律「なぁなぁ、どうやら世間じゃ『放課後ティータイム』って言ったら、
真人間の『ま』の字もないイカれた集団っていうイメージらしいぜ?」
澪「はぁ? それは律だけだろう」
律「そんなことないぞ。もれなく全員が国宝級レベルの変人だと思われているらしい」
澪「まさかぁ」
放課後ティータイム(HTT)。
高校の軽音部の仲良し部員5人組で結成されたこのバンドは、在学中に何がしレコード会社に見初められ、『今、最も熱い現役JKバンド』の触れ込みでアルバム『放課後ティータイム』でデビューを飾った。
梓「とにかく、そんな風に言われてるのは甚だ心外ですね……」
澪「す、少なくとも私は違うしな」
その話題性に違わず楽曲の質も高く、出すシングルは軒並みオリコン上位。
アルバムにおいてもただのアイドルバンドでないことを証明する上質なクオリティで玄人筋の評論家を唸らせ、オリコンランキングでも堂々の1位を獲得した。
紬「うーん、私はよく『レズビアン』って言われていますわ。自覚はありませんけど」
唯「私も昔は『池沼』って言われてたけど、なんのことかわからなかったなぁ~」
そんな彼女たちの人気はデビューから瞬く間にうなぎ登り。
ライヴツアーは満員御礼、テレビで彼女達の姿を目にしない日はなく、関連グッズも売れに売れた。
律「私も何でだかは全然わからないんだ。私たち、どこにでもいるフツーのガールズバンドだよなぁ」
降って沸いたような成功に喜ぶメンバー。
勿論名声も金も、それまでの一介の女子高生生活を送っていた時には想像もつかないほどに得た。
何よりも自分達が作った楽曲、そして5人の演奏を多くの人々に受け入れてもらえたという事実が彼女達の心を充足させた。
澪「そうだとも」
梓「そうですね」
だが、ここで考えてみて欲しい。
いかに成功を得たロックバンドのメンバーとはいえ、彼女達はまだ10代の少女なのだ。
諸手に溢れるほどの名声を受け止めるすべも知らず、
ばら撒くほどの札束の扱い方など習ったこともなく、
群がる利己的な大人達をやり過ごすにはまだ幼すぎる。
紬「きっと私たちのことが嫌いなマスコミが垂れ流した出鱈目ですよ」
唯「そうそう! 気にしないで、とりあえずお茶にしようよ」
そのせいで、順調だったはずの5人のメンバーの人生は、大きな転換を迎えることとなったのであった。
…
田井中律。
軽音部時代は部長として、メジャーデビュー後はバンドリーダーとして、
放課後ティータイムを引っ張ってきた張本人である。
ともすれば内気であったり天然だったりするメンバーを熱く鼓舞し、
持ち前の明るさでバンドのムードメイカーとなった。
そして演奏では笑顔を振りまきながら、手数が多く勢いのあるドラムを叩き、こちらでもまたバンドを引っ張った。
そんな律はドラマーとしても評価が高く、業界では名ドラマーの名を欲しいままにしていた。
幼少時代からの盟友、ベーシストの
秋山澪はそんな幼馴染の活き活きとしたドラミングを想って、名曲『TAINAKA KILL YOU(タイナカ・キル・ユー)』を書きあげ、
バンド全体を鼓舞するかのように暴れまわる律のドラムに敬意を示した。
しかし、元来天真爛漫で豪放ながらも、バンドメンバーの笑顔を何よりも大事にする性格だった律の人生は、バンドの成功とともに変わっていった。
律「オラーッ!! ぶっ壊れろーっ!!」
澪「ちょっ……律!!」
梓「律先輩、またドラムセットを破壊して……」
いつからか、ライヴで最後の曲の演奏を終えると律は必ずドラムセットを破壊するようになった。
ハイハットをなぎ倒し、スネアの皮をスティックで突き破り、バスドラムを客席に放り投げるのだ。
一見して見栄えの良い破壊行為は客にはウケるが、
毎回ドラムセットを破壊するのはどう考えても非合理的だった。
特に金銭的な面では。
唯「りっちゃん……そんな毎回ドラムセット破壊してたら、バンドのお金が無くなっちゃうよ……?」
澪「そうだぞ! ライヴの度にドラムセットを修理したり、新調したり、どれだけ費用がかかると思ってるんだ?」
律「いいんだよ! 私たちは日本一……いや世界一のバンドだぜ?
CDもグッズも売れまくって金なんて捨てるほどある。っていうか、
唯もギー太ぶっ壊せばいいじゃん」
唯「そ、それは無理!」
梓「ギタリストにとってギターは命ですからね」
紬「そもそも律ちゃんはなぜそんなに破壊にこだわるの?」
律「決まってるだろ? それがロックンロールだからさ! ヒャッハー!」
こうして暴走した律は、終いにはメンバーに内緒で、バスドラムに火薬を仕込んでテレビの生放送に臨み、演奏終了とともにそれを爆発させるという、一歩間違えば大惨事の破壊行為までやってのけた。
ちなみにこの爆発のショックで澪は気絶し、梓は鼓膜が破れ、紬は沢庵が反転した。
(唯だけは気にもせずにカスタネットソロを続けていたらしい)
だが破壊するのがドラムセットだけなら、まだ良かった。
律「じゃーん! ロールスロイス買ったんだぜ~」
唯「わぁ~、すごいよ、りっちゃん! 外車だ~!」
紬「まぁ。私の家にも何台かありますわ」
梓「ムギ先輩は参考になりませんよ……って、それCDの売り上げのギャラで買ったんですよね?」
律「当たり前だろ。現金一括払いで買ってやったさ。ディーラーも驚いてたぜ?」
澪「でも律って……免許持ってたっけ?」
律「持ってないけど、いいんだよ。公道走らせるときは運転手雇うし。それに……」
澪唯紬梓「それに?」
律「公道を走る機会なんてないからな」
澪唯紬梓「?」
その翌日――。紬の屋敷にて。
紬「キャアアアッ!!」
斉藤「お嬢様! どうしましたか!? まさかまた沢庵が取――」
紬「お庭のプールに……車が浮いてる」
斉藤「は?」
あろうことか、律はロールスロイスを無断で紬の屋敷の敷地内に運び込み、
庭中で運転しまくった挙句、琴吹家所有の大プールに買ったばかりのソレを沈めたのだ。
律「ヒャッハー! 私有地内なら道路交通法は適用されないから無免許でも問題ないだろ?
それに私、ブレーキとアクセルの区別がつかなくてさ~」
紬「でも……なんでこんなことを?」
律「決まってるだろ? それがロックンロールだからさ! ヒャッハー!」
紬は言葉も出なかった。
ライヴツアーで宿泊したホテルでの行動など、もはや目も当てられなかった。
律「ヒャッハー!! 部屋が狭いんだよッ!!」
梓「あぁ……また律先輩が窓からテレビを投げ落として……」
澪「もはや手に負えん……」
紬「下に通行人がいたら危険だわ……」
唯「私もカスタネット投げてみようかなー」
律「甘い甘い! 次はベッドを放り投げるぜ~!」
これ以外にも、マットレスを浴槽に沈める、部屋の壁をドリルで掘る、
カーペットを全焼させる、備え置きの水差しの中身をこっそり聖水に替える(きっとマニアには高く売れるだろう)、夕食のカレーが辛かったという理由だけで従業員を殴る等、
律のホテルでの悪行はエスカレートする一方だった。
こうして、放課後ティータイム(というか主に田井中律)が出入り禁止になったホテルの数はうなぎ登りに増えていった。
そして破滅型ロックスターのお決まりのコースとして、経験するはアルコールとドラッグの果てしない酩酊の世界であった。
とある日。レコーディングスタジオで。
律「おーす!! みおーっ……今日もお前はかわいいなぁ……ヒック!」
澪「な、なんだよ! スタジオにやってきて早々、そんなにひっつくな……って、
ヘンなとこ舐めるなよっ……ぁ」
紬「(フンガー!!!!!)」
唯「りっちゃん……なんかお酒臭いよ?」
律「えへへ~♪ うぉっかはうまいぞ~♪ ゆいものむか~?」
梓「やっぱり……また飲んできたんですね」
澪「ちょ……私たちは一応まだ未成年……」
律「いいんだよ~♪ きもちよければ~(はむっ)」
澪「あっ……耳たぶを……やっ……噛むなぁ……」
紬「(ハァハァハァハァ……)」
梓「ムギ先輩、オナニーするなら隣の部屋でしてくださいね。
前にも発情して、私の汗がついたギターを得体の知れない液体でベチョベチョにした前
科、忘れてませんよね?」
唯「いいなぁ~、楽しそうで。今度私もお酒飲んで憂の耳たぶ噛んでみようかな~」
そうして、律の酒量は日に日に増えていった。
とある日。ライヴの本番前の楽屋で。
律「じゃーん!! これなーんだ?」
梓「? どこにでもある普通のペットボトル飲料じゃないですか」
律「問題は中身だよ! な・か・み!」
澪「どうせまた酒だろ?」
律「ちがうんだな~」
紬「わかったわ! 実は中身はローションで……」
律「(無視)実はな~、これは動物園の象用の麻酔薬なんだって!」
唯「ますいやく?」
律「そう! とあるツテから手に入れてね。
この容器の4分の1くらいをキメれば最高のハイを味わえるらしいんだけど……」
律「私は天下の田井中律だぜ!?」
律「たったの4分の1で我慢なんか出来るかよっ!(グイッ! ゴクゴク……)」
澪「あっ!」
梓「全部一気に行った……」
唯「お~! りっちゃん、イケる口だね~」
紬「ハァハァ……律ちゃんの……ディープスロート……」
律「(無視)プハァ~! あぁ~っ、流石にキクね~!」
澪「な、なんともないのか……(象用の麻酔薬だぞ!?)」
律「ハガネのりっちゃんがこれくらいでどうにかなるわけないだろ? ささっ、ライヴ本番! 行こうぜ!」
唯「りっちゃん……すごいねぇ……」
梓「でも……本当に大丈夫なんでしょうか」
紬「ハァハァ……りっちゃんの……ディープスロート……ハァハァ……ウッ……!」
律は酒に比べれば薬に関してはあまりやらない方だった。
しかし、たまの一回、一発が度を超えていた。
今回も当り前ではあるが、どうにかなってしまったのだ。
ライヴでの演奏中――
澪「ぴぽーとらーいぷあすだーん♪(あれ……?)」
唯「とーきんばうまいじぇーねれーしょん♪(心なしかりっちゃんのドラムが……?)」
紬「ポロポロリン♪(……いつもの軽快さが微塵も感じられないし、
手数が少なすぎますね?)」
梓「ギュワギュワーン♪(……何かおかしい?)」
律「ばたんきゅー」
澪唯紬梓「!!!!」
律はライヴ開始後の三曲目、とある有名海外バンドのカバー曲の演奏中、
いつものように軽快なドラミングを見せていたかと思うと、突然電池が切れたかのようにドラムセットの上に倒れ込み、泡を吹いて悶絶、そのまま病院へ緊急搬送されてしまったのだ。
突如バンドの屋台骨であるドラマーを失った放課後ティータイムは、舞台袖からステージを見守っていた憂(唯の世話役として偶々ツアーに帯同していた)を呼び込み、
無理やりドラムを叩かせてライヴを何とかやりきった。
ちなみに憂のドラムはラリった律より巧かった。
憂曰く、「前に音楽室にお邪魔した時に律さんにちょっとだけドラムセットを叩かせてもらって覚えた」とのことだった。
律はなんとか一命を取り留めた。
常人ならまず致死量の麻酔薬を摂取したことを考えれば、やはりタフだったのかもしれない。
事実、「彼女の脈は30秒間に1回しか打っていない! 医学的には死んでいるはずなのになぜ!?」
と、医者は律のタフっぷりに舌を巻いていたが、そんな医者にもお構いなしに、律は車いすに乗りながらも
律「みお~ッ! 酒もってこーい!!」
と病院の廊下で怒鳴り散らしていたという。
律「このハガネのりっちゃんが死ぬわけなんかないだろ?」
さて、このように破滅に向かってスキップしているとしか思えない最近の律ではあったが、
それとは対照的にテレビやラジオ、雑誌などのメディアへの露出もメンバーの中で最も多く、ファンサービスにも熱心で、カメラを見せれば笑顔で活発にふるまって見せ、
ファンに声をかけられれば、たとえ街が群衆でパニックになろうとも最後の一人までサインに応じていたという。
だからこそ、いかに私生活が破綻していようとも律は、ファンには人気があった。
しかし、肝心のドラミングにおいて、とうとう日々の不摂生が悪影響を及ぼすようになってくる。
とある日。ニューシングルのレコーディングにて。
澪「ふーあーゆー♪(ボンボン♪)」
唯「ふっふっ♪ ふっふっ♪(ジャカジャカ♪)」
紬「(ピロピローン♪)」
梓「(ギョワーン♪)」
律「(ドコドコドコドコジャンジャンジャン……♪)」
澪「ん? ちょっと律、ストップ!」
律「なんだよ。また走ったか?」
澪「そうじゃなくて、その逆。今のところ、モタってたろ?」
律「そうか? 自分じゃよくわからないなー」
梓「律先輩……まさかまたお酒を……」
律「レコーディングの時はシラフでいるようにしてるよ、最近は」
澪「最近は……って、とにかく! この曲は変拍子がカギなんだ。しっかり叩いてくれないと困るぞ?」
律「へんびょうしぃ? 私にそんな細かくてグチャグチャしたものが叩けるわけないだろ!」
澪「なっ……!」
唯「でも、『スリーコードの単純な曲ばかりじゃ飽きられるから、複雑な曲もやろう』
って澪ちゃんが提案した時は、りっちゃんも賛成したはずじゃ……」
律「あー、そうだったっけ? 記憶ないわ。たぶんそん時、酔っぱらってたんだよ」
澪「お前なぁ!」
紬「澪ちゃん、落ち着いて……」
律「あのなぁ、私は世界一の『タイナカ・リツ』スタイルのドラマーだぜ? 今更スタイルを変えられるかよっ!」
そう言って開き直ってみせる律だったが、積み重なる不摂生で、ドラミングの質が落ちていたのは明らかであった。
しかもそれを律自身が自覚することはなく、レコーディングを途中で切り上げるとスタジオの中だというのに酒盛りを始めだす始末。
頼れるリーダーだったはずの律は、いつの間にかバンドのお荷物になっていたのだ。
唯「りっちゃん、変わっちゃったよね……」
梓「昔はふざける時はあってもいざという時は頼りになる人だったのに……」
紬「心なしか、最近はおデコにも光沢がありませんわ」
唯「最近じゃバンドの運営費が殆どりっちゃんに費やされているんだよね……」
梓「ツアー中の酒代だけで高級機材が買えるくらいですし、それに宿泊したホテルの修理代、ホテルに訴えられた時の和解費用……」
紬「あと、以前に律ちゃん、酔っぱらって移動の飛行機の中で暴れて逮捕されましたよね?
琴吹家が手をまわしたのですぐに釈放されましたが、あの時の保釈金もかなり……」
律は成功に目がくらんで変わってしまった。誰もがそう思った時、
澪「それは……違うな」
唯紬梓「?」
3人の意見に異を唱えたのは、律のことをメンバーの中では誰よりも昔から知る澪であった。
澪「律はさ、ああ見えて、意外に繊細で、寂しがり屋なんだよ」
唯「あのりっちゃんが?」
澪「高2の時、覚えてるか? ほら、私と律の仲が少し険悪になったことがあっただろ?」
梓「ああ……ありましたね、そんなことが」
澪「あれの原因も、私が同じクラスの和と仲良くしてるところを見て、嫉妬したって、最近律に聞いたんだ」
紬「まさに愛ゆえ……ですね!」
澪「(無視)律はさ、自分の周りから人が去っていくのが、一人になるのがきっと一番怖いんだよ」
澪「だからああやって大げさなくらい明るく、豪放にふるまって見せる」
澪「生活が荒れ始めてから……律は何度も『もうこんな無茶やめよう』って思ったはずだよ。
澪「でも、やめられない。それはキャラを変えることで自分の周りから人が居なくなってしまうのが怖いからなんだよ、きっと」
梓「律先輩は……『破滅型ロックスター』を演じているっていうんですか?」
澪「バカをやることでしか、今の律は自分の気持ちを紛らわせることができないのかもしれない」
紬「そ、そんな皮肉な……」
唯「りっちゃん……」
ほどなくして、律はアルコール中毒の治療のため、半ばメンバーに強制される形で、施設に入った。
最終更新:2010年01月13日 02:09