「軽音部と『手品師』って…」
「『無人軍隊(アームズ)』の邪魔した……そう、軽音部…部長が…」
「…学園祭を妨害するって……権力の乱用だって話……」

律(…なんで私たちの噂がこんなに流れているんだ…!?
  しかも悪い噂ばっかじゃねーか…『手品師』とつるんでるだと…!?)

基本的に軽音部もバレー部と同様に内部情報を公にしていないため、様々な噂が立つことは
おかしなことではない。

しかし『手品師』との繋がりなどとデマを流され、しかもかなりの生徒がその話をしている。

律は『知覚網(シェア)』で紬に話しかけた。

律《ムギ!何か変わったことはないか?》

紬《どうしたのりっちゃん?》

律《…何やら生徒の間で、軽音部と『手品師』の繋がりを示唆する悪評が流れている》

梓《律先輩!私の居る2年教室でもその噂が流れています》

唯《ど、どういうこと…?》

梓の居る各学年教室は、この学園祭でも人が数多く往来する場所だ。
そこで噂が流れているなら、すでに広範囲に拡散しているに違いない。

紬《…実はさっき、校内全域にかなり微小な魔技の反応が検出されたの。
  技術部は魔技防壁ネットワークの誤差だと言っていたけど…》

澪《……全域に、微小な魔技…?》

唯《!! もしかして意識干渉系の魔技で、ありもしない噂を生徒に植え付けたんじゃ…!》

律《それだ!あの野郎、私たちに喧嘩売るつもりか!?》

律が見当違いの怒りを表す。

紬《で、でもこんなに広範囲に一度に意識干渉系を仕掛けられるかしら…?》

澪《…いや、この場合、軽音部と『手品師』が関係あるという情報だけを一般生徒に
  『記憶改変(インプット)』したんじゃないか…?》

唯《…確かに、それくらい単純な『記憶改変(インプット)』だったら私でも出来るよ》

唯が自信ありげに言う。

梓《…つまり限りなく薄めた情報を学校中に広く散布した…。
  でも発信源が局所的でなく、学校全体に反応したのは何故…?》

通常、一人の魔技使いが魔技を使えば、それがどんなに広範囲に及ぶ場合でも
発信源は一つしかない。
しかし紬が言うことには、発信源が校内全域だということだ。

澪《……やはり魔技防壁ネットワークのエラーか…?》

澪がそう呟いた、その時――



ドオオオオオオオオン・・・・・・・!!!



全員「!!?」

桜高が揺れた。

爆発――どこだ!?

全員が轟音の鳴るほうを探した。

律《講堂だ!!屋根が吹き飛んだ!!》

攻撃されている。
律の叫びから、軽音部に一瞬にして緊張が走った。

律《唯だけ来てくれ!他は一般生徒の避難誘導を!》

どんな非常事態でも、軽音部は迅速に対応することが求められる。
メンバーは律の的確な指示に冷静に「了解」とだけ言うと、迷わずに自分のするべきことを
把握し、行動に移した。


~~~~~


唯は講堂へと走った。
学校は一斉にパニックになり、唯はその流れに逆らうように前へ進む。

講堂は屋根が吹き飛んでいるだけでなく、壁などもほとんど崩れている。
逃げ惑う生徒たちの中に律が居た。

唯「りっちゃん!」

律は負傷した一般生徒を講堂の外に搬送していた。

律「唯、まずは負傷者を救助しろ!急げ!」

唯はそのまま講堂の中へ入って行った。
いつでも魔技を使えるように準備する。

唯(……酷い…!!)

先程まで輝かしい青春を謳歌していたはずの華の舞台は
土埃舞う地獄絵図と化していた。

逃げ遅れた生徒たちが瓦礫の下敷きになっている。
唯はその光景に絶句しながらも、急いで助けに向かった。

「うう……」

唯「頑張って!今助けるから!」

唯は倒れている生徒に声をかけながら近づいて行く。

しかし様子がおかしい。

血を流し、今にも意識を失いそうな生徒たちは、唯の姿を見た途端に
異常に怯えだしたのだ。

「こ、来ないで下さい!」
「きゃあああああああああ!!」

唯「…えっ…?ど、どうしたの?私は助けに来たんだよ!」

唯がいくら救助に来たと伝えても生徒たちは怯える一方だ。
状況はますます混乱していく。

唯(…まさかこの人たち、私を敵だと勘違いしてる…!?)

もしかしたらこの生徒たちにも『記憶改変(インプット)』が掛けられているのかもしれない。
唯はこの異常事態を敏感に察知し、すぐに紬に講堂近辺の魔技反応を確認した。

唯《ムギちゃん!講堂周辺で魔技の反応がなかった!?
  生徒たちが更に『記憶改変(インプット)』された可能性がある!》

……しかし紬からは何も応答がない。

唯《ムギちゃん!?》

律《ムギ…ザ…答…ろ…ザ…!》

澪《ザザ……どうし……!?…ザ…》

梓《…ザ……ザザッ……シェアが……えない!?……ザッ》

唯たちの『知覚網(シェア)』が不安定になっていく。
ノイズが混じり、もはや他のメンバーの声はほとんど聞き取れない。

唯(ムギちゃんがやられた…!?もしくは『知覚網(シェア)』に妨害が…?)

「助けてえええ!!」
「誰か…!!」

講堂に一人立ちすくむ唯の耳に悲鳴が聞こえる。

唯(…ッ!今は彼女たちを助けないと…!!)

拒否する生徒たちにも構わず、唯は崩れた壁や天井を退けようと自身を
『強化(ライジング)』した。


「そこまでです。軽音部」


唯「!?」

唯の背後から威圧的な声が聞こえた。
即座に振り向く。

「軽音部を校長室襲撃及び中間試験の業務妨害、また無許可の魔技濫用罪の容疑で補導します。
 おとなしくお縄につきなさい!」

唯「え…?」

唯の表情が固まる。

「呑みこみが悪いんですね。あなたたちを『手品師』の一味として強制連行するってことです」

そんな馬鹿な。
私たちが『手品師』の一味?有り得ない。
そもそもこの人は誰?何故軽音部が?

めまぐるしく思考する頭の中で、唯は瞬間的に理解した。


――ハメられた…!


唯「あなたは誰!?」

かがみ「私はバレー部1年生の柊かがみです。教員組合及び生徒会からの要請で
    あなた方軽音部の反政府テロ行為の制圧に来ました」


かがみは少しイラついたように話す。

かがみ「…軽音部にやられた瀧エリ先輩の代理として来ました。
    抵抗しても無駄ですよ。私、結構強いからね」

唯「…くっ…!そんなことより早くこの人たちを助けなきゃ…!」

唯は自分たちが捕まることよりも、瓦礫の下敷きになっている生徒たちのことを心配した。

かがみ「助ける?…何言ってんの…こんな事態を引き起こした張本人のくせに」

はぁ、とかがみがため息をつく。
その顔は呆れているようだった。

かがみ「…講堂が爆発した瞬間のライブ映像に、あんた達の姿がちゃんと映ってるんだから
    言い逃れはできないわよ。ここに居た人たちも全員、軽音部がやったって証言してるんだから」

唯「な…!?そ、そんなの捏造だよ!私たちがそんなことするわけない!」

かがみ「私に言われてもね…。バレー部は上の命令を実行するだけだから」

そう言ってかがみは唯に歩み寄る。

かがみ「それから抵抗した場合、再起不能、もしくは…殺害も認められていますので…」

かがみは面倒臭そうに言った。


~~~~~


律「ムギ!応答しろ!おいッ!」

『知覚網(シェア)』は基本的に紬とキー坊を中心にネットワークを作る。
それが機能しないということは、紬が何者かによって攻撃されているということ…。

律(く…!何が起きてるんだ…!?)

現在、律は校庭で生徒の避難誘導をしていた。

律(唯がまだ講堂にいる…!)

律はこの場を執行部に任せ、講堂へ向かおうとした。


バキッ!!


律「ぐっ!?」ドサ

三花「はいはい、おとなしくしてね」

突然の衝撃と共に律は倒され、踏みつけるように佐伯三花が押さえつけた。

律「三花!?…テメェ!!なんのつもりだ!!」

三花「おぉ怖い怖い…そんな顔しても犯罪は犯罪だからね。
   軽音部をテロに加担した罪で強制連行しますよ…っと」

律「はぁ!?」

三花「…ま、私が単独で相手してあげることを誇りに思うんだね。
   まさか軽音部が『手品師』だったとは知らなかったよ」

律「!!……訳分かんねェこと言ってんじゃねえ!!」バシッ

バゴン!!!

三花「危なっ!」ズ・・・

律が三花を吹っ飛ばそうと魔力を開放するが、三花がとっさに逃げる。
校庭に小さなクレーターができた。

三花「律の開放系と近接格闘は魔技兵器を纏った私にとっても脅威だからね…恐れ入るよ。
   さすが特A級の魔技使い、桜高でも3本の指に入る実力者…」

律「…全部お前らの仕業か?」

律の周辺の空気が歪む。
本気を出した律が解放する魔力は、空間をねじ曲げ熱を発生させるほど濃度が高い。
その魔力だけで人を気絶させることが出来る。

三花「そんなの知らないよ~…あ、それから一つ忠告しておくけど、律のその魔技、
   ここではあまり使わないことをオススメするよ」

正面で対峙する三花が、グラウンドの方を顎で指しながら言った。

律「…!」

キャアアアアアアア

グラウンドに避難していた生徒たちから悲鳴が上がる。
生徒達が皆そろって律の方を指差し、逃げていた。

三花「ほらぁ、みんな怖がってるじゃん。もう軽音部がこのテロの犯人だってことは
   全校に知れ渡ってるんだから…」

律(や…やられた…ッ!『手品師』の狙いは最初から私たちだったんだ…!!)

全校生徒に『悪の軽音部』というメッセージを記憶させ、目の前で『正義のバレー部』と
対決させる。

これによって軽音部は動きを押さえられ、更にはバレー部による教職員の護衛も手薄になる。
その間に『手品師』は悠々と目的を達成してしまうだろう。

三花「あの時みたいに抵抗しないの?まぁここで私と律が本気でやりあったら
   確実に周りに被害がでるだろうけどね」

律「卑怯者…ッ!!」ギリ・・・

なんとかこの状況を打開しなくては…。
必死で考えるが、少なくとも三花相手に逃げることは難しい。

軽音部のメンバーとも連絡が取れない今、律単体での行動は状況をさらに悪化しかねない。
いくら考えても、律が取るべき最善の手段はひとつしかなかった。

律(…畜生…ッ! …すまん、みんな…!)

律は開放していた魔力を解き、降参のポーズをとった。

三花「…ちょっと。抵抗しないの?」

律「…………降参だ。さっさと捕まえるなりなんなりしろよ」

律が吐き捨てるように言う。

三花「…なにそれ。つまんない」チッ

ドスッ

律「うッ!?」ガク

瞬間移動した三花はそのまま律の腹を殴った。
『硬化(ソリッド)』していない律はモロに攻撃をくらい、気絶する。

三花「みなさ~ん!学園祭テロリストは見ての通り捕まえましたよ~!
   残りの犯人たちが捕まるまでしばらくグラウンドで待機していてくださ~い!」

三花は避難している生徒に向かって大声で知らせる。
怯えていた生徒たちは少しずつ落ち着きを取り戻していった。

三花「…ったく、とんだ茶番だよ…」ボソ


~~~~~


梓「はぁっ……はぁっ……」タタタ・・・

梓は追われていた。
校内はまだ生徒でごった返しているが、梓はその小柄な体を上手く利用して
人ごみにまぎれようと突っ込んでいく。

梓(一体なんなの…!?いきなり襲いかかってくるなんて…)

梓は文学部の教室へと走って行った。
紬の安否を確認するためだ。

「ま、待って~っ!!」

気の抜けた声が背後から聞こえる。

「逃げないでぇ~っ!」

ザワ…ザワ…

梓と、梓を追いかける人物を周りの生徒が不審な目で見る。

「すいません、そこどいて下さい!私は特殊治安部隊バレー部特等兵の
 柊つかさです!道を開けて下さい!」

廊下にいる生徒が一斉にどよめき始めた。

つかさ「もぉ~っ!言って分からないなら実力行使です!」

走るのを止め、つかさがしゃがみこむ。。
さらに手のひらを地面につけると、つかさの髪がぶわっと逆立った。


パリ………


つかさ「ええいっ!!」

梓「!!」サッ


バリバリバリバリ!!


梓「ああっ!!」 バチッ

梓の体に電流のような衝撃が走った。
筋肉が硬直し、呼吸が止まる。
梓はそのまま地面へと前のめりに倒れた。

バタ…バタ…

周りにいた生徒も残らず地面に倒れ伏した。

先程まで騒々しいほど賑わっていた3年教室廊下は一瞬にして静かになった。

つかさ「もう…一般人にはなるべく被害が及ばないようにって言われてたのに…」

梓「う……うう……」

体が動かない。

つかさ「えぇ~っと、軽音部の中野梓ちゃんね…あなたを行事執行妨害、その他多数の罪で
    強制連行します。…よいしょっと」

ぐったりと横になる梓を軽々と持ち上げ、つかさは静まり返った廊下を歩いて行く。

梓はつかさに担がれたまま、はっきりとしない意識の中でもがこうと必死だった。

梓(…そんな…! 何故バレー部が…? 何が起こっているの?)

しかし指先ひとつ動かせない梓は、そのまま連れて行かれてしまった。

~~~~~

澪「ムギ!開けろ!ここを開けるんだ!!」

ドンドン!!

澪は誰よりも早く紬の異変を察知し、文芸部の教室に辿りついていた。

澪「くそっ!なんで開かないんだ!」ガチャガチャ

澪がいくら『念動波(テレキネシス)』で扉の空間座標を変換しようとしても、
まるでその一帯だけ違う次元の空間になってしまったように干渉できない。

澪(どういうことだ…!?)

誰とも連絡が取れないことに不安はどんどん募っていく。
澪はそれでも必死に紬の名前を呼んだ。



ふと、背後に人の気配を感じた……。


~~~~~


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最終更新:2011年05月25日 23:12