3年生の数学のテスト用紙…傍目から見ればただの紙だが
答案を見た律は驚愕のあまり紙を落としそうになった。
そこに描かれていたのは赤ペンで塗りつぶされた人間の絵…そしてその下には大きく文字が書かれていた。
『天罰を下す時が来た。悪を為す教員組合に正義の裁きを。血の祭りは学園祭の幕と共に上がる』
澪「な……!?」
5人が言葉を失っていると、先生の一人が事の起こりを説明し始めた。
先生「犯行予告はこれだけじゃない。3年生の数学の解答用紙、全てに似たような落書きがあった」
唯「す、全てってことは…400人近い生徒がこれを!?」
先生「もちろん誰一人としてこの落書きには気付かなかった。魔技対策を施していた私たち教職員ですら、
解答用紙を回収してここに持ってくるまで気付かなかったのだ」
澪「…生徒はこのことを知っているんですか?」
和「幸いにもこのテストを受けた生徒はみんな、自分がちゃんと数学の問題を解いたを思っているわ。
だけど情報はどこから漏れるか分からない…拡散することだけは避けたいわね」
先生「当然、今回の数学のテストは返却しない。ただし今すぐにこの回答用紙を処分することもしない。
君たち軽音部にこの事件の調査を依頼したいのだよ」
律「…ま、確かにこういう事件は私たちの得意分野ではあるけどさ…」
先生「君たちに拒否する権限はない」
律「へいへい、了解いたしやした…」
先生「それから、中間テストは引き続き行っていく」
律「はぁっ!?」
先生「確かに今回の事件は前代未聞の非常事態と言わざるを得ない。しかしテストを中止する理由にもなるまい」
澪「それじゃあ私たちは『手品師(マジシャン)』の調査とテスト勉強を並行してやれと?」
先生「そうだ」
律が今にも怒鳴りそうな剣幕で一歩踏み出したが、和がそれを阻止した。
和「分かりました。ですが軽音部だけに負担をかけるのは得策とは言えません。
これほど大規模な魔技の使用痕跡を調べるだけでもかなりの手間と時間がかかります」
先生「ほう、何か他に手段があるというのか?」
和「調査にオカルト研の協力を希望してもよろしいでしょうか」
先生「…! それは私の一任では決められないな。少なくとも教頭先生の許可が必要だ」
教頭「私ならここに居る」
先生「!教頭先生…」
教頭「
真鍋和生徒会長の意見ももっともだ。いいだろう、オカルト研の顧問の先生には私から言っておく」
和「ありがとうございます」
教頭「ただし、『手品師(マジシャン)』に関する事以外にオカルト研と接触することは禁止する。
無用な詮索は認められない」
和「結構です。さっそく軽音部に調査を開始させます」
律「お、おい和…」
和「行きましょう」
和はそう言って軽音部を外に連れ出した。
和《かなりキツイかもしれないけど、調査の方頼んだわよ》
廊下を一緒に歩きながら、突然『知覚網(シェア)』で軽音部に話しかける。
5人は顔色一つ変えずに『知覚網』に対応した。
律《テスト終わってからじゃ駄目なのかよ》
和《仮にもあなたたち防諜機関でしょ。情報は新鮮なうちに活用しないと》
澪《それはそうだけど…あの答案用紙で手がかりを掴むなんて短時間で出来るわけない》
和《そのためにオカ研の協力の許可を貰ったんじゃない》
律《…オカルト研が『手品師(マジシャン)』の隠れ蓑だって可能性に賭けるのか?》
和《そうじゃないわ。オカ研の人たちの力を借りるのよ。どんな魔技を使うのかは分からないけど、
おそらくあなたたちよりも強い魔力を持っている。そういう意味で協力を頼んだの》
紬《…もしもオカ研がそれを断ったら?》
和《その時はオカ研を『手品師(マジシャン)』の容疑者として捜査すればいいわ》
澪《えっ…でもそれはしないという条件なんじゃ》
和《時には型破りの手段も必要よ。むしろそのための軽音部でしょう?上手くやって頂戴》
律《…バレたら和の立場だって危なくなる。相手は教職員なんかより上の権力なんだぞ?》
和《分かってるわよ、それくらい。だけどこれはチャンスでもあるの。奴ら…教員組合が裏で不正や闇取引を
している証拠を掴むには絶好の機会だわ。今まで以上に危ない橋を渡ることになるけど、軽音部なら
『手品師(マジシャン)』を捕まえることも、奴らの汚職を暴くことも不可能じゃない…そう信じてるわ》
唯「和ちゃん…」
和の意志を受け止め、軽音部は目的地へ向かった。
和「…さ、着いたわ。ここがオカルト研、いえ『異常魔技適合者隔離施設』ね。
言っておくけどここから先は魔技は使えない。後は頼んだわよ」
一見、何の変哲もない教室の扉の前で5人は和と別れた。
澪「ここが…オカ研…」
律「…ビビってても始まんないぜ。堂々としてりゃいいんだって」
そう言うと律は思い切り扉を開けた。
律「たのもーっ!!」バンッ
?「ひぇっ!だ、誰ですかぁ!?」
澪「バ、バカっ!そんな大声だす奴がいるか!」
唯「シャロ~元気してた~?」
シャロ「この声は…唯さん!?久しぶりですぅ~!」
梓「え…唯先輩の知り合いなんですか?」
手を取って喜ぶ二人を、軽音部の面々は茫然と眺めていた。
ネロ「シャロ~そいつら誰~?」
コーデリア「なんて美しい再会の喜び…ああ、そこは二人だけの世界…!」ウットリ
エリー「もしかして……一年の時の……軽音部の…人…?」
教室の奥から出てきたのは奇抜な格好をした生徒3人――かつてミルキィホームズとして
探偵クラブを作ったメンバーだった。
アンリエット「あなたたちが軽音部ですか?」
律「は、はい…(すげぇ美人な先生だな…おまけにボインだ)」
アンリエット「話は聞いています。この子たちが『手品師(マジシャン)』の捜査を手伝うということですが…」
シャロ「私たちが唯さんたちのお手伝いをするんですか!?」
ネロ「なんの話だよぉ聞いてないぞそんなこと~」プンプン
アンリエット「正直、力になれるかどうか…」
アンリエット会長、つまりオカルト研の顧問の先生は困ったような口調で言った。
対する軽音部は揃って顔を見合わせ、なんだか想像してたのと違うぞ、とでも言いたげな雰囲気だった。
律「(おいおい、ホントにこの中に『手品師』の鍵になる人物がいるのかよ)」ボソボソ
澪「(わ、私に聞くな…)」ボソボソ
ネロ「そこっ。何コソコソしゃべってるんだよ~」
澪「す、すいません…」
シャロ「まあまあ、ネロ。ところで唯さん、私たちが手伝うって、どーゆうことですか?」
唯「実はね、『手品師(マジシャン)』ていうすごい魔技使いが悪い事してるんだ~。
私たちだけじゃ捕まえられないから、シャロの力を借りたいんだけど…」
シャロ「それでしたらお安い御用です!さあみなさん、唯さんたちに協力しましょう!」
ネロ「ちょっと、何勝手に決めてるんだよぉ~」プンプン
アンリエット「シャロ、あまりみだらにトイズを使うのは駄目ですからね」
梓「トイズ?」
アンリエット「あなたたちで言う所の魔技です。この子たちはこの隔離教室に居る限りはトイズを使えませんが、
一旦外に出たら収拾がつかなくなる恐れがあります。その時はちゃんと抑え込んであげて下さい」
紬「収拾がつかなくなる…どうなるんですか?」
アンリエット「所謂暴走です。特にシャロのトイズ『念動力(サイコキネシス)』は暴走すると危険ですから、
そうなる前に平沢さんの『憑依(ジャック)』で無理にでも抑えてください」
唯「あれ?なんで私の魔技を知ってるんですか?」
アンリエット「私はさわ子先生と対魔技用思考楽器を共同で開発しているのです。軽音部の魔技については
良く知っています」
律「そ、そうだったのかよ…意外な接点じゃねーか」
だったら最初からこんな回りくどいことをせずにさわ子に頼んでオカルト研を調べられたのに、と
律は心の中で思った。
澪「『念動力(サイコキネシス)』か…私の『念動波(テレキネシス)』とほとんど同じ能力だ」
シャロ「よろしくお願いします!軽音部のみなさん!」
~~~~~
ネロ「…んでさ、私たちは何をすればいーの?」
律はとりあえずオカ研改めミルキィホームズの4人を部室へ招き、作戦会議を開いた。
澪「そうだな…今私たちがするべき事はこの答案用紙から魔技の痕跡を探ることだ」
澪は山積みになった答案用紙を指差して言った。
紬「ちなみにシャロさん以外はどんな魔技…トイズが使えるの?」
ネロ「私は『電子制御(ダイレクトハック)』だね。電気で動かせるものならなんでも操作、変形できるよ!」
コーデリア「私のトイズは『五感強化(ハイパーセンシティブ)』と言って、その名の通り五感を強化できるわ」
紬(…私と同じ感知系、もしくは意識干渉系ね)
エリー「わたしは……『怪力(トライアセンド)』…です」
律「お、もしかして私と一緒!?」
エリー「そ、それは……分かりませんけど…」オドオド
澪「……っていうか…」
梓(…この人たちの魔技、全然役に立たないんじゃ……)
みるみる内に軽音部のメンバーに不安の表情が浮かんでいった。
そんなことはおかまいなしに、ミルキィホームズの4人は適当にくつろいでいる。
コーデリア「この答案用紙からトイズの特性を調べればいいのね?」
話が先に進まないと思ったのか、コーデリアが意見した。
律「特性…というか、まぁ何か手掛かりをだな…」
コーデリア「なら私に任せて!こういうのは得意よ」
澪「得意って…パターン分析とか一人じゃ出来ないだろ」
シャロ「大丈夫ですよ澪さん。コーデリアさんは感知系のトイズの限界を超えてますから!
それぞれの用紙からどんな微細なトイズの痕跡も見つけ出せます!」
コーデリア「そういうことだから、ちょっと一人にしてくれないかしら。
私のトイズは繊細だから周りに人が居ると集中できないのよ」
ネロ「コーデリアがそう言ってんだから行こうよ。そんでムギ、お菓子の追加お願~い」
ネロがムギのお菓子を両手に持ちながら部室から出て行こうとした。
律「…まぁ任せてみるか。ちなみにどれくらい時間かかる?」
コーデリア「これくらいの量なら1時間もいらないと思うわ」
律「そりゃ頼もしい。あと、くれぐれも答案用紙は大事に扱ってくれよ」
コーデリア「はいはい」
シャロ、ネロ、エリー、そして軽音部の5人は部室を出て、コーデリアの鑑定が終わるまでの間
今後の作戦を話し合った。
律「…中間テストが終わったら2週間もしないうちに学園祭だ。それまでに『手品師(マジシャン)』を
とっ捕まえないと」
紬「だけど私たちにもテストがあるし…それにライブに向けて練習もしなくちゃいけない」
シャロ「私たちでなんとかしてみせますよ!」
意気揚々とするシャロだったが、流石にミルキィホームズにこの件を丸投げするわけにはいかない。
律「シャロ…気持ちはありがたいけど、捜査するのは基本的に私たちだ。
ミルキィホームズには必要な時に声をかける」
ネロ「私たちだって探偵だぞー!」
エリー「…とりあえず…コーデリアさんの鑑定の結果を見ないと…次の手は…打てないと思います…」
唯「エリーさんの言う通り、今はコーデリアさんが上手くやってくれるのを待つしかないよぉ」
梓「そうですね…それはともかく」
これ以上『手品師(マジシャン)』の話をしても埒が明かないと思った梓は、話題を変えようとした。
梓「ミルキィホームズの皆さんはどういう経緯でオカルト研に?」
途端に全員の表情が固まる。
一瞬にして場が重苦しい空気に支配された。
唯「あ、あずにゃん…それは…」
シャロ「いえ、大丈夫ですよ唯さん。確か梓さんは今年1年生になったばかりなんですよね?」
梓「え、はい…そうですけど…」
何かまずいことでも言ってしまったのだろうかと梓も不安になった。
シャロ「なら知らなくても無理がありません。私たちは最初、とある事件の容疑者として
捕まった身なんです」
律「……私も実は詳しい事は知らないが、噂程度に聞いたことがある。
去年、まだ軽音部が今ほどに生徒会から権力を与えられていない頃だったから情報が入らなかったんだ」
先程まで元気にお菓子をパクパクと食べていたネロが伏し目がちになり、エリーも話題に乗りたくなさそうに
顔を背けた。
シャロ「………」
澪「…梓、『手品師(マジシャン)』に関する事以外でオカルト研と接触してはいけない…もう忘れたのか?」
梓「あ……」
最初、ミルキィホームズが機密機関とは思えないくらい能天気な人柄だったので梓はつい口を滑らせたのだ。
しかしオカルト研との関係性に話題が及んだ時のこの重い雰囲気から察するに、きっと過去に何かしら
重大な出来事があったのだろう。
シャロ「…これ以上しゃべると怒られちゃいますから…すいません」
本当に申し訳なさそうに頭を垂れるシャロに対し、梓も謝る。
梓「私の方こそすいません…無神経な質問しちゃって…」
全員の気分が落ち込んでいた時、不意に音楽準備室の扉が開いた。
コーデリア「みなさ~ん!解析終わりましたよ~……って、なんだか元気ないわね」
律「おお、かなり早いじゃんか。まだ20分経ってないのに」
コーデリア「正直、手掛かりになった部分はほんのわずかよ。かなり注意深くトイズの痕跡を消していた
みたいだったから」
澪「そうか…ここじゃなんだし、部室で話を聞こう」
メンバーがぞろぞろと部室へ入る。
それぞれ適当な所に腰かけてコーデリアの報告を聞いた。
コーデリア「まず、証拠として使えそうな答案用紙はこの10枚ね」
そう言って机の上に紙を並べていく。
律「?何も変わったところはないみたいだけど…」
コーデリア「実はこの10枚だけ他の答案用紙と比べて文字にトイズの搾りカスみたいな
ものが付着していたの。そしておそらく、これは各クラスで一番トイズ耐性の強い
一般生徒の答案用紙だと思うわ」
紬(…私の『局所解析(ポインティング)』でも全く判別できなかったのに……すごい…!)
律「どうしてそんな事が分かるんだ?」
コーデリア「多分だけど、『手品師』はそれぞれのクラスのある生徒に『憑依(ジャック)』を仕掛けて、
それを中心にクラス全員に『憑依』を感染させていったのね。
その方が効率がいいし、なにより足が付きにくい」
梓「…でもなんでわざわざトイズ耐性の高い生徒を?それじゃ『憑依』するのが難しいんじゃ…」
コーデリア「『憑依』された生徒が自律的に『憑依』に対抗するための『対抗魔力』を発動させた
痕跡もあったのよ。トイズ耐性の無い生徒は大きなトイズをかけられると『対抗魔力』が
発生せずに『憑依』が中々解けないことがあるの」
唯「??なんか良く分かんない…」
澪「…つまり徹底的に足跡を残さないために、わざわざ耐性のある生徒に『憑依(ジャック)』したのか…。
耐性のある生徒10人に『憑依(ジャック)』しただけでも、信じられないくらいの魔技能力であることが
うかがい知れるな」
ネロ「へぇ~、そんなすごい奴がいるもんなんだね~」
律「コーデリア、他に何か分かったことは?」
コーデリア「…そうね…この10枚の答案用紙を解析して分かったのは、『手品師』が意識干渉系のトイズに
特化していること…そしてごく少量だけど、濃度の高い身体変化系、感知系、空間座標干渉系、
時間操作系、物体生成系、現象系…あらゆるタイプのトイズが検出されたわ」
律「な…なんだと!?」
澪「そんなの有り得ない!10人同時に『憑依』するだけでも個人が持つ能力の限界を超えているくらいなのに、
それに加えて高濃度かつ数種類の魔技タイプも使っているなんて……!」
コーデリア「いえ…おそらく私たちは何か、重大な勘違いをしていたのかもしれないわ」
エリー「…どういう…こと…?」
最終更新:2011年05月25日 23:00