唯「うーいー!」
憂「なに? お姉ちゃん」
唯「ねぇ、明日さあ……」チラッチラッ
憂「明日? 誕生日のこと?」
唯「えへへ……うん」
憂「あはは、誕生日プレゼントなら、もう用意してるよー」
唯「ほんとっ?! やったあ!」
唯「なにかなー……、なにかなーっ……」
憂「ふふ、明日になってからのお楽しみだよー……」
よくじつ!
憂「お姉ちゃん、16歳の誕生日おめでとー!」
唯「ありがとーういーっ!」
憂「よいしょっ……と。これ、誕生日プレゼントだよっ……」
どすんっ!
憂「ふう……」
唯「わ、おっきい箱……」
憂「家の中でこっそり作ってたんだよ」
唯「え? 箱を?」
憂「うん、お姉ちゃんへのプレゼントだから、気合いいれちゃった!」
唯「あ、ありがと……中はなにが入ってるのかな?」
憂「なにも入ってないよ」
唯「へ?」
憂「お姉ちゃん、今日から16歳でしょ?」
唯「うん」
憂「16歳の女の子、つまり……」
唯「ごくり……」
憂「結婚できるんだよ!」
唯「おお!」
憂「それで、わたしはお姉ちゃんが大好きだから、結婚なんて絶対させたくないの」
唯「う、うん。彼氏とかもいないしね」
憂「いちゃいけないよ」
唯「ええー……」
憂「どこの馬の骨かもわからない人に、お姉ちゃんを渡せないよ!」
唯「じゃあ、どんな人ならいいの?」
憂「そりゃあ、料理が上手くて、お姉ちゃんのお世話をしっかりしてくれて、優しい人だよ」
唯「まさにういだね!」
憂「でもわたしたちは結婚できないよ、だって生まれた時から籍いっしょだし」
唯「あれっ、わたしたちもう事実婚状態?」
憂「過言ではないよ」
唯「ういはわたしの妹であり、お嫁さんだったんだね……!」
憂「でね、お姉ちゃんが将来誰かと結婚しちゃったら、籍移さなきゃいけないじゃない」
唯「苗字変わるしね」
憂「そのときがわたしとお姉ちゃんの離婚するときなんだよ」
唯「なんとっ!」
憂「だからお姉ちゃん、お姉ちゃんを箱入りお姉ちゃんにしたいの!」
唯「なるほど、任せてっ! ういっ!」
もぞもぞ……
唯「おぉ……なかなか快適空間ですなぁ……」
憂「お姉ちゃんが入る箱だからね、がんばったんだー」
唯「ういおいでー」
憂「えへへ……」
唯「いいこいいこ」ナデナデ
憂「頑張ったかいがあるよー……えへー」
唯「ねーういー。それで、箱に入ってどうすればいいの?」
憂「うん。閉じ込めるから、ちょっと奥にはいってて」
唯「へ?」
憂「よいしょっと……」ジャキッ
唯「そ、それなに……」
憂「インパクトドライバー」
唯「い、いん……へっ」
バルルルルルルルルッ!!
唯『いやああああこわいいいいっ!!』
憂「ふた閉めるだけだから、大丈夫だよ」
バルルルルルルルルルッ!!!
唯『そ、それもっと優しく出来ないのお!?』
憂「我慢してね……」
バルバルバルバルバルッ!!
唯『ちょ、ちょっと……ほんとに出れないじゃん!』
憂「閉じ込めてるからね」
バルッ!バルバルバルルルルッ!!
憂「……もう終わりだよ、お姉ちゃん」
唯『く、暗いよお……』
憂「今電気つけるね」パチッ
唯『す、すごい……ついた』
憂「LEDだからあんまり熱くならないと思うけど……、暑苦しくなったらいってね」
唯『うん、わかったよ……』
憂「あ、ちゃんとモーターとキャタピラで動けるようになってるから、階段も降りれるし、好きなところにいけるよ?」
唯『えっ、ほんと?』
憂「うん。コントローラーもあるでしょ?」
唯『あ、これかな? ……ゲームのコントローラーみたいだけど、コレで動くの?』
憂「左側のアナログスティックを前に倒してみて」
唯『うん、えいっ』カチャッ
ぐうんっ
唯『わっ』よろっ
憂「いきなりスピード出すと慣性でよろけちゃうから、気をつけてね」
唯『すごい!すごいよ!外の様子も画面に映ってるし!』
憂「カメラでね、ボタン押したら録画も出来るんだよー」
唯『えっ、ほんと?! どれどれ……』●REC
唯『すごい!カメラの角度まで変えられるよ!』ウィンウィン
憂「やっ……お姉ちゃんたらどこ撮ってるのっ……///」ばっ
唯『でへへー、いいでわないかー、いいでわないかー』ウィーン
憂「もう///」
こうして
平沢唯の箱入り生活が始まった。
妹からプレゼントされた箱は素晴らしい出来で、日常生活に全く支障をきたさなかった。
用を足すときも入浴時も、箱から出ずに苦労なく済ませることが出来るのだ。
平沢唯が箱入り生活を始めて一ヶ月が過ぎた頃。
周りからも「平沢唯は箱入り娘である」という認識が定着しており、驚かれること、奇異の眼を向けられることも少なくなった。
彼女のギターであるギー太は箱の中にあり、部活動もいつも通り続けていた。
そんなある日の部室。
律「よう、唯、遅かったな」
澪「今日もその箱、いい感じだな」
唯『えへへー、憂が作ってくれた世界で一つだけの箱だからねー』
紬「……唯ちゃん、あのね」
唯『なあに? ムギちゃん』
紬「えっと……お父様から教えてもらったことなんだけど……」
「箱入り娘」、広義では、家の中など、極力他人と接触を持たせずに育てられた娘のことである、しかし。
比喩でなく、実際にそれを実施している女子高生がいる。
この驚くべき事実に、メディアが食らいつかないわけがない。
紬は唯にマスコミの魔の手が忍び寄っていることを伝えた。
また、その唯の乗っている箱、通称「唯箱」――平沢唯が搭乗していること、世界に唯一の箱であることから名付けられたらしい――を、商業及び軍事利用できないか、と大企業まで動き出しているらしいのだ。
もちろんその大企業とは……。
紬「あのね、唯ちゃん。残念だけどこれからしばらく、マスコミから避けなくちゃいけないとても辛い日々が待ってると思うの」
唯『えぇ……いやだなぁ……』
紬「だからね、しばらくわたしの家で匿ってあげる!」
唯『ほ、ほんと!?』
こうして唯はしばらくの間、琴吹家にお世話になることになった。
唯箱の開発者、憂も共に琴吹家に滞在することを条件に、それを許した。
唯『ういぃ……不安だねえ……』
憂「大丈夫だよ、紬さんもわたしたちのこと守ってくれるみたいだしね」
紬「……そうよ唯ちゃん、安心して!」
憂「それに、お姉ちゃんの箱に、ちゃんと敵を撃退するためのアタッチメントつけたから……」
紬「っ?!」
唯『うん……怪しい人が近づいたら、目標をセンターに入れてスイッチ……だよね……』
紬「ちょ、ちょっと」
憂「どうしたんですか?紬さん」
紬「その撃退用のアタッチメントって……?」
憂「ちょっとした電気ショックですよ。お姉ちゃん、そこの木に向けてやってみて」
憂は紬のことを警戒していた。
保護すると言って、わたしたちのことを父の企業に売るのではないかと、そう父から命令されているのではないかと疑っていた。
ならば、と牽制することにしたのだ、自分の開発した外敵撃退用装置、神の雷(ラブリーシスター・サンダー)の威力を示すことで。
唯『ほいほい、目標をセンターに入れて、スイッチ!』
唯が操縦桿のトリガーを引いた瞬間、電撃の鞭が耳を裂くようなけたたましい音を立てながら白樺の木に叩きつけられ、炎上した。
紬「えっ……?」
唯『す、すごい……』
憂「あれ……?」
めらめら。
めらめらめらめら。
勢い良く燃える琴吹家の白樺の木。勢い良く火が燃え移っていく琴吹家の私有林。
惨劇、だった。
唯は戸惑った。己が引き金を引いた装置がこんな事態を引き起こすなんて。
憂は驚嘆した。己の開発した装置が、これほどの威力を秘めていたなんて。
紬は焦燥した。己の友人たちが父の土地を焼き払っただなんて、どう説明すればいいのだろう。
紬「とっ、とにかく! 消防車呼ばなきゃ!」
憂「っ!」
唯『だ、ダメだよムギちゃん!わたしがつかまっちゃうよぉ!』
紬「で、でも、全部燃えちゃうっ、このままじゃどんどん燃え広がって――」
紬がそういいながら携帯電話を取り出し、電話帳に登録されているのだろう緊急時用のダイヤルに電話をかけようとした、そのとき――、
紬「きゃあっ!」
最終更新:2011年05月25日 02:47