壱・『琵琶売』


律「これは軽音神楽衆が筆頭にて田井中律と申す者でござる。
  本日は日柄もようござるによりて、我らが楽屋の塵払いをば致しており申す。
  ソレ神楽衆一味、あれをばこちらに、これをばあちらに」

紬「洒乱羅、洒乱羅。サテ茶事が器の類、いずくにか置くべき」

唯「コレコレ律殿律殿」

律「ヤア何事ぢや」

唯「見よ。芥もくたの山くづせし跡より長持あらわれたり」

律「なんと長持。ようやつた唯、これぞ軽音神楽衆が重代の底宝にたがひあるまじ」

唯「なれば早う開けばや」

律「オウ開けよ開けよ。サテ中よりいでるは黄金(くがね)か珠か、はたまた瑠璃珊瑚」

(長持開ける)

唯「ムム、こは何と」

律「南蛮琵琶の古びたるがひとつのみとは。アアあぢきなきことかな」

(さわ子、舞台入り)

さわ子「ヤイヤイ神楽衆、をるかやい」

神楽衆「ハアー御前に」

さわ子「ハテ目慣れぬ長持あり。中のもの、こち持て来」

唯「かしこまつてござる(琵琶差渡す)」

さわ子「サテ黴が香に昔の偲ばれることよ。
    聞け、我かつて『死障魔』一味にありて重鉄(おもがね)狂ひし時分、
    これなるを獲物におらび猛りき。アアなつかしや。」

唯「ヘエ、されば御持ち帰りあれ。我らもおのおの、もちもの片付けてござる」

さわ子「マァ待て。一念、楽屋清めにつとむとは、まこと殊勝。
    意気に報ひ、こは汝らに取らせるぞ。
    店(たな)に売りて餅代ともせよ(琵琶かへし、退場)」

唯「オオ冥加々々。心得てござる」

(神楽衆、琵琶いだき舞台前方へ)
(そこに店者あらはる)

律「値のほど、あらためてくださいませ」

店者「(琵琶受け取り)あらためますゆえ、しばし待たれよ」

(琵琶さする)

店者「きはまりました。売り放つなら、五十万円にて承りたく」

紬「されば五十万円、しかと頂戴つかまつる」

律「待て待て、な無為に取らそ。
  ハテこれなる古木屑に、かくも奇特の沽券あるは何ゆえか、由縁お聞かせ願いたく候」

店者「されば語らん、値のうちを。
   こは遥か天竺沙羅双樹、遠珍(とおめづら)の木より削り出したるものにて。
   張りたる弦を抑えるは、しろがね留具の艶光。
   かくて仕上がりし玉の琵琶、瑕疵(かし)も少なければ見所すぐれたり」

律「ハア、せんずるところは」

店者「三国一の、値打ちもの(札と証文わたし、退場)」

律「されば五十万円、しかと頂戴つかまつる(札と証文、懐に入れる)」

(神楽衆、舞台奥へ)

律「しめたしめた。我ら五人連れなれば、勘定ひとり十万円ぢや」

唯「さほどの厚き束もて頬打たば、如何にをかしき心地やせん」

(さわ子、ふたたび舞台入り)

さわ子「ヤイヤイ神楽衆、神楽衆よ戻りたるか」

律「(うろたへて)オオさわ子殿。をられましたか」

さわ子「ハテいかなことぞ。戻りたるも声はせで、何故そのやうに隠れゐたるか」

律「イヤイヤ、ちと用のことありますれば」

さわ子「マア待て。値いかほどにありしか、まず聞かせよ」

律「ハテ、値とは」

さわ子「言ふもおろか。一定、あずけし琵琶が値なり」

律「ハハア琵琶が値。イヤよろしうござつた」

さわ子「よろしうとは、数えて如何に」

律「しめしましては、アアしめしましては一万円」

(神楽衆、おどろき惑ひたる気色)

神楽衆「律や律、ようもあだごと申したり」

さわ子「イヤなう、黴も生ひたれば安かるも是非なし」

律「エエ是非なきこと、是非なきこと」

さわ子「合点。ならば証文を見せよ」

律「ハテ証文とは」

さわ子「値のうち記せし文なり。よもや受け忘れたるとかや」

律「ア、イヤ、これに(懐より証文いだす)」

さわ子「しかに証文と見ゆ。いざ、こちへ進ぜよ」

律「ムム」

さわ子「サアサア如何した」

律「エエ御堪忍(口の中に証文入れる)」

神楽衆「オオ律や律、ようも食ひたり」

さわ子「こはなんと。ヤイ出せ出せ」

律「出しませぬ」

神楽衆「ヤレ食へ、ソレ食へ。ヤンヤ、ヤンヤ」

さわ子「出せや出せ」

律「出しませぬ」

神楽衆「ヤレ食へ、ソレ食へ。ヤンヤ、ヤンヤ」

さわ子「おのれ(律を組み伏せ)、出さぬなら地獄は一定すみぞかし」

律「オオ魔王めきたる御換気、あなおそろしや(証文吐き、平伏)」

(神楽衆、律に並びて平伏)

さわ子「(証文見て)ヤアラ律、にくき奴め。真実五十万円なるぞ」

律「ハア平に、平に」

さわ子「まこと第一に申さば、一切あまさず与えたものを。
    一万円と申したるがゆえ、つぶと一万円のみ取らす。心得よ」

律「ハハア心得ました」

唯「イヤお待ちあれ」

さわ子「さらさら、何をか言はむ」

唯「そ札束、蔵する前にひとつ御聞き入れあれかし」

さわ子「申せ」

唯「願わくば、我が頬をば打つてくだされ」

さわ子「いぶせき願いなるも、汝なれば聞き届けようぞ」

(さわ子、札束で唯打つ)

唯「オホーウ、ホーン(法悦境に至る気色)。六根清浄、六根清浄」

律「さても果報なる者よ」




弐・『眉沢庵』


唯「御台に乗りたる固粥は、御供を選ばずぬくぬくと。
  ひとつ、ふたつ、みつよつ、飯(いひ)の椀」

紬「唯殿は本日も気褄(けづま)うるはしくござる」

唯「なうなうむぎ殿」

紬「サテ何でしやう」

唯「むぎ殿が眉、太きこと出雲が社の御しめ縄にも似たり。こは如何したことぞ」

紬「さればその事にござる。げに申さば、我が眉は沢庵大根にてこしらへて候」

唯「ナニ沢庵」

紬「サア一切れ、つかまつれ」

唯「ムム、見事なる黄金色に食指動じまする。イザはばからず、箸をば付けん」

(紬が眉、箸にて取り外し食ふ)

唯「アラうまや、アラうまや」

(唯、小躍り)

(律、舞台入り)

律「ヤア唯ばかりが福しめるとは、ねたしうござる。
  我にも一枚、振舞あるべし」

(律、残りたる眉を箸にて取り外し食ふ)

律「アラうまや、アラうまや」

(律、小躍り)

紬「されば聞きたまへ。我、ずいと両眉失はば、姿かたちおぼつかなくなりぬ。
  今はただ解瑠がごと様にて、とろけ果つるのみ」

(紬、とろけるがごと倒れる)

唯「ヤヤむぎ殿が一大事」

律「早う代わる沢庵をば持て」

唯「イヤイヤ、いかでこの場に沢庵などあるべき」

律「エエ所詮なし。沢庵に似るもの、如何様にてもつかまつれ」

唯「サアサアこれにては如何」

(唯、分度器もち出し紬が額に張る)

紬「(からだ起こし)事なきを得たり」

唯「アア安堵せり。さてもむぎ殿、お尋ねしたき旨、別にもあり」

紬「サテ何でしやう」

唯「沢庵あるひは分度器こしらへの眉ならば、上がり下がりは如何にするものか。
  げにげに、ゆかしくおぼゆ」

紬「オオ、あれ見てくりやれ」

(紬、唯のうしろ指す。唯と律、つられ見る)

唯「何事ぞ」

(紬、唯律のまなこ逸れたる間に顔隠し、ひそやかに眉下げる)

唯「ヤア不可思議なり」

律「動くべからざる眉の、いつしか動きたるぞよ」

紬「洒乱羅、洒乱羅。秘するが花よ(逃げつつ退場)」

唯・律「待て待て、つまびらかに教えおくべし(追いつつ退場)」




参・『隠れ信心』


和「これは桜高評定会議が頭目にて、真鍋和と申す者でござる。
  神楽衆が愛努瑠として聞こえし秋山澪、何やら子細らしき面持ちにて参上せしゆえ、
  イザ容体うかがはんと存ずる。
  サテ澪、ゆるり入りしやれ」

澪「聞けや和。近ごろ我がまはりに、あやしき人の目しげくのぞきたる気配あり」

和「我が桜高に不埒の巣盗禍あるともおぼえず。サテ如何なることにや」

澪「オウオウ(袖で目元おさへる)」

和「何故に泣くぞ」

澪「神楽衆に談義せんと欲しても、皆ただひとへに戯(あざ)れるのみ。
  まめまめしくいらへるは、ひとり汝のみなれば、まことありがたく感ずるぞ」

和「アレびんなきかな」

(恵、舞台入り)

恵「こは稀有なる客の来られたるかな」

澪「ハテ和、かの人は如何なる御方にや」

和「我が先なる評定頭、曽我部恵殿に他ならず」

恵「ホホ、軽音神楽衆なれば、我を知らぬも詮無きことか」

澪「アイ許させられい」

恵「さらりと。サテ、澪殿が本日の御用は如何に」

和「ハハア、巣盗禍しのびて澪に付きまとふかとの疑ひ、これあり」

恵「ナニ巣盗禍とはゆゆしきことぞ。和殿、すぐさま検非違使所に渡り、これ漏らさず伝ふべし」

和「心得てござる」

澪「かくもねんごろの御心遣ひ、もつたいのうござる」

恵「礼に及ばず。桜高がおとめうち詫びなば、すなわち助くが所職なれば」

澪「オオ如来が慈悲にも比すべき取成。どこぞの神楽衆筆頭にも倣わせばや」

和「サア茶をひとつ(茶すすめる)」

恵「神楽衆の日ごろ振舞ひつるほどの豪奢には及ばねど、今はひとつ」

澪「(茶飲み)ヤアヤアなんの、甘露にござる」

和「して澪追ひまはすは、いずこの訳知らずやら」

恵「サテ、あるひは澪宗門が一徒やも」

澪「アア恐気のこと。忘ればや」

恵「世人の思ひ入れ、わけて深き御身なれば是非もなし」

澪「ヤレ奇得の評定頭殿なるかな、神楽衆が実(むざね)も真具(まつぶさ)に知られたるか」

和「しかに、細やかにすぎまする。
  茶事こそ神楽衆が名物なることまで御存知とは、奇(あや)なるべし」

恵「イヤ、なべて和殿のかつて聞かせ示したることとおぼゆ」

和「イヤイヤ、申せし覚えはトントございませぬ」

恵「ハテ然様ぢやつたか。
  されど神楽衆が高名、日の本六十六国にとどろきわたるものなれば、おのづ耳に入るも道理なるべし」

澪「ムム、ムム(疑わしき気色)」

恵「聞くべきは聞きつ。今はこれまで(去りつつ、紙おとす)」

和「待たれよ。なにやら散り落とされたるぞ(紙拾ふ)。
  ヤヤ、こはなんと。澪宗門徒が証に他ならず」

恵「エエイかへせ、かへせ。ここ渡る半(なから)に拾ひ取りたるのみぞ」

和「イヤイヤ、ホレここに、曽我部恵と御名前しるされております」

恵「アア、さしつたり」

澪「さても危急存亡、評定頭殿まさに瀬戸際。
  こは一番、正無事(まさなごと)などものし、治定はかるべき」

(澪、恵と和の間に割り入る)

澪「サテサテ皆様方、これより慮外なるをば申し上げます。
  よも評定頭殿こそ巣盗禍の本体ならめとは、如何に」

(恵、泣きくづれる)

恵「ハアー許させられい、許させられい」

澪「オオ、そらごとより真の出たるぞ」

恵「オイオイ。
  次の春来たれば、桜高より去るべき定めの我が身なり。
  菩薩の化生としたひ念ずる澪殿との別れも近づき、いたみわぶに耐へがたし。
  さればこそ、かくの愚か事におよびたるぞ」

澪「アア評定頭殿、なんとも思ひの他なるかな。
  こに報ひ候わねば、我とても七生晴れぬ悔ひをば残しまする。
  されば後、かならづ稽古場まで御越し願いたく候」

(澪去る)

恵「アアなさけなや。常に思ひかけし澪殿の、御腹立ちをこうむりたるぞ。
  けだし神楽衆が兵(つはもの)ども集め、我を討たんとの御意趣か」

和「よもや。澪が本意は知らねど、今はただ稽古場へ急ぐのみ」

(恵、澪、舞台脇へ)
(澪、南蛮琵琶持ちて再び舞台入り)

澪「さても曽我部恵殿。
  こたび、つつがなく勤め終えられましたること、まこと珍重好事と存じまする」

恵「ハテ、なんと申されたか」

和「恵殿の行く末、言祝ぎたく候となん」

恵「オオ、オオ」

澪「かくも深き御こころざし、我とても気色わろからず。
  されば一念、得手もの神楽もて餞(はなむけ)となしたくござる」

恵「アア嬉しき日ぞ、嬉しき日ぞ」

澪「これより奏でまするは御存知、連節不破々々が刻。いざ、共に音声(おんぢやう)なさん」

恵「ヤンヤ」

和「ヤンヤ」

(澪、琵琶ならす)

澪「南無大黒天、縁結びの権現様よ」

恵「今生ひとたび一夜とて、契る便宜(びんぎ)もあれかしと」

和「言問ひあれば、おのづから」

澪「恋の情けも、深まりゆく」

恵「ヤレ不破々々が刻」

和「ソレ不破々々が刻」

澪「ヤツトコヤツトコ、アア不破々々が刻」

(三者、舞ひ謡ひつつ退場)


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最終更新:2011年05月21日 01:33