•ナースステーション

憂が昨日の事件を知らないのは想定外だった。
とにかく確認を取らないと。

梓「あの、すみません。」

看護師「はい、どうしました?」

梓「503号室に入院してる平沢憂さんの担当医を呼んでいただきたいんですが。」

看護師「担当医…ですか?失礼ですけど、どのようなご用件で」

そりゃいきなり担当医に会わせろって言っても怪しいよね。

梓「えっと昨日学校で騒動がありまして、その件について学校から連絡が行ってるか確認したいんです。」

看護師「その平沢さんとは同じ学校なの?騒動っていうのはどんな事?」

あぁもう、めんどくさいなぁ。

梓「平沢さんのクラスメイトです。騒動っていうのは…」

医師「ん?平沢さんのお見舞いかな?」

偶々後ろを通った白衣を着た医師が話しかけて来た。

梓「あ、はい、平沢さんに学校から連絡が有ったかの確認を取りたいんですけど。」

医師「昨日電話があったよ。なんでもお姉さんが暴行を受けたって聞いたからまだ本人には話してないが。」

梓「今日はそれに付いて話しに来たんです。暴行を受けたと言っても未遂なので本人にショックは無いと思います。」

医師「うーん、もう少し容体が安定したら話そうと思っていたんだが、もう少し待てないかな?」

医師「今、平沢さんは沢山の薬を服用しているから出来るだけ安静にしたいんだ。欲を言えば面会も控えて欲しい所なんだよ。」

梓「そうですか…」

どうしよう。
憂を待たせてるし、先輩も待たせてる。

唯先輩がカッターを向けられたなんて憂に話したら流石の憂もブチギレるかも…
どんな報復をするか予想もつかない。
…Aは退学で済んで良かったのかもしれないと思えて来た。

とにかく、今の憂にイジメを思い出させるような事を話してはダメだ。

一度先輩方の所に戻ろう。

梓「わかりました。少しだけお見舞いをして日を改めてまた来ます。」

医師「事情はわからないが、申し訳ないね。」

梓「いえ、有難う御座いました。失礼します。」

軽くお辞儀をしてその場を後にした。

•待合室

梓「お待たせしました」

律「おかえり、どうだった?」

私は先程あった事を話した。

澪「そうか…まぁそうだよな。」

紬「困ったわね…」

梓「澪先輩とムギ先輩でなんとか誤魔化せませんか?」

律「え?私は?」

紬「えぇ、行ってみるわ」

律「なぁ梓、私は?」

澪「律はここで待ってなよ。」

律「わあったよ。お留守番してりゃあいいんだな。」

澪「じゃあ行こうか。ムギ。」

紬「えぇ、唯ちゃんが来てない理由も考えないとね。」

お二人は憂の病室に向かった。
頼もしい限りだ。

律先輩と二人でいるのは少し落ち着かない。
私は雑誌を適当に選んで律先輩に手渡し自分も読み始める。

ペラッ…ペラッ…

静かな時間が過ぎる。

律「梓ぁ、私ってそんなに信用無いかねぇ。」

梓「普段の行いですよ。」

まぁ、信用してるからこそ残ってもらったのだが。

律「普段の行いねぇ。そーいや今日の唯はどーしたんだ?」

律「休み時間ずっと居なかったし、梓に一回も抱き付いてないだろ。」

やっぱりこの人は周りを良く見てる。
頭の後ろで手を組んで、椅子の上であぐらかいてるイメージしか無いけどなんだかんだで皆を見てるんだ。

私が唯先輩と付き合ってる事も直ぐに感じ取るだろう。
もう既に気付いてるかもしれない。

二人だけの秘密にしておく約束だったが、律先輩になら相談してもいいと思った。

この人は絶対に言いふらさないだろうから。

梓「あの、実はですね。」

律「…どーした?」

梓「私、えと、唯先輩の事ですけど…」

澪「唯がどうした?」

梓「うわぁ!」

何時の間にか澪先輩が私の背後に立っていた。
脅かさないで下さいよ。

律「どうした澪、もう少し梓と話したいから散歩でもしてろよ。」

澪「そうか、病院一周してくるよ。」

澪先輩は踵を返し歩き出そうとするが直ぐに律先輩が後ろから抱きつく。

律「澪しゃんが病院の中を一人で歩けるんでしゅかー?」

澪「ふふっ、そこまで怖がりじゃないよ。」

律「一応教えとくが、この病院にはな…開かずの扉と呼ばれる地下への入り口があって…その扉の前を通ると異世界に引き摺り込まれあーっ!」

澪「……スッ…」

律先輩が唐突に大きな声を上げると澪先輩は律先輩の腕をすり抜け縮こまってしまった。

暫く動き出さないだろう。

律「それで、唯がどうした?」

梓「え?」

律「澪に聞かれたくないんだろ?今のうちに話せよ。」

いや、確かに澪先輩は耳を塞いで名台詞を繰り返してるケド…
周りの視線が集まってしまった。

梓「あ、いや、悩みでもあったんじゃないですか?」

律「…そうか。」

紬「お待たせー。」

梓「あ、おかえりなさい。どうでした?」

紬「問題無いわ。」

ムギ先輩が問題無いと言うのであれば問題ないのだろう。きっと。

律「じゃあ帰るか。」

紬「皆の家まで送って行くから雑誌でも読みながら待っててくれる?」

梓「はい、二回も乗せて頂いて有難う御座います。」

結局、送迎の車が病院に着いても澪先輩は復活せず、ドライバーさんも含めた三人で澪先輩を車に搬入した。

今日の進展、まったく無しである。

•中野家

梓「送って頂いて有難う御座いました。」

紬「梓ちゃんまたね。」

律「じゃーなー。」

澪「…」

澪先輩、流石にもう起きてると思うんだけど…
顔が若干にやけてるし…

起きるタイミングを見失ったのかな。

まぁ、律先輩も敢えて放置しているのだろう。

ここは先輩方に任せよう。

梓「お疲れ様でした。」

ドライバーさんが扉を閉めると澪先輩は少し残念そうな顔になった。

最近誰も楽器に触れてないのでご立腹なのだろうか。

…そうだ、今更気付いた。
私達、全く練習をしていない。

明日は練習しなくては…!

体を張って気付かせてくれた澪先輩に若干感謝しつつ私は玄関を潜った。

自室にバックを置いて部屋着に着替える。

ふぅ、なんだか今日は疲れた。

私はベッドに倒れこむ。

…昨夜、唯先輩と愛し合ったベッド。

徐に唯先輩の眠っていた箇所にを鼻を押し付け匂いを嗅いでみるが当然唯先輩の匂いはしなかった。

携帯の電源を点けてみると、メールが一件。
唯先輩からだ。

『憂をよろしくね。』

絵文字も添えてあるが簡素なメールだった。

私がメールを送ってから三十分程して帰って来てる。

三十分間和先輩と一緒にいたのだろうか。

少し不安になってしまった。

寝転がりながら唯先輩にメールを送る。

『好きです。』

と、一言だけ。

私は目を閉じて唯先輩の顔を思い浮かべる。

昨日は思い切り抱き合って長いキスをして、その他諸々して、本当に幸せだったなぁ。

携帯が震えた。
唯先輩からの返事だ。

『私の方があずにゃんのコトだーい好きだよ。
今から行っていい?』

思わず顔がにやけた。
今から行っていい?だって!
あぁー唯先輩可愛いっ!
小雨が降ってるのに来てくれるんだ。

『来て下さい。』

とだけ書いたメールを送信した。

私の彼女が今から来てくれるんだ。
早く来ないかなぁ。

枕を抱いて転がっていると一つの懸念が浮かんで来た。
確か食材が…無い。

私は一階に降り冷蔵庫を確認するが、やっぱりなにも無い。

…ピザでも頼めばいいか。
その分二人の時間が増えるし。

ソファに座り足をブラブラさせながら唯先輩を待つ。

そういえば律先輩とムギ先輩って二人の時どんな話をするのだろう。
頭の構造が違うと当然話も噛み合わないだろう。
こっそり観察してみたいな。

それより唯先輩泊まってくのかな?
やっぱり今日も?やっちゃうの?
私は一緒に居れるだけで満足だけどね。えへへ。

邪な事を考えていると時間は早く過ぎる。

ピンポーーン…

インターホンが鳴った。
唯先輩だ。

梓「はい、どちら様ですか?」

唯『あーーずにゃん、あーそびーましょー』

私をあずにゃんと呼ぶのは世界で一人、唯先輩だけだ。
世界に一人の唯先輩が来たぁ!

梓「鍵空いてるので勝手に入って下さい。」

勝手に入ってとかすごく恋人っぽいよね。

唯「お邪魔しまーす。」

梓「雨、大丈夫でした?」

唯「殆ど降ってなかったよ、あずにゃん、お弁当箱返すね。」

梓「洗ってくれたんですか、有難う御座います。」

お弁当箱を棚に仕舞って、パタパタとスリッパの音を立てながら唯先輩に駆け寄る。

さぁ、どうぞ、やっちゃって下さい。

唯先輩が抱き付きの準備動作を始め、世界がスローモーションになる。

くふっ…まだだ、まだ笑うな、いやしかし…

唯「あーずにゃんっ♪」

梓「〜〜〜〜〜〜〜♪」

十数時間振りの唯先輩の感触。
体が蕩ける…
はぁー染み渡るよ。

唯「お部屋行こっか」

梓「そうですね」

一階の電気を消して一時家の中が真っ暗になる。

さり気なく手を繋いじゃう所とか私と唯先輩、最高のカップルですね。

自室に着くとまずは窓のカーテンを閉める。

次に部屋の鍵を閉める。
家には二人きりだけどなんとなく鍵をかけたくなる。

唯先輩は…ベッドに腰掛けてる。

もう我慢できない。

私はツインテールを解いて、唯先輩に飛びつく。

梓「えへへ、唯せんぱーい。」

唯「あはは、あずにゃーん。」

私は唯先輩の後ろ髪を掻き上げ、うなじにカプリと噛みついた。

髪の毛からはシャンプーよりも良い匂いが漂って来て、本当に落ち着く。

キスマーク付けちゃえ。

梓「あむ、あむ。」

赤くなり過ぎたかな。
一応ペロリと舐めておく。

唯「あはは、くすぐったいよー。」

唯先輩が笑顔で身を捩る。

普段ぽけーっとしてるのになぜこんなに良い匂いなんだろう。

唯先輩の匂いの芳香剤を売り出せば一儲けできるかも。

唯「仕返しー。」

唯先輩は私の耳を甘噛みしたりチューチュー吸い始めた。

布団に頭まで潜り息苦しくなるまで小さく抱き合ったり。
布団に包まったままベッドの上を転がったりしていたらシーツがぐしゃぐしゃに乱れてしまった。

シーツなんてどうでもいいや。
私は部屋の電気を消した。

仰向けに寝ている唯先輩にポフッと被さり、やわらかな頬を両手で包んだ。

唯先輩の顔の三分の一程を包み隠した私の掌からは確かに暖かい熱が伝わって来る。

唯先輩の大きなクリッとした瞳が一際目立つ。

唯「こちょこちょ。」

唯先輩が私の脇腹を擽って来た。

私は唯先輩の上から離れたくなくて、必死にしがみ付く。
防戦一方だ。

唯「良く頑張りました♪」

梓「はぁ…はぁ…もう、やめて下さいよ。」

暫く擽られた私の体は心地よいダルさに包まれる。
唯先輩の胸に顔を埋めて、窒息するまでずっとこうしていたいと思った。

唯「あずにゃん、いい子いい子。」

唯先輩に頭を撫でられるのは本当に気持ちが良い。
息苦しくなって来たので酸素を求めて顔を上げると唯先輩と目が合った。

梓「えへへ、唯先輩、だーい好き。」

唯「ずっと一緒にいようね。」

『ずっと一緒にいよう』
どのカップルでも必ずする約束だろう。
星の数程のカップルがその約束を契り、星の数程のカップルがその契りを破棄してきた。

どんな言葉より、好きで居続けることが重要なんだ。

例え唯先輩の心が私から離れても絶対に手放さない。

そんなの許さない。

私の心と処女を奪ったのだから。

梓「唯先輩、私から離れないで下さいね。絶対ですよ。お願いします。」

言葉は要らない。

長く深い誓いのキスで唯先輩の心を繋ぎとめてしまえばいいんだ。

私と唯先輩のキスはお腹が空くまでずっと続いた。



•真鍋家、和自室

今日の復習と明日の予習を済ませた私は今後の予定に付いて思案していた。

弟達の騒ぐ音が聞こえてくるが、気にしない。

私が生徒会長として唯と憂にしてあげられる事はそう多くは無い。

少々強引にでも権力を行使して、この学校を変えて見せよう。

きっとそれが私のしたかった事だから。

携帯を開きじっくりと文章を練って唯にメールを送る。

和「送…信…っと」

弟達の泣き声が聞こえる。
喧嘩でもしたのだろうか。

私は眼鏡のポジションを修正し居間に向かった。


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最終更新:2011年05月06日 01:44