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ケース3:琴吹紬(キーボード)

琴吹紬。
放課後ティータイムではキーボードを担当し、色とりどりの音色でバンドの楽曲に装飾を与える彼女は、その担当楽器の特性もあってか、ともすればメンバー内で最も地味な立ち位置であった。

だが、その実、『ふわふわ時間』をはじめとするバンドの代表曲のほとんどの作曲を手掛ける一方、高名な実業家である父を持つバックグラウンドを活かし、資金面でもバンドをバックアップする縁の下の力持ち的存在であった。

それはメンバー間における人間関係においても同様で、紬の提供するお茶やお菓子、
そして特有のおっとりぽわぽわな性格は常にメンバーの心のよりどころであり、オアシスであった。

そんな紬には、ひとつだけメンバーにも打ち明けられぬ大きな悩みがあった。それは――

紬「私は……女の子しか愛せないの?」

高校時代まで、そんな自分の性的嗜好を疑問に思ったことは一度もなかった。
幼少の頃からお嬢様として箱入りの待遇を受け、学校も常に女子校であった。
女子しか周りにいない状況で、親愛や尊敬の念を抱く対象が常に同性であることに、少しの疑問も感じなかった。

それが変わったのは、放課後ティータイムがメジャーデビューしてからのことだった。


敏腕プロデューサー(以下プ)「いやぁ、しかし紬ちゃんの才能には恐れ入るよ。演奏の腕が達者なのに加えて、作曲センスも申し分ない。ほんと、女子高生とは思えないな」

紬「ありがとうございます」

プ「俺も今までチャッ○モンチーとか9mmとか、いろんなバンドをプロデュースしてきたけ
ど、放課後ティータイムは最高だよ。特に紬ちゃんみたいな子は今までいなかった」

デビューして最初のシングルを手かげたプロデューサーは、どういうわけかメンバーの中でも紬にご執心だった。

プ「よし! それじゃあ次のシングルの打ち合わせを、今度紬ちゃんと二人でしたいと思うんだけど……いいよね?」

紬「はい。でも他の皆は……?」

プ「いいんだよ。曲の打ち合わせだから作曲担当の紬ちゃんだけでさ」

紬「はぁ……」

まだ業界の実情を知らぬ紬は「そんなものなのか」と特に疑問に思うこともなく、一人でプロデューサーのもとに出向いたのであった。

だがそこで紬を待っていたのは……。



プ「だからぁ、俺の言うことを聞いてくれればその見返りに紬ちゃんをソロデビューさせてや
  るって言ってるんだよ?
  なぁに、コネなんて敏腕プロデューサーの俺にかかればいくらでもあるし……。
  なんなら昔俺がやってたバンド仲間のナ○コーやミキに声かけてあいつらを紬ちゃんの
  バックバンドに使ってやってもいいし……」

紬「そ、そんな……遠慮させていただきます」

プ「なんでだよ? 悪い話じゃないだろう?
  俺と寝てくれるだけで、キミは秋山澪平沢唯なんて目でもない、大スターになれるんだ
  ぜ?」

紬「ね、寝るって……!?」

敏腕「そうさ、業界じゃ仕事欲しさにプロデューサーと寝る女なんていくらでもいる。そりゃそうだよな。股開くだけで、スターへの道が開けるっていうんだから」

紬「そ、そんな汚らわしいことが……」

プ「汚らわしいだって? 甘いなぁ、それが『この業界』の常なのさ。
  幸運に思えよ、お前は敏腕のこの俺に気に入られた運のいい女なんだからなッ!!(グ
  イッ)」

紬「やめてください!!(ビシッ!)」

プ「ぶへっ!!」

紬「男の人なんて……最悪です……」

結局、敏腕プロデューサーにビンタを張って逃げてきた紬は、とんでもないトラウマを抱えることとなってしまった。



幸いなことに敏腕プロデューサーの逆恨みを買い、
その妨害工作を受けてもそれを歯牙にもかけぬほどにその後の放課後ティータイムの人気は爆発した。

が、紬の男性恐怖症はエスカレートしていく一方だった。
スタッフですら、男とあれば目を合わすことすらしなかった。

紬「やっぱり女の子の方がいいですね♪」

だが、すぐに紬は気付いた。
自分は「男が嫌い」なのではなく元々「女しか愛せない」性質の人間であったことに。
そういう意味ではプロデューサーに枕営業を持ちかけられたかの一件はきっかけでしかなかった。

唯「あずにゃ~ん、今日もかわいいね♪」
梓「ちょっ、唯先輩! いきなり抱きつくのは止めてください! コカインがバラけるじゃないですか!」
紬「(ハァハァハァ……)」

唯の梓に対するちょっと過剰なスキンシップに目を細め、

澪「また酒飲もうとしてるな! 没収だ!」
律「なんだよぅ、別にいいだろ!!」
紬「(ヒィヒィ……フゥ)」

澪と律の幼馴染特有の微笑ましい問答に頬を染める。
こういうことは、高校時代からよくあったことだ。
だが、今ではそれがエスカレートしてきているのだ。



紬「(あぁ……今日も唯ちゃんは天然でかわいいわぁ。調教してみたいくらい)」

紬「(梓ちゃんのツインテール……カリカリモフモフしたいわぁ)」

紬「(澪ちゃんのおっぱい……背後から思い切り揉みしだいてみたいわぁ)」

紬「(律ちゃんのおデコ……唾液でヌルヌルになるまで舐めまわしてみたいわぁ)」

紬「はっ……私ったら何を考えて……」

今までは外から眺めているだけでよかったはずが、明らかに異なる感情で彼女たちを見てしまっている自分に気付いたのだ。
しかもそれは妄想だけにとどまらなかった。

ライヴでの演奏中――。

紬「(あぁ……目の前に可愛いお尻が3つも……ウッ)」

フロントマンの3人(唯、澪、梓)の、曲のリズムに乗せて揺れるお尻を眺めながら、
後方のキーボードブースで紬は興奮のあまり、してはいけないことをしだしてしまった。
それに気付いたのは紬の横で、タイトなビートを刻むドラマーの律だけであった。

律「(ん? ムギのやつ、どうしたんだ……キーボードの角に股間を押しつけ始めたぞ?)」

紬「ああっ……私ったらいけない子……! でも気持ちイイ……ッ!」



紬の心はもう限界であった。
いっそのこと、自分の性癖を放課後ティータイムの仲間達にカミングアウトしてしまいたい。
しかし、そんなことを考えた途端、最悪の想像が脳裏をよぎる。

唯『ムギちゃん……女の子が好きだったんだ……』
梓『き、気持ち悪いですっ……! 軽蔑します……!』
澪『私たちのこともずっとそんな目で見てたんだな』
律『最悪だよ……。そんなムギは、もう放課後ティータイム、クビだな』
唯『クビだね~』
澪『解雇だな』
梓『調子に乗るなよ沢庵』
律『と、いうわけで気持ち悪い同性愛者のムギは荷物まとめてさっさと出てってくれ』

紬「受け入れてもらえるわけがない……。言えるわけがない……」

こうして、紬は悶々とした気持ちを一人抱え込み続けることとなった。

そんな紬に転機が訪れた。
ある時、放課後ティータイムは、所属レコード会社主催のチャリティー企画の一環として、
身寄りのない子供たちが集まる孤児院へ、慰問演奏へと訪れた。



子供1「わ~! ほうかごてぃーたいむのゆいちゃんだー!!」
子供2「りっちゃんにあずにゃんもいるー!」
子供3「みおちゃーん、ふわふわたいむうたってー!」

放課後ティータイムは子供たちにも人気があった。中でも特に、紬の周りには幼女たちがこぞって集まった。

子供4「むぎちゃーん、かわい~!」
子供5「だっこして~!」
子供6「まゆげさわらせて~!」
紬「あらあら……」

唯「ムギちゃん、子供に大人気だね~」
澪「ムギはなんとなく保母さんっぽいからな~」
梓「ほんわかした雰囲気が子供にあうんでしょうね」
律「いいなぁ~。私なんかガキ大将にデコに泥団子ぶつけられたぞ」
紬「困りましたね……どうしましょう」

困惑しながらも、紬の胸の内にはひとつ、新しい感情が芽生えた。

紬「(唯ちゃん達はきっと私の性癖を理解してくれるはずがない……。でも、純粋で無邪気な幼女なら……)」

実家である琴吹家の潤沢な資金を活かし、
紬が恵まれない幼女のためのチャリティに積極的にかかわり始めたのはそれからすぐ後のことであった。

施設や病院への慰問、チャリティライヴ、現金の寄付――
紬が成した功績をあげればキリがないが特筆すべきは、彼女が自宅の屋敷に幼女たちを招きはじめたことだろう。



『タクアン・ランド』――
そう呼ばれた紬の自宅は、元々広大だった敷地をフルに生かし、遊園地や動物園、プールに映画館等々、子供を愉しませるためのありとあらゆる施設を備えた一大アミューズメント空間となった。

紬「幼じ……ゲフンゲフン、子供は天使です。
  私はそんな天使たちのために少しでも何かをしてあげたい。そう考えて、この『タクア
  ン・ランド』を建設したのです」

マスコミを集めての会見で、大々的にブチあげた紬の思想に、世間は諸手を叩いて『琴吹紬こそ博愛の天使』と賞賛した。
だが、

澪「ムギのヤツ、最近チャリティばっかりで放課後ティータイムの活動の方に身が入ってない気がする……」
律「殆ど毎日、屋敷に子供を呼んで遊んで過ごしてるって聞いたぞ」
梓「しかも、これは噂ですけど……ムギ先輩、子供とはいってもその実、小さな女の子ばかりを屋敷に招待してるらしいですね」
唯「いいなぁ~、私もあと10歳若かったら、ムギちゃん家でお菓子いっぱいごちそうになれたのに~」

紬「あぁ……やっぱり幼女は何て素晴らしいんでしょう。一切の打算もない汚れのない心、未成熟な蕾のような身体……美しすぎるわ」
幼女1「ねぇ~ねぇ~、ムギちゃん、きょうはムギちゃんちにおとまりしてもいい?」
紬「……えっ?」
幼女1「おかあさんもムギちゃんちにだったらおとまりしてもいいよって言ってたから♪」
紬「…………」
幼女1「ねぇ~、いいでしょ~?」
紬「……わかったわ、いいわよ♪」
幼女1「やった~、ムギちゃんだいすき~」
紬「そしたら今夜は、私と一緒のベッドで寝ましょうね♪」
幼女1「わ~い♪」

だが、紬の幸せは長くは続かなかった。



澪「おいっ!! 今週のフ○イデー!! 見たか!!??」

律「どうしたぁ~、またパ○ュームの熱愛でも発覚したか?
  (あー、酒切れたー。あとで澪に買いに行かせよう)」

梓「中田ヤ○タカ、恐るるに足らずですね。
  (あー、コーク切れた……。また律先輩に頼んでディーラー呼んでもらわないと)」

唯「チョコレイトディスコって本当にあったら美味しそうだよね~」

澪「そうじゃなくて! これだよこれ! ほらっ!」

澪が開くページを見た3人は一同に驚愕した。
なぜならば見出しには彼女達があまりにも見慣れた名前が躍っていたからだ。

『放課後ティータイム 琴吹紬に幼女虐待疑惑!?』
『真夜中のタクアン・ランド――無垢な幼女の肢体はベッドの中で陵辱された!?』
『“博愛の天使”のチャリティ活動は隠れ蓑? あらわになった琴吹の異常な性癖!!』
『被害幼女の母親が涙の訴え! 「あの女は許せない……!!」』

律「な、なんじゃこりゃーッ!!」

記事の内容は、『チャリティ活動』、『子供との触れ合い』と称し、紬が自宅へ子供を招きいて性的いたずらを行っていたことを、
被害者少女の母親が涙ながらに暴露するという衝撃的なものであった。



唯「そんな……。ムギちゃんは純粋に子供が好きだから、チャリティ活動をしていたんじゃないの?」

澪「私だってそう信じたいさ……」

梓「そういえば今日ムギ先輩は……?」

澪「朝から連絡が通じないんだ」

律「マジかよ」

澪「しかしこの記事は酷すぎる。
  『琴吹紬は物心ついたときから筋金入りのレズビアンで、放課後ティータイムのメンバー
  に言い寄ったもののフラれ、その代わりとして幼女愛好癖へと走った』
  ……って、でたらめにもほどがある!」

律「でもなぁ……」

憤慨する澪の顔色を伺うように、アルコール臭い息を吐きながら、言葉を挟んだのは律であった。

律「昔からそういうフシがあるのは事実なんだよなぁ。
  高校の時もさ、澪が無理やりコスプレさせられた時に嬉々としてそれを撮影してたり、
  唯と梓がじゃれあってるといつもホクホクした顔でそれを眺めてたり……」

梓「そう言えば私たちがデビューしてから、ムギ先輩にも大分言い寄る男の人がいたみたいですけど……」

唯「全部素っ気無く袖にしちゃってたもんね。ふつーなら少しは舞い上がりそうなのに」

澪「ま、まさか……本当に……」



4人が一様に嫌な想像に、手に冷たい汗を握っていたその時、紬の自宅『タクアン・ランド』では――。

マスゴミ1『琴吹さーん! 隠れてないで出てきてくださいよ!!』

マスゴミ2『報道されている幼女虐待疑惑は本当なのですか!?』

マスゴミ3『貴方が同性愛者であるという噂は本当なのですか!?』

マスゴミ4『放課後ティータイムのメンバーとも肉体関係があったというのは!?』

抗議団体1『琴吹紬は己の罪を認めろーっ!!』

抗議団体2『ノーモア! たくあん!』

被害者団体『謝罪と賠償を要求するニダ!!』

屋敷を取り囲むマスコミと紬を糾弾する団体。そしてとめどなくあがる非難の声。

斉藤「本来なら琴吹家の力をもってすれば殆どの主要なマスコミは抑え込めるはずだったのですが……あのように突然スキャンダルが降ってわいてしまうと……」

窓の外を苦々しげに眺める執事をよそに、

紬「仕方ないわ」

紬は無表情で呟いた。



斉藤「何をおっしゃいますかお嬢様!
   あのような低俗な雑誌の報道など真実ではないこと、私はわかっておりますぞ!」

紬「本当に……嘘だったらよかったのにね」

斉藤「お嬢様……? まさか……?」

紬「自分でもわからないわ。
  私は……幼女に劣情を催していやらしいことをしてしまったのかもしれないし、そうでは
  ないのかもしれない。
  そういうことをしたと言われればしたような気もするし、してないと言われればしていな
  い気もする……。
  とにかくあの時のことは記憶に靄がかかったようで……私もよく覚えていないの」

斉藤「お、お嬢様っ……!」

紬「それにどちらにせよ……こんなことで騒ぎを起こしてしまった私は、今更どの面を下げて皆に顔を合わせればいいというの?」

紬の脳裏に、自分の歪んだ性癖に眉をしかめるメンバー4人の顔が浮かんだ。

紬「もう……私は放課後ティータイムにはいられない」

その後、被害を訴える幼女の母親が正式に訴訟を起こし、紬は泥沼のような裁判へ己の性癖を晒さなくてはいけなくなることとなった。
当然ながら放課後ティータイムの活動に参加することもままならず、メンバーの前に顔を出すことも殆ど無くなっていった。

紬「どうして……私は人とは違う性癖で生まれてしまったの?」

答える者はおらず、ただ窓の外からの、己を糾弾する人々の声のみが響き渡っていた。


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最終更新:2010年01月13日 02:22