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春が過ぎ、大きな事件も起きないまま梅雨、夏休みと季節は移っていく。
小さな事件が起きても軽音部に回ってくる前に生徒会執行部が処理するため、
軽音部も学園祭に向けてバンドの練習に時間を割くことが出来た。

入部してから半年が経過しても、梓の魔技は一向に目覚めない。
それでも梓は軽音部の仕事を難なくこなすだけの実力をつけていった。

梓「……美樹さやかと佐倉杏子の接触及び魔技の使用はこの一週間、確認されませんでした。
  ただし暁美ほむら、巴マミの両者は今日までで数件、校外での魔技の使用が見られます。
  いずれも物損や人的被害がないので、おそらく魔女が人間に危害を加える前に処理していると
  思われます。報告は以上です」

律「QBとかいう淫獣の調査の方はどうだ?」

梓「相変わらず姿は確認できませんでしたが、鹿目まどかの付近に常にまとわりついているようです。
  物質生成系の魔技による生命体の線ですが、彼女ら5人にしか目視出来ない点と
  魔技使いではない鹿目まどかが会話している所を見る限り、可能性は薄いと思われます。
  もっとも、それほど複雑かつ強力な魔技生命体であることも一概に否定できませんが…」

澪「和が彼女らを黙認する条件として私たちに監視を依頼した以上、正体の分からない魔技を
  放っておくわけにはいかないし…まだ調査は続きそうだな」

紬「でも梓ちゃんは期待以上に働いてくれてるわ」

唯「あずにゃんは真面目さんだからね~」

各々が調査報告をし終えたところで、律が今後の話題をふる。

律「さて、夏休みも今日で終わりだ。みんなの働きのおかげで大きな事件もなく
  2学期を迎えられるわけだが…」

紬「平和で何よりね♪」

澪「このまま無事に学園祭までいけばいいけど」

唯「学園祭かぁ~楽しみ~」

梓「その前に中間テストがありますよ、唯先輩」

梓の言葉に、唯の顔が一瞬にして青ざめる。

律「バンドに仕事に勉強か…忙しすぎるだろ私たち」

澪「テスト期間と学園祭準備の時くらいは仕事を減らした方がいいかもしれないな」

律「ま、今は練習くらいしかすることないし、仕事の優先度はしばらく低くてもいいだろ」

澪「『対魔技用思考楽器』たちのメンテも兼ねて、な」

澪が部室に並べられている楽器を見ながら言うと、扉を開けてさわ子が入ってきた。

さわ子「みんな、揃ってるわね」

紬「どうしたんですか?」

さわ子「あなたたちの『楽器』のバージョンアップ用の追加パッチよ。
    シンクロ率の調整と各種インターフェイスの強化が主な変更点ね」

律「おお、やっと来たか!」

タイミングよく現れたさわ子に律が駆け寄る。

律「…あれ?1枚多いみたいだけど…」

さわ子「これはマザー用の分。今回はマザーの大規模なバージョンアップもする予定なの」

澪「この時期に、ですか?」

さわ子「新しく導入されたむったんとの最終的な組み込み調整もしなきゃいけないし、
    この前、技術部で開発されたソフトもようやく実用化したからよ。
    あなたたちがあまりにも適合能力が高いからこっちは追いつくのに必死なの。
    むしろこれだけ早く追加パッチを出せたことにびっくりしちゃうわ。協力してくれた
    憂ちゃんのおかげね」

唯「さすが、私の妹!」エヘン

さわ子「私はマザーの方の作業をするから、この追加パッチはあなたたちで組み込んでちょうだい」

さわ子はそう言うと音楽準備室の物置へと行ってしまった。

梓「…あの、追加パッチって何ですか?」

紬「私たちの『楽器』を並列化してパフォーマンスを底上げするためのプログラムのことね」

澪「魔技をバックアップするために『楽器』とシンクロを繰り返してると、次第に私たちの意識に影響されて
  最適化できなくなったり、中枢のマザーが処理しきれなくなることがあるんだ」

紬「それに私たちの魔技は常に進化して特性が変わっていくから、それに対応する必要もあるの。
  梓ちゃんのむったんが前に『楽器』の役割を持たせた時は私たちよりも一つ下のバージョンだったけど、
  それだと色々と弊害があるから今回の追加パッチをさわ子先生に頼んでおいたのよ」

梓「そうだったんですか…」

梓が説明を受けている時、律と唯は嬉々として自分の『楽器』にソフトを組み込んでいた。

梓「これで私も魔技を使えるように…?」

魔技を身につけるためは『楽器』との共鳴による覚醒が必要だ。
今までもむったんを介して共鳴に挑戦してきた梓だったが、上手くいかなかった。

澪「…それは…分からない」

梓は肩をがっくりと落とした。

唯「落ち込まないで、あずにゃん」

律「そうだぞ。楽器と会話するなんて正直めんどくさい事この上ないからな」

梓「でも…むったんと私、何が駄目なんでしょうか」

『対魔技用思考楽器』と共鳴して魔技使いとなった者は、魔力を使って楽器と会話できる。
梓だけが自分の楽器と会話できず、そのことが梓にとっては寂しかった。

唯「ギー太なんて超めんどくさがりだからね。世話するのホントに大変だったんだよぉ」

澪「まぁ唯の意識に感化されれば当然といえば当然だな」

唯「ま、このパッチで少しは普通に戻ったかな~」

紬「梓ちゃんもほら、むったんに設定してあげましょ」

紬と澪の手を借りて梓はむったんに追加パッチを組み込んだ。

梓(……むったん)

どこか釈然としない気持ちで梓はむったんの名前を呼んだ。
結局この日は学園祭に向けて少し練習して解散となった。

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某日、昼休み。

純「あずさぁ~っ!」

いきなり純が泣きそうな顔で梓の元に駆け寄った。

梓「ど、どうしたの!?」

純「次の英語の授業の予習ノート見せてください!」

またか、と梓はため息をついた。

梓「別にいいけど…私もそんなに完璧にはやってないよ?
  憂には頼まないの?」

純「憂は唯先輩の教室に行っちゃったから今いないんだ。
  ギー太の調整するとかなんとか言ってたし、頼れるのは梓さんだけなんです!」

梓「はぁ…もうすぐ中間テストなのに、そんなことで大丈夫なの?」

桜高は2学期中間のテスト期間に入っていた。それぞれの部活ではしばらく活動が自粛となり、
軽音部でもバンド練習はテストが終わるまでしないという方針をとっていた。

梓「はい。ちゃんとあとで返してよね」

純「3秒で映すから大丈夫だって!せーの…っ」

純はそういうと、梓のノートを隅から隅まで読んでパタンと閉じた。

梓「ちょっと純、まさか『記録(メモリ)』使ったんじゃ…!」

純「今だけ!今だけだから、ね?見逃してよ~」

梓「…まったく、テストでそれ使ったら留年どころじゃ済まないっていうのに…」

純「さすがにそんなことはしないけど、せっかくの魔技なんだし有効に使わないとね」

梓「…魔技使いがうらやましいよ」

梓は呆れたように言った。

純「それに私の『記録(メモリ)』の容量はノート2、3ページ分の情報しか保存できないから、どっちにしろ
  留年のリスクを犯してまでテストで使うほど私も馬鹿じゃないって」

じゃあ予習くらいちゃんとやってきなさいよ、と言いかけたが説教くさくなってしまうと思い、止めた。

純「ところで梓、あの噂、知ってる?」

梓「うわさ?」

純「…『手品師(マジシャン)』の話。聞いたことない?」

梓「……ああ、なんか聞いたことある。かも」

梓は嘘をついた。というより、本当のことを言わなかった。

なぜなら『手品師(マジシャン)』は現時点で軽音部の最重要調査対象になっていたからだ。
判明しているのは超特A級の魔技使いであるということだけで、軽音部の情報網をもってしても
一切素性が分からないという犯罪者……それが『手品師(マジシャン)』だった。

純「なんでもあの『無人軍隊(アームズ)』とタメ張れるくらいの魔技使いだとか…」

梓「…誰がそんなこと言ったの?」

純「いや、風の噂でね?まさか『無人軍隊(アームズ)』と一人の魔技使いが対等になれるとは思えないけど…」

『無人軍隊』――桜高の運動系クラブにおいて最強の実力を誇るバレー部のことだ。
生徒会執行部と共同で武力制圧による風紀、治安維持を請け負っている。
上の命令には執行部以上に忠実に従い、いかなる非人道的手段を使ってでも使命を全うすることから、
人ならざる者たち……『無人軍隊(アームズ)』と呼ばれている。

梓「でも『手品師』が『無人軍隊』と戦うことなんてないんじゃないかなぁ」

純「確かに『無人軍隊』は力だけで圧倒するタイプだし、そういう意味では
  テクニカル系の能力らしい『手品師』とは関係ないかもね」

梓「…そもそも『手品師』は何か事件を起こしたわけじゃないし…きっとただの噂だよ」

実際には事件を起こしていたのだが、生徒会上層部と職員組合のトップの間で情報が隠ぺいされていた。
彼らの威厳に関わる事態でもあったので、外部には洩らすなと生徒会長から直々に言われていたのだ。
しかしやはり噂は立つもので、最近ではもっぱら『手品師』の話題が生徒の間で盛り上がっていた。

純「まあね。でもなんかカッコイイじゃん。最強の魔技使いなんてさ」

軽音部としても、『手品師』が超特A級の魔技使いだと判断したのはそのたった一つの事件が
きっかけだったに過ぎない。

それは単純に校長室に何者かが侵入しようとした事だった。普通なら誰かがイタズラで
忍び込んだということで済んだかもしれないが、桜高の場合は違う。

桜高のどの施設よりも強固なセキュリティで固められた校長室は、あらゆる魔技を通さない特殊防壁に、
並のミサイルではびくともしないほど分厚い壁で覆われた要塞である。
例え忍び込めたとしても、何重にもに張り巡らされた警備網によってすぐに生徒会執行部に通報がいく。

それほどの場所に、単体で忍び込んだのだ。
セキュリティは全て解除され、警備システムも見事に破られていたが、忍び込んだ形跡があっただけで
校長室の中は何の物的損害もなかった。
まるで自分の能力を誇示するかのように、足跡だけを残して華麗に桜高史上前例のない
大犯罪をやってのけたのだ。

梓「……ただの噂で終わってくれればいいけどね」

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中間テスト1日目の放課後。

唯「一日目終わったぁー!」グダー

律「ヤマがことごとく外れた…もう終わりだぁ」グッタリ

澪「おいおい、あと2日あるんだぞ。帰って勉強しないと」

紬「でもせっかく部室に来たんだし、お茶でも飲みましょ♪」

梓「あ、私レモンティーで…」

テスト期間中は軽音部の仕事も量を減らしていたが、『手品師(マジシャン)』の調査だけは
5人で続けていた。
勉強との両立は過酷だったが、なんとかテスト初日は乗り切った様子だ。

澪「流石に今日くらいは『手品師』の調査はいいだろう」

律「ったく、なんでよりにもよってテスト期間中に仕事増やすんだよ…」ブツブツ

唯「でもさぁ、全然手がかりないし、もしかしたら本当に職員組合の自作自演かも」

紬「そんなことしても誰も得しないわ。動機と目的が分からない以上、調べるのが難しいのは仕方ないんだし
  地道にやっていくしかないのよ」

やや諦め気味の唯に対し、紬が諭すように話す。

律「もうその話は止めようぜ。気が滅入る」

澪「そんなこと言って、お前は地味な仕事が嫌いなだけだろ」

律「もっとこう、どかーんと解決できる事件ないかな~」

律が愚痴をもらす。それに対し、梓は少し遠慮がちに話題を元に戻した。

梓「……あの、オカルト研の人たちが捜査対象になることはないんですか?」

紬「う~ん…。あそこなら確かにセキュリティ突破も可能かもしれないけど…」

澪「オカルト研…通称『異常魔技適合者隔離施設』か」

梓「はい…」

唯「でもオカルト研の人たちはみんな良い人ばかりだよ?そんなことするとは思えないよぉ」

律「唯がそう思っててもな…あそこは所謂、タブーの領域なんだよ。一般生徒は誰も近寄らない」

澪「あそこの人たちは確かに悪事を働くようなことはしないかもしれない。
  ただ、隔離施設と称して彼らを利用するやつが居ることも、ほぼ確実なんだよな…」

梓「なら余計に調査するべきなんじゃ…!」

紬「いえ、オカルト研は軽音部の調査対象からは除外されているわ」

梓「…!なんでですか!?」

澪「…つまり、彼らを利用している奴ら…それこそ生徒会長ですら逆らえない上層部からの圧力だ。
  おそらくオカルト研の異常なほどの魔技能力を違法に研究、利用しているんだろう」

梓「そんな…!」

律「正直な話、今回の『手品師』事件の最重要参考人に上がることは間違いない。
  だけど私たちじゃどうすることも出来ないんだよ」

梓「でも…!!」

梓が語気を荒めて反論しようとした時、5人の携帯が一斉に鳴りだした。

ギュイッ ギュイッ ギュイッ

「!!」

全員に緊張が走る。
緊急要請の知らせは4月の巴マミの件以来だ。

律「…アンプに繋げるぞ」

ザザ…というノイズと共にアンプから生徒会長、真鍋和の声が響く。

「緊急事態発生よ。軽音部は大至急職員室に来て頂戴」

緊急を知らせる割に淡々と告げる声はそこでプツンと切れた。

澪「どうやら出動要請というわけじゃなさそうだな」

唯「テスト中に何かあったのかな…?」

律「とにかく行ってみよう。『楽器』の準備は必要ない」

5人とも強張らせた表情を元に戻したが、それでも緊張感は残っていた。
不安な面持ちで部屋を出て、職員室へと向かう。

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律「…失礼しまーす」ガチャ

和「来たわね」

軽音部が職員室に入ると、そこには生徒会トップの役員が数人、そして張りつめた空気を
更に重くするほど険しい表情をした教職員が大勢居た。

澪「何が起きたんだ?」

和「……『手品師(マジシャン)』が現れたわ」

梓「!!」

和「そしておそらく、前回の事件より深刻な事態であることは間違いない…」

神妙に語る和に軽音部は困惑した。

紬「『手品師』は何を…?」

紬が質問すると、先生の一人が黙って一枚の紙を渡した。

律「?…なんだこれ」


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最終更新:2011年05月25日 22:55