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①律の場合

唯「りっちゃんは確かアルコールの中毒で病院に入院してるんだよね?」

憂「そうだよ。病院って言うよりは更生施設だけど」

唯「じゃあ、身体が良くなってアルコールが抜ければすぐに戻ってこれるんじゃ……」

憂「うん。確かに律先輩、身体の方は幸いにも手遅れにはなっていないって。でもね……」

唯「でも?」

身体は治る余地があっても、心の方はそうもいかなかった。

律「おい! いつまでこの私を狭苦しくて粗末なファッキン病室に閉じ込めておくつもりだ! さっさとここから私を出しやがれ!」

施設職員「ダメです! あなたは重度のアルコール依存症でこの施設に入所しているということを忘れたのですか!?」

律「舐めんなよ? アルコールくらいなんだ! 私は田井中律だぞ!? ロックンロール・スターだぞ!? アルコールぐらいでくたばるわけが無いだろ!? トゥナァ~イアイムアロケンロ~スター♪」

施設職員「何がロックンロール・スターですか! 今のあなたはただの惨めなアル中患者です! それを自覚して下さい!」

律「ふざけんなッ!!! 酒飲ませろッ!!! ドラム叩かせろッ!!!(ジタバタ)」

施設職員「くっ……仕方ない! おい、801号室の田井中律がまた暴れ始めたぞ! 至急拘束具の手配頼む!」

律「クソッ!! 離せよ!! このファッキンチ○ポ野郎どもが!!」


唯「知らなかった……。りっちゃんの状態がそこまで深刻だったなんて……」

憂「身体はゆっくり安静にすればきっと治る。
  でも今の律先輩は自暴自棄になって、お医者さんの言うことなんてとても聞くような状況じゃないって……」

唯「身体よりも心の問題っていうのはそういうことだったんだね……」


律「ファック!! 酒だ! 酒を持ってこいよ!! 澪はどこだ!? 
  ムギッ! お前んちにある最高級ブランデー、また飲ませろよ!! 
  梓!! ディーラーを紹介してやったんだから今度はお前が私に酒をおごる番だぜ!?
  唯、どこだよ唯!? またラリって2人で相撲取りゴッコしようぜ!? 
  ……なんでだよ。なんで皆私をそんな目で見るんだよ!?
  いいんだよ!! 今が楽しければ!! 老いぼれる前に死んじまっていいんだ!!」

施設職員「とうとう幻覚まで見始めたか……。このままじゃ依存症を克服する前に廃人になってしまうぞ……」

律「どうしてだよ……。どうして誰も返事をしてくれないんだ?
  私は放課後ティータイムのリーダーだぞ……軽音部の部長だぞ……。
  どうして……どうして……」

律「ひとりぼっちはいやだよぅ……」


唯「りっちゃん……」

そんな律の近況を唯は施設職員から聞き、思わず目を伏せた。

唯「澪ちゃんの言うとおりだったんだね。りっちゃんは本当は寂しがり屋だったんだ……」

施設職員「最近では毎日うわごとのように貴方達、バンドのメンバーの名前を呼んでいますよ」

唯「会うことは……出来ないんですかね?」

施設職員「それは簡単です。でも今の彼女にとって仲間に縋ることは甘えでしかない。
     豪放なロックスターとしての悪癖を完全に捨てるためには、以前の環境から完全に隔離された状況でないと……」


職員の厳しい言葉に唯は決意した。

唯「職員さんの言うこともわかります。でも私は仲間としてりっちゃんを放っておくことは出来ない」

施設職員「ですからそれが甘えにつながると……」

唯「放っておくことと救うことは別です。とにかくりっちゃんに会わせてください!」

施設職員「…………」

唯のあまりの真剣な眼差しに、職員も渋々ながら律との面会を認めた。



律「あぁ……天井を這いまわる赤ちゃんが見える……ん?」

真っ白な天井に虚ろな瞳を向けて幻覚を見ながらベッドに横たわる律に、唯は恐る恐る声をかけた。

唯「りっちゃん……」

律「……唯か? 唯なのか?」

唯「うん。久しぶりだね、りっちゃん」

律「ハハハ……私がこの牢獄みたいなファッキン施設にぶち込まれてから数カ月、やっと見舞いに来てくれたな」

唯「ごめんね。今までこれなくて」

律「いいんだよ、唯は来てくれたんだからさ。それよりほかの三人はどうしたんだ? 見舞いどころか連絡すらよこさないし」

唯「…………」

律「特に澪なんて、一番付き合い長いのに私が使えないアル中の粗大ごみになった途端にポイ捨てかよって言うんだ!!全くひどい話だよな!? アイツがこんなに薄情な女だとは思わなかったよ!!クソッ!! 澪なんてふざけた腐れマ○コ女はエイズにでもかかって死んじまえばいいんだ!」

唯「澪ちゃんは精神を病んで失踪しちゃったよ」

律「………は?」

施設に収監され、外界の情報から遮断されていた律にとって、それは初耳であった。


唯「ムギちゃんは幼女への性的虐待で正式に訴えられてバンド活動どころじゃないし、
  あずにゃんは放課後ティータイムを辞めてヤク中になっちゃったよ」

律「……マ、マジか?」

アルコールの酩酊に心も身体も支配され、それでもロックスターとしての自分のキャラクターを保持しなければいけないという強迫観念に駆られ、施設の壁の破壊に勤しんでいる間に、
澪たちが自分より深いかもしれぬ泥沼に嵌っていたことを知った律は思わずそのまま言葉を失ってしまった。

そして驚きと同時に律の胸に去来したのは、放課後ティータイムのリーダーとして、桜高軽音部の部長としての責任であった。

律「私のせいか……私がメンバーの中で一番最初におかしくなっちゃったから……」

自責の念に駆られる律に、唯は言葉をかけることがなかった。
「りっちゃんは悪くないよ」、「そんなに自分を責めないで」――慰めの言葉ならいくらでも思い浮かぶが、それを投げたところで仕方ないことは唯にもよくわかっていた。
それに、バンドの精神的支柱だった律が変わってしまったことが、他のメンバーに不安と動揺を与えたのは紛れもない事実だった。

律「ハハハ……私は本当にバカだなぁ……。
  破天荒なロックスターぶって自分の周りを賑やかにしてみたのはいいもの、その結果がこ
  れだよ……。 私のせいで、放課後ティータイムは壊れちゃったんだ」

唯「うん、りっちゃんがそんなに寂しくて悩んでいたこと、気付いてあげられなくてごめんね。でもまだ遅くないよ」

すると唯は、依存症の影響で震える律の手をギュッと握り締めた。


唯「まだ諦めちゃダメだよ。りっちゃんの口からそんな言葉聞きたくない」

律「……」

唯「落ちてしまったらまた這い上がればいいんだよ」

律「這い……上がる……?」

唯「そうだよ。あの高校一年の春、文芸部に入るはずだった澪ちゃんを、合唱部に入るはずだったムギちゃんを、そして何の目標もなくニートになるはずだった私を、軽音部で引き合わせてくれたのは誰でもない、りっちゃんなんだよ?」

唯の言葉に、律の手の震えが一瞬止まった。

唯「バラバラになった放課後ティータイムをもう一度再生するためには、りっちゃんの力がどうしても必要なの」

律「今の私にそれができるのか……?」

唯「だからそのために……治療、頑張ろうよ?」

唯にとって、これは一種の賭けだった。
律が酒に溺れ、人格が崩壊したのは、大きくなりすぎた自分達への期待に応えなくてはならないというプレッシャー、それを紛らわせるための逃避が原因だった。
だが、律にとって、バンドによって壊れた心と身体を癒してくれる存在もまたバンドであろうことと唯は信じていた。



律「わかったよ……これからは真面目に治療に励んで、早くバンドに復帰できるようにする」

唯「りっちゃん……わかってくれたんだね!」

かくして律は態度を改め、自身のアルコール依存症の治療を受け入れることを決意した。

だが、その道のりは平坦なものでなく、度重なる禁断症状から、部屋中を唯が這い回る、
ベッドの中で澪が『ふわふわ時間』を歌いながら添い寝してくる、
ムギに襲われる(性的な意味で)、猫化した梓に甘噛みされる等々の恐ろしい幻覚を見続けた。

唯「りっちゃん……がんばって」

唯は影ながら、奮闘する律を応援し続けた。

律「だいじょうぶ……私はまた立ちあがれる……。だって私は軽楽部の部長なんだから……」


……

②梓の場合

唯「ここがあずにゃんのマンションか……」

来るものを拒むかのような黒塗りの重厚なドアの前に立って、唯は感慨深げに呟いた。

放課後ティータイムを脱退してからの梓は、元メンバーや関係者にすら己の消息を告げずにいた。 部屋に出入りするものもドラッグの売人以外になく、誰も彼女の今の生活の詳細を知らない。 唯一、わかっているのは

『放課後ティータイム脱退後の中野梓は、一日中家に引き篭もり、ヤクを打つだけの悲惨な生活を送っているらしい』

という、ファンなら誰でも知っているおぼろげな噂話のみ。

唯「ビデオで見たマンションと違うね」

憂「うん……梓ちゃん、引っ越したのかな」

脱退後の梓を追ったドキュメンタリー番組、あまりの衝撃的な内容にお蔵入りとなったあの映像は、アンダーグラウンドで海賊版として出回っており、唯はそのコピーテープを手に入れた。 そこに映し出される死神から喉元に大ガマの刃先をあてがわれたかのような生気のない梓の姿を始めて見た時の驚きと絶望を、唯は今でも忘れることが出来なかった。


梓「唯先輩……ですか? それに憂も」

憂「ひさしぶり、梓ちゃん」

唯「ひさしぶりだね、あずにゃん」

梓「そうですか? せいぜい一ヶ月ぶり……いや、三ヶ月? 半年? よくわからないですね」

唯「…………」

日がなヤクを打って過ごす梓にはもはや時間の感覚すらなかった。

梓「最近じゃ窓の外にカラスが飛んでるのを見て、とりあえず夕方だって気づくくらいなんですよ……って、どうでもいいですねこんな話は」

憂「梓ちゃん……上がってもいいかな?」

梓「ん、ああ……狭い部屋ですがどうぞ」

梓に促され、マンションの部屋に上がると、そこは家具も存在せず、ひたすらに殺風景な
無の象徴のような空間になっていた。

唯「あれ……? 確かあずにゃんのうちにはレコードとかCDとか一杯あったはずじゃ……」

梓「実はですね、前のマンションの部屋、火事にあっちゃって。その時にレコードもCDもギターも、全部燃えちゃいました。あずにゃん2号~17号まではなんとか助けだしたんですけどね。 まぁ私の煙草の消し忘れが原因だったんで、自業自得ではあるんですが」

唯「そうだったんだ……」


梓の言うとおり、部屋には大勢の猫だけが所狭しと寝転がったり駆けまわったりする姿が見える。 ただヤク中の梓にはこれらの世話をするのが難しいようで、猫達はところかまわず糞尿を垂れまくり、部屋の床は不潔なことこの上ない。

唯「あずにゃん……どうでもいいけどその腕……」

唯が最初に目に止めたのは、紫色に変色し、ケロイド状にボロボロになっていた梓の両腕だった。

梓「ああ……私、注射針の使い方よく知らなくて、適当に腕に打ってたらいつのまにかこうなってました」

唯「悪いお薬ばかりやってるって噂は本当だったんだ……」

梓「ええ。あ、そう言えばこの前いいヘロインが手に入ったんですよ。マレーシアとか中国から仕入れたのは混ぜ物が多くて嫌いなんですが、今回のこのコロンビア産は混ぜ物なしの純度100パーセントの上物ですよ? 唯先輩と憂もキメますか?」

憂「駄目だよ梓ちゃん! ドラッグなんて身体に悪いよ?」

梓「でも気持ちいいですし、他にすることもないんですよ。それに身体のことなら大丈夫です。スイスの病院で全身の血を入れ替えてもらいましたから」

憂「そ、そんな……」

梓「冗談ですけどね。とにかくドラッグを止めるのは難しいですね」

唯「冗談でも笑えないよ……。そうだ、また音楽活動はやらないの?」


唯は放課後ティータイムへの復帰要請の希望を濁しながらも尋ねたが、

梓「音楽活動ですか……正直HTT時代の貯蓄も底を尽きかけてるんで、
  クスリを買うお金のためにソロアルバムでも作ろうかな、と考えて曲作りなんかしてみよ
  うとは思ってますが」

唯憂「…………」

平沢姉妹はその返答を聞いて、たまらなく虚しくなった。
そもそもギターもアンプもエフェクターもDATも、テープレコーダーすらも持たない今の梓がどうやって曲を作ると言うのか。
そしてそんな自分の境遇すら自覚できていない。
目の前にいる梓には、HTT時代のネコミミのよく似合うマスコット的後輩の面影はどこにもなく、もはやただのエジンバラの不法占拠されたフラットの一室にたむろする、スコットランドのクズのヘロイン中毒のチンピラ同然だった。

しかし、

唯「あずにゃんさ……HTTに戻る気は……ないかな?」

梓「!」

終始生気のなかった梓の表情が、その問いかけで初めて変わった。

梓「今更戻ったところで……どうなるっていうんですか。
  今の私は見ての通り、ヘロインのせいで腕は腐りかけてギターも弾けない、
  歯も抜けて呂律も回らない。
  コカインの吸いすぎのせいで鼻の骨だって溶けかけてるんですよ?
  私はたぶん、そのうち死にますよ?
  オーバードーズするか、猫のフンの細菌が脳内に感染して、頭が腐って死にますよ?
  そんな私は、きっとお荷物にしかなりません」



憂「そんなことを言うんなら、なおさら放っておけないよ?」

唯「そうだよ、あずにゃんが死んじゃいそうになっているのに何もしないなんて、私にはできない」

梓「それが私にとって大きなお世話だったとしても……ですか?」

唯「!?」

梓「前にも言いましたけど、HTTは大きくなりすぎてしまったんです。そのプレッシャーのせいで、私はちっとも演奏していても楽しくなかった」

唯「そ、そんな……」

梓「それは唯先輩たちだって同じだったのでは?
 律先輩もムギ先輩も澪先輩も、HTTがモンスターバンドになるにつれ、おかしくなってし
 まったでしょう?
 つまり、私が憧れ、心から演奏を楽しんでいたあの時の桜高軽音部――放課後ティータイム
 はもう終わったんです。
 あんなバンドに戻るくらいなら、好きなだけクスリでトんで、ラリってたほうがましです。
 たとえ、その結果が破滅だとしても…」

唯「それが……あずにゃんの本当の気持ちなの?」

梓「…………」

部屋に気まずい沈黙が流れた。



梓はバツが悪そうにうつむき、唯は目に涙をためて梓を見つめ、憂はそんな姉の涙を心配そうに見守る。

だが、痺れをきらしたあずにゃん2号だけが「にゃあ」と控えめな鳴き声を上げた瞬間、

唯「(ぎゅっ)」

梓「えっ」

梓は自分が背後から抱きすくめられる感触に、思わず声を上げた。
まるで高校時代に唯に何度もそうされていたように抱きしめられた。
思わず高校時代のことが脳内にフラッシュバックする梓。

唯「私が……どうしてもあずにゃんに戻ってきてほしいって言っても……駄目かな?」

梓「……唯先輩……暑苦しいですよ。それに私……もう何日かお風呂に入ってないから臭いが移りますよ……」

言葉では冷たく突き放すものの、身体は正直なもので、梓の顔は耳まで赤くなっている。

唯「あずにゃんは……本当にこのままただのヤク中として朽ちていってしまってもそれでいいの?」

梓「だって……もう放課後ティータイムは……」

唯「私が、放課後ティータイムを昔のように戻してみせる!!」

梓「な……! 唯先輩が……?」

唯「うん。アル中になった律ちゃんも裁判に巻き込まれてるムギちゃんも失踪した澪ちゃんもきっと私がもう一度放課後ティータイムに戻れるようにしてみせるから! それでもう一度、放課後ティータイムをあずにゃんがギターを弾きたいと思うバンドにしてみせる! だから……」



言葉を紡ぐとともに力が入る唯の腕に抱きしめられ、梓はとうとう涙を流し始めた。

梓「私は……もうロクにギターも弾けませんよ? それでもいいんですか?」

唯「頑張ってリハビリしよう? クスリを身体から出して、キレイキレイにして、またギターの練習しよう? ちょうど私も最近あんまり弾いてなくて、コード殆ど忘れちゃったところだったんだ。 だから一緒に練習しようよ? ね?」

梓「クスリを買う金欲しさにムスタングも手放しちゃいましたし……」

唯「また買いに行こうよ? ね?」

梓「今の私は、ドラッグのせいで歯もなければ鼻の骨だって溶けかけてるんですよ?
  もう人前に出ることなんて……」

唯「それもなんとかしよう? ムギちゃんがきっといい病院を紹介してくれるから……」

梓「唯先輩はこんな死にかけのクソったれジャンキーにこだわりすぎですよ……。
  今の放課後ティータイムなら別に他のギタリストを入れたって……」

唯「じゃんきーだろうとなんだろうと構わない。あずにゃんの代わりなんていないよ」

梓「……唯先輩は馬鹿です……馬鹿ですよ……おばかさんです」

唯「あはは……面と向かってそう言われると返す言葉もないけど……」

そう言ってバツが悪そうに唯が笑った時、梓の中で何かが切れた。


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最終更新:2010年01月13日 02:39