部室にて
唯「ねぇ。この箱どうやったら開くと思う?」
律「お、唯か。今日は遅かったな」
澪「どうした。部室に入るなり藪から棒に」
唯「なんかね、この箱どうしても開かないから、みんなに見てもらおうと思って」ドッコイショー
梓「箱……ですか? その銀色の」
律「なんかメタリックーって感じがするけど」
澪「どこから持ち出してきたんだ?」
唯「んまあ。積もる話は色々と……」
紬「とりあえず、お茶でも飲みながらにしましょう」
唯「さんせーっ!」
唯「ずずびずばー」
律「ずずびずばー」
唯「寒い日は日本茶が喉にしみますなぁ」
律「全くですなぁ」
紬「落ち着くわぁ」
梓「って、箱の話はどうしたんですかあっ!」
唯「まぁまぁそんなに焦らんでも。あずばあさんや」
梓「誰がおばあさんですか」
律「そうじゃぞお。生き急いで何になる、若者よ。大器晩成じゃ」
梓「一個しか年違わないのに……」
澪「おいっ。この箱を開ける方法を見つけたいんじゃなかったのか?」
唯「オー、イエス澪ちゃん! そうでした!」
澪「まったく……」
律「銀色だな。いやシルバーと言ったほうが的を射ているか」
澪「英訳しただけだろ」
律「いやいや、シルバーの方が断然響きが格好良い」
澪「どっちでもいいだろ!」
紬「それにしても……随分綺麗にコーティングされてるのね」
梓「ですね。近くに寄ると顔が映るくらいですし」
唯「そりゃあ、毎日大事に磨いてましたから!」
梓「開ける努力はしなかったんですか……」
紬「唯ちゃん。はじめからこんなにピカピカだったの?」
唯「うん。そうだよ~。あ、でも一回お醤油こぼしちゃってぇ」
唯「可哀想だからたくさん磨いてあげたんだけど……あんまり変わりませんでした!」
律「食卓に並べてたんかい!」
唯「でへへ」
梓「大きさは……だいたい三十センチ四方でしょうか」
澪「うん。多分、完全な立方体だよ。試しに測ってみようか」
唯「あっ、澪ちゃん気をつけて。角っこ尖ってるから刺さったら血が出るかも」
澪「そそそういうのは早く言えよおぉ」ビクッ
律「あーっ! っと未知の箱が勝手に澪さんの方向にスライドイーッン!」
澪「本気でやめろ!」ゴチィン
律「あひゃあん!」
紬「う~ん……。ふ~む……」
唯「ややっ。ムギちゃんの目つきが眉毛以上に鋭くなっている」
梓「その例え、割と条件緩いですよ」
紬「……分かったわ! はい、謎は全て解けました!」
律「なにぃ!」
澪「ム、ムギ!?」
唯「おおお、果たしてその答えは!」
紬「なにも分からないということが分かりました!」
唯「ドデーッ」
紬「ごめんね。一度でいいから金田一一の台詞を言ってみたかったの」
澪「ソクラテスも混ざってたけどな……」
唯「二人とも博識だねー」
律「てーことは、ムギと澪が分からないのに私たちに分かるわけがない!」
梓「私まで入ってるんですか……」
律「なんだよ梓ー。文句があるなら何か手がかり一つでも出してみろよー」
梓「……コホン。いいでしょう。分かりました」
梓「とりあえず、取っ手などがない以上、簡単に開けることは難しいでしょう」
梓「しかし、中身がどんな風になっているか、多少なりとも予測することができると思います」
唯「ほむほむ!」
紬「それで、具体的にどうするの?」
梓「ふふふ……。こうです!」シャキーン
律「なんだ、その……中途半端に物握ってるみたいな指具合は」
唯「……あ、分かった! あずにゃん分かったよ!」
梓「やっとこの気持ちを分かってくれましたか! 唯先輩!」
唯「狼牙風風拳でこじ開けるんだね!」
梓「ちがわあい!」
梓「こうして指先でですね……」コンコンッ
梓「と叩いて、中身が空洞か、それとも詰まってるかを確認するんです」
唯「おおーっ!」
澪「なるほど。空気が入ってれば、それだけ内部に衝撃が響くはずだもんな」
梓「です!」
紬「さすが梓ちゃんっ」
律「ふむ、なるほど。空気が入ってれば……それだけ響く……。中身が……」
唯「りっちゃん、なにブツブツ言ってるの?」
律「んー。……よし、唯。ちょっとおでこ出してみなさい」
唯「え? いいけど……ほい」ペロッ
律「まずは唯にコンコン」コンコンッ
律「そして自分にもコンコン」コンコンッ
律「……む! やっぱり私のほうが詰まってる感じがするぞ!」
唯「な、なんですとーっ!」
唯「ってちょっと酷くない!? 私も確認するぅ!」
唯「これこれ田井中クン。おでこを出しなさい」
律「ハハッ。しかし教授、既におでこは出ているのであります」
唯「ふむ、実に用意がいいな。流石はド田舎クンだ」
律「教授。田井中です」
唯「ふむ……そんなことより、これよりオペを開始する。近う寄れぇ」
律「ハハーッ」
唯「まずはりつ姫に」コンコンッ
唯「そして自分に」コンコンッ
唯「……ふーむ……」
律「先生! 私、どこか悪いところでもあるんですか!?」
唯「……残念ながら、もう長くはないでしょう……」
律「そっそんなっ!」
梓「そんな小芝居してるから話が進まないんですよ」
唯「ぶーぶー。あずにゃんノリ悪いー」
梓「全く。唯先輩は箱のことが知りたくないんですか?」
唯「……むうぅ」
紬「わ、私もコンコンして欲しいかも!」
梓「えっ!?」
唯「いーよー。そぉれぇ!」コンコンッ
紬「ああっ!」
梓「ムギ先輩までなにやってるんですか……」
澪「で、箱だけど。確かに空洞みたいだな」コンコンッ
梓「でしたら、中に何か入れる為にあるとは思うのですが……」
梓「試しに、揺さぶってみましょうか」
紬「ゆさぶる?」
唯「まさか……脅迫!? ぼっくちゃんの家族に身代金を!」
梓「……えと、名前、つけてたんですね」
唯「もちろん! あのね、見た目じゃ男の子か女の子か分からないでしょ?」
唯「なら、どっちでも合うように、男の子の「ぼく」と女の子の「ちゃん」を入れたのです!」
唯「ちなみに、これは英語で言うボックスを駄洒落っちゃったりなんちゃったり……」
律「あぁ。なんとなくそんな感じかなーとは思った」
梓「ああもう! いいですか、持って左右に振ってみるんですよ!」
梓「カラカラとかコロコロって音がしたら何か入ってる証拠です」ヨッコラセッ
梓「こうやって……さゆーに……ゆらーし……」プルプル
澪「あ、梓、大丈夫か? 足がぷるぷるしてるけど……」
紬「重いなら代わろっか?」
梓「へっ、へーきです! なんの、こに、しきぃ……ッ!」
唯「で、結局ムギちゃんがやることになりました」
梓「腕が痛いです……」シュン
律「頑張った。梓は十分に頑張ったぞぉ、うんうん」
梓「むうぅ……」
紬「それじゃあ適当に振ればいいのね~」ユッサユッサ
…… ……
紬「……何か聞こえた?」
澪「いや、特に何も」
唯「聞こえなーい」
律「ってことは、合わせて考えると、空洞だけど何も入っていないってことか」
澪「うん……。それで、どこにも開け口が見当たらない」
梓「表面はチタンを思わせる銀ピカのテカテカ……」
紬「一体何のために存在しているのかしら……」
唯「だよねぇ。和ちゃんは何も説明してくれなかったし」
律「えっ!?」
澪「ちょっと唯。今なんて言った?」
唯「ん~。和ちゃんは、くれたとき何も説明してくれなかった~って」
梓「それを先に言いましょうよ!」
律「なーんだ。全部和が真相を知ってるんじゃないか」
澪「全く。私たちに色々考えさせて……」
唯「てへへ。めんごめんご」
紬「でもけっこう楽しかったわぁ」
梓「あの、唯先輩。くれたって言ってましたけど……」
唯「うん。誕生日の夜にね、プレゼントだ~って持ってきてくれたんだ~」
律「あぁ。そういえば和は唯の誕生会に来てなかったな」
澪「……なるほどな。説明もなく、夜になってから持ってきた箱か……」
律「みおしゃんみおしゃん。これはきっとお化けの詰まったびっくり箱なんだぞう」
澪「やっ、やめろよ怖いこと言うの……」フルフル
梓「怪しいですね」
澪「梓までっ!?」
梓「いや、お化けのことじゃないですよ。和さんが唯先輩に意地悪するとは考えにくいですが……」
梓「他に何か変わったところとかありませんでした?」
唯「変わったところかぁ、う~ん……。む~ん……」
唯「そういえば、今になって考えると、いつもの和ちゃんにしては様子が違ったかも」
梓「できるだけ詳しく思い出してみて下さい!」
唯「そうだなぁ。えっと、確かねぇ――」
~ ぽわぽわぽわぁん ~
平沢宅玄関にて
和「ゆいー。誕生日プレゼント持ってきたわよー」
唯「あっ、和ちゃん! わぁい! ばんざーい」
和「ふふ。なにそのはしゃぎ方。全く唯はいつでも子どもなのね」
唯「えー。プレゼントはいつ貰って嬉しいものだよー?」
和「はいはい。その純粋さをいつまでも忘れないでね」
唯「うん……。ねぇ、なんか今日の和ちゃん、いつもと雰囲気違くなあい?」
和「そ、そう!? ただの気のせいよ」
唯「う~ん。じゃあどうしてマフラーを口元まであげてるの?」
和「それは……外が寒かっただけよ」
和「そんなことよりプレゼントよ。欲しくないの?」
唯「あ、欲しいよ! プレゼントとっても欲しい!」
和「はいはい。では十八歳になった
平沢唯さんにはこれを差し上げます」ヨイショ
唯「おおっ? なんかメタリックな箱~。高価なものが入ってる感じ!」
和「……まぁ、価値があるとは言えるのかもしれないけど」
唯「早速中身見ていい?」
和「……ふふ。いいわよ。頑張って開けてみてね」
唯「よーしっ! ……ってこれどこから開けるの?」
和「それは唯自身が見つけなくちゃいけないのよ。周りの誰かと協力してもいいから」
唯「ほぇ? なにそれ、どいうこと?」
和「ごめんね。あまり説明してる時間はないの」
唯「む~……。分かった! 和ちゃんがそう言うならその通りにしてみる」
和「その聞き分けの良さがいつまでも続くといいんだけどね」
和「それじゃ……またね」
唯「うんっ。プレゼントありがと~!」
唯「……和ちゃん。泣いてたように見えたけど……」
~ ぽわぽわぽわぁん ~
唯「――ってな感じだったんだ」
律「う~ん。なるほどなるほど……」
澪「微妙に和っぽくない言い回しがあったな」
紬「それに、どこか達観したみたいな言い様ね」
梓「和さん……泣いてたんですか?」
唯「うん。なんかね、涙を止めたくても止まらないって感じだった」
律「……これは、大事かもしれん」
澪「律……。大事って、どういうことだ?」
律「一体その時、どんなことが和に起こっていたかまでは分からん」
律「でもなんていうか、涙とか、言葉の端々から察するに……」
律「まるで、これから死ににいく人の最後の言葉みたいな」
澪「まさか……冗談だろ?」
紬「りっちゃん。それ、本気?」
唯「のののの和ちゃん死んじゃうの!?」
律「まあ待て落ち着けって。ええと……今日は11月29日の月曜日だな」
律「唯の誕生日は二日前だ。仮にその時に死を悟っていたとしたら、もう随分と時間が……」
梓「って! 律先輩! というかみなさん! 今日、和さんは学校に来てたんですか?」
唯「……あ。来てない! 和ちゃん今日は欠席だったよ!」
唯「どどどどどどうしよううう」
澪「もちつけ! もちつくんだ唯!」
律「お前こそ落ち着け!」
梓「まさか……いやでも、今日休んだのが偶然ってことも有り得ますし」
紬「……だったら、とりあえず和ちゃんに電話してみない?」
律「そうだ、それだ!」
紬「そうね。唯ちゃんがかけるのが一番だと思うけど、できる?」
唯「う、うん。かけてみる。私が箱を貰ったんだもん、私が確かめなきゃだよね」
澪「な、なぁ、和死んじゃったりしてないよな? よな?」ウルウル
律「大丈夫だって。たぶん杞憂だよ。多分だけど」
澪「ほ、ほんとう?」
律「たりめーだ。ばーろー」
唯「ええと和ちゃんの番号……ピポパポペポ」
唯「呼び出しコール、いっかい、にかい、さんかい……あ、繋がった!」
唯「もしもし和ちゃん!?」
和『あ、唯? どうしたのいきなり大声で』
唯「本当に和ちゃんだよね? 生きてる和ちゃんだよね!?」
和『……何言ってるのよ。人を勝手に殺さないで欲しいわ』
唯「よかった……。ほんとによかったぁ……」
和『ねぇ、状況が全く飲み込めないんだけど』
唯「ううん。こっちの話だから、あんまり気にしないで」
和『……釈然としないわね。まぁいいわ。それで、何か用?』
唯「用? うーん……。あ、箱だよ、箱について!」
和『箱って? 何の?』
唯「和ちゃんがくれた銀ギラギンの箱だよ。ほら、誕生日の夜にくれた」
和『誕生日の夜……? 唯に?』
唯「うんうん!」
和『私、その晩はおろかその日は唯と会ってないわよ?』
唯「……へ?」
和『覚えてないの? 土日は大学の説明会に出ずっぱりだって言ったはずだけど』
唯「あれ? そうだっけ?」
和『まったく。当日は無理だけど、誕生日はちゃんと祝うって言ったでしょう?』
唯「あ、あー、うん。言われたらなんだかそんな気がしてきた」
唯「……あっ、でもでも。なら今日はどうして学校休んだの?」
和『ちょっとした気疲れみたいなものよ。今はもう平気。買い出しに外出れるくらい』
唯「そっかぁ。なんだ、良かったぁ」
和『他になにか聞きたいことは?』
唯「ううん。和ちゃんが無事ならそれでいい!」
和『はいはい。それじゃ、また明日学校でね』
澪「よ、よかったぁ」シナシナ
律「おい澪! って、まったくこういうのには弱いんだから」
紬「まぁ、和ちゃんがなんともなくて良かったわぁ」
唯「うんうん。やっぱり早とちりだったんだよ、やっぱり」
梓「あの……その、無事でよかったですけど、疑問点は更に増えてしまったような」
律「あ、そうだよな。箱のことだけど……」
唯「うん。和ちゃんは知らないみたいだったよ。しかも、その日は少しも私と会ってないって」
梓「でも唯先輩はあの晩、確かに和さんに会ったんですよね?」
唯「それは間違いないよ! じゃなきゃ誰から箱を貰うのさ?」
律「う~ん……。謎は深まるばかりだ」
澪「もしかして、和のオバケだったのかもなんて……」
律「とうとう自分から言うようになったんかい」
箱「……」
最終更新:2011年05月25日 03:15