部活帰り、駅前のカフェで待ち合わせをする。

あっちはまだ来ていなくて、
私は先に席に通されて頼んだコーヒーを飲みながら
今日出された数学の宿題をしていた。

コーヒーを一口飲んでその苦さに驚く。

ミルクをいれようとして、やめた。
こんな脂肪の液を自分から進んで摂取するなんてどうかしてる。
だけど苦いままだと飲めないから砂糖を一袋だけ溶かした。


一口飲む。

うん、ムリ、苦い。

もう1袋入れる。

一口飲む。

・・・・。

妥協じゃない、これは妥協じゃないんだ。
うんうん。
策なんだ、コーヒーは…美味しく飲まなくちゃ。
だって、…お、お金、払ってるんだし…。

かきまぜかきまぜしたら、
砂糖をどれくらい入れたかなんてわからない1杯のコーヒーが私の前にあるだけだった。

飲む。

よし、美味である。

7本分の砂糖の袋は視界に入れないようにした。


最後の問題にかかろうとした時、
出入り口の扉上についている鈴だか鐘だかがカランコロンと音を鳴らす。

店内に響くその音のやかましさから、その人がどれだけ急いで扉を開けたのかがわかった。

多分来たんだろうな、と思ったけど
待っていたことをさとられるのもなんだか気恥ずかしくて、
顔を上げずにそのまま問題を解くフリをした。

定位置になりつつある窓際の壁側の席。
こっちに近づいてくる気配がして、目の前の席の椅子をひく音がする。

そこでようやく私は顔をあげる。

「遅かったな」

そう私が言うと(責めてるつもりはない)

「ごめん。ちょっとまくのに手間取っちゃった」

そう言いながら席に腰かけた。

少し息が乱れてた。
走って来てくれたんだろうか。
そんなささいなことだけで、妙に嬉しくなってしまう。
にやけそうになるのをこらえる。
こらえきれなくて、応急措置。
内側の頬の肉を噛んだ。
いたい。

そんな私を知ってか知らずか、
私とおそろいの学校指定の通学鞄を横の席に置き、メニューに手を伸ばした。


「澪は何頼んだの?あ、問題解いてるなら続けて。こっちは気にしなくていいから」


何でもないことのように名前を呼ばれてドキッとするけど、表には出さない。

「今日はコーヒーだよ。あと1問で終わるから、ちょっと待っててな」

「わかった。てか、コーヒー。へぇー、めずらしい…」

そう言いながら、目はメニューを追っていて私の方を向いてはくれない。


こっち、向けよ。


念じてみるけど、やっぱり視線は私に向かない。

なんだか悔しいから私もノートに視線を移す。
サッサと終わらせてしまおう。

「どうしようかな…。ケーキ食べようかな…」

「今日部活で食べただろ?」

問題を解きながら答える。

「うん。でも、ちょっと隣の席の人がつまみ食いしてきたからあまり食べられなかったんだよね」

「あぁ…、律に食べられてたな。しかも半分くらい」

私がそう言うと、ちょっとメニューを下げた。

私の方を見たのかと思って顔をあげてみるけど、
当の本人は右肘をテーブルにつき、窓の外を見めているだけらしかった。

「あ…」

「えっ?なんだ?どうかしたか」

「あっ、いや、うん。何でもないよ」

「そ、そうか…」

ちょっとさみしいとか思ってないからな。

「遠慮がなくてさぁ。フォークさしたら、さした分ごっそりもってくからね。ホント、やめてほしい」

さっきの話の続きだろうか。
そう言いながらも顔は微笑んでいて、律のことを心からうっとおしく思っていないことがわかる。

「あぁ、確かにな。律は大雑把すぎるよな。もっと他人への遠慮ってのを学べばいいのに」

そうしたらきっとあいつはバカをすることが少なくなるけど、
それが常識を持つ人の言動の正しき在り方であって…
あれ?でも……。
そんな正しき律を想像して、
それって律らしくないなぁって思ってしまう私はなに?

また視線がメニューにいく。
どうやらケーキを頼むみたいだ。

「まぁ、それがあの人の短所でもあり長所でもあるから治してもらったら困るんだけどね」

そう言ってクスクス笑う。

考えていたことが同じで嬉しくなってコーヒーを口に運んだ。

「コーヒーおいしい?」

不意にきかれてびっくりする。

「えっ…ん、あぁ…、おいしいけど…なんで?」

「ん~ん、なんでもな~い」

なんでもない、と言いながら笑いをこらえているのはなんでなんだろうな。


メニューが決まって、店員さんを呼ぶ。
注文をハキハキ言う声がすき。
そんなこと思ってるなんて絶対に教えないけど。


店員さんが去った後、

「問題あとどのくらい?」

いきなり聞かれてやっぱりびっくりする。

「えっ…と、今計算してて…このmとnが出たら終わるよ」

「そっか。なんだか、難しそうだね」

私のノートをのぞいてくる。

「公式に当てはめるだけだから、それほど難しくはないよ。ちょっと計算がうるさいだけ」

「そういうもん?」

「そういうもんさ」

そっかぁ、といいながら視線を窓の外へ移そうとする。
また、私から…というか、私のノートですら、すぐに目をそらす。

でも、ハッとした表情をした後に、またすぐに私のノートを見た。
なんなんだ…いったい…

「なんだ?どうかしたのか?」

「ふぇ?」

「ふぇ…って…唯かよ」

ちょっと、イライラしてきたかも。
こういう自分だけ状況が理解できてないのってなんかいやだ。

なんだよぅ…さっきから。

私はまたコーヒーを口に運ぶ。

「あ、いや、う、うん。…いや、なんでもないんだけどね」

また笑いをこらえた顔。
私はよっぽど怖い顔をしいたんだろうか。
「あ」という顔をして

コホン

と咳払いをした後に、

「…コーヒーおいしい?」

と私に聞いてきた。

またその質問?


「あ…あぁ…おいしいけど…てか、それさっきも聞いたじゃないか」

「苦くない?」

私の聞いていることには答えずにまた聞かれる。

「苦くないよ」

そう答えると、クププという笑い声がした。
肩が震えてるぞ、肩がっ。

「な、なに笑ってんだよっ、強がってないからな!!本当に苦くないんだっ!!」

そう私がちょっと強く叫ぶと、彼女は私が機嫌を損ねたと思ったのか
「ごめんごめん」と笑いながら、私の方を指さした。

へっ?と思いながら、指さされたほうを見る。

「……っあ!?」

とたんに顔が赤くなった。
そこには、さっき視界から除外した7本分の砂糖の袋…
さっきから、窓の外じゃなくてこれを見てたのか

「そりゃさ、砂糖7本も入れたら苦いわけないよねっ」

そういいながら、笑うのをやめない。

「そ、そこまで笑うことないだろっ!もうっ!!」

「いや、だってさぁ、テーブルの端っこでなんかゴミが丸まってるからなんだろうって思ったら…くはは」

「だから…笑うなってば…」

「たははっ…ごめんごめん…コーヒーおいしくなってよかったね」

「あずさぁっ!!」

「じょ、じょーだんだよっ」

「まったく…」

「そんなに怒らないでよ、澪」

「…っく」

その上目づかいをここでするのは反則というものである。


そんなこんなをしているうちに、梓が頼んだものがきた。


梓はバナナケーキを食べながら今日の練習のグチを言う。
練習のグチというか…。
律が走りすぎだとか、今日のケーキのうらみは忘れないだとか。
唯とのギターが最近合うようになってきたとか、
今日遅刻してきたのは唯先輩がなかなか離してくれなかったのが悪いから私は悪くないだとか。
ムギ先輩に今度お茶の入れ方を教えてもらいたいとか、今度の曲はとっても大好きだとか。

そこまで一方的に話した後に、頼んだレモンティーをごくごくっと飲んでいた。

私のことはなにかないの?と聞きたいところだけど、
催促して聞いたことってなんか悲しいからやめておく。

梓がしゃべり疲れてバナナケーキに夢中になっている間に
私はぼんやりと窓の外を眺めながめていた。


最初の一歩は、私のほうからだった。

偶然、梓と2人っきりになることがあって。
今だって思った。
今しかない、って。
こういう唐突な行動をする自分が、私は実は好きだったりする。
思い立って、まだ夜が明けきらない頃に散歩したりとか、
ムギに誘われて海に行き当たりばったりで行ったりしてさ。
なかなかそういう機会はないから、本当にたまになんだけど。

「なぁ、梓」

「はい。なんでしょう、澪先輩」

「あ、あのさ…そのっ…」

「はい?」

くっ…。なんだ、そのかわいらしい顔はぁあああああ!?
首かしげんなっ!!もだえるからやめれっ!!こらえるけどっ!!

「…みお、せんぱい?」

「はっ、あ、いや、そのだな、梓」

「…はい」

「おっ…お願いがあるんだっ…!!」

「お願い…ですか」

「うん。そうなんだ。…きいてくれるかっ!?」

「はぁ…まぁ、私に出来る範囲でならいいですけど…なんでしょうか?」

「あのなっ!」

「はい」

「そのっ…っ私と、…っと!!」

「と?」

あーーやっぱ、言わなきゃよかったかもっ!!
ここまできて、躊躇する。
でも、そんな私の様子に梓がこまってるぅ!!

ゴクリ、と息を飲む。

うぅ…、ここまできたんだ、言ってしまえ。


「わ、私と、友達になってくれないかっ!?」

「へ?」


梓がきょとんとする。目が丸くなるって表現がよく似合う顔つきだった。

「友達…ですか?」

「お、おう。そうだ、友達になってほしいんだ…そ、その、」

一息つく。
続きを、梓が待っている。

「先輩後輩って関係じゃなくってさ、…ひ、人として、梓と向き合ってみたいんだ」

「人として…ですか」

「うん、私たち、音楽の趣味も愛想だし。似たもの同士だから、きっと合うと思うんだ」

「あ、似たもの同士ってのはちょっとわかります」

「だ、だよなっ。そ、それにさっ!!」

「それに?」

「も、もっと知りたいんだ、梓のことっ」

「私のことですか…」

「あぁ。あ、でもそんな変な意味じゃないぞっ!?」


私の言ったことにハハっと笑う。
そして、うーん、と言って
悩んでいるのか、悩んでいるフリをしているのか。
コナン君ポーズで梓はしばし、沈黙を押し通した。
私はその横で椅子に座りながらモジモジした。


そして、数分後、あずさは口を開き、答えた。

「いいですよ。なりましょう、友達」

「ほ、ほんとか!?」

私の動揺には臆することなく、梓は言う。

「はい。澪先輩となら、きっといい友達になれそうな気がします」

そう言って、梓は私を見て微笑み、
私は梓側からは見えない右手で小さくガッツポーズをした。


こうして私たちの関係は「先輩後輩」という関係から「友達」という関係に平行移動した。


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最終更新:2011年05月10日 01:10