•生徒会室

いつもとなんら変わらぬ通常業務の最中の出来事。

私は昼休み中に纏めておきたい書類があったので生徒会室に篭り作業を進めていた。

午前中の休み時間を全て通常業務に充てたので今日中には終わらせることができそうだ。

和「ふぅ、少し休憩を挟もうかしら。」

私はパイプ椅子に凭れロの字型に設置された長テーブルを眺める。
見慣れた風景だ。

もう暫くすれば生徒会選挙が始まり、生徒会メンバーも一新される。

私は任期の満了まで淡々と業務をこなすだけだ。

和「なんだか物足りないわね…」

前任の曽我部恵先輩が遺した澪ちゃんFCの会員カードを取り出す。

和「私は…」

私は今の自分に不満なのだろうか。
生徒会長は全校生徒の模範で無ければならない。
そう自分に言い聞かせてきたが、どうにも物足りないのである。

サー…

雨の音が聞こえる。
昨日の午後から突然曇りだし明け方から今にかけて雨は降り続いていた。

和「ネガティブなのは雨のせいね。」

私は気を取り直し作業を再開しようとしたが、生徒会室の扉が開かれたのでそちらに視線を向ける。

副会長「失礼します。」

和「あら、なにか用?」

副会長「昨日の事件の件で報告が有ります。」

昨日の六限目の最中に校門前にパトカーが止まった件についての話だろう。

一時クラス内は騒然となり、今日の午前中もその話題で持ちきりだった。
先生に訊いても誰も口を割らないので今現在も様々な憶測が飛び交っている。

和「ぜひ聞きたいわね」

副会長「隣のクラスで集団暴行があったようです。私のクラスまで怒号が聞こえて来ました。」

たしか副会長のクラスは2年2組だ。

和「隣のクラスってどちらかしら」

副会長「1組です」

2年1組と言うと、憂のクラスね。
憂は幸い入院中なので特に気に留めなかった。

和「そう、また仕事が増えそうね」

副会長「そうですね、2年1組の生徒に訊いても先生から口止めをされているようで情報は得られませんでした。報告は以上です。」

和「有難う、放課後会議を行うから生徒会室にメンバーを集めてくれる?」

副会長「わかりました。失礼します。」

副会長が生徒会室を出ると入れ替わりで生徒会の顧問教諭が入って来た。

顧問「真鍋君いるかね?」

和「はい」

私は立ち上がりながら答えた。

顧問「あぁ、座ったまま聞いてくれ。今日の会議の議題についてだ。」

予算の分配、クラブの昇格、キャンペーンのポスター作り。

どれもありきたりな議題だ。

和「わかりました。」

私は議題をホワイトボードに書き取り短く返事を返した。



•同時刻2年1組

梓「唯先輩、また来たんですか。」

唯「あずにゃんが寂しそうだから来てあげたよー」

2年1組には重々しい空気が漂っていた。
無理もない、休み時間の度に唯先輩がこのクラスに来るのだから。

いつも騒いでいるグループが揃って停学中なのも大きな要因だ。

私と唯先輩の声と雨音が教室に響く。

梓「寂しくなんかありません。自分のクラスに帰って下さい。」

唯「そりゃ昼休み終わったら帰るよ。」

唯先輩は私と二人で作ったお弁当を食べながら答える。

正直、唯先輩を見てると昨日の情事が頭に浮かんで食事に集中できない。
まぁ、抱き付いて来ないだけマシか。
唯先輩も自重しているのだろう。

梓「純からも何か言ってよ!」

純「憂が退院したと思えばいいじゃん。」

ダメだ。純では役に立たない。

梓「じゃあ、昼休み終わったらもう来ないで下さいね。絶対ですよ。」

唯「えぇー、あずにゃんも私に会いたいくせにー」

ピクッ

唯先輩の不用意な発言に体が反応する。

梓「だから、私達が付き合ってる事を匂わす発言はやめて下さいってば。」

唯「誰もそんなの気にしてないよ。」

私が耳打ちしても唯先輩は大きな声で返して来る。
本当に隠すつもりがあるのだろうか。

とにかく、これ以上一緒にいるといつ墓穴を掘るかわからない。

梓「いいから帰って下さい!」

唯「わぁかったよー、明日からちょっと我慢するよ。」

私が強めの口調で言うと唯先輩は口を3の字にして了承してくれた。

純はニヤニヤしている。
すごく気持ちが悪い。

一番心配なのは部活中だ。
まだ気は抜けない。



•放課後、生徒会室

私が生徒会室の扉を開けると既に副会長、書記、会計の三人が待機していた。
私は急いで荷物を置き上座に腰掛ける。

和「遅れてごめんね、それじゃ会議を始めるわね。」

会議と言っても形式だけだ。
特に時間はかからないだろう。

和「ホワイトボードに書いてある通り、議題は漫画愛好会の昇格、部費の再分配、キャンペーンポスターの依頼ね。」

和「主に明日の放課後の部長会議での案件よ。質問が有ったら今のうちにしておいてね。」

副会長「はい、ポスターの依頼とはどのような?」

和「昨日の集団暴行を受けて今朝職員会議が開かれた結果、イジメ撲滅週間を設定する事になったらしいわ。」

副会長「『イジメ撲滅』ですか、『暴力反対』ならわかりますが。」

和「暴行の背景にイジメがあったんでしょうね。」

和「依頼するのは漫画愛好会改め漫画研究部と、美術部、それと一応文芸部にもお願いするわ。」

副会長「わかりました。依頼は私がやっておきます。」

和「お願いね。次に明日の昼休みに行う委員長会議についてだけど…」

和「特に無いわね。選挙管理委員会の設立について少し話をして終わると思うわ。」

和「なにか質問は有る?」

書記「ありません。」

会計「無いです。」

和「では、本日の生徒会会議を終わります。各自職務に戻って下さい。」

副会長「お疲れ様でした。」

それぞれ自分の仕事を始める生徒会メンバー。
皆優秀な後輩だ。
私が居なくても生徒会は成り立つかもしれない。

和「ちょっと席を外すわ。」

明日の部長会議、どうせ律は忘れてるだろうから教えてあげないと。

•軽音楽部部室

軽音部の部室の前まで着いたものの、やはり演奏の音は聞こえて来ない。

遠慮無く扉を開ける。

和「律、いるかしら。」

唯「あ、和ちゃーん。」

律「どしたー?」

澪「またやらかしたのか、律。」

和「明日の放課後、部長会議だから忘れないでね。」

律「お…おう!忘れる訳ないだろー!あはは。」

澪「忘れてただろ!」

紬「和ちゃんもお茶いかが?」

和「有難う、頂くわ。」

唯「和ちゃんがお茶してくなんて珍しいねぇ。」

和「生徒会室にいると気を遣うからね。」

梓「いつもお疲れ様です。」

和「有難う、そういえば昨日の事件、梓ちゃんは巻き込まれなかった?」

梓「え…えぇ、私は休んでたので…」

ん?
なにやら空気が変わった。
訊いてはいけない事だったか…

でも私は敢えて訊く。

和「皆何か知ってるの?」

澪「いや、その…な?」

律「なんつーか…な?」

紬「あれよね、ちょっと…あれね?」

唯「その被害者が私なんだよー」

和「え…?」



•同時刻、軽音楽部部室

あぁ、唯先輩…
言ってしまいましたか。

皆さん、私に気を遣ってくれてたのに…

その後も唯先輩は事件の経緯を包み隠さず話した。
終いには自分で話した内容に憤慨し泣きだしてしまった。

昨夜の余裕たっぷりな唯先輩は幻だったのだろうか。

和「なんで教えてくれなかったのよ!」

そりゃあ、ずっと私の教室にいましたからね。

和「じゃあ、憂が入院してるのもイジメの所為なの?!」

その通りです…

和「…許せないわ。」

和先輩が本気を出したら、恐らく大変な事になる。
私が止めなくては…

梓「あの、もう済んだ事ですから…」

和「梓ちゃんが許しても憂は許さないわ。そして私も許さない…!」

あの和先輩が冷静さを失っている。
たしかに私なんかイジメられたとは言えない、呼び出されてCを殴って逃げただけだ。

皆さんに相談するしかない。

和「唯!泣いてないでちょっと来なさい!」

唯「え…ふぇ?」

和先輩は唯先輩を引き摺って何処かへ行ってしまった。
残されたメンバーは厳しい顔をしている。

梓「あの、皆さん…」

律「こりゃ、ヤバいぞ。」

梓「え…」

澪「唯は停学になった連中を退学させようとしてるんだ。」

梓「ええっ?」

紬「和ちゃんが止めてくれると思ってたんだけど…」

梓「退学…ですか。」

あの唯先輩が?
今日一日そんな素振り見せなかったのに…

律「昨日梓の担任と話をして、今後はしっかり梓と憂ちゃんを守るって約束してもらったんだ。」

澪「だから、唯がやり過ぎないように釘を刺そうと思ったんだが、言い出せなかった…」

梓「昨日、そんな事があったんですか…」

紬「昨日の唯ちゃんのあんな表情、初めて見たわ、唯ちゃんは憂ちゃんが大好きだから…」

憂…たしかに憂が受けた痛みは計り知れない。
今日の朝、憂の机を見たが新品の机に交換されていた。
私の机はそのままだったのに。

憂が私達から距離を取りたがってるのはなんとなく察してたが、まさかイジメを受けてたなんて…

梓「停学になった人達も憂をイジメてたんですか?」

澪「それは憂ちゃんに訊かないとわからない。でも憂ちゃんに変装した唯を集団で傷付けようとしたんだ。既にイジメよりもよっぽど酷い事をしている。」

梓「ですよね…」

律「憂ちゃんの所…行ってみるか?」

今唯先輩の所へ行っても無駄だろう。
和先輩も冷静さを欠いてる。
先ず憂に話を聞いてから唯先輩の説得に取り掛からないと。

梓「行きましょう。」

私達は一応唯先輩にメールをして桜ヶ丘総合病院へ向かった。



•同時刻、3年2組

誰も居なくなった教室で唯と話をした。

和「…」

私は言葉を失ってしまった。
傷害事件の手助けをしたのに停学二週間…

二学年の生徒が著しく減るのを恐れて首謀者三名のみを退学にしたのだろう。

他にも憂が受けていたイジメを聞いたが、どれも悪質なものばかり。

和「…協力するわ。相応の制裁を与えましょう。」

唯「そうだね、イジメの分もしっかり罰を与えなきゃ。」

静かな教室で雨の音が哀愁の調べを奏でていた。
停学者が復学するまでに準備を整えねば。



•桜ヶ丘総合病院

澪「梓、私達は待合室にいるから先に行ってくれ。私達が居たら憂ちゃんも話しにくいだろう。」

正直、憂とは最近話してなかったから気まずい。
しかも昨日から唯先輩と付き合ってるんだ…

そうだ、私友達の姉の恋人なんだ。

梓「わかりました。」

でも、私には憂を守る義務がある。
今度は私が憂を助けないと!

•503号室

503号室のプレートを見ると憂の名前があった。

ちょっと緊張してきた。
この扉の向こうに憂がいるんだ。

ふぅ、一度深呼吸をして音を立てないようにスライドドアを開ける。

そっと首を差し込み病室の左手前のベットを見るがカーテンがしまっていた。

はぁ、また緊張してきた。

梓「う、憂ー、いるー?」

声が上擦ってしまった。
聞こえなかったかな。

梓「…憂、私だけど」

憂「え?梓ちゃん?!」

勢い良く開けられたカーテンの先にはパジャマを着た憂が居た。

憂のその姿を見て本当に入院してるんだ、と実感した。

梓「お見舞いに来れなくてごめんね。」

憂「ううん、気にしないで。」

梓「…」

憂「…」

お互い黙ってしまった。
まぁ、そうなるだろう。

憂「と、とりあえずカーテン閉めて。」

梓「あ、うん…」

カーテンを閉めた事により更に気まずくなってしまった…

どう口火を切ろうか思案していると、憂から話しかけてきた。

憂「梓ちゃん、最近学校で…なにか無かった?」

梓「えっと、色々あったよ。」

憂「そっか…ごめんね。」

梓「ううん、謝るのは私の方だよ。気付かなくてごめんね。」

憂「純ちゃんは大丈夫?今日は何かあった?」

梓「え?うん、今日は大丈夫だよ。」

もしかして昨日の唯先輩の活躍を知らないのかな。
学校から連絡が行ってると思ってたんだけど。

梓「学校から何か連絡来てない?」

憂「来てないよ?」

私の家には連絡来たのに。
担任は入院してる事を知ってる筈だし…
まさか病人である憂に刺激の強い話を聞かさないよう病院が差し止めてるのかな。

梓「そっか、実は先輩達も来てるんだ。ちょっと呼んで来るね。」

病院の心遣いなら私の独断で昨日の事を話すのは良くないよね。

憂「えっ、お姉ちゃんも来てるの!?」

梓「あ、いや、唯先輩は来てないんだけど…」

憂「ねぇ、何か隠してる?」

梓「いや、とりあえず先輩達呼んでくるね。ちょっとあれ、直ぐ戻るからっ!」

憂「ちょっと梓ちゃんっ!」

私は逃げ出した。


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最終更新:2011年05月06日 01:43