2011年4月某日、桜が丘女子高等学校音楽準備室にて。
今年2年生になる軽音部の4人は新入部員の勧誘もそこそこに、放課後を適当に満喫していた。

唯「ムギちゃん今日のおやつはなぁに~?」

紬「女体盛りよ~♪」

澪「ブフッ!!」ピャー

律「うお!澪っ!こっち向いて噴くなよ!」

澪「だってムギがいきなり変なこと言いだすから…!」

紬「変なことってなぁに?澪ちゃん」

澪「いや、それはその…にょ、にょ、にょたいって…///」

唯「ムギちゃん、女体盛りって何?」

紬「澪ちゃんが教えてくれるみたいよ♪」

澪「わ、私は女体盛りなんて知らないからなっ!」

軽音部は学年が上がっても変わらず平常運転だった。
しかしお茶とお菓子をのんびり嗜み、たまに部活動らしく活動して満足する日々も
今日からほんの少しだけ様変わりする。

賑やかな音楽準備室にコンコンと軽く扉をノックする音が聞こえた。
失礼しますと言って入って来たのは幼い顔立ちをした小さな女子生徒だった。

梓「入部希望…なんですけど」

律「おおっ!待ってました!」

律に続いて他の3人も顔を明るくして歓迎した。

紬「ささ、どうぞ座って」

梓「あ、失礼します…」チョコン

唯「名前はなんていうの?」

梓「中野、梓です」

唯「へぇ~、じゃああだ名はあずにゃんで決定だね!」

律「はえーよ!いろんな意味で!」

澪「軽音部に入るってことは、今まで何かやってたのか?」

梓「えっと、ギターを、少し」

唯「えっ?」

梓「え?」

澪「ん?」

唯「あ、ああ、そういうことね。うん、いいよ。全然おっけー」

律「お前が全然おっけーじゃなさそうだが」

梓「その…何か駄目でしたか?」

唯「全然問題ないよ!うん!多分」

澪「そっか、ギターやってたんだ。それで、他には?」

梓「他、ですか?…す、すいません…私ギターしかやったことなくて…」

澪「えっ?」

梓「えっ?」

律「だあーっ!!まどろっこしい!澪、お前聞き方が悪いんだよ」

澪「わ、私は普通に質問してるだけだぞ!」

紬「どうやらコレは去年の唯ちゃんのパターンのようね…」

梓「あ、あの…」

唯「あずにゃんは何も悪くないんだよ!むしろ私たちに非があるっていうか…」

律「…コホン!えーつまりだな。単刀直入に聞くけど…」

律「中野さんの『魔技』は何に特化してるんだ?」

梓「………まぎ?」キョトン

紬「…どうやらまたやってしまったみたいね」

律「まじかぁ~…」

事態を呑み込めない梓は困ったように首をかしげている。
それを囲む4人はそれぞれ目配せした後、仕方ないと納得したように話を続けた。

律「中野さんはどうして軽音部に入ろうと思ったの?」

梓「新歓ライブを見て…かっこいいなって思って」

唯「ホント!?ありがとぉ~」

律「ま、まあそう言われる分にはこっちも嬉しいけどな」

梓「先輩方とっても上手でした!私あのライブを見て感動して…」

澪「い、いや、実はそうじゃないんだ。本当に申し訳ないけど」

梓「?」

紬「私たち軽音部はね、たぶん梓ちゃんが思ってる軽音部とは違うと思うの」

梓「…?どういうことですか?」

澪「要するに軽音部っていうのは表向きの立場で…」

律「実態は桜が丘女子高等学校の生徒会長直属の防諜機関、少数精鋭の治安組織なんだよ」

梓「…???」

律「ちょっとライブで張り切りすぎちゃったかなぁ。まさか音楽の方面で入部希望者が来るとは
  思ってなくて…」

澪「去年も唯が何も知らないで入部届け出したけど…」

唯「あ、あの時は人数足りなくて本気で困ってたんでしょ!?」

紬「それは実際、かなり助かったんだけどね」

梓「ちょ、ちょっと待って下さい。もしかしてバンド活動はやらないってことですか?」

澪「いや、練習もするしライブもちゃんとやるよ」

律「それ以外にも私たちには仕事があるってことさ」

梓「…それでしたら、すいませんけど入部は諦めます」スッ

唯「ま、待って!」ガシッ

梓「え?」

唯「ごめんねあずにゃん。これは決まりなの。ここの存在を知った以上、入部は取り消せない」

梓「そ、そんなの私には関係ありません!」バッ

律「まあまあ、そんなこと言わずに。ちゃんとバンドだってやるぞ?」

澪「少数精鋭というけど人数はそれなりに必要だしな」

紬「歓迎いたしますわ~♪」

梓「…ちゃんと練習するなら…入部します、けど」

律「よっしゃ決まりだ!…と、その前に説明しなきゃいけないことがいくつかあるな」

澪「梓は本当に『魔技』について何も知らないんだな?」

梓「は、はい…」

唯「『魔技』っていうのは魔法のことだよ!あずにゃん!」エヘン

梓「魔法…?」

澪「簡単に言えばそうだな。一部特権を持つ人間だけが使える、特殊な能力のことだ」

紬「それを使って数多の事件を解決するのが私たち軽音部のお仕事なの~♪」

梓「そ、そんなの私使えませんよ!?」

唯「心配には及ばないよあずにゃん。和ちゃん辺りが適当になんとかしてくれるから」

澪「現生徒会長が唯の無二の親友だからな。無能力でもコネで正式加入は余裕だろう」

律「『魔技』の話は追い追いするとして、活動の内容なんだが…」

澪「私たちは事件が起きてから要請を待って動くタイプの生徒会執行部とは違う。
  常に事件の匂いを嗅ぎとって未然に防ぐ、暗密の特殊部隊と言ってもいい」

唯「だからといって勝手に動いていいわけじゃないんだけどね」

紬「上層部である生徒会のトップ、真鍋和生徒会長が軽音部の総指揮官なの。
  だからある意味では生徒会のいいように使われるという側面もあるのだけど…」

梓「…どんな時に出動するんですか?」

律「例えば生徒の非行、『魔技』による暴行、不正、事故、他には部活間抗争の時等々…だ」

梓「そんなの、生徒会執行部や生徒指導教員に任せればいいんじゃ…」

律「奴らがそんな真っ直ぐに解決してくれると思うか?」

紬「執行部も指導教員も、組織が大きくなればなるほど裏で何をしているのか分からなくなる…。
  汚職に献金、利権と保身しか頭にない彼らには何も期待できないわ」

唯「ま、私たちも校則違反スレスレのことやってきてるんだけどね!」フンス!

律「時に思いっきり違反するが、それもこの軽音部の特権ってもんだ」

梓「でも、解決するって言っても4人でどうやって――」

梓がそう言いかけた時、唯たちの携帯がけたたましく鳴り響いた。

ギュイッ ギュイッ ギュイッ

梓「!?」

律「うおっと!新学期初のお呼びがかかったみたいだな」

梓を除く4人がそろって携帯の画面を見た。

律「アンプに転送するぞ」

ブツッ、という音が聞こえたかと思うと、梓の頭にノイズの混じった
機械的なエフェクトをかけたような声が鳴り響いた。

?「第4棟、生物化学教室にて犯行グループが一般生徒を人質に立て篭もりする事件が発生したわ。
  既に生徒会執行部が制圧に向かっているけど犯行声明が確認できない以上、こちらも手出しが出来ない。
  『魔技』の使用を許可するわ。軽音部に人質の救出を要請します」

長々としゃべった後、またブツンという音と共に頭の中の声は消えた。

梓「な、なんですか今の!?」

梓が驚いて唯たちに訊ねるが、4人ともそれぞれの楽器を慌ただしく用意していて答えなかった。

梓「???」

梓はわけがわからないまま立ちつくしていた。

律「…よしッ。準備は出来たか?」

澪「ああ、問題ない」

唯「ちょ、ちょっとお待ちを~…」ゴソゴソ

紬「…目標の情報を取得するわ。第4棟生物化学室…」ブツブツ

梓「な、なに…?」

困惑している梓に、律がやっと声をかけた。

律「梓は無能力だからな…そうだ、ここに居てムギの指示に従ってくれ」

紬「入部していきなり実戦なんて、ついてるわね♪」

梓「は、はあ…」

律「で、どうだ?あっちの状況は」

紬「魔技使いが二人、一般生徒が4人、うち一人は動き回っていることから犯行グループの一員ね…」

律「ってことは犯人は3人、人質も3人か…」

唯「よいしょっ…と。りっちゃん、準備できました!」

律「…よし。今回は私と唯のツーマンセルで行く。澪はサポート頼む」

澪「分かった。だけどどうやって行くんだ?」

律「どうって…そりゃ正面突破だ」

澪「馬鹿、人質がいるんだぞ」

律「大丈夫だって。唯と私で犯人を拘束しておくから、その間に澪の『念動波(テレキネシス)』を
  ぶちかましてやればいい」

澪「ぶちかますような能力じゃありません!」

唯「でも救出には『念動波(テレキネシス)』が一番向いてるんだよ~」

律「信用してるからな!さ、行くぞ唯!」

唯「ラジャ!」ビシッ

澪「お、おい!待って!」

ひとしきり打ち合わせをすると律と唯の二人は迷わず音楽準備室を出て行った。
追いかけて澪も出ていく。

梓「あの…『念動波(テレキネシス)』って…?」

紬「澪ちゃんの魔技のことね。彼女は『空間座標操作』に特化した魔技の使い手なの」

梓「空間座標操作?」

紬「まあ見てれば分かるわ」

紬はそう言うとキーボードにそっと手を乗せた。

紬「まず唯ちゃんたちの固有カメラを設置して…と」

梓は紬が鍵盤を弾く様子をじっと見つめた。
電源が入っていないのか、音が全く出ていない。

梓「つ、紬先輩?音が出ていないみたいですけど…」

紬「これでいいの♪それと梓ちゃん、今日はギター持ってきてないのよね?」

梓「はい…」

紬「じゃあ唯ちゃんのギー太でいいかな。あそこのギター、構えてくれる?」

梓は言われた通りにストラップを首にかけ、ギー太を構えた。

紬「似合ってるわ♪」

梓「そ、それだけですか?」

紬「ううん。何か弾いてみてくれる?」

梓「は、はい」

梓は恐る恐る弦を弾いてみた。とにかく適当なフレーズを奏でていく。

するとギー太の音色が梓の頭をガンガンと鳴らし始め、瞬間的に強烈な痛みが走った。

梓「ッ!!」ガタッ

少し目眩がした後、梓が目を開けるとそこには音楽準備室とは違う風景があった。

否、梓が見ている準備室と見知らぬ風景が同時に見えていた。

梓「こ…これは…!?」

紬「梓ちゃんの目から得る視覚とは別の視覚領域を脳に作ったの~。
  これで私の『衛星解析(サーチ)』を直接梓ちゃんの脳に送り込めるわ。
  ただ梓ちゃんとギー太じゃ相性の問題もあるからクリアな情報は提供できそうにないけど」

梓が両目で見る部屋とは別に、様々な風景が頭の中に渦巻いている。
もやもやしていて良く見えないが、どうやら学校全体の立体的な図面のようだ。
他にも唯、律、澪の目から見える景色らしい映像がチラついたが、今の梓にはそれらも意識するのは
困難だった。

紬「最初は4画面全部を意識するのは難しいだろうから、まず透過図面に意識を集中するのがいいわ」

紬「コネクト開始。ターミナルを田井中律に設定。伝達率97%、異常なし」

紬「今はまだ梓ちゃんに『知覚網(シェア)』で意識伝達までするのはキツイかな。梓ちゃんだけ遮断しておくね」

何やら言っている紬の言葉も、ごちゃごちゃした梓の頭では返事をすることも難しかった。

紬「さ、始めましょうか。作戦開始♪」

梓の意識は音楽準備室から学校の透過図面へと移っていった。

――――
―――
――

律《状況確認。教室の入口付近は物騒な連中でぎゅうぎゅうだ》

唯《生徒会執行部だね。あれじゃ中の様子が分かんないや》

律《ったく…こんな狭い場所なんだから機動力生かせなくてどうすんだよ…》

澪《愚痴ってる場合じゃないぞ。侵入経路を想定して『知覚網(シェア)』した方が効率がいいかもしれない》

律《そうだな。澪は校外から広範囲をカバー、唯と私でそれぞれ潜入できるポイントを探す》

唯《でも執行部のみんなが邪魔だよ》

律《お前の『憑依(ジャック)』を上手く使えば私たちの姿は見えないはずだ。
  下手にこいつらに動かれるより、私たちだけで人質を救助した方がいい》

唯《これだけの人数に?そんな簡単に言わないでよぉ~…結構難しいんだから》

律《そう言うな。澪、そっちはどうだ?》

澪《ムギ、拡大調整してくれ。距離は100メートルだ》

紬《こんな感じでいいかしら?》

音楽準備室に居る紬が澪の『知覚網(シェア)』にのみ視覚拡大調整を施した。

澪《OKだ。……人質の様子を見て回っているのが一人、残り二人は窓側と入口側を見張っているな》

律《…澪、『念動波(テレキネシス)』で唯のピックを教室の中に送り込めるか?》

澪《唯のピックなんて送ってどうするんだ?》

律《私に考えがある》

~~~~~

マミ「…なかなか魔女の結界が現れないわね」

さやか「せっかく周りに被害が出ないように教室を封鎖したってのに…」

まどか「この人たちも早く外に避難させた方がいいんじゃないかな」

鹿目まどかは、気絶している一般生徒を見守りながら二人に声をかけた。

マミ「そのまま外に運んでも人目につくし、何より騒ぎが起きてしまうわ。
   それは少し、避けたいのよね」

巴マミはそう言うと、教室を見渡した。

マミ「…確かにここに魔力の痕跡があったのね?」

さやか「まどかと二人でたまたま見つけたんだけど、ちょっと目を離したすきに
    消えちゃったんだよね…」

マミ「でも被害者の3人が影響を受けてるってことはこの教室のどこか…いえ、
   何かに結界への扉があるはず。色々探してみましょう」

キラッ

さやか「?なんだろ、これ…ピック?」スッ

ドクンッ!


さやか「ッ!?」

~~~~~

澪《よし、ひっかっかったぞ。唯、あとは頼んだ》

唯《…………》ガクン

律《しかし大丈夫か、唯で…。なんかヘマやらかしそうで心配だぜ》

澪《まぁ、確かに『憑依(ジャック)』を唯に使いこなせるかどうか、不安ではあるけど…》

紬《信じるしかないわ。唯ちゃんも軽音部の一員なんだから》

律《こういうの、ホントは澪とかムギに一番向いてる能力なのにな…》


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最終更新:2011年05月25日 22:50