澪「放課後ティータイムは終わった」


澪先輩のその言葉が、きっかけとなりました。

それは年も暮れる頃、音楽雑誌に載った澪先輩の単独インタビューでの発言です。

――この一年の秋山澪さんの活動は目覚ましいものがありましたね。
他のアーティストへの楽曲や歌詞の提供に始まり、新人バンドのプロデュース、
音楽映画の主人公のボーカルの吹き替え……その映画への出演なんてものもありました。

澪「映画は、ただ一瞬脇役で出ただけだけどね。
監督さんのご好意で……けど、もう頼まれても二度と出ない(笑)。
いずれにせよ、今年はここ数年で一番忙しかったのは確かだね。嬉しいことだよ」

――年明けには二枚目のソロアルバムもリリースする予定だとか。
しかし気になるのは本業の『放課後ティータイム』としての活動です。
もう二年半以上もバンドとしての活動がまったく見られないのですが、
来年こそは、なんらかのアクションを期待してもよろしいでしょうか?

澪「そうだね、もうメンバーみんなと一緒に活動することはないと思うよ」

――えっと、それはどういう意味でしょうか?

澪「そのままの意味だよ。
前のソロアルバムにゲスト参加してくれた(編集部注:中野)梓みたく、
これからもそれぞれとは一緒に仕事をする機会があるかもしれないけど、
全員そろって何かするってことはないだろうね」

――どういうことでしょう?またメンバー間でトラブルでも?

澪「ムギ(琴吹紬)は親の仕事を手伝っていて忙しいし、
(田井中)律も、雑誌で執筆をやっているよね。面白いコラムだと思うけど。
ともかく二人とも、もう音楽に興味なんてないんじゃないかな?」

――それは全員で話し合って正式に決まったことですか?

澪「いや。でも、みんなとしばらく会ってないし、
  知っての通りずっと前から活動らしいことは何もしてない」

――やはり三年前バンドから平沢唯さんが抜けたことも影響しているのでしょうか?

澪「いずれにせよ過去の話だよ。放課後ティータイムは、もう終った。
  きっとそれぞれの人生を歩まないといけないんだよ、私たちは」


事の経緯を話すには、10年近く、時間をさかのぼる必要があるでしょう。

そう、先輩たちの大学入学に続くデビューの年から。

申し遅れました、私は中野梓
私と放課後ティータイムの縁については御存じでしょう。

メンバーのはしくれとして放課後ティータイムの物語を、
回想や、先輩たちとの会話を交えて語らせてもらいたいと思います。

まずは、デビュー当時の先輩たちについて、お話しましょう。

律『ドラムの田井中律でっす!』

紬『キーボード担当の、琴吹紬でーす』

澪『ぼ、ボーカル&ベースの、秋山澪です……』

唯『同じくボーカルと、ギターを担当している平沢唯です!……せーの!』

『『『『放課後ティータイムです!!!!』』』』

紬『このたび、私たちのデビューシングルが発売されることとなりました~』

澪『この曲は、大学に入って間もない時期に4人で作った曲です』

律『頑張って作ったので、みんな、ぜひ聴いてねー?』

唯『それでは聴いて下さい……〈Cagayake!GIRLS〉』

察しのいい人なら気付いていただけるでしょう。
そう、デビュー当時、このバンドに私は参加していません。

といっても、それ自体にネガティブな理由は何一つありません。

主な要因としては、やはり先輩たちの大学進学があります。

後輩である私を母校の桜が丘高校に残し、進学した先輩たちは、
一緒にサークルに所属しながらバンド活動を続けました。

今の御時世、大学がどんな所か、かなりの人が想像できると思いますが、

多くの学生と同様、先輩たちも授業もろくに出ず、
サークル活動にうつつを抜かすことになりました。

そう……つまり先輩方は、
かなりの時間をバンドとしての練習に費やすことになりました。

もちろん4人でグダグダすることも多かったのでしょうが、
バイトでもしない限りかなりの時間が自由になる大学生

練習量は高校時代の比ではありません。
バンドも精力的に活動してまわりました。

その結果……次の年、大学二年生になる前には、
先輩たちは早々にデビューを決めてしまったのです。

当時の事を、作曲担当でバンドの要である琴吹紬……ムギ先輩に尋ねてみました。

梓「あの時はびっくりしましたよ、さすがに……」

紬「そうね……なつかしいわ。みんな初めて見る契約書に興奮していたのを覚えてる」

梓「先輩たち、もちろん才能があると思ってましたけど、
  まさかあんなに早くおいてかれるなんて思ってもみませんでした」

紬「いまだに悪いと思っているわ、梓ちゃんには。
  置いていくつもりなんてなかったんだけど……」

梓「い、いえ、それを気にしているわけではないんですけど……」

紬「ううん……それは別にしても、今思えば私たち、もっと慎重になるべきだった。
  レコード会社と契約するってどういうことかなんて、考えてもみなかったんだから」

デビューが決まるとすぐ、先輩たちは再び私をメンバーに誘ってくれました。
(実際問題そんなことは無理だったと思いますが)

しかし私はそれを固辞しました。

その一年、私は私で先輩たちのいない軽音部を盛り上げようと活動していましたし、

卒業とともに解散する運命ではあったとはいえ、
憂や純、新入生らと始めた新しいバンドで、新鮮な刺激を受けてもいたからです。

もとはといえば放課後ティータイムも
先輩たちが築き上げた土台の上に、途中から私が飛び乗ったに過ぎませんでした。

いまや自分たちの力だけでデビューを決めてしまった先輩たちへの引け目も、
多少ならずともあったことは否定できません。

ともかく、私がそこに簡単に入るわけにはいかないと感じていました。

もちろん、先輩たちと一緒にバンドをやりたくなかったわけではありません。

むしろ切望してやまなかったことです。何度も誘惑に負けそうにもなりました。

律先輩が、ムギ先輩が、澪先輩が、そして唯先輩が迎えてくれる
放課後ティータイムに、戻りたくないはずがありません。

でもそれには私がせめて独力でプロとして認められる実力を
身につけてからでなければ……そう思ったのです。

先輩たちは残念がってくれましたが、いつでも待っているとも言ってくれました。

それをモチベーションに、私も進学後、デモテープを送ってみたり
他のバンドに参加してみたりライブに出たりと、本格的に活動を始めたのでした。

私が先輩たちに追いつこうと走りだしたのと同時に、
放課後ティータイムもそのキャリアの第一歩を踏み出し始めました。

先輩たちも純粋に音楽的なことのみが認められて
メジャーデビューできたわけではありません。

特に最初のころは、ルックスを売りにしたいわゆる「ギャルバン」的な評価が
一般的でしたし、レコード会社の方も意図的にそういう方向性を進めてきました。

実際、先輩たちはみんな美人揃いでしたから、それぞれに結構なファンがつきました。

ある意味アイドル的な人気ではあったかもしれませんが、
デビュー当初から割と注目を浴びたのは、悪いことではなかったと私は思います。

放課後ティータイムのリーダー、田井中律先輩は当時の事をこう振り返ります。

律「あーその話なー……まあ割とストレスではあったよ、私は。
  そういう人気が一番なかったのも私だしな、はは」

梓「いえいえ、律先輩もよくみたら結構可愛いですよ?
  普段は、髪型とか服装とかで損してましたけど」

律「よせやい。嬉しくないわ。あと、よくみたらとか言うな」

梓「逆に雑誌インタビューやPVでスタイリストさんがついた時は、
  『誰この美少女』『りっちゃん隊長マジ天使』とか言われてたじゃないですか」

律「どこのスレだよ」

梓「女子に一番人気があるのも律先輩ですよ、きっと」

律「それ一番ブサイクって言われているみたいでムカツクわ」

律「まあ真面目な話、特に最初のアルバムなんか、
  レコード会社に強くコントロールされながら作ったって感じだったな」

梓「やっぱりそういうのはありますか」

律「曲自体は主にムギが作るし、歌詞も澪と唯の半々くらいなんだけど
  ……編曲とかアレンジはプロデューサーの人に全部任せるって感じ」

梓「実際良く出来ていたと思いましたけど、私は。」

律「いや、あのアルバムが嫌いなわけじゃないよ。プロデューサーも優秀な人だったから、
  文句なんてなかったけど……自分たちの想像と違ったのは確かだな」

梓「見た目とかもそうなんですか?」

律「うん、どんな服を着てメディアに出ろとか、こんなことは言うなとか。
  そういうバンドのイメージも、すげー細かく指示されたよ」


デビュー当初はそんな感じでも、次第に音楽的な評価もされ始めました。

はじめはヴィジュアル目当てでも、先輩たちの音楽を聞いてくれさえすれば、
絶対にみんなその魅力に気付くはずだと、私は信じていました。

そして、実際にそう成り始めたのです。

律「いつぐらいからそうなったのか、はっきり覚えてないけど……
  デビュー二年目?セカンドアルバムを出したぐらいかな?
  ライブに来たお客さんが、ちゃんと音楽を聴いてくれてるなって思えたのは」

梓「私は心配していませんでしたけどね」

律「最前列の人がりっちゃんりっちゃん叫んでくれるのも、
  まあ、悪い気分ではなかったけど……
  恥ずかしい言い方すると、自分たちの音楽をわかってくれる人たちも
  ちゃんといるんだって感じたな。見た目とかじゃなくてさ」

そういった経緯で、放課後ティータイムは徐々に人気を高め……
ついに3枚目のアルバムでは初めての大ヒットを果たすことになりました。

バンドのフロントの一人でもある秋山澪先輩はその時のことをこう語ります。

澪「もちろん憶えているよ。
  あのアルバムやその中のシングル曲がチャートの上位に入ってさ。
  今はCDの売上なんて重要じゃないかもしれないけど……嬉しかったな、素直に」

梓「私もです。先輩たちの曲、
  みんなが知っていたり口ずさんでいたりするのが……なんだか不思議な感じでした」

澪「ふふ、そうだな。でもさ、梓」

梓「はい」

澪「今考えると、それが私たち放課後ティータイムの関係が
  おかしくなるきっかけだったんだよ。あれが全ての始まりだった」

梓「……そうですね」

一躍、人気バンドの仲間入りを果たした放課後ティータイムは、
それまでに比べて急激に忙しくなりました。

急増するメディアへの出演、たび重なるインタビュー、長期にわたるライブツアー。

どこへ行っても、先輩たちを知っている人がいると言う事実。

また音楽づくりにおいても、次回作に期待がかかるというプレッシャー。

こうした初めての環境の激変が、徐々に先輩たちの心身を蝕んでいきました。


以下は……バンドのもう一人のフロント、平沢唯先輩の、当時のPR映像の一部です

唯『カウントダウンTVをご覧のみなさんこんにちは!放課後ティータイムの平沢唯です!
  このたび私たちの新曲〈Listen!〉がリリースされることとなりました!』

唯『ハッピーミュージックをご覧のみなさんこんばんは!
  ベッキーちゃんもこんばんは!放課後ティータイムの顔、平沢唯です!
  このたび私たちの新曲〈Listen!〉がリリースされることとなりました!』

唯『ミュージックフォーカスをご覧のみなさんこんにちは!
  放課後ティータイムのデカいい女、平沢唯です!
  このたび私たちの新曲〈Listen!〉がリリースされることとなりました!』

唯『野獣を野に放て』

唯『もうやだ……こんなことずっとやりたくないよ』

唯『気が変になりそう』

唯『何度も何度も……いやだってば……』

唯『ミュージックジャパンをご覧のみなさんこんにちは!
  独身の貴族、放課後ティータイムの平沢唯です!このたび(ry』

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紬「有名になるっていうことがどういうことか、
  私たちは全然分かっていなかったと思うわ。
  最初は成功して、ただ嬉しいとしか感じてなかったけど」

梓「私も……羨ましいとしか思っていませんでした、
  先輩たちが有名になることが。
  それを見て私も頑張らないとって。そう思ったんです」

紬「ふふ……梓ちゃんらしいわね。でも私たちはその時、
  自分たちを客観的に見ることが出来ていなかったのよ」

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律「有名になりたくてバンドを始めたわけじゃない。
  騒がしい日々の中で、そう気づくまでに時間がかかったよ」

梓「律先輩はむしろ、有名になりたいって感じでしたよね、最初は」

律「そうだな、自分でもそう思ってた……
  いや、でも私だけはやっぱ有名になりたいってのがあったかもな?」

梓「そうですか?」

律「うん……当時は急に持ち上げられて、みんな戸惑っていたけど、
  私は楽しんだからね。なかばヤケだったけど」

律「あちこち遊んで回っていたよ、酔っ払ってさ」

梓「まあ、気持ちはわからなくもないですけど……」

律「新作を作ろうっていうのに、大抵二日酔いでイカれてた。
  レコーディングで私が一番役に立たなかったよ、あの時は。
  みんな苦しんでいたって言うのに」

梓「まったくもう……律先輩らしいですけど」

律「若気の至りって奴?……いや、実際反省しているよ。
  今は一滴も飲まないしな、お酒。でもまあアル中と同じだったよ当時」

律「けど、その時の新作づくりは本当に苦しんでいたよ、みんな。
一番つらかったのは澪だと思うし、それに唯も。ムギでさえ辛そうだった」

梓「そうなんですね、やっぱり」

律「なのに私は……途方もない馬鹿だった。ある時さ、一晩中知らない男の人と飲んでて、
寝坊したんだよ、次の朝レコーディングだったのに」

梓「……先輩がフライデーされたやつですよね。」

律「待て待て、その男の人とはなんもなかったんだ、実際」

律「でもそれは関係なくてさ、
  昼くらいに遅刻してスタジオに入ったら、いきなしムギにぶたれたんだ」

梓「む、ムギ先輩が?信じられません……喧嘩だなんて」

律「いや、喧嘩にはならなかったよ。確かにあの頃は喧嘩も増えていたけど……
  ムギのやつ、目に涙いっぱい溜めて、何も言わずにただ見つめてくるんだ」

梓「……」

律「痛かったな、本当に。忘れられないさ」

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最終更新:2011年05月20日 01:31