紬「これじゃダメなのよ!」

さわ子「ムギちゃん?」

紬「私……実はみんなと少し常識が違うせいで、中学の頃はいろいろあったの!
本当は高校では部活も入らずにひっそりと生活するつもりだった!」

紬「でも、見ちゃったの!
澪ちゃんとりっちゃんが楽しそうに会話してるのを!いいなって思った!
そしたら偶然、人数がそろわないと廃部になるから困ってるって……聞いちゃったの!」

紬「でも、自分に自信が持て無くて。また、中学の時みたいに拒否されるのが怖くて!それで合唱部の入部届けなんかを携えて軽音部を見に行って……それで……」

律「ムギ、わかった。わかったから……もう……いい。」

息を荒げながら、すごい勢いで話すこんなに紬を律は半ば強引に制した。

こんな必死な紬を見るのはあの時━━

『唯ちゃんの代わりはいません!』

そう、あの以来だ。

澪「なぁ、ムギ……なら、私達はどうすればいいんだ?私達ではムギを引き止めることはできないんだよ?」

紬「わかってる。
……だからあの時、私を笑顔で受け入れてくれたように、せめて笑顔で送り出して。
私……いつかこっちに戻って来るから……決してさよならじゃないから……だから!
行ってらっしゃいって!
いつもみたいに元気に!」

紬「私の居場所はここなんだから!」



━━━。


音楽室は静まりかえっていた。みんな紬になんて声をかければいいかわからなかったからだ。


唯「……ムギちゃん、帰ってきたら一緒にまたバンドしよう!」ニコッ

紬「唯ちゃん……。」

梓「待ってますよ!ムギ先輩!」ニコッ

紬「梓ちゃん……。」

澪「次に会うときを楽しみにしてるよ、ムギ。」ニコッ

紬「澪ちゃん……。」

次は私の番か。でも、焦ることはない。私が送る言葉はもう決めてある。

律「ムギ……これだけは覚えて置いてくれ。HTTの琴吹 紬の代わりはどれだけ探してもいない!」

紬「りっちゃん……」

唯・梓・律・澪
「みんなムギ(ちゃん・先輩)が大好きだ(です)よ!」ニコッ

紬「みんな……」ブワッ

律「おい、ムギ!泣くなって言ったやつが泣いてどうすんだよ!」

紬「グスッ……ごめんなさい……ごめんなさい!」

でも、今だけは許して━━。



和「いいわね、軽音って。私も大学行ったらやろうかしら?」ニコッ

律「おっ、協力なメンバー加入かぁ?唯、確保だ~!」ニヤニヤ

唯「ラジャー!!!」

澪「するとしたらどの楽器を?」

和「そうね……『カスタネット』かしら。」ニコッ

唯「あぁ!和ちゃん、それ皮肉でしょ!?言っとくけどねー!実はカスタネットって難しいんだよ!ねぇ、さわちゃん?」

さわ子「そうだけど……真鍋さんなら要領良さそうだしきっと大丈夫ね。」

律「さ、さわちゃんのお墨付きとは!?」

梓「これは私達の手に余る逸材かもしれない……。」
でも、カスタネットはビジュアル的にどうだろか?っと考えてしまった梓であった。



憂・純「せーの……皆さん!!」

突然、憂と純が叫んでみんなを制した。

梓「どうしたの?憂?純?」
憂「実は昨日、純ちゃんと私で紬さんに送れるものを考えてたんです!!」

純「それでネットで調べた結果とっても素敵なものが見つかりました!」

澪「なんだ?写真立てとかかい?」

憂「いえ、携帯がある今の時代に写真立てはいらないかなって思いまして。」

純「実は……『幸せのサチ子さん』っていうおまじないなんです!」

純はポケットからスッと紙人形を取り出した。

澪「な、なにそれ?またへんな紙人形……」

和「(あれ、どこかで聞いたことあるような?……気のせいかな?)どんなおまじないなの?」

憂「和ちゃん、これをやるとね。
その場にいたみんなが、ずっと離れずに、いつまでも友達でいられるんだって!」

紬「おまじない?」

純「はい!おまじないです!」

紬「私、一度でもいいから皆でおまじないやるのが夢だったの~!」ニコニコ

さわ子「(ムギちゃん、こういう目新しいことは好きだもんね。いや、今はみんなとできるだけ長くいたいだけなのかもしれないけど。……まぁ、仕方ないか!)」

さわ子「みんないい?」

皆「はーい♪」

憂「(みんな喜んでくれてる!)やったね!純ちゃん!」

純「うん!頑張って探した甲斐があったってもんだよ!」


━━━━━━━━。

憂・純「よし!準備完了ッ!」


唯「う~い~!これどうやってやるの?」

憂「もう、焦らさないでお姉ちゃん!」

フゥーッと一息つく憂。
そんな憂にかわって今度は純が進行を進める。

純「……じゃあ、皆さんまずこのサチ子さん人形をかこんで……」

純「『サチ子さんお願いします』、って心の中で……えっと……」

純「……7、8、……うん、9回唱えてくださいね。」

純「間違ってもいいから、絶対言い直しちゃダメですよ!」

梓「どうして?」

純「そ、それは……(ヤバい忘れた……)。」

憂「唱える回数が、人数より多かったり少なかったりすると……失敗しちゃうからだよ、梓ちゃん。」

純「そ、そゆこと!(サンキュー、憂♪)」

和「ねぇ、八木さん?」

純「鈴木です。ってか、さっきからよく『~木シリーズ』がでてきますね。どんだけレパートリーがあるんですか。それに、もう普通に純でいいんですよ。」

和「わかったは。ねぇ、『普通に純』ちゃん。」

純「なんですか?(突っ込まない……絶対に突っ込まないぞ!)」

和「そのおまじない、失敗……すると、どうなるの?」

澪「なんか、この人形少し気味悪いんだけど……。」
純「フフッ。ムギ先輩の為に失敗なんてできません。だから、気合い入れてください!」

和「そ、そう……わかったわ(気になるわね)。」

純「それじゃ、いきますよ?みんなも心の中で唱えてくださいね?」

憂「お姉ちゃん!ちゃんと話聞いてた?『サチ子さんお願いします』を、9回だからね!」

唯「わ、わかってるよ~!(10回かと思ってた……。9なんてキリの悪い数、そうそう覚えられないよ!)」

憂「(お姉ちゃん、数学できても算数できないからな~。9をキリのいい10回にしなきゃいいけど……。)」

梓「(憂の唯先輩への釘の刺しよう……)」

さわ子「(これは、本気で……)」

律「(失敗なんてしたら……)」

澪「(一大事になりかねないかもな……)」

みんなの結束がさらに固まった気がした。

純「……せーの、はい!」

サチ子さんお願いします、サチ子さんお願いします、サチ子さんお願いします、サチ子さんお願いします、サチ子さんお願いします、サチ子さんお願いします、サチ子さんお願いします、サチ子さんお願いします、サチ子さんお願いします

━━。

ゴロゴロ……。

久々に訪れた静寂を遮るように雷が鳴り響く。

純「ふぅ。……ちゃんと9回唱えましたか?」

紬「うん!」

唯「唱えたよ~!」

梓「……純早く!早く進めてくれないと心の中でもう一回言っちゃいそう!」

純「う、うん!わかった!じゃあ、皆さん、手を伸ばして……
このサチ子さん人形のどこでもいいから掴んでください!」


━━━━━━━━━。


唯「掴んだよ!」

さわ子「これでいい?」

純「ハイ、じゃあ 爪を使ってしっかり掴んだら、みんなで引っ張って千切っちゃってください!
いきますよ……せーのッ!ハイ!」

ビリッ

ドッシャアァァアアァン!
複数の紙の破れる音が重なって一つになった時、今までで一番大きい雷の音が私達の胸を叩いた。

純「はい、お疲れさまです~。」

憂「皆さん、その千切った紙の切れ端を……
学生証入れとか、定期入れとかに挟んで、ずっと持っててください!」

梓「へ~……?なにかの意味があるの?」

憂「それを持ってる限り、ずーっとみんな……友達として繋がっていられる、
そういうおまじなんだって!」

唯「へ~、いいね!これ!」
律「いやぁ、チョーいいじゃん!無くさないようにしなくちゃな!」

紬「憂ちゃん、純ちゃん、ありがとう!
……宝物に、するね」ニコッ

純「ハイ!」

憂「こうやってまた集まりましょうね!」

紬・純・憂「フフッ♪」ニコッ

さわ子「さぁ、じゃ、みんな帰る準備よ。」

皆「ハーイ!」

その時だった

ゴゴッ、ゴゴゴゴゴッ━━

澪「ひゃっ!?」

律「っ!? ……地震!?」

和「キャッ!」

梓「和先輩ッ!?」

余りの揺れの大きさに和が横転するところを梓が目の端で捉えた。
しかし、叫ぶことが精一杯で助けにいけない。

皆「キャアァァアアァ!」

梓「くっ……何ですか!?この揺れ!でかいです!」
パリンッ

天井の蛍光灯が割れて唯のいた場所の横にある机に破片が降り注ぐ。

憂「お姉ちゃん!?」

唯「か、間一髪だったよ……。」

そう言ってる間にも、頭上の蛍光灯達は一つ、また一つと次々に割れていく。

さわ子「(マズイ……。)
み、みんな落ち着いて!机で頭を守りなさい!!」

そう言われても、揺れが大きすぎてまともに身動きが取れない。1メートル先がこれほど遠いとは、この時誰もが思ったに違いない。
バキッ!

紬「キャアァァアアァ!」

律「ムギィィイィイィィイィイィィ!」バッ

蛍光灯が割れずに紬の頭上に落ちてきた。
すんでのところで律が紬を自分の方へ引き寄せなければ、彼女は間違いなく死んでいただろう。

さわ子「みんな早くっ!」

さわ子が床を這うようにして皆を先導しようとする。


しかし、その時━━


ダンッ!


私達がいる教壇側の反対。掲示物用の後ろ黒板の辺りの床が、いっぺんに強大な音をたてて崩れ去った。

澪「! ……なにっ?!」

純「嘘でしょぉ!?」

律「マジかよ!おい!?」


    ダンッ
     タダダンッ━━
床はものすごいスピードで崩れていく。あっという間に、教室の半分以上の床が抜け、バランスを崩した憂があろうことか教室に空いた穴に飲み込まれていく。

唯「ういぃぃいいぃぃいぃ!!!」

まさか唯が、あの唯がこんな超反応を見せつけるなんて!

憂の姿が消える寸前、唯は穴にヘッドスライディングを決めてギリギリ憂の手首を掴むことにかろうじて成功していた。

だが━━。

憂「お姉ちゃん、手を離して!!!」

そう、憂の直感が働いたのだ。
今のままなら1分もしない内に、唯が自分の体重に引っ張られて2人まとめて落ちてしまうと。

そして、激しく揺れる足場で人一人引き上げるのは不可能っと言うことも。

憂「お姉ちゃん、離して!」

唯「い……やだ」

苦しそうな返事が返ってきた。
そして、それは決して憂が望んでいたものじゃなかった。

唯「痛ッ……あっ!?」

憂は唯の指を思いっきり噛んだ。

そして、唯は、痛みと驚きが相まって思わず握っていた手を離してしまった。

これが生まれて初めてかもしれない。
大好きなお姉ちゃん(唯)に反抗したのは。

唯「う……い……。」

さわ子「……ここはもう危ないは!みんな音楽室の外に!唯ちゃん、ボーっとしないで立ちなさい。」

唯「嫌だ……憂がどこかに……どこ……私ここに残……」

スパーンッ━━

地震の轟音の中でもはっきりと聞こえるくらい大きな音が響く。

さわ子が唯の頬に平手打ちを食らわせていた。

さわ子は唯の頭を鷲掴みにして無理矢理穴に目を向けさせる。

さわ子「今言おうとしたの言葉!ここで言えるもんなら言ってみなさい!」

梓「ちょっと、先生……」

和「いや、梓。止めちゃダメよ。唯のため、憂のため、そして山中先生のためにも。」ダッ

さわ子「ここに残る?ふざけんじゃないわよ!
見なさい!この底なしの穴を!
憂ちゃんは……唯ちゃん、あなたの安全の為に瞬時に助かることを諦めた!自らここに飛び込んだのよ!
大好きなお姉ちゃんの指まで噛んで!
そんな……そんな憂ちゃんの気持ちを!
踏みにじれるもんなら踏みにじってみなさい!」

律「さわちゃん……」

澪・純「先生……」

さわ子「わかったなら、その両足で歩きなさい!
その両腕で生にしがみつきなさい!
憂ちゃんの分まで命を背負ったんだから……簡単に命を諦めるようなこと……言ってんじゃないわよ!」

唯「あ……あ……ぁ」

唯の涙腺が崩壊した。
せき止めていたダムが決壊したかのように。その涙の意味は、追及する必要はないだろう。

唯「………………憂がね。最後に言ったんだ。
地震のせいで声は聞こえなかったけど、口の動きは見えた。

『ダ・イ・ス・キ』

   ━━━━━━って。

私に向かって大好きって言いながら落ちていったんだ。」

さわ子「うん……うん。」

唯「山中先生ありがとう!私、目が覚めました!」

さわ子「どういたしまして。あと、いつも通りさわちゃんでいいわよ。」ニコッ

唯「ありがとう!さわちゃん!」

紬「唯さわとは新しいわね……」

梓「不謹慎ですよ。」

さわ子「さぁ、揺れも小さくなってきたわ!唯ちゃん!走って皆に追い付くはよ!」

気が付けば、ふらつきながらでも走れる程度の揺れになっていた。

唯「ハイ!」

さわ子の号令を機に、二人は、一斉に駆け出した。
目指すは教壇側の出入口。
その開けっ放しになった扉の向こうには先に教室から出たメンバーが待っていた。

さわ子「(もう床がほとんど残ってない……)唯ちゃん!先に出なさい!」

唯が滑り込むようにして扉をくぐる。
すぐに後ろを向いて手を伸ばす。

唯「さわちゃ……」


ダダンッ━━

唯が見たのは私達が武道館の夢を綴ったホワイトボードが倒れさわ子を押し倒したところだった。

さわ子「う、うぅ……(あ、足が挟まって……動けない……。)」

律・唯「さわちゃん!」

澪・梓・純・和・紬
「さわ子先生!」


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最終更新:2011年05月24日 00:24