良く寝た休日の朝は気持ちがいい。
私は鏡を見た。いつも通り爆発している頭に軽く溜息をつくが、今日は
休日である。ここは休戦し、ヤツの思うまま爆発させておいてやるのが、
人情ってもんであろう。
そして朝食に買い置きしていたドーナツを薄めのミルクコーヒーと共に
食する。うまい、うますぎる。ムフフ、これが私の生きる意味なのだ。
母「やっと起きたの純? もうお昼になるわよ」
純「はいよー、起きたのは八時。二度寝しただけ」
母「同じ事じゃない」
純「正論ですな」
母「ホンマでっかの澤口先生?」
純「うん。似てるでしょ?」
母「あんた好きよね澤口先生」
純「ダンディですからな」
母「髪、酷いわよ」
純「分かってる」
母「親の前だからってだらしないわよ」
純「ふぁい」
私自慢のボンバーヘッド。それを放置する事は世間どころか肉親にさえ
許されない暴挙らしかった。こんなめんどくさい頭に産んでおいて、文句
つけるのは理不尽な気がするけど仕方ない。扶養家族はつらいよ。
……んん、こんなもんか。手強いが私の敵じゃなかったのであった。
いつもの両サイドポンポンのヘアーセットが完了した。試行錯誤の結果、
私に似合い、かつボンバーを抑える一石二鳥な髪型。やっぱりこれだね。
自分で言うのもなんだが私は割と要領がいい。人よりも特に秀でた所が
あるとは思ってないけど、無駄な事はせずピッタリと生きてるとは思う。
赤点も取った事ない。けれども、いつもスレスレっていうか、ギリギリで
生きてる感じ。それが私。
しかし手間をかけ折角セットしたくなると、どこかへ出かけたくなる。
私は無駄が嫌いなのだ。でもダラダラする事は好きだ。えっ、矛盾してる
って? 細かいことは気にしない、気にしない。
とりあえず、憂に電話してみる事にする。彼女とはただの仲のいい友達
ではあるが、スキンシップ過多な所があり、抱きつかれると最高にハイな
気分ってヤツになれる。
誤解のない様に申し上げると、私にはそのケはないのだが、彼女はその
幼顔に似合わずけしからんボディをしており、無邪気にそれを押し付けら
れると、理性がヤバイ。たまに襲い掛かりたくなる。
……よっし、いっちょもんでみっか。
憂『はい、もしもし憂ですが』
憂に電話をかける。彼女の明朗快活でハキハキした声を聞くと、私は
元気が出る。なんというか光のフォースを感じる。ごめん、自分でもなに
言ってるのか分からない。
純「ういー、暇ぁ? 今から遊び行っていい?」
憂『えぇっ、今から? ええと……』
純「あれ、なんか都合悪かった?」
憂『そうじゃないけど、多分大丈夫だと思うけど』
純「多分? じゃあいいの?」
憂『待って純ちゃんっ! 一応お姉ちゃんに確認とってみる』
純「ちょ、ちょっと待って」
憂『お姉ちゃ~~ん、純ちゃん家に呼んでもいい~~!?』
純「憂……」
憂『いいって、純ちゃん! お姉ちゃん歓迎するって!』
純「ありがとう。でもどういう事だか説明して」
憂『あ、うん、そうだね』
純「全く、しっかりしてるようでどっか抜けてるよね、憂は」
憂『エヘヘ……ゴメンね?』
純「別に謝る事ないけど」
憂『実は今日、梓ちゃんがお姉ちゃんにギター教えに来るんだよ』
純「ホーホー、なるほどねー」
憂『分かりましたか、ふくろう博士?』
純「私来たら、お邪魔虫ですよね?」
憂『そうだね、嬉しいなぁ』
純「どういう意味よ」
憂『だってそれなら、私が純ちゃんを独り占め出来るでしょ?』
純「ま、まぁ、手持ち無沙汰な憂の相手位してやれるか」
憂『アハハッ、そうしてくれる?』
純「んー、じゃ気が向いたら行くわー」
憂『手薬煉引いて待ってるよ』
純「しかしまー、相変わらずシスコンですか?」
憂『う、うん、シスコンかも』
純「否定せずかっ」
憂『だって好きなんだもん』
純「でも将来とか、いつかは離れる時期が来るんだよ」
憂『将来かぁ……二人暮し出来たらいいなって』
純「ふへぇー、それはないわぁ」
憂『あ、あるもんっ!』
純「ま、まァ、憂達ならありえなくはないかも」
憂『エヘヘッ』
純「でもさ、お姉ちゃんがお嫁に行ったらどうすんの?」
憂『おォッ、おおお姉ちゃんがお嫁に!?』
純「例え、例えばの話だって」
憂『……つ、ついてく』
純「えっ」
憂『だってお姉ちゃんいなくなったら、私生きていけないかも知れない』
純「……」
憂『――な~んちゃって♪』
なんという事でしょう。本人は冗談のつもりでしょうが、全く冗談に
聞こえません。これがシスコンの性なのでしょうか。
純「ちょっと思い詰めないでよっ、憂!」
憂『うん?』
純「一人が寂しくなったら私もいるでしょ? ねっ?」
憂『あ、ありがと純ちゃん』
お母さん……この子、いつか間違いを起こさないか心配です。
ともあれ憂ん家へ向かう事にした私。憂と唯先輩に加え、梓もいると
なると、ツッコミのし甲斐があるというものだ。
その道中の折、私は意外な人物と鉢合わせした。
一際目を惹くポニーテールと巨乳を揺らして駆けて行く、我がアイドル
であり、学園のアイドルでもある、澪先輩のお姿。
そりゃ、矢も盾もたまらず、これは声を掛けるのが、当然の振る舞いと
いえますでしょう。
純「澪先輩!!」
澪「えっ――うわァッ!?」
しかし澪先輩はイヤホンをつけていたらしく、私の声は届かず、あえず
に衝突してしまった。
体格的に小さい私が景気よく吹っ飛ばされた……ものの、丁度澪先輩の
大いなる二つのエアバッグがクッションとなり、全く痛くはなかった。
何とも言えない、ふわふわタイムな感触。これは不幸な……ウィヤ、
幸福な事故である。内心、いや実際、ほくそ笑んだ。自分の顔が相当ニヤ
けてるって、見なくても分かった。
澪「だっ、だだだっ、大丈夫ですかっ!?」
澪先輩はそんな不純な私を気遣い、涙目になってるようにも見える。
逆に済まない気持ちになりますね、これは。
純「全然平気です。澪先輩は?」
澪「わ、私は全然っ! 私の不注意だった! ゴメン!」
純「いえ、私が急に前に飛び出したのがいけなかったんです」
澪「本当? どっか痛むんだったら、無理しないで」
純「心配には及びませんよ、むしろ気持ちよかったですし」
澪「えっと……え?」
純「あ、あの、空を自由に飛べてるような感じだったんで?」
澪「良く分からないけど良かった?」
純「所で私の事……」
澪「分かってる! 君はその、梓の友達の……す、すぎ」
純「そうです
鈴木純です! 憶えて頂いてて光栄です!」
澪「あはは……す、鈴木さん。手貸すよ、ほら」
澪先輩がそう言って、その白くて長くて綺麗な手を差し出した。
思わず生唾をのみ握ってみると、やわらかいけど指はプニプニ、それで
いてじんわりと湿り気を帯びており、冷たくて気持ちがいい。
澪「あっ、ゴメンッ! 手汗ッ!」
むしろご褒美だというのにそんな事を言う澪先輩。かわいすぎる。私が
男なら惚れてまうやろ。いいえ、女でも。
純「いえっ! 好きですから!」
澪「は、はいっ!?」
純「汗ばんだ手の感触」
澪「えっ」
純「私乾燥肌なんで、潤ってて羨ましいです!」
澪「そ、そうなんだ……」(私に気を遣って……いい子だなぁ)
澪先輩は黙って、私についた泥を優しくはたいてくれている。澪先輩が
私に何度も触れている。ああ、これを至福といわずして何と言う?
ああ、誰か時を止めて。そしてフォルダに保存して、いつでも楽しめる
ようにしてくれないかな。
もしかしたら私、今までの人生最高のイベントを迎えているのかも知れ
ない。大袈裟でなく。
純「――あのぅ、その格好、ジョギングですか?」
私がそう何となしに澪先輩に尋ねると、先輩は微笑んで、やんわりと
返答してくれた。
澪「うん。家で勉強してたんだけど」
純「あんまり家にこもりっきりじゃってヤツですね?」
澪「そうそう、気分転換って所」
純「でも、イヤホンつけっぱで走るのは危ないですよ」
澪「面目ない。イヤホンつけていれば、知らない人から話かけられても
無視できるから、癖で」
純「それってナンパとかですか?」
澪「あ、あははっ、そうなのかな?」
純「モテるのも大変だっ」
澪「モテるというか、絡まれやすいんだよ私」
純「ご謙遜を~」
澪「もう! あんまり先輩をからかうもんじゃないぞ!」
純「でもカッコいい人だったら付き合ったりとか、考えないんですか?」
澪「ま、まだ高校生だし早いよ。興味ないし」
純「ホーホー、さすが澪先輩! ファンの事、考えていらっしゃる!」
澪「考えてるのは、自分の事だけど」
純「私ベースやってまして! 澪先輩に憧れてて!」
澪「へぇ、ベースを」
純「おこがましいですが、一度でいいから澪先輩とセッションできたら」
澪「いいよ。機会があったら、私もWベースってやってみたかったし」
純「本当ですかぁッ!?」
澪先輩と競演できるなんて……こんなに嬉しい事はない。私は夢を叶え
る事ができるんだ。梓、いいよね。梓には唯先輩がいるもんね。
澪「うん。所で鈴木さんってひょっとして、左利きの人?」
純「えっ、いやあの、左利きではないですけど」
澪「あ、ああ、そっか。そうだよね」
澪先輩からの唐突な質問。しかし私はその期待に応える事は出来ず、
心なしか、澪先輩が残念そうだ。
そこで私は間髪いれず、澪先輩に言い放った。
純「じゃあ今から私、左で練習しますっ!」
澪「え……えぇっ!? そっ、それはやめた方が!?」
純「出来ますっ! 澪先輩に手取り足取りされれば何だって!」
澪「はいっ!?」
純「冗談です!」
澪「なんだ冗談か」
純「冗談じゃないです!」
澪「えぇっ!?」
純「ダメですか! 私じゃ澪先輩になれませんか!?」
澪「お、落ち着いて。右を左にかえるとかムチャだから」
純「アドバイスですね?」
澪「う、うん」
純「ありがとうございます! ありがとうございます!」
澪「アハハッ、何だかおもしろい子だなぁ、鈴木さんって」
澪先輩が私に笑いかけてくれるなら、いくらでも道化になりましょう。
純「あの――純。純って呼んでもらえませんか?」
澪「へっ? あ……えと、じゅ、純?」
純「はうぅぅっ!!」
何で私如きを呼び捨てする位で、ほのかに頬を赤らめてるんですか?
これが下級生が決めた、私女だけど抱かれてもいいランキン一位の実力、
噂の萌え萌えキュンってヤツですか?
ありがとうございます、ありがとうございます。
最終更新:2011年05月03日 21:15