紬「ブレイク後に出来あがった、あの4枚目のアルバムは、そうね。
  曲作り自体が特別に辛いってことはなかったわ。プレッシャーはあったけど」

梓「あの頃まではムギ先輩ですもんね、基本的に曲を作っていたのって」

紬「ええ。でも、3枚目までで期待されていることや目指すべき方向性が
  はっきりしていたし、それを一歩先に進めればいいだけだったから」

梓「さすがですね、その辺は……」

紬「でも、やっぱり私たちのメンタルはまともじゃなかったわ。
  私、今も後悔してる、りっちゃんに手を上げたこと。
  後にも先にも、人をぶったのなんて初めてだった」

今、私は唯先輩とも会っています。プロになって以来、
これまで唯先輩と放課後ティータイムで顔をあわせることはありませんでした。

唯「あの頃ね、私はいっつもイライラしていたよ、周りの状況に」

梓「私はてっきり唯先輩って、環境の変化に適応出来ると思ってました。
  スターの素質があるというか、物怖じしない所があるというか」

唯「まあ今はある程度適応できていると思うけど。
  いや、スターなんかじゃないけどさ。
  でも当時はまだ22かそこらだし、ほんの子供じゃない」

梓「そうですね……たしかに」

唯「それに私にはいつも支えてくれる人がいたから、和ちゃんとか憂とか。
  でも、そういう悩みって二人に相談するわけにはいかないもの」

唯「4枚目のアルバムにいい思い出は一つもないよね。
  今、聴くとさすがムギちゃんって思うんだけど、当時はそう思えなかった」

梓「……覚えていますよ、先輩がバンドを抜けた後で
  『買ってもらったご家庭すべて回ってでも回収したいアルバム』って言ってたの」

唯「あんなこと言うから、ますますみんなと顔合わせづらくなるんだよね。
  馬鹿なこと言ったよ」

梓「もう……制作に全く関わってない私があの発言の載った記事、
  泣きながら読んだんですからね?わかってます?」

唯「ごめんね、あずにゃん……」

唯「苦労の甲斐もあって、あのアルバムもかなり売れたけど、
  それがかえって私を苛立たせたよ」

梓「それまでの放課後ティータイムの集大成というか、
  先輩たちのスタイルを確立したというか、そういうアルバムですよね」

唯「そのスタイルを自分たちで決めたって感じがしなかった。
  ……そんなこともなかったんだけどね、本当は。
  いつの間にか『これが放課後ティータイムです』って
  周りから勝手に決めつけられた気がしてたよ、当時は」

梓「そうなんですかね……」

唯「なんでも人のせいにしていたからね……はは」

唯「テレビで自分たちを見るのも嫌だったな。
  まるで決まったキャラクターを演じているみたいに見えた。
  気取っていて、うわ言みたいな言葉をしゃべって……」

梓「いかにも、J-POPのミュージシャンって雰囲気でしたよね」

唯「そう、恥ずかしながらそれがすごく嫌だったの。
  いや、私たちの音楽ってJ-POPだし、自分で聞くのもそういう音楽なんだけどさ」

梓「中二病ってやつですかね?……いえ、ジョークですよ」

唯「今その時の映像を見ると、どっかキュートで可愛いなあって思うんだけどね。
  あの時はピエロみたいに思えたし、その場所がいかにも作りものっぽく見えた」

梓「……ショービジネスの世界ですもんね、言ってみれば」

唯「うん、でも本当はそれをただ楽しめばよかったんだよ。
  自分の居場所がお芝居のステージみたいだって言うなら
  思い切って演技をしてみればよかったんだ。
  私も、澪ちゃんも、それができなかった」

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澪「あの頃、パニックの発作を起こすようになった。
  人前で歌うことになれるどころか、ますます怖くなった。地獄だったよ、正直。」

梓「さんざん報道されていましたね……心配でした、あの時」

澪「唯との関係も、あの辺りからこじれ出したしね。
  私は思うように歌えないことの負い目があったから不安だったし、
  がんばって作った曲を唯が悪く言ったりもして……仲間が信頼できない時期だった」

梓「律先輩も、飲んだくれでしたものね」

澪「ふふっ、そうそう。ムギも本当は辛かったと思うけど……
  それでも全員と変わりなく接してくれたのはムギだけだったな。
  私たちみんな、そんなムギが大好きだったよ。今もさ」

梓「ええ……わかります」

澪「ムギがいなければあの時点で放課後ティータイムは崩壊していただろうけど。
  とにかくバンドは存続していたし、馬鹿騒ぎにも蹴りをつけて
  新作を作らなきゃならなかった。5枚目のアルバムになるのかな」

梓「そうですね……」

澪「私が回復するのはもうちょっと先だったから……
  次の作品はこれまで以上に、唯が軸になった。
  そして怪我の功名というか、それで正解だった」

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唯「私が一番好き放題させてもらったのが5枚目だよね。
  澪ちゃんの調子が悪いことをいいことに勝手なことをしたって思ってたけど」

梓「澪先輩はそれでも気に入ってるみたいでしたよ、あのアルバム」

唯「うん、でも私はあの時から澪ちゃんが私のこと嫌いになったと思っていたから
  ……複雑だったよ。個人的にも一番満足したアルバムだったけど」

唯「今聴くと私、完全にやり過ぎだよね。
  露骨に脱J―POPを目指している感じが痛々しいというか。
  ……うん、なんかシャウトしてるし、うーふー!って」

梓「でも脱アイドル路線には成功しましたよね。
  セールスはガクッと落ちたし、雑誌とかでも賛否両論でしたけど」

唯「凄く褒めてくれる人もいれば、親のカタキみたいにけなす人もいたね。
  『なんちゃってアイドルバンドがハードロックごっこをやっているだけ。
   ボン・ジョヴィに憧れるのは勝手だが、聴かされる方はたまったものではない』とか」

梓「ああ、読みました、その記事。
  ハードロックじゃなくてオルタナだと思ったんですけど、私は」

唯「比べられて光栄だけど……
ジョン・ボンジョヴィはうーふー!なんて叫ばないでしょ?」

律『あのアルバム、私は気に入ってるよ。唯に自由にやらせたんだ。
  一番ロックな感じがするし、ライブでもあのアルバムの曲が一番盛り上がるしね』

紬『それまでとは違った作りにしたわ。唯ちゃんのギターパートが多くて
  私のキーボードはあまり目立たないように……人から色々言われたけど、新鮮な気持ちで作れたの』

澪『当時は確かに複雑な気分で作っていたよ。私が一番貢献できてない作品でもあるから。
  はっきりいって趣味じゃないって思っていたし。でも唯にとって、才能を示すいい機会になったと思う』

梓「って、先輩方は言ってくれていますけど……」

唯「うん、私にとっても重要なアルバムだった。ミュージシャンとして成長するために。
  でも、それでまた別の軋轢が生まれたことも確かだとは思う。
  その次の作品が、私が参加した最後のアルバムになったしね」

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澪「唯が中心になって作った5枚目は、そこまで売れなかったし、
  デビューのころからのファンは失望したかもしれないな」

梓「私も最初に聴いた時開いた口がふさがらなかったことは確かです」

澪「でも、おかげで人気が落ち着いた。それに良くも悪くも曲そのものが私たちの評価の対象になった。
  今日はどんな格好で、どんなこと喋ったらいいだろう?なんて気にせずに、
  音楽に向き合えるようになったんだ、唯のおかげでさ」

梓「その結果、製作に集中できたのが6枚目ですよね……私は最高傑作だと思います。
  唯先輩と澪先輩のダブルボーカルがもっとも映えているというか…」

澪「不思議なものだよな……二人の関係は最悪だったのに」

梓「結局、あれが唯先輩が参加した最後のアルバムになったんですよね……」

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律「私もそう思う、6枚目が一番いい出来だよ。
  曲作りも全部ムギにまかせるんじゃなくてさ、
  澪と唯が積極的にいろんなアイディアを出して出来たアルバムだしな。」

梓「律先輩のドラムも、ちょっと変わりましたよね」

律「二人が色々言ってくるからな。ああしろ、こうしろって。
  ダメ出しもたくさんくらったし、同じ曲を何度も叩かされたし。
  すげー上達したな、この時」

梓「失礼ですけど、よく素直に従いましたよね」

律「禁酒の効果じゃないか?なんてな。悔しかったこともあるけど、
  間違いなく凄い物が出来るとも思ったからさ。こっちも真剣だったよ」

梓「いえ、素直に尊敬します、律先輩のそういうところ」

律「ふふん、ようやく私の凄さが分かったか。
  ただ、なあ……楽しかったかっつったら……」

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紬「あのアルバムの制作過程は悲しいものだったわ。
  もちろん、出来あがった物には満足しているんだけど」

梓「辛いことを思い出させてしまってすいません……」

紬「ううん、でも本当につらかった。唯ちゃんと澪ちゃんが同じ席に付いたと思ったら、
  次の瞬間にはお互い暴言を吐いて、どちらかが席を立っている。
  聞いていられなかったわ……私は何もできなかったし」

梓「暴言……もう全然想像がつきません」

紬「見なくてよかったと思うわ。もちろん綺麗なことばかりじゃないけれど、
  あれは見たくなかった。4人とも何度も泣いたわ。そう言う意味では4枚目の時より酷かった」

梓「二人は……その……どんなことを?」

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澪「曲のアイディアを出しても唯が全部台無しにするくせに、この役立たず!とか」

梓「はあ……」

澪「バンドのボスにでもなったつもりか?お前の言うことなんか知るか、とか」

梓「なるほど……」

澪「唯さえいなければもっと効率良く進むのに、消えてよ馬鹿、とか」

梓「そんなことまで……」

澪「そんな曲、誰が聞くんだ?犬か?とか」

梓「ペットサウンズですか」

澪「他にもあるけど梓は聞かない方がいいと思うぞ」

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唯「そんな曲ゴミじゃん音が死んでるよ、とか」

梓「うわあ……」

唯「ちゃんとやってよ澪ちゃん何度言わせるの?耳をどっかに忘れてきた?とか」

梓「それはひどい」

唯「ファンに媚を売って楽しい?とか」

梓「言いますね」

唯「お金も時間も限りがあるんだよ、所属レーベル潰す気?とか」

梓「ラヴレスのせいでクリエイションがヤバい、みたいな」

唯「他にもあるけど、あずにゃんには教えたくないな」

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澪「けど、すごくいい作品になったよ。4人の関係は崩壊しかかっていたどね。」

梓「再び絶賛されましたよね、それも……」

澪「ちゃんと中身を聴いた上でね。以前と方向性が違うし歌詞も暗い。
  あまり一般向けじゃないのも確かなんだけど……」

梓「また人気が出て困るってことはありませんでしたか?」

澪「そんな言い方したらいかにも尊大に聞こえるけど。
  いや、でも今度は自信につながったんだよ。
  好奇の目で見られてるわけじゃなくて、ちゃんと評価されたんだってさ」

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唯「ただ、私の方はアルバム製作とツアーが終わった頃には、
  4人の中でもすっかり孤立していた。自業自得だけどね」

梓「唯先輩のこと、当時ちょっとだけ憂から聞いたことがあります……」

唯「レコーディングも練習も勝手に休んだりしたからね。
  顔会わせたくなくて、行きたくなかったらボイコット。子どもじみたやり方だった」

梓「……取り返しはきかなかったんですか?」

唯「休んだ後に会うと、みんな怒っているわけじゃない?あたりまえだけど。
  その雰囲気に耐えられなくって、ますます足が遠のいちゃうの。
  謝ることもできなかった。勝手なことやっているくせに臆病だったんだよ
  ……嫌なやつでしょ?」

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紬「そうね、私だって心穏やかだったわけじゃないわ。理解できないって思った」

梓「それは無理もないですよ」

紬「でも余計腹立たしかったのは、レコーディングでもリハーサルでも本番のライブでも、
  そんな唯ちゃんが一番いい仕事をすることなのよね」

梓「……そうなんですよね、やっぱり天賦の才があるとは思うんです、唯先輩って」

紬「ええ。だから私たちみんな、あのボイコットで馬鹿にされている気分だったわ。
  もう唯ちゃんは私たちといたくないんだろうって思ったの。」

梓「……そんなことはなかったと思いますけど」

紬「うん、誤解もたくさんあったんだと思う。でも実際に、そうなったのよ。
  一緒にはいられなくなったの、残念ながらね……」

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澪「アルバムもツアーも大成功だったし、達成感はあったけど、
  正直なところもうみんな疲れ切っていた。わかるだろ?」

梓「たしかに、そんなことがあったら、そうなりますよね」

澪「だからもう、その時点で4人で仕事をすることにうんざりしていたんだ」

梓「でも、その後で……もう一枚だけアルバムを作りましたよね、今から三年前に」

澪「うん……あのアルバムを作るのは気が進まなかった」

梓「それなのに、なぜ作ったんですか?」

澪「約束していたからな……私たちの結成10周年のアルバムを作ろうって」

梓「結成10周年……そうか、三年前って、そうだったんですね」

澪「梓が入ってからが『放課後ティータイム』だからな。
  私たちがデビューした時、梓がバンドに入るのを断ったじゃない?
  その時に、梓に内緒で、みんなで約束していたんだよ」

梓「……」

澪「10周年までに梓がプロになっていたら、5人でアルバムを作ろうって」

梓「……そうだったんですか」

澪「実際、そのころには梓はプロになっていたし、
  高校時代、放課後ティータイムに居たことも知られていた。
  梓の気持ちさえ確かなら、問題はなかったと思ったんだよ」

梓「……スタジオミュージシャンですけどね」

澪「いや、立派だよ。すでに有名だったしな、今もだけど」

澪「なのに、あいつは来なかった」

梓「……唯先輩ですね」

澪「約束したじゃないか、どうして来ない?って心の中で何度も責めたよ。
  こっちだって顔をあわせたかったわけじゃない。でも重要なことだったのに」

梓「……」

澪「それを最後にしてもいいじゃないか、私のことが嫌いならそれでいい、
  でも約束は果たしてくれ。今は憎しみ合っているかもしれないけど、
  ……それでも仲間だろう?そう思いたかった」

梓「澪先輩……」

澪「それでも来なかったから……律に任せたんだよ」

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最終更新:2011年05月20日 01:32