 その剣幕に先生は一瞬悩んで視線を落とす素振りを見せたけどすぐに向き直って毅然と言った。

金田「……許可できない」

 そう言うと先生は病室を出て行った。

―――

 PM13:15 コンクール会場

律「という訳で決勝は1組3曲づつだそうだ」

憂「3曲ですか」

澪「ふわふわ、ふでペン、ホッチキスでいいんじゃないか?私にとっても歌った経験ある曲だし」

紬「そうね、それなら憂ちゃんにとってもやり易いでしょうし」

律「じゃあホッチキス、ふでペン、ふわふわの順で行くぞ」

澪「ああ」

紬「ええ」

憂「……」

純「憂、どうしたの?」

憂「お姉ちゃんと梓ちゃんに見せたかったな、やっぱり……」

律「私達の想いを曲に乗せて届けてやろうぜ。それが私達放課後ティータイムの音楽だろ」

憂「そうですね。私思いっきりやります!お姉ちゃんが託してくれたギー太と一緒に!」

純「あの……少しいいですか?」

澪「どうした?純」

純「少し考えがあるんです。ちょっと離れる事になるけどいいですか?」

澪「何言ってるんだ、もうすぐ私達の出番が廻ってくるだろ」

律「……分かった」

澪「お、おい律!」

律「何か考えがあるんだろ。行ってこい。私達の事は気にしなくていいぜ」

純「ありがとうございます!行ってきます」

――

律「そういう訳でもしかしたらベースは澪1人になるかもしれないから頼むぜ」

澪「間に合わない可能性が高い……か」

紬「純ちゃんが向かった先って病院よね……」

律「ああ……ほんとお人よしだよなあいつ。あんま態度に出さないけどさ」


―――

 病室、私は時計を見ている、2時を廻ってた。
 もうすぐ先輩方の演奏が始まる時間だな……見に行きたかったけど仕方ないよね……
 唯先輩は買い出しに出ていて今ここには私とお母さんしかいない。
 お母さんは私の乱れた布団を直してくれている。
 私はその光景をじっと見ていた。

梓母「どうかした?梓」

梓「どうもしないけどね…ありがとう……ありがとうお母さん」

 布団を直してくれたのを私がそうお礼をするとお母さんはハッとした表情をして私を見て足をさすってくれた。
 多分お母さんとこうして2人で水入らずの時間を過ごせるのはこれで最後かもしれない、そう思ったのかも。

 その時だった、病室のドアが突然開いて純が入ってきた。

純「やっほー梓」

梓「純!あんたどうしてここに!?もうすぐ本番じゃなかったの?」

純「相変わらずつれないですなー梓は。せっかく差し入れ持ってきてあげたってゆーのに」

梓「差し入れ?」

純「ほれ、今梓が一番欲しがってる物もってきたよ」

 私は手渡された紙袋の中身を見る。
 そこには私の服が入っていた。

梓「純……自分が何やってるか分かってるの?」

純「……分かってるって。このまま何もしないでいたら私も罰が悪いからさ」

純「行ってきなよ梓。後は私が何とかするから」

梓「ありがとう純……今迄本当にありがとう」

純「お礼ならいいって。全部終わった時にまとめてお返しはしてもらうから」

梓「分かった……また会おうね純」

純「うん、きっとまた会えるよ梓」


 数分後金田先生が病室に飛び込んできた。
 梓が病院を抜け出したとの報告を看護婦の人がしてきたから。
 もちろん病室には梓はいない、いるのは私と梓のお母さんだけ。

純(あーあ……ホントいつもいつも貧乏クジ引かされてばかりだな私)

純(でも汚れ役なら私1人で十分だもんね……梓、しっかりやりなよ)


 私は会場への道を1人歩いていた。
 誰もいない銀杏並木の道幅の広い遊歩道、今迄何度も歩いていた道。

 銀杏の木は既に黄色くなっていて落ち葉の絨毯を路面に作っていた。
 その中を1歩、また1歩とおぼつかない足取りで歩いていく。
 もう殆ど足の自由はきかないし足先の感覚もない、それでも私は私のいるべき場所へと行かなきゃいけない。
 折角送り出してくれた純の気持ちを無駄にしちゃいけない……そして最後まで生きたいと誓った私自身の気持ちに決着を着ける為にも……だから這ってでも行かないと……先輩方の下へ……


 どれだけ歩いたんだろう、よく分からなかった。
 ただ普通の人が適当に歩いても10秒程度で歩ける距離を今の私はその3倍以上の時間をかけて歩いている。
 足を1歩踏み出す毎に体中が悲鳴をあげ顔が苦痛で歪み倒れそうになる……それでも倒れたりしないで歯を食いしばって耐えた。
 しかし遂に右足の踏ん張りが効かなくなってしまう。
 足に力が入らなくなり次に腰、まるで全身から力が抜けていくような感じがした。
 このままここで野垂れ死にしちゃうのかな……最悪だよ…
 この瞬間私は完全に覚悟した。

 だけど目前に迫る筈の地面が迫ってこない……完全に倒れると思っていたのに、どうしてなんだろう。
 ここで気が付いた。支えているのは私ではなかった。
 暖かく人を安心させる優しいこの感触、初めてじゃない。
 私はゆっくり横を見る。
 そこにはいつもいつも私に元気や温もりをくれた人の顔があった。

梓「唯先輩……」

唯「いこ?あずにゃん」

 唯先輩は微笑みながら私を力強く抱いてそう言ってくれた。
 そして私達は再び歩を進める、二人三脚で…今迄そうだったように……そしてこれからも。


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最終更新:2011年04月21日 02:46