律「唯に辞めてくれって頼んだわけじゃない。
  気持ちが落ち着いたら戻れって言ったんだ。
  あいつはあいつで悩んでいるってことはわかっていたから」

梓「そうだったんですね……」

律「でも、唯はそう受け取らなかった」

梓「……」

律「むずかしいよな……本当にさ……傷つけちゃったんだ。
  私が引導を渡したようなものだったんだよ」

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唯「恋人からしばらく会いたくないって言われた気分だったよ」

梓「……唯先輩」

唯「もうみんな私にはうんざりってことでしょ?……そう思ったの」

梓「先輩は、抜けたいわけではなかったんですか?」

唯「わからない。でも顔合わせるのが怖かったんだ、
  みんなと。嫌われていると思っていたから。
  何よりも、あずにゃんの前で、みんなとうまくやれる自信がなかった」

梓「そうだったんですね……」

唯「それで悩んでいた時に、そう言われたの。だから私、決めたわけ。
  ……今思えば、ただ楽になりたかっただけなんだけどね」

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紬「3人で曲作りを始めてはいたけど、待っていたのよ?唯ちゃんの事」

梓「そうなんですか……」

紬「唯ちゃんが来たら、梓ちゃんも呼んで……そう思っていたのね、最初は。
  そしたらマネージャーさんから聞かされたの、唯ちゃんが放課後ティータイムを辞めるって」

梓「……」

紬「わけがわからなかったわ。いえ、状況的に実際は十分ありえたことだけど、
  信じたくなかった。だから本当にびっくりしたのよ」

梓「ムギ先輩……」

紬「私が彼女の立場でも同じことをしたでしょうけど……
  でも、さびしかったわ。親友がいなくなったんだもの」

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梓「唯先輩が放課後ティータイムを辞めてから一ヶ月後くらいですよね、
  先輩たちが私にレコーディングとツアーに参加しないかと誘ってくれたのは」

澪「ああ、どうすべきか悩んだけど。梓を唯の代わりみたいに扱うのも嫌だったし。
  でも、他の人にギターを頼むのだけはどうしても嫌だった」

梓「複雑な気持ちでしたけど、私は参加できて嬉しかったですよ」

澪「ごめんな、本当は新メンバーとして誘いたかったんだけど、
  10周年ってわけにもいかなくなってたし、結局はゲストみたいな形にしかならなかった。
  次を作ることも、諦めていたし」

梓「それはそれで……ちゃんと先輩方と一緒に仕事ができてよかったですよ。
  それが最後になったとしても」


3年前、私が先輩たちとプロとして初めて仕事をした時、唯先輩の話は出ませんでした。

先輩方も表面上は全く辛そうな様子を見せませんでした。

印象に残っているのは、そのプロフェッショナルとしての仕事ぶり。

喧嘩などは一度もありませんでしたが、

先輩たちがかなりシビアにやってきたことは十分うかがい知れました。

お茶を飲んでダラダラ過ごすティータイムは、どこにも見当たりません。

唯先輩の脱退で世間的にかなり危ぶまれた最新作は、しかし意外にも好評を博しました。

唯先輩の抜けた分、曲作りのアイディアに関して、澪先輩が孤軍奮闘したのです
(もちろんムギ先輩が作曲面で毎回大きな貢献をしていることは言うまでもありません)。

怪我の功名というか、その結果、澪先輩の実力がこれまで以上に高く評価され、

現在までのバンド以外の「課外活動」における活躍につながることになるのです。

私は私で、その時のツアーではお客さんにも好意的に迎えてもらえました。

久々に澪先輩や律先輩、ムギ先輩と行ったライブは、やっぱり凄く楽しくて、

……そして、かなり切ない思い出です。

言うまでもなく、そこには唯先輩がいませんでした。

その後、放課後ティータイムは目立った活動をすることなく、

私の参加もそれっきりで、三年近く過ぎてしまったのでした。


今、先輩方に色々聞いて回っているわけですが、
その前に一度だけ、放課後ティータイムを辞めた後の唯先輩にあったことがあります。

憂から色々聞いていたのに、
その時の先輩は拍子抜けするくらい昔と変わりない唯先輩でした。

あまりに自然だったので、ついつい軽口を叩いてしまったことがあります。

唯『そうだ、あずにゃん私のソロアルバム聴いてくれた?かなり雑な出来だけど』

梓『ええ、もちろん。憂から聞いたんですけど、
  自宅に機材運んで、楽器も全部自分で弾いたんですって?』

唯『そうそう、宅録ってやつね。ドラムだって自分で叩いたんだから』

梓『律先輩と話したら、怒ってましたよぉ?
  これなら私に叩かせてくれればよかったのにって』

言ってすぐ、しまったと思いました。滝のような汗が噴き出したのを覚えています。

でも私の焦りとは裏腹に、唯先輩は普通に、

唯『あはは、もともとドラムはりっちゃんに、ちょこっと教えてもらっただけからね~。
  へたっぴだけど、すぐに録音しちゃいたかったんだよ。
  ほら、レコーディングが長引くと、最初にあった情熱が冷めちゃうじゃない?』

自分がバンドにもういないということは全く関係なく、その話題を受けてくれました。

その後、何を話したかは全然覚えていません。

それからも私は澪先輩のソロアルバムに参加したり、他でも色々な仕事をしました。

しかし放課後ティータイムに関しては、活動もしていなければ休止中とも言わず、

時が止まったままでした。

そして去年の暮、澪先輩が言ったのです。

澪『放課後ティータイムは、もう終った』

止まっていた時が、とうとう動き出したのです。

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紬「親の仕事を継ごうと思っていたの」

梓「大きな会社ですよね、ムギ先輩のおうちって」

紬「うんまあ、そうね。それで、
  執事の斎藤が私を笑わせようとしてね、自分も昔ミュージシャンになりたかった、
  今から目指せませんでしょうか?なんていったの、おかしいでしょ?」

梓「あはは、すごいですね」

紬「けど、みんな年を重ねるとそう思うんですって。自分も人生をやり直したい、
  もっと冒険すればよかったって。だから私は……逆の事をしようと思ったの」

梓「逆、ですか……?」

紬「ええ、十分冒険したもの。
  今度は、もっと社会にとって価値のあることをしようって、そう思ったのよ」

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律「この三年の間にさ、執筆業を始めたのは知ってるだろ?
  本出したり、コラム書いたりさ。わりと好評なんだぜ?」

梓「ええ、意外な才能でした。
  律先輩の出した本、すごく面白かったですよ。私たちのことも載っていて」

律「ああ、落ち着いてみたらさ……私、自分たちの青春ってやっぱ素晴らしいものだと
  思ったんだよ。色々あったけど……そういうことも記録したいって」

梓「私は知らない、辛いこともあったんですよね……?」

律「でもさ、今になって振り返ったら、自分が誰も恨んでないってことに気付いたんだ。
  唯と澪はお互い多少攻撃的になっていたけど……私、みんなを愛していたんだよ」

梓「……律先輩」

律「だけど思ってもみなかったんだ、唯が……そんな私の気持ちを知らなかったなんて」

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唯「りっちゃんが本の中で私に愛情を示してくれたこと、感謝してるよ。
  お礼の手紙書いたんだ、あの本を読んで。あ、ダメだよ手紙を読むのは。恥ずかしいから」

梓「……唯先輩は、恨まれているって思っていたんですよね」

唯「うん、特に澪ちゃんにはね。スタジオなんかで出くわすのも怖かった。
  バンドを辞めた直後、私言いたい放題だったし。本当、よせばいいのに」

梓「後悔しているんですね……」

唯「もちろん。でもバンドを離れて、時間が経ってからさ……
  違う目で見ることが出来るようになったんだよ、みんなのことが」

梓「……そうなんですか」

唯「恥ずかしがり屋でガンバリ屋さんの澪ちゃんを懐かしく思っていたけど……
  澪ちゃんは私に、ひどく腹を立てているって思っていたんだ、その時まで」


冒頭の澪先輩のインタビューでの発言直後、
年が明けて間もない頃に、唯先輩が生放送のテレビ番組に出演しました。

――今日は素晴らしい演奏でしたね、
暮れに出した二枚目のソロアルバムも順調にヒットしているようでなによりです。

唯『ありがとうございます。今回は色んな人にも参加してもらったから特に嬉しいかな』

――最近、秋山澪さんが放課後ティータイムの活動の終了を宣言しました。
唯さんは常々、バンドに戻ることは否定していましたが、やはり来るべき時が……

唯『……いや、私はもうバンドの人間じゃないけど、
  あの発言は他のメンバーと話し合って決めた結果じゃないでしょ?
  意味がないよ。彼女が決めることじゃないです』

――えっと……事実上の解散宣言というわけではないのでしょうか?
少なくとも唯さんは未練がないものだと……。

唯『そうですね……私が抜けた直後、澪ちゃんは私が戻ってくる余地は残っているって
  言ってくれていたのに、それを散々はねつけたのも私でしたから』

――じゃあ、今では違う気持ちだと?

唯『……ええ、彼女はへそ曲がりの私に我慢して、ずっと待っていてくれたんです。
  その澪ちゃんがスねちゃったなら、今度は私が頑張らないといけないかもしれません』

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澪「私、信じられなかったよ、唯の口からそんな言葉が出るなんて。しかも生放送だぞ」

梓「私も見ていましたけど……ほとんど放送事故でしたよね、
  あの空気……司会者含め他の人もポカンとしていましたし」

澪「私が一番ポカンとしたけどな。もっとびっくりしたのは、
  こっちはポカンの最中なのに、放送が終わって5分と経たないうちに、
  唯から電話がかかって来たんだ」

梓「やることがいつも突然なんですよね……唯先輩」

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唯「凄く緊張したよ。澪ちゃんに会いに行った時。
  はじめてだったね、あんなに緊張したの。フェスとかそんなもんじゃなかった」

梓「先輩でも緊張するんですね」

唯「あずにゃんは私をなんだと思っていたの……?まあいいけど。
  だって澪ちゃん、絶対怒っていると思ったんだよ?
  約束して、会いに行ったはいいけど……ただじゃ済まないって思ったんだ」

梓「まあ……そうですよね」

唯「だから思ってもなかったよ、澪ちゃんとの再会があんな楽しくなるなんて」

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律「澪から電話かかって来たんだよ、震える声で。
  これから唯がうちに来る、どうしようってさ。
  泣いているんだか笑っているんだか、わからなかったな」

梓「多分、半々ぐらいだったんでしょうね……」

律「あいつも根っこの部分では変わってないんだよ。
  臆病で恥ずかしがりやで、まったく可愛いやつだよ本当に」

梓「律先輩も、随分と素直になりましたね」

律「いつだって私は正直だぜ?まあともかく澪の奴、慌てていたから……
  一緒にケーキでも食べたら?って言ったんだ」

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澪「唯が来た時、すごく興奮していたよ、私。
  多分裏返った声であいさつして、まず、ケーキを出したんだ。
  直径30センチくらいの、ホールのやつを。律に言われて買っておいたんだ」

梓「……素直に従ったんですね」

澪「余裕がなかったからな。でさ、それを半分に切って、皿にのっけて唯に出したんだ」

梓「えっと……30センチのケーキを半分ですか?」

澪「……余裕がなかったからな」

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唯「『どうぞ』だって。すごくイイ笑顔で。
  からかっているって感じでもなかったしさ……
  呆然としつつも、それを無視して世間話を始めたんだけどさ」

梓「まあ、もはやなんというか……」

唯「そしたら今度は、『唯、それ食べないのか?』って。どうやってだよ!
  私を糖尿病にする気?ってツッコミたかったけど限界に近かった。
  ……死ぬかと思ったよ。」

梓「はあ……」

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澪「なんか、ああこんなでかいケーキ、飲み物でもないと無理だなって冷静に考えたんだ」

梓「全然冷静じゃないですけどね」

澪「だからお茶入れようと思ったんだけど……
  興奮していたから手が震えて全然うまくいかないんだ。
  テーブルがびっちゃびちゃになった所で、唯が大笑いし出した」

梓「そこまで良く我慢してたと思います」

澪「それで私も緊張が解けてさ、まあ照れ笑いだったけど……
  そしたら、唯が提案したんだ、ムギにお茶入れてもらおうよって」

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最終更新:2011年05月20日 01:33