憂のいる病室は夜見張りがついており抜け出せないが、朝方の交代の際に数十分無人の状態がある、
と、使用人の先輩である純から聞いた為、実際に憂を連れ出すのは朝方となったのだ。
二人でここを抜け出すと言った時、純は快く王宮からの脱出方法を唯に教えてた。

今こうして誰にもバレずに抜け出せたのも彼女のお陰と言える。

こうしてひそひそ抜け出さなくてはならない理由は王宮入りの条件にあった。

一度王宮に入ったものは死ぬまで王宮で暮らさなければならないという掟に反するのだ。

見つかれば、ペロ跳ねは間逃れないだろう。
それでも唯は憂と暮らすことを選んだ。
憂との短い時間を過ごした後はどうなってもいい、本当にそう思っているような行動だった。


唯と憂の家

唯「ただいま……」

唯が木彫りの表札を撫でる。

唯「しばらく見ない間にボロボロになったな~」

それでも、唯にとっては大切な家なのだろう。
中に入ると散乱した葉っぱや木の実を拾い始めた。

唯「屋根とベッドを変えないと。
憂を連れてくるまでに終わらせてびっくりさせてやるんだ~。喜ぶかな、憂」

ニコニコしながら作業に取り掛かった。

二人で暮らす為の家。
しかし、そこに憂が帰ることは……もう……なかった。



王宮

純「唯さんと憂上手く逃げられるかな? まああそこを使えばまず安心だと思うけど……」

───○○○○○!!!

───○○○○○○!!!!

───○○○○○○?!!

純「なんだろ……騒がしいな……っ……」

いつもはほとんど通らない道、今日は唯達の抜け道の下見でたまたま通った純だったが、そこで恐ろしいものを見てしまう。

紬「唯ちゃんは!!?」

澪「探したけどいないんだ……! どこにも! あのバカっ……こんな時にどこ行ったんだ!」

純「(あれは……!)」

僅かに開いた扉から中の様子を伺う純。
机の上では憂がもがき苦しみ、寄声をあげていた。

梓「……ムギ先輩、もう」

紬「……ギリギリね。後数時間もしたら……」

澪「くっ……」

純「(えっ……憂が……死んじゃうの?)」

わかっていたことだった、知っていたことだった。
けれど目の当たりにすると途端に信じられなくなる。
人が死ぬという現実に。

梓「……やろう、ムギ先輩、澪先輩」

紬「梓ちゃん……」

澪「梓……」

人称がおかしいことよりもその会話の内容が気になって仕方ないと言った具合に純はもっと体を扉に近づけた。

梓「このまま数時間地獄の苦しみの中に死んでいくのはあまりにも可哀想です……だから」

次の瞬間、純は息を飲む。

澪が、剣を抜いたのだ。

澪「……ムギ、頼む」
紬「……ええ」

紬が憂の頭を押さえつけると顎を押し込み、口を開かせる。
中からドス黒く変色した舌が現れ、それを見たものはみな顔をしかめた。

そしてそれを指で引っ張り出し……。

純「(うそ……)」

澪は剣を高々に天空へと掲げている。

梓は、それを黙って眺めている。

ペロ跳ね──

純の頭にその文字が浮かび上がる。

澪「一瞬だ、痛みはないからな……憂ちゃん」
紬「……」
梓「……」

純「まっ……!」

勢い良く扉を開ける、しかし、既に、澪の剣は振り下ろされ、憂の舌を、寸分違わず切断していた。

梓「……」

その帰り血を浴びた梓と純の目が合う。
その顔は、どうしようもないぐらい、無表情だった。




「はっ……はっ……はっ……!」

闇夜の中をただ走る。

純「殺した……憂を……あいつらがっ!」

元々死ぬとはわかっている。
けどあんな残酷な殺し方をする意味があったのだろうか?

ない、絶対にない!

あってたまるもんか……!

純「あんな狂った奴らにもうついていけない……!」

この事実をみんなに知らせるんだ。それがモップ村からスパイとして王宮に送りこまれた私の使命!

純「戦争だ!!! あんな国……ぶっ潰してやる!!!
私の大切な憂にあんなことした報いを受けさせてやる……!」

足は勝手に一番近くの協力している村、デコ村へと向かっていた。

純「誰か! 誰かいませんか!」

律「なんだよこんな夜中に……ふぁ~」

純「律さん! 私です! 純です!」

律「ああ、モップ村の。どうした? てかあの時助けなかったろお前!
危うくペロ跳ね喰らうとこ……」

純「……」グスッ

律「どうしたんだよ。お前が泣くなんて珍しいな」

純「憂が……! 憂が……!」

律「憂……? 唯の妹か? 確かペロペロ病を治療するために王宮にいたって話だけど」

純「殺されました……国王と他の二人によって」

律「なっ……!」

純「ペロ跳ねされたのを見たんです……私止めようとしたけど……間に合わなくて」

律「……今から一族を集める。詳しく聞かせてもらおうか」


デコ集会

デコ「ゆるさねぇ!!! 絶対にだ!!!」

デコ「あいつらはもうただの鬼畜だ! 何が平和の為だ! ふざけやがって!」

デコ「滅ぼせ! あんな王国滅ぼしちまえ!」

律「待て、ことはそう簡単じゃないんだ」

デコ長老「左様。ペロペロ病の患者を楽にするためにやった、と言われたら返しようがない。
呻き声をあげるほど末期だったのであれば我らとてそうするやもしれん。勿論舌を跳ねたりはせんがの」

デコ「でもよ……」

デコ「納得いかないぜ」

純「……私は憂とちょっとしか話したことないです。けどあんなやつらよりよっぽど優しくて……暖かくて……あんな死に方……絶対納得出来ません!」

律「……ああ、私もだ」

純「律さん!」

律「長老、憂ちゃんは私の命の恩人、唯の妹です。そして一度デコカレーの絆を交わした仲間、これはもう一族が侮辱されたも同然ではないでしょうか?」

デコ長老「ふむ……確かにの」

デコ「では!?」

デコ長老「あずにゃん王国、終わる時が来たようだ」

律「お前ら……行くぞ」スッ

律が立ち上がるとゆっくりとカチューシャを外す。

その他の者達も各々デコを出すための道具を外していく。

デコ族がデコを隠す時、それは神聖なるデコを汚さない為、つまりは……。

律「戦争だ。あずにゃん王国に宣戦布告する!!!!!!!!!」

デコ達「デコおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


近くに戦争の火種が燻っていると言うことにも気づかず、唯はひたすらベッドと屋根をリフォームしていた。

唯「これでいいかな? でもちょっと寝にくいかな~?」

首をひねりながら左から、右からとベッドを眺める。

唯「もうちょっと草がいるかな。集めてこよっと」

約束の時間まではまだまだある。
それまでに納得の行くベッドを作る為、唯は何度目かの暗闇に身を投じた。

澪「……どこへ行っていた」

唯「うわっ」

家の目の前で唯より一回り大きい澪にぶつかり、はね飛ばされる。

唯「澪ちゃん……」

澪「こんなところでお前は何をしてるんだ……一体!」

唯「……私達は王宮を出るんだ! そしてまたここで二人で暮らす!」

澪「……お前がそんなのだから憂ちゃんは……憂ちゃんは!」

澪「死んだんだ!!!」

唯「えっ……」

澪「どうしようもなかった……もう末期で後は苦しんで死ぬだけって……だから私は……本当はしたくなかった!
あんなこと……!」

唯「憂が……死んだ?」

澪「最後にお前が看取ってやらなくてどうするっ!」

唯「あはは……嘘だよね? 憂が私を置いて行くわけ……」

バチンッ!!!

澪「現実を見ろ! この腑抜け! お前の妹は死んだんだ……!
私が殺した……舌を跳ねてな!!!」

唯「─────」

澪「生かすだけ生かして、最後に一番苦しい死に方をさせたお前にあの子を悲しむ資格はない」


澪「もう王宮には二度と来るな。恐らくこれから戦争になる」

唯「……」

澪「どこでも好きなとこに行って妹の分まで長く生きろ。それがお前に出来る唯一のことだ」

澪「やはりお前達を迎えるべきじゃなかった。お前達のせいで平和は終わったんだ。
その罪を死ぬまで背負って生きろ!」

澪「じゃあな、二度と会うこともないだろう」タッタッタッ……

唯「憂が……しん……」

ただ、もう何もかもどうでもよくなって、私は……大声で、泣きながら、ただ彼女の名前を叫んだ。

唯「ういいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいうああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!」



翌日、朝と共に王宮に一通の手紙が届いた。

和「我ら、デコ族とその近隣村民は、あずにゃん王国に対し宣戦布告することをここに宣言する」

和「貴殿達のやり方にはもはや従うことは出来ず、また、話し合いで解決するつもりもない」

和「全面武装解除の後、国王と幹部数人の身柄を差し出せば国民の被害も少なくて済むだろう。
これが受け入れられない場合、武力をもってこれを殲滅することをここに書す。
デコ村の長老……ですって」

紬「……やはり彼女は」

梓「ああ、内通者だったか。……紬は気にするな、全責任は私にある」

紬「何言ってるのよ。これは王国全体の問題だから、梓ちゃん一人で抱え込まなくていいわ」

和「……何の話よ」

梓「気にするな。それよりどう受ける、この手紙。賢者の意見を聞こう」

和「そうね……私達が出ていって殺されたらそれが一番早いかもね。でもまあ国名がデコ王国になって上が変わるだけど」

梓「……それじゃ意味がない。それに……その後確実にこの世界は滅びるだろう」

和「……なら徹底抗戦するの? まあ戦力的に見てうちが負けることはないけど。
平和を謳ってた国が戦争で隣村潰してりゃ世話ないわね」

紬「和ちゃん……!」

和「あなた達……私になに隠してるの?」

梓「……」

和「私にも言えないことなの?」

梓「ただ、信じてください和先輩。私とムギ先輩を……」

和「……そ、わかったわ。なら私に任せなさい。争う気もなくすぐらいの戦術敷いて撤退させてやるわ」

梓「ありがとうございます、和先輩」

澪「今戻った」

紬「お帰りなさい、どうだった?」

澪「あの使用人はやっぱりスパイだったよ。ギリギリのところでデコ村に逃げ込まれた」

紬「そう……きっと勘違いしたのね」

澪「いいんだな? ほんとに」

紬「言ったところで仕方ないもの」

澪「そう……か」

梓「唯先輩は……?」

澪「自分の家で憂ちゃんの為に何かしてたよ……」

梓「……」

澪「大丈夫、また会えるよ、きっと。今はこの起こってしまった火種をどう消すか考えよう」

梓「はい……!」

唯先輩……ごめんなさい。

今はただ謝ることしか出来ません。

でも、次に会った時は……みんなでピクニック、出来たらいいな。


―――――

律「さて、どう崩す?」

デコじゃない「突撃すりゃいいんだよ!!!」

デコじゃない「気が合うな兄弟!!!」

律「バカか! あっちには三騎士の一人賢者の和がいるんだぞ!
返り討ちに合うだけだ」

聡「いや、案外そうとは限らねぇよ……姉ちゃん」

律「なに?」

大きな迷彩柄のバンダナを巻き、デコを隠している聡。

聡「知略故に正面からは弱い……恐らくどこからでも来ていいように罠を分散させてるはずだ」

デコじゃない「なっ……」

デコじゃない「聡が……まともなこと言ってやがる!」

聡「なら隊を分散させるより真っ正面からぶつかった方が勝算がある……違うか?」

律「お前デコ隠すとキャラ変わるよな……」

律「しかし戦力が少ないな……三騎士の出身の村は協力してくれないだろうし。
デコ村、モップ村、後は優しい村ぐらいか……」

デコじゃない長老「それなら心配するな。助っ人を呼んである」

律「助っ人?」

純「よ、呼んできました!」

斎藤「全く……老人をしつこく戦場に戻すものじゃないぞ、デコ村長」

デコじゃない「あ、あの方は!!!」

デコじゃない「なんだ知ってるのか?」

デコじゃない「あ、ああ……第一次、第二次ペロペロ大戦を生き残り……ペロった数なら世界一とまで言われている伝説のペロリスト……!」

デコじゃない村長「そうじゃ、やつこそが執事村の生きる伝説……ペロリ斎藤じゃ!」

斎藤「もうペロることはないと思ってたんだがな。ここの村長には借りがある。存分にペロらせてもらおうか」

律「執事村も参戦となれば面白くなって来たな!」

デコじゃない「この戦争勝てるぞ!」

デコじゃない「ああ! 何があずにゃん王国だ! ふざけた名前つけやがって!」

デコじゃない「みんな!!! 俺達にはデコ神様がついている!」

デコじゃない「デーコ! デーコ!」

デコじゃない長老「ではこちらが設定した時間までに全面武装解除が行われない場合正面から全員で攻め込む!!! いいな!!!」

デコじゃない達「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」



王宮

和「いい、多分やつらは多角的に罠を展開してくると読むわ。
だからこの王宮へ続く直線に全罠を設置」

澪「全部……だと?」

和「そうよ。もし周りからこられても建物で遮られた迷路のような街をこちらは上から一望出来るもの。
このトランシーバーを使えばここから私が指示を出せるわ」

澪「なんか不思議だな……離れてても声が聞こえるなんて」

和「技術力は圧倒的にこっちの方が上だもの。蟻がいくら噛みついて来ても象は倒せないわ」

和「澪の隊は本隊と遊撃部隊にわけて。澪は遊撃部隊に配置、私が指示を出すからその通りに動いて」

澪「わかった」

和「ムギの隊は後方援護、もしもの為に治療の準備をお願い」

紬「わかったわ」

和「国王、これでよろしいですか?」

梓「はい、それで行きましょう」


決戦前──

唯は自分の家のベッドで寝続けていた。

唯「……」

ただ静かに横たわる。もう、何の意味もなくなったのだ。
憂の為にご飯を作ることもなく
憂の為に村と仲違いすることもなく
憂の為に生きることもない

唯「……」

この生きている時間が無為、なら、どうすればいいのだろう。

唯「憂を……殺したんだ。あいつらが……」

恨む、しかない。
どうしようもない衝動をぶつけるしかない。

唯「……!」スッ

立ち上がる。
ただ舌を跳ねたと言ったあいつを殺す為だけに。

唯「憂は生きてたのに……殺したんだ!!!澪ちゃんが!!!!」

その事実だけしか見ず、唯はデコ村に向かう。
かつての友と共にあずにゃん王国を滅ぼす為だけに……己の力を振るう。
その先には何もないと知っていても……。


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最終更新:2011年05月09日 03:12