コーデリア「………っ!!」ガタン!!
目を閉じてマミを検査していたコーデリアが突然体を震わせ始めた。
紬「!?コーデリアさんっ!どうしたんですか!?」
コーデリア「ちょ…ちょっとこれ…私のトイズが逆探知されてる……っ!?」ガクガク
マミ「なんですって!?」
体の自由が利かないのか、コーデリアは小刻みに震えたままその場から動かない。
マミもコーデリアに両手を掴まれているせいか、離すことができずにいた。
マミ「くっ…!」バタン!
マミが無理やり掴んでいた腕をひっぺがし、コーデリアの震えも止まった。
はぁはぁと息遣いを荒くして地面に座り込む。
紬「コーデリアさん、逆探知された…って…どういうこと?」
コーデリア「こ…この『憑依(ジャック)』に感知系のトイズが触れた瞬間、私の中に侵入してきたの…!
罠だったんだわ…!!」
マミ「で、でも私自身は何も感じなかったわよ?」
コーデリア「『手品師』……こんなに見事に他人の中に逆探知できるトイズを残しておくなんて只者じゃないわ。
マミさん自身が気がつかないのも無理ないわよ」
紬「そんな…!じゃあもしかしたら『手品師』は他の生徒にも似たようなことを?」
コーデリア「その可能性は大いにあり得るわね。いえ、むしろ確実と思ってもいいかも…」
マミ「…『手品師』はとことん、自分の情報を知られたくないのね」
コーデリア「でも安心して頂戴!逆探知されながらも私、ちゃ~んと『手品師』の痕跡はゲットしたから!」
紬「ホント!?コーデリアさんすごい!」
コーデリア「さっそく皆に知らせましょう!」
こんなにも早く手掛かりを見つけられるとは。
紬は喜び勇んでまだ学校の中にいると思われる軽音部のメンバーと『知覚網(シェア)』を繋いだ。
紬《みんな、聞こえる?『手品師』に関する貴重な追加情報を手に入れたわ!》
澪《本当か!?》
紬《ええ。コーデリアさんのおかげよ》
梓《それで、どんな手掛かりを?》
紬《コーデリアさんは『知覚網(シェア)』を使えないから、もう一度全員で集合してから
口頭で伝えた方がいいかもしれない》
梓《分かりました。ところで唯先輩と律先輩とは繋がってないんですか?》
紬《唯ちゃんは繋がってるみたいだけど、りっちゃんは圏外か『知覚網(シェア)』を遮断してるわね》
澪《おーい唯~。どうした~》
唯は澪の呼びかけにも応じず、しばらく沈黙が続いた。
紬「……?」
紬が不思議に思っていた、その時。
唯《みんなっ!!シャロが!シャロがあああっ!!》
突然声を張り上げる唯に、澪がすぐに反応する。
澪《どうした唯!シャロがどうしたんだ!?》
唯《分かんない…っ!急にシャロが倒れたかと思ったら…私も吹っ飛ばされて!
気がついたら教室も廊下も崩壊してて!!》
紬《落ち着いて唯ちゃん。場所はどこ?》
唯《第3棟の…とにかく棟全体がもう原形を留めてないんだよぉ…
私は今2棟の渡り廊下にいるから、早く助けに来て!》
紬はハッとして窓から第3棟の方を見た。
マミ「な……なによ…アレ…!」
遠目からでも分かる。むしろ今まで何故気付かなかったのだろうか。
音も無く建物が分解し、コンクリートの壁が曲がり、ねじ切られた木片が
第3棟の一帯で中に浮かんでいる。
まるでファンタジーの世界のような異様な光景が広がっていた。
紬《私も今、肉眼で確認したわ!急いでそっちに向かう!》
紬は唯のいる第2棟渡り廊下へ走りだした。
~~~~~
ネロ「お~い、どーしたんだよ~」
梓「そ、そんな…信じられない」
ネロ「?…………」
ネロは、目を見開き体を硬直させたまま窓の外を見ている梓の目線を追う。
ネロ「うげっ!?あ…あれは…シャロ!?」
比較的第3棟に近い場所に居た梓たちは中に浮かぶ瓦礫を真下から見上げる形になった。
梓はその光景に圧倒され、言葉も出ない。
ネロ「まずい!シャロのトイズが暴走したんだ!梓、こんなことしてる場合じゃないぞ!
早くしないと…桜高がつぶれる!!」
一直線に瓦礫の山へ走って行くネロの後を、梓は無言のまま追いかけて行く。
梓(あれがシャロさんの魔技『念動力(サイコキネシス)』……澪先輩の『念動波(テレキネシス)』どころじゃない…!
桁が違いすぎる…あんなの、抑えられるわけない!)
~~~~~
エリー「澪…さん?」
澪「……シャロが暴走した」
澪がそれだけ告げると、エリーは口に手をあて、息を呑んだ。
澪「『手品師』は後回しだ。シャロを救出するぞ!」
エリー「ま、待って下さい…」
澪「…?」
エリー「シャロの暴走は…それがどんな原因であれ…私たちミルキィホームズの責任です…。
軽音部の方々を…危険に晒すわけにはいきません…!これは私たちの問題です…」
澪「エリー……」
澪の袖を掴んだまま首を横にふるエリーの目は力強かった。
しかし…
澪「だけどエリー、それは違う。責任の有無じゃないんだ。
被害を受けている人が居る…例えそれが暴走している魔技の使い手だとしても、
私たちにはそれを助ける義務があるんだ。同じ魔技使いとしてもね…」
澪「それに軽音部はエリーが思っているほど弱くないよ。大丈夫、きっと助ける」
そう言って澪はエリーの手を掴み、一緒にシャロのいる第3棟へ向かった。
~~~~~
紬「ハァ…ハァ…ゆ、唯ちゃん!」
唯「ムギちゃん!コーデリアさんも!」
コーデリア「は、走るの…ツライわ…」ゼェゼェ
唯「そんなことより、シャロの魔技が…!」
唯の指差した方向は崩壊している校舎の中心部――シャロがいる場所だ。
しかし浮遊している瓦礫によって目視はおろか、近づくこともできない。
コーデリア「…!シャロのトイズの範囲が広がっている…!」
時間が経つにつれシャロを中心にした『念動力(サイコキネシス)』の半径が広がっていく。
コーデリア「早くしないと桜高全部が呑みこまれてしまう…!
それでなくてもシャロの暴走が止んだ時、このままだとシャロが潰されちゃう!」
唯「そんな!私たちはどうすればいいの!?」
コーデリア「…前にも一度だけ暴走した事があったわ。その時は誰も手だしが出来ないまま
シャロの暴走が止まるのを待つしかなかった。周りに物がなかったから…!」
コーデリア「あの子を止められるとすれば、平沢さん…あなたの『憑依(ジャック)』でシャロの
トイズを乗っ取るしか方法はないわ…!」
唯「だったら行かなきゃ!」
唯がちぎれたコンクリートの海へと走りだそうとした。
紬「今行っては駄目!唯ちゃんも潰されちゃう!」
紬が唯の腕を引っ張り、それを止める。
唯「離してっ!ムギちゃん…っ!私が行かないと…シャロを助けられないんでしょ!?」
紬「今は無理よ!あの『念動力(サイコキネシス)』の領域がどうなっているのか状況が把握できない以上、
迂闊に近寄ってはいけないわ!」
唯「でも!」
唯は強引に行こうとあがいた。
コーデリア「唯さん、気持ちはすごくありがたいわ…だけどシャロの『念動力(サイコキネシス)』は
その領域に入ったもの全ての自由を奪ってしまうの。それに対抗する手段がなければ…」
唯「シャロの魔力そのものに対抗するなら、私の開放系魔技を使えば…!」
エリー「ゆ…唯…さん…!」ハァハァ
紬「エリーさん!?それに澪ちゃんも…!」
唯たちの元にエリーと澪が到着し、息を切らしたエリーが唯の言葉を遮った。
エリー「唯さん…いくら開放系の魔技を使っても…シャロの暴走したトイズを全身に浴びたら…
ひとたまりもありません…!」
唯「確かに私は開放系に特化してないけど…やってみなくちゃ分かんないよ!」
澪「…ムギ、状況を説明してくれ」
澪が冷静に訊ねた。
紬「あの中心にシャロがいるの。それを助けるためには唯ちゃんの『憑依(ジャック)』を使わなきゃいけない…」
澪「なるほど…それで唯の魔技では対抗できるかどうか分からない…」
唯「澪ちゃん!」
唯がせがむように澪を見る。
澪「…よし…ムギ。ギー太の出力を150%にしてくれ」
紬「150%!?無茶よ!」
澪「それからエリザベス、むったん、キー坊、ドラ美をギー太経由で唯に」
紬「!!…駄目…今度は唯ちゃんが壊れちゃうわ!」
エリー「…?」
コーデリア「まさか…あの『楽器』を全部唯さんに…?」
唯「え…」
紬「そんなことしたら唯ちゃんのキャパシティが耐えられない!」
澪「でもそれしかないんだ。私は唯を信じてる」
澪が唯の方を向いた。
唯「澪ちゃん…」
澪「それに、もうすぐ『無人軍隊(アームズ)』も動く」
紬「!!」
澪「そうなってしまったらシャロは本当に助けられなくなる…!
奴らは依頼を受けたら人質の命も省みない連中だ」
声は落ち着いていたが、澪の全身からは怒りが噴出しているように緊張していた。
澪「だからムギ…時間がない。やってくれ」
澪の迫力を前に、紬は観念したようにため息をついた。
紬「…分かったわ。私も唯ちゃんを信じる」
ズズズ・・・・・・
唯「うっ!?」
唯が苦しそうに体を丸めた。
コーデリア「唯さん!」
澪「唯!」
唯「だ…大丈夫。シャロは任せて!」
唯は苦悶の表情で無理やり笑ってみせると、そのまま『念動力(サイコキネシス)』の中へと走って行った。
紬「…どうか二人とも無事でいて…」
~~~~~
ネロ「くっそ~!このままじゃ近づけないよ!」
梓「ネロさん、ここは一旦引いた方が…」
ネロ「そんなこと出来るわけないだろ~!」
『念動力』の領域に入ることも出来ず、ネロは爪を噛みながら叫んでいた。
梓「あっ!あれは…唯先輩!?」
遠くで唯が瓦礫の山に突入していく所を目撃した。
すると微動だにせず浮いていたコンクリートの破片が轟音と共に次々と外へ放り出されていく。
ブォン! ズドォン…!!
ネロ「あいつ…『念動力』の作用を無理やりひっぺがしてるんだ!」
梓「そんなこと、唯先輩が出来るの…?」
ネロ「普通、シャロのトイズに物理的な干渉は効かない…エリーの『怪力(トライアセンド)』で
ギリギリ動きを止められるかどうかってレベルなんだ」
梓「じゃあ唯先輩はどうやって…?」
ネロ「あれはシャロのトイズに魔力を直接ぶつけて動かしてるんだ…。
でもそれだけの魔力を開放して、肉体が無事でいられるわけが…!」
梓「!!」
ネロ「…ボクたちに出来ることは何もない。シャロのことはアイツに任せるしかない…」
梓「どうして!このまま見殺しにするんですか!?」
ネロ「うるさい!!」
突然ネロが怒鳴り、梓はビクッと体をこわばらせた。
ネロ「シャロだけじゃない…ボクたちも自分の力の強大さを前に無力だってこと、痛いくらい
分かってるんだ…。今のシャロに対してミルキィホームズは何もできない…」
梓「………」
ネロ「だから今はボクに出来ることをやる!このまま生徒会執行部や『無人軍隊(アームズ)』を
介入させるわけにはいかない!行くぞ梓!」
~~~~~~~~
同時刻、オカルト研にて
アンリエット「…シャロが暴走したようですね」
?「執行部は既に動いています。バレー部にも出動要請がかかったみたいですけど…」
アンリエット「こんな貴重なサンプルデータをみすみす生徒会ごときに渡すものですか。
あなたの力を使って生徒会側に圧力をかけては頂けませんか?」
?「会長が直接行って執行部の犬どもを蹴散らしてやればいいのでは?」
アンリエット「…私が表舞台に立つことはありません。そのことはあなたも十分御存じでしょう?
シャロのトイズをギリギリまで暴走させるために、執行部およびバレー部には
事態が収まるまで『現状維持』を依頼しましょう…」
?「…ふふっ…会長もとことん鬼畜ですね」
アンリエット「…軽音部の妨害も、宜しくお願いしますよ」
?「任せてください…」
~~~~~~~~
唯は体中を巡る魔力の渦と、全身に浴びるシャロの魔力に耐えていた。
ちょっとでも気を緩めると意識を保つことすらままならない。
唯(……ぐっ…!)
ドゴォッ!!
バギッ!
唯はその天性のバランス感覚で開放系と身体変化系を操り、
シャロのトイズによって空中に完全固定された瓦礫を退かしながら中心部へ向かって行く。
唯(シャロ…どこにいるの!?)
息を切らしながら進んでいくと、ひときわ大きなコンクリートの山があった。
まるで何かを覆うように、その部分だけ盛りあがっている。
唯(…もしかして、この中に…?)
唯は全身に力を込め、そのコンクリートの山を崩していく。
唯「!…シャロ!!」
そこには気絶し、地面に倒れているシャロの姿があった。
唯「今助けるからね!」
唯が叫び、シャロの元へ駆けつけようとしたその時――
バゴンッ!!
唯「ッ!?」
唯の土手っ腹に鈍い衝撃が走る。
一瞬にして唯は近くの壁に体を打ちつけられた。
唯「かは…っ!」
身体硬度の強化と開放系魔技によって魔力を纏わせていたにもかかわらず、唯の体は
5メートルほど吹っ飛ばされた。
「そこまでよ。ここから先は私たちバレー部に主導権が与えられています」
唯「!!…その声は…瀧エリ!?」
エリ「軽音部はこの案件に手出しする権限は与えられていません。即刻退去を命じます」
シャロのいた瓦礫の山のすぐそばに立っていたのは、『無人軍隊(アームズ)』の第1級補佐官、
通称『鬼神』の瀧エリだった。
唯「そんな…!シャロはどうするの!?」
エリ「シャーロック・シェリンフォードの能力暴走が収まるまで誰も彼女に手出しをしないよう
命じられています」
唯(…そんな…『無人軍隊(アームズ)』がこんなところまで介入するなんて…!)
エリ「立ち退かないのであれば…強制措置を取らざるを得ないよね」ニヤァ・・・
ヒュッ
唯「!」
ベコッ!!
唯「あう…っ!」
唯が反応するよりも速く、瀧エリの攻撃が直撃する。
唯(く…!なんでエリは『念動力(サイコキネシス)』の中をあんなに自由に動けるの…!?)
エリ「同じ武力組織のよしみとして見逃してあげてもいいんだよ?」
唯「…あなたたちは…シャロをどうするつもりなの…?」
体の中で限界まで増幅された魔力と瀧エリの攻撃によって、唯の意識は極限状態にあった。
やっとのことで言葉をふり絞るが、今にも気を失いそうだ。
エリ「さあ?とにかく私たちバレー部にかかった要請は、この異常空間をできるだけ維持すること。
それを邪魔しようとする君たち軽音部は排除の対象ってだけだよ」
唯「………!」
もはや唯の脳は正常に機能していなかった。
エリが何か言っているが、何も聞こえない。
唯(もう…駄目……)
目の前が真っ暗になった。
最終更新:2011年05月25日 23:04