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それに比べて、自分はどうだ。
全てから逃げ出し、こうして山奥の村に逃げ込んできた。
終いには、ここでの生活こそが、これからの自分の生きる道とまで思ってしまっている。

澪「失望したのは……どっちだよ……。決まってるよな……それは皆の方だ」

子供2「どうしたの? さんじゅおねえちゃん」

澪「ん? なんでもないよ。それよりほら、今からあのお姉さん達がきっとすてきな歌を演奏してくれるよ」

しかし、澪は気付いていなかった。
久しぶりの出場のHTTに対する司会者の様子が妙によそよそしいことに。
そして、それに応じる4人の表情が、不思議と何かの決意を湛えたものであったことに。
それが、砂嵐に荒らされたブラウン管の粗末な画質のせいであったかはわからないが。



同時刻。東京、NHKホール。
ロクなセットもなく、ただ雑然と機材が並べられたステージに立ったHTTの4人。
彼女たちを見守る観覧客達の表情もどこか複雑であった。

そして全ての種明かしをするため、まずはレスポールを抱えた唯がゆっくりとマイクに向かった。

唯「えー、まず私たちは観客の皆さん、そしてテレビの前の皆さんに謝らなくてはいけません」

紬「それは、これから私たちがする演奏がきっととても酷いものだから」

梓「もしかしたら、チャンネルを変えたくなるくらい、酷いかもしれません」

律「その点、視聴率に関してはN○Kのお偉いさんに謝ります。ほんとごめん!
  でもそこまでして私たちが今日ここに立っている理由は――」

梓「それはそんな酷い演奏でもどうしても聴かせたい人がいるから」

紬「酷くても一生懸命に演奏する私たちの姿をその人に見せたいから」

律「これが私たちのわがままだってのは十分わかってるけど、それでもやらずにはいられなかったから」

唯「だからこそ私たちは演奏します! 私たちの気持ちをどうしてもその人に届けたいから……」

そうして唯は一つ大きく深呼吸すると、レスポールのネックを今一度力強く握った。

唯「聴いてください! 『ふわふわ時間』!!」


それを合図にドライブするレスポールの六弦、
切れの良いカッティングを奏でるムスタングのシングルコイル、
一目散に走り出すドラムス、全てを包み込むようにホールに響き渡るキーボード――。

これぞ、天下を極めた放課後ティータイムの演奏。
悪いわけなどない。酷いわけなどない。 誰もがそう思った。

しかし、ステージの左手にあった大きな空白が、それを許さなかった。
重低音を鳴らすことなく、ただ直立するベースアンプ。
それに立てかけられた持ち主のいない62年型のフェンダージャズベース。
そこにベーシストの姿はなかったのだ。

澪「な、なんだよ……これ……おかしいだろ……」

澪がそう漏らすのも無理はない。
事実、ボロボロの骨董テレビの音声でもわかるほど、4人の演奏は酷かった。
否、個々の演奏を見れば、それほど悪くはない。寧ろこれでもかというほど熱の入った演奏だ。
しかし、バンドとしてみればどうだろう。如何ともしがたい欠落が、
演奏のアンサンブルをこれでもかといわんばかりに乱し、結果聴くも無残なクソ演奏になり下がっている。 ふわふわ時間どころか、これじゃゲロゲロ時間だ。

その原因は全て、ベーシストの存在がバンドから欠落しているからに他ならない。


澪「どうしてだ……どうしてだよ……」

子供1「さんじゅおねえちゃん……だいじょうぶ?」
子供2「あれ……ねぇ、このうた……どこかできいたことが……」
子供3「これ……さんじゅおねえちゃんがうたってたうたじゃない?」

澪には子供たちの声も耳に入らない。

澪「なんでだ……なんでなんだよぉ……」

とうとう澪は子供たちが心配するのをよそに、人目もはばからず大粒の涙を流し始めた。

そう、澪はとうに気付いてしまったのだ。
この演奏を通して4人が伝えたかったことを。
秋山澪というラストピースが揃わなければ……放課後ティータイムは放課後ティータイムではないということを。
それを伝えるために、4人はわざと澪のスペースを空け、
クソ同然の演奏を大みそかに全国に垂れ流すことで、澪への慕情を伝えようとしていることを。

澪「バカだ……あいつら……ばかだよぅ……」

その演奏は確かにクソだった。
でも澪にとっては、これ以上ないくらいに暖かく、これ以上ないくらいに心を鷲掴みにされるクソだった。


と、その時、

?「探したわ……。こんなところに隠れていたのね」
澪「!?」

背後からの急な呼びかけに、澪は思わず振り返った。


唯「……ふぅ」

一方、ひとしきり演奏を終えた唯達4人の放課後ティータイムを、ホールの観客達は異様な静寂をもって、迎えていた。
あまりに酷かった演奏、それを予告までしてしまうメンバー、
そして何よりもステージ左手のベースアンプの前のありえないくらいに気持の悪い空白に戸惑うが余り、拍手のひとつすら起こらない。

仲間「……あっ、ありがとうございました。ほ、放課後ティータイムの皆さんでした(ひでえ演奏だったなオイ。絶対視聴率下がったぞ)」

司会者の言葉に促されて、やっとのことでまばらな拍手が起こった。

梓「これでよかったんですよね……」
紬「だってこうするしかなかったんですから……」
律「大丈夫。きっとアイツは見てくれているはずさ」
唯「そうだよ、りっちゃんの言うとおり。それじゃ……次、行こう!」

唯に促されると、メンバー達はそそくさとステージから降りてしまった。


澪「せ、先生……」

呼びかけの主はさわ子であった。

さわ子「まったく、警察どころか琴吹グループ全社まで挙げての捜索活動、
   協力するこっちも楽じゃなかったんだからね。ムギちゃんに感謝しなさいよ」

澪「ど、どうしてここが……」

和「その質問には私が答えるわ、澪」

澪「の、和まで……?」

和「この村、閉ざされた山村かと思いきや月に一度はふもとの町の住人との作物のやり取りがあったそうね。一ヶ月前この村を訪れた八百屋のおじさんが言ってたわ。『最近、あの村にはやたらと歌の巧い、黒髪美人の○国人が越してきた』って。 ささやかだけど、噂になってたみたい」

澪「そ、そんな……」

和「もっとも、その噂に辿り着くまでにすら、とても時間がかかってしまったけどね。
  こういう時自分が弁護士になってよかったって思うわ。探偵とか人探しのプロとの間にも
  人脈があったんだもの」

澪「それにしたってなんで今更……。私はもう……」

さわ子「今更も脱サラも関係ないわ! とにかく澪ちゃん、行くわよ!」

澪「行くってどこに……?」



さわ子「そりゃ、幕張○ッセに決まってるじゃない」

澪「幕張ですか……? もしや……」

さわ子「そうそのまさか。
    澪ちゃんも知ってのとおり、毎年年末には幕張メッ○で某国内最大手音楽雑誌の主宰
    するカウントダウンつきのロックフェスティバルが行われるのよね。
    HTTも出演したことがあるでしょ」

澪「はぁ……確かに」

和「実はそのロックフェス、今年の大トリにしてカウントダウン担当が放課後ティータイムなのよ」

澪「!」

さわ子「何が言いたいか、利口な澪ちゃんならわかるわよね?
    と、いうよりさっきの紅白、見てたのよね? だったら言いたいことは全部、伝わっ
    ているはずよ」

澪「……はい。伝わりました。とっても」

和「そしたら行きましょう。唯達が待ってるわ」

さわ子「ムギちゃんが自家用のヘリを手配してくれたわ。それに乗れば、トリの時間に間に合うわ」


さわ子が澪の腕を取ったその時、澪は複雑な表情で唇をかみしめた。

澪「私は……行けません」


澪「テレビを見て、みんなの気持ちは痛いほど伝わってきました。
  すぐにでも幕張に駆け付けたい気持ちがあるのも確かです」

澪「でも私はこの村で……大切なものを見つけてしまった」

そう言って澪は、見知らぬ来客に緊張に身を固くし、彼女の腰にまとわりつく子供たちの小さな顔を見やった。 
自分が今いなくなってしまえば、この子供たちはまた頼る人間のいない孤独に苛まされることとなるだろう。 
自分が親代わりをしなければ――唐突に目覚めた母性に生きがいを見出した澪の、苦渋の回答であった。

さわ子「そう……それが澪ちゃんの答えなのね」

和「で、でもそれじゃあ唯達の気持ちは……!」

さわ子「仕方ないわ。何より尊重されるべきは澪ちゃんの意思だもの」

和「……っ!」

澪「……本当にごめんなさい」


と、その時――

子供1「ねーねー、さんじゅおねえちゃん」
澪「?」
子供1「さっき『てれび』でやってたうた、さんじゅおねえちゃんがいつもうたってた『ふわふわたいむ』っていううただよねー?」
澪「そ、そうだけど……」

子供2「やっぱりそうだー!すごいなぁー!」
澪「え、えぇ!?」
子供3「さんじゅおねえちゃん、もしかしてあの『てれび』にでてた『ほうかごてぃーたいむ』っていうおねえちゃんたちのおともだちなのっ!?」
澪「う、うん。そうなんだ……いや、『そうだった』んだ」
子供1「そうだよねー。だってあの『ゆい』っていうおねえちゃんより、さんじゅおねえちゃんのほうがうた、うまかったもーん」

澪「確かに私は放課後ティータイムのメンバーだった。でも今はみんなの方が大――」

子供1「わたし、こんどは『てれび』にでてるさんじゅおねえちゃんがみてみたい!」

澪「え……」

子供2「『ほうかごてぃーたいむ』で『ふわふわたいむ』をうたってるさんじゅおねえちゃん、ぼくもみてみたい!」
子供3「おれもみてみたい!」

澪「で、でも――」

でも、自分が去ってしまってはこの子たちはどうなるというのだ。
そんな葛藤が澪の中で再燃した……が、


子供1「いつかおとうさんとおかあさんがむらにかえってきたら、
   『てれび』にでてるさんじゅおねえちゃんのうた、きかせてあげるんだ!」
澪「!」

子供2「そしておとうさんとおかあさんにじまんするんだ!
    『これはふわふわたいむっていううたで、さんじゅおねえちゃんがぼくたちにおしえてくれたんだよ』って!」
澪「!!」

子供3「それにおれも『てれび』にでてうたうさんじゅおねえちゃん、みてみたい!」
子供1「わたしも!」
子供2「ぼくも!」
澪「!!!」

澪「(ああ……結局、ここでも私は逃げてばかりだったっていうことか)」

澪「(どんなに頑張ったってこの子たちの母親になんて、私にはなれない)」

澪「(逆に……子供たちを現実逃避の材料にしていただけ)」

澪「(だったら……私に何ができる?)」

澪「(このクソったれなメンヘラの秋山澪に……一体何ができる?)」

澪「(私に出来るのは……もう逃げないこと!)」

澪「(この子たちに今度は放課後ティータイムの秋山澪として歌を歌ってあげること)」

澪「(それはつまり……本当に私を必要としてくれる仲間のもとに帰ることしかないじゃないか!)」



澪「の、和!! さわ子先生!! まだ間に合いますか!!??」

和「澪……」

さわ子「その言葉を待っていたわ!! すぐ外にヘリをつけているから早く!」

澪は覚醒した。
さすれば向かう先は一つだった。
一刻を争うその時、最後に澪は子供たちに優しくこう言った。

澪「待ってるんだぞ。またすぐに、今度はもっとすてきな『ふわふわ時間』、聴かせてあげるから――」



⑤放課後ティータイムの場合

満員御礼の幕張メッセ。
日本有数の音楽雑誌社が主催する『カウントダウン・ロック・フェスティバル』は今年も大盛況のまま、最終日である12月31日、大トリのバンドの登場を待つのみとなった。
そのバンドの名は『放課後ティータイム』――現役女子高生バンドとしてのデビュー後、
わずか数年にしてトップバンドへと上り詰めた、名実ともに大トリを飾るに相応しい存在であったはずだったが――。

客1「でもなぁ、いくらHTTとはいえ、ライヴはおろかまともな音楽活動すらかなり久しぶりだもんなぁ。ブランクが気になるよ」

客2「しかもドラムの田井中は噂じゃついこの間までアル中の治療施設にいたって話だし、ギターの中野はヤク中で腕の皮膚が腐ったって噂だぜ?」

客3「それに、キーボードの琴吹がつい最近まであんな裁判に巻き込まれてたしなぁ。まともに演奏できるのかよ」

客1「唯一まともなのは、ギターボーカルの平沢だけど、あの子、元から抜けてるって話だし」

客2「ああ、あれだろ? 未だに20時間以上連続して睡眠をとるとギターのコード全部忘れるっていう」

客3「未だにギターのチューニングは妹任せって噂もあったぜ」

客1「それに致命的なのは……ベースボーカルの秋山が未だ失踪中だってことだよなぁ」

客2「あぁ、なんか秋山って昔は可愛かったのに、最近はどんどんおかしくなってたよなぁ。
  今日のライヴはサポートメンバーでも入れるのかね」

客3「おい、今ケータイで2ちゃんの実況板見たんだけど、紅白でHTTは秋山どころかサポートすらなしで演奏したらしいぜ?」


客1「えぇっ? ってことはベースなし? それ、なんてホワイト・ストライプスだよ」

客3「当然、演奏は酷いもんで、生放送で放送事故寸前だったんだって!」

客2「マジかよ……それじゃあこの後の演奏も期待できねえぁ」

アリーナでは、こんな会話ばかりが交わされた。


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最終更新:2010年01月13日 03:17