秋山澪。
放課後ティータイムのサウンドのボトムを支えるベーシストであり、フロントマンとしてリードボーカルもとる彼女は、その凛々しい歌声、美少女揃いのメンバーの中でも際立つモデルのようなルックスで、バンドの人気を牽引してきた。
一方、そんな大人びた正統派のイメージとは対照的に、放課後ティータイムの楽曲では作詞を担当し、メルヘンチックでキュート、ともすれば吐血を催すくらいなリリックでバンドの意外性をも担っていたまさに中心的存在であった。
高校時代から、演奏活動とは脱線しがちにはしゃぎ回る律と唯の手綱を握り、後輩の梓の尊敬も集める澪は、誰もが認めるバンドの推進力。まさに21世紀のロックヒロインのあるべき姿であったのだ。
ただひとつ――彼女は過剰なまでに内向的であるという欠点を除いては。
澪「やだ……やだよぉ……ライヴやだぁ……。人がいっぱい……こわひぃ……」
律「何言ってんだよ澪! せっかく私たちの初めてのメジャーワンマンライヴ@Zepp Tokyoだぜ? 高校の学園祭と同じく、いつも通りやればいいんだよ!」
澪「やだよぉ……」
澪「人がいっぱい……見てるぅ~!! 見てるぅ~!! いやだよぅ~……」
梓「何言ってるんですか澪先輩! 私たちの念願だった武道館ライヴですよ!?」
澪「こんな大勢の人の前で演奏して……歌うなんて……むり……(ぶるぶる)」
澪「うああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!! いやだーーーーー!!」
紬「澪ちゃん……初めてのドーム公演だし緊張するのはわかるけど……もうちょっと落ち着いて……」
澪「うあああああああーーーーーー!!! どうせみんな期待してるのは私のパンチラなんだーーー!!」
澪「ぎゅわおえくあうそkをmしすぁksなあくぇrftgyふじこlp」
唯「澪ちゃん……初めての海外公演@マジソンスクエアガーデンだからってちょっと壊れすぎじゃ……」
澪「さういgshlなl;k;くぁwせdrftgふじこlp;」
いかに音楽で勝負するミュージシャンとはいえ、彼女たちもまた芸能人。
人から見られることを生業とし、それはもはや宿命のようなものだ。
しかし、元より繊細すぎるくらいに繊細だった澪に、放課後ティータイムが大きくなりすぎたことで集まる世間の視線に耐えられるわけがなかったのだ。
澪「私はどうせ一人じゃアルバイトも出来ないし、軽音部以外の友達も殆どいないぼっちだったし、妄想で書いた歌詞は痛いし、番外編じゃ一人で冬の海に行って詩作にふけるなんて言う独身のアラサーOLみたいなことしてるし……要するに社会不適合者なんだグスン」
律「いや……そんなに自分を責めなくても……」
梓「そ、そうですよ! 澪先輩は素晴らしいミュージシャンです!」
唯「私……澪ちゃんのいいところいっぱい知ってるよ? おっぱいとか」
紬「そうです! おっぱいとかパンツとか」
澪「…………」
こうして内向的だった澪の性格は、より悪化した。
そして、それは特に詩作に顕著に表れた。
律「澪……なんだ今度の新曲のこの『服を買いに行きたいけど、服を買いに行く服がない』って歌詞は……。 いくらなんでも後ろ向きすぎやしないか?」
澪「何って、まさにその通りじゃないか。どうせ私の私服はしまむらですよ……」
律「…………(いいじゃんしまむら)」
非リア根性丸出しの悲しい曲『どうせ私はしまむら』は世の澪ファンを戸惑わせるには充分であった。
梓「澪先輩……『職探しをして職を見つけたけど憂鬱で仕方ない』だなんて歌詞はちょっと……」
澪「何でだ? だって働かなきゃいけないなんて悪夢以外の何物でもないじゃないか」
梓「………(この人、マジで社会不適合者だ)」
ニート根性むき出しの『働いたら負け』はメンバー内(唯除く)ですら不評を買った。
詩作の傾向はネガティヴな方向にのみ留まらず、鬱憤の表れか、過激にもなった。
紬「澪ちゃん……『エンペラー・イズ・デッド』なんて曲、流石に過激すぎじゃ……。
右○が黙っていないと思うわ」
澪「いいんだよ。別に私が殺したいのは天○じゃなくて、そういう権威に縋りつく豚全般なんだから。 エンペラーっていうのは、まさにただの象徴だよ」
紬「…………(コイツはヤバイ)」
そして、以前のキュートでメルヘンな世界から逸脱し始めた澪の詩作は、それまでの澪を応援していたファンにまで影響を与え始める。
唯「澪ちゃん! 大変だよ!」
澪「どうしたんだ唯、そんなに慌てて」
唯「澪ちゃんの書いた歌詞に影響されて、私たちのファンだった中学生の女の子が2階建てのバスに突っ込んで自殺しちゃったんだって!」
澪「そうか……そう言えばそんな歌詞の曲書いたなぁ……」
唯「そうか……って! 放課後ティータイムのファンだった女の子だよ? しかも特に澪ちゃんの大ファンだったんだって……」
澪「その子の人生に放課後ティータイムの音楽があっただけでも幸せだったんだよ。きっと」
唯「澪ちゃん……(駄目だこりゃ)」
唯「澪ちゃん、ちょっと最近根暗に磨きがかかってる気がするよ。
高校時代はあそこまでじゃなかったのに……」
紬「内気っぷりも酷くなっていますしね。
この前は『出たくない。恥ずかしい』でゴネて、ライヴの開始が2時間遅れました
し。(……まぁそういうところが可愛いんですけれど)」
律「んー、ライヴ前に気付けに酒でも引っ掛ければいいんだろうけど、
澪のヤツ、筋金入りの下戸だからなー(ああ、またアルコール切れたよ……)」
紬「お酒どころか、炭酸ですら苦手ですからね」
梓「もしくはアッパー系のドラッグで気持ちを盛り上げれば、
いくら恥ずかしがり屋の澪先輩でも大観衆の前で碧いうさぎの幻覚が見えるくらいに
バキバキに決まったDJプレイだって出来ますよ(コカインキメてー)」
紬「無理よ、澪ちゃん、正露丸ですらお腹を壊すんですから……」
唯「とにかく、このままじゃ危ないね……」
こうして、律がアルコールに溺れて破壊活動に耽り、梓の腕に注射痕が目立つようになり、
紬の同性愛が高じてチャリティの皮をかぶった幼女愛好に勤しむようになるにつれ、澪のダウナー具合は酷くなる一方であった。
この時、一人まだなんとかマトモな思考を保っていた唯は澪の手首にリストカット跡がないことを確認する度、安堵する毎日であった
そんな矢先、決定的な事件が起こる。
とある音楽雑誌の、澪への単独インタビュー。
記者はここのところ、大きく変わった澪の詩作について、鋭く遠慮ない質問を投げかけた。
記者「秋山さんの詩作は初期に比べると大分変化しましたよね?」
澪「そうですか……? 自分じゃわからないけど……」
記者「(わかんねーのかよ)初期はどちらかというと恋に恋する思春期の乙女というような曲
が多く――『ふわふわ時間』などその典型ですよね。
『キミを見てるといつもハートDOKIDOKI ゆれる想いはマシュマロみたいにふわふわ』なんて歌詞は並みのミュージシャンには書けませんよ」
澪「……馬鹿にしてますか?」
記者「そんなことは決して。
しかし、なぜにそんな貴方が思春期の淡い恋心から、
鬱屈とした引き篭もりの心情や過激な社会問題等を歌詞にするようになったのでしょう
か?」
澪「……それが私の歌いたかったことだからです」
記者「本当ですか? たった数年で貴方の心境にここまでの変化が?」
澪「『ふわふわ時間』も『どうせ私はしまむら』も、全部私の歌です! 私が思ったことを本音で書いた歌詞です!」
記者「本当ですか? 作り話の虚飾ではないんですね?」
澪「本当です。どうしてわかってくれないんですか!?」
その後も澪は真摯に、懸命に、自分がとれだけ真剣に創作活動に、バンド活動に取り組んでいるかを記者へ説明し続けた。
しかし、対峙する記者は相変わらず澪への疑念を隠そうとしない。
その目は『所詮アイドルバンドのフロントマンが、えらそうにメンヘラぶってるんじゃないよ』と雄弁に物語っている。
澪「……そこまで言うなら、どれだけ私が本気か見せてあげますよ」
すると澪は突然ゴソゴソとポケットを漁り始めた。
見えないところに隠していたのはピックではなく……
記者「カッター?」
澪「よく見ていてください」
目を見開いて呆然とした記者を尻目に、澪は左手に持ったカッターの歯をゆっくりと右腕にあてがい――
記者「ちょ……!! まさか!!」
己の右腕をキャンバスがわりに、流れる血を絵の具がわりに、
『4REAL(FOR REAL=私は本気よ!)』
と、刻み付けたのだ。
澪「これでわかったでしょう。私は……至ってマジなんです」
勿論、その後澪が病院に搬送され、数十針縫うことになったのは言うまでもない。
律「しかし、澪がまさかここまで重度のメンヘラだったのはなぁ……ヒック」
紬「幸い、腕の傷の方は綺麗に治りましたけど。流石ご都合主義の現代医学♪」
梓「澪先輩もクスリやればいいんですよやっぱり」
唯「…………(だめだこいつらはやくなんとかしないと)」
そして、律のアル中更生施設入所、梓の脱退、紬のスキャンダルを見届けた後、
澪はとうとう失踪し、本格的な捜査願いまで出される騒ぎとなった。
その後数カ月、澪の足取りはつかむことが出来ず、マスコミは人気バンドのフロントマンの失踪をスキャンダラスに煽り立て、中には
『既に川に身を投げて自殺している』、
『富士の樹海で目撃された』、
『北朝鮮に拉致された』、
『チベットで尼僧になった』
等々の身も蓋もない怪情報まで出回っていた。
果たして、澪が再び笑顔で放課後ティータイムのフロントマンとして『ふわふわ時間』を歌う日は来るのか――。
……
平沢唯。
放課後ティータイムの歴史は、全くの音楽初心者であった彼女が、
廃部寸前の桜高軽音部の門を叩いた瞬間から始まったと言っても過言ではない。
メジャーデビューした今でも頻繁にコードを忘れ、歌詞を忘れ、妹の憂の随行なしには長丁場のツアーをこなすなどもってのほか。
それでも、唯のヘタウマな天才的センスのギターとほんわかした歌声と天然のキャラこそが放課後ティータイムの象徴だった。
ある時のインタビューで唯はこう語っていた。
唯『私は高校に入るまで何をするにも中途半端で、進んでやりたいことも何もない無気力な人間でした。でもひょんなきっかけで高校の軽音部に入って、みんなと出会って、いっしょに音楽を演奏することで、初めて自分の打ち込めるものを見つけることが出来ました。……まぁ、練習しないでお菓子ばっかり食べてたような気がしなくもないんですけど(笑)』
音楽をやらなければニートになっていた――
そんな唯にとって放課後ティータイムは唯一無二の大切な居場所……だったはずが。
田井中律は奇行と暴力沙汰で周囲を混乱に巻き込み、遂にはアルコール中毒で施設へ強制収容。
中野梓は大きくなりすぎたバンドの活動に疑問を抱き脱退、今では自宅に引きこもり、針とスプーンと睨めっこし、腕を駄目にしていく日々。
琴吹紬は己の性的嗜好に悩み苦しんだ挙句、幼女愛好へ逃避、スキャンダルに塗れ、訴訟とマスコミの対応に忙殺されバンド活動どころではない。
秋山澪は元来の繊細な性格をメンヘラまでにこじらせ、憂鬱な電波歌詞を連発した挙句、右腕を傷つけ、突如失踪してしまった。
そして唯は一人バンドに取り残された。
唯「ははは……とうとう私一人だけになっちゃったね……」
憂「お姉ちゃん……」
唯の一番の理解者であった憂も、姉の落ち込みように言葉が出ない。
憂「大丈夫だよ……律先輩も中毒が治れば退院してくるし、梓ちゃんもそのうち思い直してバンドに復帰してくれるはずだし、紬先輩だって裁判が落ち着いて潔白だって証明されれば戻ってくるし、澪先輩だってきっと……」
唯「だめだよ」
憂「お姉ちゃん!?」
唯「放課後ティータイムは大きくなりすぎちゃったんだね、きっと」
作品のリリースの度にかかるプレッシャー、売上1位を確保しなければならないという至上命題、過酷なツアー……その全ての要素が5人の心と身体を蝕み、堕落させていった。
唯「私たち、本当は高校の軽音部のままでよかったのかもしれないね……」
憂「そ、そんなことない!
少なくとも私はお姉ちゃんたちの曲が多くの人に受け入れられて、
お姉ちゃんの歌とギターに多くの人が酔いしれている光景を見るのがうれしくてたまらな
かったんだよ?
私だって放課後ティータイムの……平沢唯の一番のファンだったんだよ?」
後ろ向きな発言を繰り返す唯を必死にフォローする憂。そして、
憂「このままじゃ本当に放課後ティータイムはだめになっちゃうよ? ……お姉ちゃんはそれでもいいの?」
唯は数秒の間、視線をさまよわせ、ぽつりと答えた。
唯「そんなことはないけど……」
憂「だったら……アル中の律先輩を、ヤク中の梓ちゃんを、スキャンダルまみれの紬先輩を、失踪しちゃった澪先輩を……苦しんでる皆を助けてあげようよ?」
唯「……うん」
憂の呼びかけに唯はゆっくりながらも確かに頷いた。
唯「みんなのおかげで私は音楽という打ち込めるものを見つけることができた。今度は私がみんなを救うことでその恩を返す番なんだね」
憂「そうだよお姉ちゃん! その意気だよっ!」
かくして、大きな成功と引き換えに全てを失いかけている仲間達を救うため、立ち上がったのであった。
最終更新:2010年01月13日 02:31