書物庫
和「これでもない……あれでもないわね……」
賢者の和の兵「どうかされましたか?」
和「いえ、ちょっと調べものをね」
和兵「何の書物で?」
和「ペロの魔術師について調べているのだけれど……」
和兵「ああ、伝説の魔法使いですか。あれってほんとに実在したんですかね?」
和「火のないところに煙は立たない。書物も同じよ。存在しないものが書物になったりしないわ。
まあ中には見間違いが伝説と化した、なんてこともあるけどね」
和兵「ペロの魔術師もその類いじゃないですか? やれ一舐めで家が建ち~やれ二舐めで雨が降り~やれ三舐めで王宮の出来上がり」
和「ペロの魔術師、18ページ目の第二節ね」
和兵「ペロペロして王宮が立つなら私達は苦労しませんよね」
和「そうとも言えないわ」
和兵「へ?」
和「実際に梓国王はペロらせることであの長く泥沼と化していた民族戦争を終わらせた。ペロには何か特別な力がある気がしてならないのよ」
和兵「そんなもんですかね」
和「(あの伝承録にペロの魔術師が度々出てきていた。永劫の平和を得るにはまだ一つピースが足りない……そんな気がするのよね)」
和「さ、仕事するわよ」
和兵「はーい」ゴソゴソ
和「梓……私達に隠し事なんて、してないわよね?」
和「ううん、そんなことするわけないわ。だって同じ学校でずっと一緒に育った私達だもの……」
――――
澪「1!2!3!」ブォン
澪兵「ペロ!」ブォン
澪「4!5!6!」ブォン
澪兵「ペロ!」ブォン
澪の掛け声に合わせて素振りし続ける澪の兵隊達。
澪「後3000回!」
澪兵「ウッス!!!」
澪「(邪念は捨てろ、煩悩は消せ! ただ私は梓の剣となりこの国を守る、それだけでいい)」ブォン!ブォン!
澪「(他のことは考えるな! 梓が誰を好きになろうと私には関係ない……!)」ブォン!ブォン!
ポツ、ポツ、と、澪の長い黒髪に雨が当たり、弾く。
澪兵「隊長雨ですよ! 中に戻りましょう!」
澪「私はいい。お前達は先に戻っていろ」
澪兵「隊長~」
澪「」ブォン!ブォン!ブォン!
剣を振る度雫が飛び、また雨となって地面に落ちる。
澪「迷うな! 迷うな! 迷うな!」ブォン!ブォン!ブォン!
澪「2998……2999……3000!」ブゥン!
ザシュッ
3000回振り終わると同時によろけ、剣を地面に穿ち体を支える。
澪「っはあ……はあっ……」
外は雨で寒気が伴っていると言うのに、澪の吐く息はいつまでも熱気を保っていた。
まるで己の無力さを吐き出すように大きな息を繰り返す。
澪「こんなことしか出来ない私を許してくれ……梓」
空を見上げる。
澪「雨か、」
飛沫に遮られながらも薄曇りな空をただ、見上げる。
澪「……嫌な雨だな。何も起こらないといいが」
澪「この世界がいつまでもいつまでも……平和でありますように」
そう言い、最後にもう一振り──
剣は一瞬だけ雨を斬り裂いた。
そう、ほんの一瞬だけ。
唯と憂の家
唯「わわわっ。凄い雨だよ! てぃへんだてぃへんだ~」
手を傘にしながら自らの家に飛び込む。
唯「すぐさま浸水箇所を確認の後、このデコ村のみんなにもらったお皿で防ぐよ!」
早い話が雨漏りである。
大樹の下にあるとは言え全く雨が降りてこないわけではない。
大きく長い葉っぱを屋根にしているこの家にとって雨は大敵なのだ。
唯「とう!」ポンッ
唯「てや!」カンッ
唯「よいしょっ!」テンッ
唯「何だかいい音だね~。ね、憂」
憂「……」
唯「う……い?」
ベッドの方を振り返ると、舌をだらしなく出したまま横たわる憂の姿があった。
憂「おはぁえり……おねへひゃん……」
唯「憂!? 大丈夫!?」
憂「だいりょうぶだよ……おへぇしゃん」
唯「憂……舌が」
憂の舌の先端が紫色に変化し、一目で壊死しかけているのがわかった。
唯「なんで……どうして……」
憂にしがみつくように目を伏せる。
憂「おねへちゃん……泣かないで」
唯「これからなのに……何もかも……まだまだ一緒にしたいこといっぱいあるのに……!」
憂「だいひょうぶだよ……わたひがひなくひゃっても……おねへちゃひゃんはだいひょうぶ」ニコ
唯「大丈夫じゃないよ!!! 全然大丈夫なんかじゃない!!!」
ブンブンと首を振り、憂に泣きつく。その頭を憂が優しく撫でた。
憂「ひっぱい迷惑はぁへてごめんへ」
唯「そんなことない……」
憂「こへから返ひたかったふぉに……ごめんへ」
唯「そんなことしなくていいから……ただ、側にいてくれるだけでいいから……憂ぃ」
憂「ごめんへ……おへえひゃん……だめないもうとで……ごめんね」
唯「っ!!!」
ふっ、と顔をあげ、憂の顔を見る。
その衝撃で目にたまっていた涙が振り払われ、中空の雨と混じった。
唯「うい……?」
憂「……」
唯「ういい?」ユサユサ
憂「」
唯「ういいいいいいっ!!!!」
―――――
梓「はあ……」
紬「ペロペロ」
梓「ふぅ……」
紬「ペロペロ」
梓「ほぉ……」
紬「もう、梓ちゃんったらすっかり上の空ね。せっかく私がペロペロしてるのに」
梓「ごめんね、ムギ先輩」
紬「いいのよ。自分の気持ちに嘘はつけないもの」
梓「私は愚かな王です。平和の為と称してはいますが端から見れば狂人に変わりはない」
紬「それは……!」
梓「わかってます、必要なことですから。でも……そこで私は圧し殺せないんです、自分を」
紬「……」
梓「王に感情はいらない……ただ平和に尽くせばいい。そうしてまた新たな平和に潰されて行くなら……それでもいいです」
紬「梓ちゃん……」
梓「それでも私は求めてしまう、唯を」
────貴様!!! なんのつもりだ!!!
────お願いです!!! この子を! 憂を治してください!!!
紬「表が騒がしいわね」
梓「何かあったのかもしれない。行こう」
全裸の体に金のバスローブを纏い、部屋の出口へと向かう梓。
紬「……もしもの時は、覚悟しないといけないかもね」
小さな声で呟いた後、それに紬も続いた。
梓「何事だ! 騒々しい!」
澪「はっ! 実は……」
唯「この子を助けてください!!! その為ならなんだってします!!! だから……だから……!」
梓「唯……それと……」
唯の背に抱かれていたのは唯にそっくりな女の子、憂だった。
二人とも雨に打たれびしょびしょになっている。
唯「憂です、国王様。どうか……どうか憂を……!」
ひたすら頭を下げ、懇願する唯。
澪「ええい見張りは何をやっている!!! ペロペロ病の者を王宮に入れるなど前代未聞だ!!!
即刻ペロ跳ねの刑にしてやる!!!」
和「さっき見てきたら全員気絶していたわ。あなたが敵わないんですもの、無理もないわ」
澪「くっ……そんなことは……」
唯「罰は後でいくらでも受けます! ですから憂を……」
梓「……紬、治せるか?」
紬「見たところ壊死がかなり進行しています……もしかしたら手遅れかもしれませんが……」
梓「治療出来る限りしてやってくれ」
紬「わかりました」
澪「国王!!!」
唯「ありがとうございます国王様!!!」
和「梓国王……! もしこの王宮にペロペロ病が蔓延したら……!」
梓「安心しろ。ペロペロ病は移らない。伝染病じゃないんだ。紬がそう言っている」
和「ですが……!」
梓「ならお前はもうここにある薬の一切を使うな。紬を信用出来ないのだろう?」
和「ぐっ……わかりました。国王の判断に従います」
ざわざわ……ざわざわ……
梓「病室に連れていけ」
紬「はっ! 手伝ってくれるかしら?」
純「は、はい!」
澪「私は……認めない」
和「(ペロペロ病が移らない? 何故そんな大事なことを二人は黙っていたの……?
どうしてよ……梓、ムギ)」
唯「良かっ……た」パタリ
梓「おいっ! 大丈夫か!?
救護班! この者も病室に運べ! 急げ!!!」
ざわざわ……ざわざわ……。
唯「(憂……また一緒に……お団子……作ろう……ね)」
────
────
唯「ん……」
和「あら。やっと目が覚めたのね」
唯「あなたは?」
和「自己紹介してなかったわね。賢者の和。澪と同じく三騎士よ」
唯「澪ちゃんと同じ……」
唯「そういえば憂はっ!?」
和「心配しないで。あの後何とか一命は取り止めたわ」
唯「よかっ……た……」ふにゃあ
和「あなたもかなりの高熱だったんだから無理しないの」
唯「高熱?」
和「あなたここにきって三日も寝込んでたのよ。紬がいなければ死んでたわ」
唯「ありがとう……ございます」
和「まあ不本意ながら王宮入りしたんですもの。専属ペロリストなら立場も五分、歳も同じくらいだし敬語は使わなくていいわよ」
唯「……?」
和「あなたはこれから王宮で過ごしてもらうわ。梓国王のペロリスト兼使用人としてね」
唯「へ? えええええっ!?」
────
梓「よってここに王宮入りすることを認める。あずにゃん王国第一代国王、梓」
パチパチパチ
唯「どもども~」
澪「ぐぅぬ」
和「まだ唸ってるの? もう決まったことなんだから」
澪「わかってる!!!」
和「はあ……そんなにあの子が嫌い? 話してみれば気さくでいい子よ?」
澪「別にあいつが嫌いなわけじゃない……。ただ……」
和「ただ?」
澪「何でもないっ!」
和「はあ~……」
こうして唯はあずにゃん王国の専属ペロリスト兼使用人として王宮入りを果たした。
それがどんな結末を呼ぶことになるかも知らずに……。
────
翌朝から唯は使用人の仕事を覚えるために奮闘していた。
唯「なんか私だけふりふりが三割増しなような……」
王宮の使用人服に身を包んだ唯が自分の体を見渡しながら呟く。
純「あなたは国王のお気に入りですからね。ちょっと贔屓されてるんでしょう」
唯「何かみんなに悪いな~」
純「安心してください。専属ペロリストなら当然の処置ですから。こうして私なんかが教えてること自体がおかしいんです」
唯「ふ~ん」
純「ではまず掃き掃除から行きましょうか」
唯「よいしょっ! よいしょっ!」
純「……なにやってるんですか?」
唯「何ってモップかけを……」
純「なら何で私を持ち上げようとしてるんですか!」
唯「モップじゃないのっ!?」
純「違います! いや合ってますけどここは否定させてもらいます!」
純「ちゃんとこういう道具があるんです。こっちを使ってください」
唯「は~い。おお~こっちは純ちゃんと違ってかる~い」
純「箒と比べたらそりゃ重いですよ……(疲れるな~この人」
純「掃き掃除、拭き掃除と終わったら次は中庭の手入れをします」
唯「なっかにわなっかにわ~」
純「ここに咲く百合はとても綺麗なんですよ」
唯「ほへ~」
純「虫に食われたり枯れかけた百合は摘んでこの篭に入れてください」
唯「摘んじゃうの?」
純「はい。見た目も綺麗じゃないし国王がそれを見て遺憾になられたら大変でしょう?」
唯「……見た目が悪くたって……同じ花なのに」
純「? 何か言いました?」
唯「なんでも。じゃあ摘んでくるね!」タッタッタッ……
純「……そう、私達はこの枯れた花も同然です。それでも……捨てられるだけじゃ終わらない」ギリッ
純「……大体終わったかな。あの人はどこまで行ったんだろ……あんな奥整えたところで国王は見ないのに」
純「はあ……」
憂「」チョンチョン
純「ん?」
純が振り向くとそこにはニコリと笑った憂が立っていた。
純「あなたは……唯さんの妹さんだよね」
憂「」コクコク
純「治療室を出ていいんですか? いくら国王がペロペロ病は移らないと断言してもやっぱり周りはよく思わない人がたくさんですよ」
憂「」シュン……
純「お姉さんに用事ですか? なら呼んで……」
憂「」ギュ、フルフル
純「お姉さんは呼ぶなって?」
憂「」コクコク
純「はあ……なら何の用?」
そう言うと憂は純の手を取り手のひらに文字を書く。
純「あ、り、が、と、う?」
憂「」コクコク
純「私が病室まで運んだこと覚えてたの?」
憂「」コクコク
純「もしかしてわざわざそれを言いに抜け出して来たの?」
憂「」コクコク
純「……そりゃどうもありがとう。でも家から運んで来たお姉ちゃんの方がずっとずっと大変だったと思うよ」
憂「……」
純「ん? も、う、め、い、わ、く、か、け、た、く、な、い?」
憂「」コクコク
純「そっか……あんたも色々あるんだね。私も色々さ、色々板挟みになってる」
憂「……」
純「元気だして、か、ありがと」
純「そろそろお姉ちゃん帰って来るかもよ?」
憂「」コクコク
純「またね、か。確か憂だっけ? 私は純、よろしくね」
憂「」ニコニコ
純「じゃあまたね、憂」
憂「」コクコク
純「憂か……いい子だったな。ペロペロ病なんかにならなかったらきっと仲良くなれたのに……」
純「紬様の話じゃ後持って数日……仲良くなってすぐ死んじゃったら悲しいよ……だからごめんね、憂」
純は憂との思い出を捨てるように崩れかけた百合の花々を焼却場に捨て去った。
最終更新:2011年05月09日 03:09