りっちゃんと喧嘩をした。
始まりは些細なことから、それが段々言い合いになって…気がついたら私は部室を飛び出していた。
不意にこぼれる涙を拭いながら家路につく。りっちゃんが悪いわけじゃないんだ。
いつもなら冗談止まりのことを私が真に受けて切り返したのだ。
だからりっちゃんは悪くない。悪いのは私なんだ……。
唯「明日謝らなきゃ……」
そう思うも明日は生憎の土曜日。学校が休みで憂鬱になるなんて思いもしなかった…。
唯「11月27日…」
そう、明日は私の誕生日であり、そしてそれが今日の喧嘩の原因でもあった。
それを言い出したのは、ムギちゃんからだった。
紬『これから誕生日はみんなで祝いましょう』
1年、2年の時は誕生日だからといって特別なことをしたことはなかった。その日を迎えたからと言ってそれを進言する気にもなれず、いつも通りの日々を過ごした。
しかし3年になり、これがみんなで過ごす最後の一年と言うこともあって少しでも記念日(思い出)が欲しくなったのだろう。
みんなそれに賛成し、誕生日が来た人をみんなでお祝いしようということになった。
そんな話をしたのが4月中頃、その時に私も誕生日を言った気がする…。
7月2日。
その日はムギちゃんの誕生日だった。家である豪勢な誕生日パーティーに呼ばれ、みんなでムギちゃんの誕生日を祝った。
私はプレゼントにムギちゃん専用カップをあげたっけ。今でも大切に使ってくれてる……なのに。
8月21日
次はりっちゃん。その日は猛暑日を記録してて、凄く暑かった。それでもみんなりっちゃんを祝う為に田井中家に集まった。
弟の聡君も巻き込んでのホラー映画観賞会、楽しかったなぁ。
プレゼントにはカチューシャをあげようとしたけど、そこは澪ちゃんに譲ってドラムスティック型シャープペンをプレゼントした。
喜んでくれたかな…?
そして、11月11日
その日はみんなの可愛い後輩、あずにゃんの誕生日だった。
あずにゃんの家で純ちゃんや憂も交えてお祝いした。
プレゼントはあずにゃんそっくりの可愛い猫のキーホルダー。探すのに苦労したんだよ?
でも学園祭間近と言うこともあり、あずにゃんが練習しましょう!と意気込んだのもありで休みの日の学校へ行き練習をしたり……。
あずにゃんったらせっかくの誕生日なのに練習だなんて……あずにゃんらしいよね。
そして学園祭も無事終わり、とうとう私の番が明日に控えている……という26日の金曜日。
律『澪~明日新しい喫茶店オープンするらしいぞ! 一緒に行かないか?』
澪『私はいいよ。受験勉強しないと……』
紬『じゃあみんなで行ってそこでやりましょうか』
律『ナイスアイディーアームギ!』
梓『私は純達と約束があるので』
律『ちょっとだけでも来いよ梓~』
梓『じゃあ…ちょっとだけ』
律『よしじゃあきーまりっ!』
一言も、ただの一言も私の誕生日の話は出なかった。
みんな、忘れてしまっているんだろう。
無理もない。最近は学園祭に受験勉強にと息つく暇もなかったのだ。
学園祭が終わり、やりつくした感が漂っていたのは事実だ。
それでも受験という壁が私達を休ませてはくれない。
それに板挟みとなってしまった私の誕生日…。
仕方ない、仕方ないんだよ、私。
だから……ね、いつも通りに振る舞おう?
お願いだから……。
律『唯も行くだろ~? 受験勉強よりごろごろしてる時間の方が多そうだもんな!』
唯『……ッ! りっちゃんと一緒にしないでよッ!』
我慢…出来なかった。
忘れられてたから怒った?
受験勉強のストレス?
違う…悔しかったんだ……。
私がみんなを祝った気持ちが踏みにじられた気がして悔しかった。
プレゼントを考えて、もらう人の笑顔を想像して……ほんとうにおめでとうって思ってた。
でも……他のみんなにとってはただの形だけの思い出作りに過ぎなかったんだ。
誕生日を祝うって決めたから祝う。ただそれだけだったんだ……ッ!
だから学園祭が終わり、受験と言う名の壁が迫って来た時、11月27日と言う日はただの土曜日と成り下がった。
より大事なものに上書きされてしまった。
消えてしまった私のみんなとの誕生日……。
まるで生まれて来たことさえ否定されてしまったみたい。
そう思うと、やっぱり……、涙が止まらなかった。
──そして、11月27日の朝がやって来る。
憂「お姉ちゃん早く起きて~。今日はお天気がいいからお布団干さないと」
唯「んん…後10分~」
憂「だーめ。布団没収っ」
唯「あ~っ! 寒い……」
掛布団を見事に奪われ起きるという選択肢しかなくなった。
もそりと起き出すと覚醒を促す為に洗面所で顔を洗う。
唯「つべちっ」
冬の水道水が夏に出ればみんな幸せなのに…なんて思いながら顔をゴシると、ようやく頭がすっきりしてくる。
唯「あ……今日わたしの誕生日だった」
憂「~♪」
唯「憂~」
憂「ん? なぁにお姉ちゃん?」
唯「えっと……いい天気だね!」
憂「うん。絶好の洗濯日和だね」
唯「じゃなくて!」
憂「ぅん?」
唯「えっ~と……今日って何日だっけ~?」
憂「27日だけど……どうかしたの? お姉ちゃん」
唯「べ、別に何でもないよ! 洗濯物干すの手伝うね!」
憂「ありがとうお姉ちゃん」
変だ、毎年祝ってくれている一人(もう一人は和ちゃん)の憂が私の誕生日を忘れるなんてあり得ない!
ってことはもしかして……。
私の誕生日って11月27日じゃない!?
そうか、そうだったんだ! 間違ってるのは私だったんだよ!
でも……じゃあ私の誕生日はいつかと聞かれると……やっぱり11月27日しかない。
意を決して最愛の妹に問う。
唯「憂…今日って私のた」
憂「あっ! もうこんな時間! 純ちゃん達と約束してたんだった! ごめんねお姉ちゃん!」
スタタッーとベランダを抜け出して行く憂。
唯「んじょ……」
唯「んじょー」
昔こんな鳴き声の怪獣がいたなと思いながら、綺麗な青空を眺めていた。
再び部屋に戻ると、掛布団が連れ去られたベッドにダイブする。
唯「みんな今頃喫茶店かな……」
話の途中で言い合いになって抜け出してしまったので何時にどこに集合なのかもわからず、昨日はそのままふて寝してしまった。
ふと携帯に目をやるも、着信やメールの類いを知らせるランプは一切発光していない。
唯「はあ……」
まるで自分だけがこの世界に取り残されたような感覚が襲ってくる。
何であんなこと言ったんだろう。
いつも通りに「みんな誕生日忘れてるよっ!」と言えば今頃……。
ううん、そんな形だけの誕生日会……私はいらない。
唯「誰も祝ってくれなくたっていいもん……もう大人だもん!」
そう言って掛布団のないベッドでまたふて寝を開始しようとした時だった。
ピロリロリーン
唯「はっ! ふっ! ほっ!」
起き上がり、携帯を掬い上げ、開く!
新着メール 1件
そんな簡素な言葉にこれ程興奮してる自分がいる。
誰かからのお誕生おめでとうメールかも! と思うと焦ってwebなんか開いちゃったり。
唯「早く早くぅ~!」
そして、ようやく開いたメールの内容は
Amazon新着情報
唯「ううう……」
無人島でやっと見つけた食料が、腐った食パンだった時ぐらいの衝撃だろう。
力なく携帯を閉じると机に置き、巣(ベッド)へと帰還する。
しかし、その数秒後。
また悪魔のサイレンが鳴る。
ピロリロリーン
唯「つ、釣られないんだからねっ」
チカッ、チカッ、と光る携帯のランプ。
唯「くっ……」
まるで長い船旅を経た後に見る灯台の光のようだ。
唯「く……く……クマちゃん!」
見事に携帯に一本釣りされた唯だったが、今度は内容が違った。
唯「りっちゃんからだ……」
緊張したおもごちでメールを開封していくと、そこにはこう書かれていた。
──────────
From
田井中 律
件名
本文
近くの公園で待ってる
──────────
たったそれだけだった。
昨日のことも喫茶店のこともなく、ただ、公園で待ってる、と。
唯「……」
しかし、待ってるのなら行かないわけにはいかないだろうと身支度を整える。
唯「昨日のことちゃんと謝らなきゃ……」
手早く準備を済ますと勢いよく階段を駆け降り、玄関を飛び出した。
唯「っと鍵かけなきゃ」
律からのメールが来てからおよそ5分ほどで唯は公園に現れた。
律「唯~こっち」
唯「ごめんりっちゃ~ん。待った?」
律「わたしも今来たとこ」
唯「……」
律「……」
初めの挨拶まではいつも通りにいったもののお互い昨日を思い出したのか沈黙が二人を襲う。
唯「(駄目だ…ちゃんと謝らなきゃ)」
話の糸口を見つけようと律を観る。
そこで、ふと浮かんできた言葉をそのまま口にする。
唯「……りっちゃん服似合ってるね!」
律「そ、そうか?」
上は黒のブルゾン、下はジーンズと中性的な格好だったが律はそれを上手く着こなしていた。
律「ありがと/// 唯も似合ってるぞ!」
唯の本心から出た言葉で再び打ち解け合った二人。
今しかないというタイミングで唯が謝ろうとした時、
唯「りっちゃん昨日ごめ 律「唯! この箱開けてみてくれ!」
唯「……ら?」
昔そんな怪獣いたなと思いながら唯は突き出された箱をまじまじと凝視する。
何の変哲もないただの白い箱だ。
唯「…くれるの?」
律「ん。開けてみ」
誕生日を覚えててくれた、と言う嬉しい気持ちを抑えながら、言われた通りゆっくりとその箱を開けてみる。
すると、
中身は空っぽだった!
唯「え゛」
頭の中がこの箱と同じく一瞬真っ白になる。そんな唯を見て、律がすかさず確認を取る。
律「開けたな!? 箱開けたよな!?」
唯「う、うん」
余りの剣幕に何も入ってないことについて言及する前にやりこめられてしまった。
律「じゃあ行くぞ!」
律が唯の手を握り歩き出す。
唯「へ? どこへ?」
律「ひーみーつー♪」
とびっきりの笑顔でそう告げる律を見て、昨日のことがまるで嘘だったかのように思えた。
電車に乗ること数十分、
律「やって来ました遊園地!!!」
唯「遊園地!! でもなんで遊園地?」
律「いいからいいから! ささ、中へどうぞ~」
唯「あ……。でもわたしお金あんまりない……」
律「ふふ、この入場無料券が目に入らぬかーッ!」
唯「ま、眩しい! 眩しいよりっちゃん!」
律「よぉしっじゃあ行くぞ!」
唯「でも…いいの? みんなと喫茶店行くんじゃ…」
律「唯。あの箱を開けたからには今日一日はわたしに従ってもらう! いいな!?」
唯「えっ? えっ?」
律「いいからいいから。早く早く~」
唯「り、りっちゃん?」
腕を引っ掛けられ無理やり入口まで引っ張られて行く。
頭にクエスチョンマークを生やしたまま、二人は入場手続きを済ませ、遊園地内部へと足を踏み入れた。
唯「うわぁ~人がいっぱいだねぇ!」
さっきまでの不安も吹き飛び、すっかり遊園地の空気に気持ちがタコ躍り気味だった。
律「そうだなー! じゃあはじめは何乗る?」
律が園内のパンフレットを広げながらそう聞いてくる。
唯「ジェットコースター乗りたい!」
律「定番だよなー。じゃ、行くか!」
唯「一時間待ちなのです……」
律「人気だもんな~ジェットコースター。どうする? 他のやつ乗るか?」
唯「ううん、待とうりっちゃん! 乗るまで待とうほととぎすだよ!」
律「まあ話してれば一時間なんてすぐ…か。じゃあ問題です! 唯がさっき言った~待とう、ホトトギス。これは誰の言葉でしょ~か?」
唯「……。鳴くよウグイス平安京?」
律「カムバック戦国時代!」
律「じゃなくて人物だよ人物」
唯「……。豊臣乃神秀吉?」
律「誰?」
唯「やだなぁ秀吉だよりっちゃん」
律「あ、いや、秀吉は知ってる」
律「正解は徳川家康でした! 唯~ちゃんと勉強してるか~?」
律「あっ」
言った後でしまった、という顔をする律。
唯「……」
そんな律の心配を他所に、唯は頬を膨らませていつも通りに答えた。
唯「ちゃんとしてるよぉ! 酷いなぁりっちゃん」
律「だよな! うん……」
再び気まずくなってしまった空気。
唯「あっ! 身長制限だって!」
そんな空気を払うかのように駆け出す。
→ここまで
ない人は乗れませんという立て看板に自分の身長を照らし合わしてみる。うん、乗れそうだ。
律「……全く…ふふっ」
唯「りっちゃん乗れるかなぁ?」
律「なにぃぃぃそんなに身長制限高いのかッ!?」
→130cm
律「ゆーいちゃーん?」
唯「乗れるね! やったねりっちゃん!」
律「唯ぃっ! こんにゃろ130cm以下に縮めて乗れなくしてやろうかこのこのっ」
唯「反撃の育ち盛り攻撃!」ミョーン
律「背伸びなしだぞ! 背伸びは!」
こうして楽しく過ごしていると時間はあっという間に過ぎるもので、気がつけば二人の順番になっていた。
カンカンカンカン、
と、機械が何かを噛んでいるような音がする。
巻き上げられているのか、自ら登っているのかは最中ではないが、上に向かっていることは間違いない。
いよいよ頂上に差し掛かろうと言う時、ゴクリと誰かが息を飲む。
そして───、
みんな同じ空見上げて───、
ユニゾンで、
律「ああああああああああああアアアアアアアアアアアアア」
唯「さけ~~~~~~ぼ~~~~~~~~」
叫び声を捻り出させるようにジェットコースターは更に速度を上げうねりを増して行った。
唯「りっちゃん大丈夫?」
律「だびじょぶ…」
唯「ちょっと休む?」
律「ッ! なんの! まだまだッ!」
唯「おおっ! 復活した!」
律「予定が詰まってるからな。こんなところで……」
唯「予定?」
律「いやなんでもないぞーなんでもない」
唯「?」
律「さあどんどん乗るぞ! 唯!」
唯「うんっ」
最終更新:2011年05月25日 03:03