唯「わんこに愛を」
私の好きなもの。
アイス。憂の作った料理。
憂。お父さんお母さん。和ちゃん。軽音部のみんな。
ギー太と音楽。
それから
いま一番夢中なもの。
純ちゃん。
ふたつにくくった私の髪型、
「犬みたいでかわいいわよ」
って和ちゃんは言ったけど、後で気づいた。
ちょっと純ちゃんに似てる。
純ちゃんの髪型って犬みたいかな。
そう思ったらちょっと気になる、
純ちゃんなんだか犬みたいかも。
じっと見たら、しっぽがぱたぱた、お耳がふさふさ、
見えてくる気がしました。
やっぱりにおいも犬に似てるの?
ってあずにゃんに訊いたらへんな顔されました。
私はへんたいさんではありません。
だけどわたし、なんだかへんだね。
ちかごろの私はいつもの私ではないのです。
お家に純ちゃんが遊びに来た。
はっと、思いついて、ほふく前進。
目標に気付かれずに近づくのだ。
もしかしたらおしりに尻尾があるかもしれません。
慎重に近づいて、あと少し、というとこで
「何やってるんですか、唯先輩?」
きづかれちゃった。
ごまかさなくちゃ。
「あの、純ちゃんのおしりが気になりまして」
私のばか。へんな人って思われたよ。
かなしいのです。
純ちゃんは帰るときまでずっとそわそわしてた。
玄関先でばいばいって言っても、なんだかそわそわ。
おしりを気にしてたみたい。
私はへんたいさんではないのです。
ああ、純ちゃん。信じてください。
かなしいのです。
どうしてあんなことしちゃったんだろう。
バレンタインにチョコレート貰った。
純ちゃんから。
なんかうれしい。
皆も貰っていた。
澪ちゃんだけおっきいのを貰っていたので、くやしい。
澪ちゃんはずるいと思う。
でも、りっちゃんのより、私のチョコの方が少し大きい気がして、
勝った!と思いました。
すこし幸せ。私もずるい。
高校を卒業しました。
あずにゃんがいっぱい泣いていました。
あずにゃんのために作った曲を聞かせてあげたら、
あずにゃんはよろこんでくれました。
私は、校門を出て、いつもの道をみんなで帰って、
りっちゃんとみおちゃんとムギちゃんと
お別れして、和ちゃんと二人で帰って、
和ちゃんともお別れして、お家に帰って、
お父さんとお母さんと憂がお祝いしてくれて、
うれしくて、
夜、ふとんに入ってから、
さみしくなった。
もう純ちゃんにはあえないのかな。
いっぱい泣きました。
お散歩に行ったら、近くのお家のわんちゃんが気になる。
ふかふかでっかい大型犬。
なんだか純ちゃんみたい。
って思ってからびっくり。
そんなに純ちゃんに似てるかなあ。
でもやっぱりよく見ても純ちゃんみたい。
さわってみたいな。
「ねえ、憂。犬飼いたい」
「お姉ちゃん、ペットを飼うのはたいへんなんだよ」
それから憂は犬のお世話をすることのいかに大変か、
二時間三十分にわたって語りつくしました。
ごめんなさい、もう言いません。
そのかわり。
と言いそうになって、あわててやめた。
純ちゃんを飼ってみたいなんて。
なんだかへんだね。
寝ても覚めても純ちゃんばかり。
頭の中がわんちゃんになりました。
またお散歩に出たら、今日は塀の上の猫まで純ちゃんに見える。
道の向こうのおばあさんが、純ちゃんみたい。
小学生も純ちゃんみたい。
目をこすろうと思って、手を顔の前に持ってきたら
手袋まで純ちゃんみたい。
こわい。
純ちゃんの顔ちゃんと覚えているかな。
もう何日も見ていないから、忘れちゃったような気がするよ。
目をつぶって思い出してみるけど、これがちゃんと純ちゃんの顔なのか
わからない。
かなしくなりました。
憂にアルバムを見せてもらう。
純ちゃんの映ってる写真を見つけて、ハサミで切ろう
と思ったけどやめました。
純ちゃんの写真をください。
正直に言ったら、憂はびっくりしたような顔をして、
にやにやして、すこし笑って、なぜかさびしい顔になって、
それからまた笑って、写真を何枚もくれました。
ありがとう、妹よ。
「お姉ちゃん、大人になったんだね」
私大人になったのかなあ。
純ちゃんの写真を財布に入れた。
部屋の壁にこっそり貼った。
右を向けば純ちゃん。左を見れば純ちゃん。
毎日純ちゃんに囲まれて過ごしています。
すてきなせいかつ。
もう猫さんやおばあちゃんが純ちゃんに見えることはなくなりました。
だけど、わんちゃんだけはやっぱりちょっと似てるね。
さわってみたいなあ。純ちゃん。
本物の純ちゃんに会いたい。
ポケットに入れた写真は
くしゃくしゃになってしまい、
泣きました。
会いたい。
純ちゃんのくれたチョコの包み、
今も大切に持ってる。
とってもおいしかったけど、中身はもうない。
純ちゃん、おかし作るのが上手いんだな。
まだ少し、甘いにおいがします。
今日はデパート。憂と二人でお買い物です。
おいしそうなものがいっぱい。
「お姉ちゃん、勝手に離れちゃダメだよ」
迷子になんてならないよ。
今日はいっぱい買い物をします。
春から私は一人で暮らす。
私大人になれるかな。
本屋さんの前を通った時、気になる本を見つけました。
「お菓子の作り方」
そういえば、チョコのお返し、まだしてない。
中をめくって見ていると、写真だけでよだれが出そう。
こんなの私にもできるかな。
「ねえ、うい」
訊こうとしたらどこにも居ない。
こまった子です。
携帯の電池が切れていました。
どうしよう。
「あれ、唯先輩。お買い物ですか?」
後ろから声をかけられました。
かわいいピンクのコートを着た
純ちゃんが立っていました。
「えっ、ちょっ、唯先輩!」
走って逃げる。
どうしよう、はずかしい。
わたし今日服装へんだよ。
髪型だって決まってない。
あんまりかわいくないバッグ持ってるし。
バッグの中には湿布が入ってる。
「ちょっと、なんで逃げるんですかー!」
「なんで追いかけてくるの!?」
「わけが分かるまで逃しません!」
あっというまに捕まえられた。
足はやい。
息が切れる。
きまずい。
「偶然ですね、こんなとこで会うなんて」
「うん」
いまわたしへんなかおしてないかな。
絶対に赤くなってる。
「一人暮らしするから、いろいろ買いに来たんだけど」
「憂は一緒じゃ?」
「迷子になっちゃったみたい」
「唯先輩が?」
「ういが」
なんで笑うの、純ちゃん。
「あ。先輩っておかし作るんですか」
「ううん。あ、この本?ぜんぜん作れないんだけど……」
お菓子の本は結局買ってしまいました。
「ほら、もうすぐホワイトデーだから」
「もう過ぎましたけど」
「ええっ、そうなのお!?」
「あはは、もう何日も前ですよー」
そんなあ。
ひとつ深呼吸する。
私の声、へんじゃないかな。
「ねえ、純ちゃん……憂の電話番号知ってる?」
「はい、もちろん」
「憂に電話していただきたいのですが……携帯の電池切れちゃって」
「はい、いいですよ」
「……」
純ちゃんは電話をかけるために画面を見つめているから、
私はその間にばれずにじっくりお顔を眺めることができる。
「唯先輩」
「ひゃいっ」
「ごめんなさい、憂の電話つながらなかったです」
こまった子です。……どうしよう。
「私も一緒に憂のこと探しますよ」
「純ちゃん、ありがとう」
「だから落ち込まないでください。きっとすぐに見つかりますって」
純ちゃん、やさしい。
「うい、どこかなあ……」
「自動販売機の下には憂はいないと思いますけど」
「ういー」
「あ、ちょちょ、先輩どっち行くんですか!」
手を掴まれた。
「ひゃっ」
「もう、また迷子になりますよ」
「ちがうよ、迷子は憂の方だよう!」
「はいはい」
「あの……それより、手……」
「あっ、勝手につかんじゃってごめんなさい」
「むしろずっと繋いでてください!」
「え?」
最終更新:2011年04月24日 01:46