5人は執行猶予期間に桜高から逃げだし、散り散りに去った。
生徒会の手が及ばない地区に潜伏したり、誰かにかくまってもらったり……
次に会う日を約束し、その場所を軽音部の部室に選んだのは紬だった。
澪「……ムギは私たちをここに集まらせて、何をするつもりなんだろう」
律「さぁな……今ここで生徒会に見つかったらたまったもんじゃねーってのは確かだけど…
休日の学校に忍び込んでる時点でアウトだし」
律が机に突っ伏し、いじけたように言う。
ガチャ
唯「おい~っす!」ビシッ
律「お、来たな」
唯「あれ~?まだ2人だけ?」
澪「ああ。久しぶりだな」
唯「ほんと、一ヶ月ぶりだねぇ~」
ガチャ
律「ん?」
唯に続いて扉を開けたのは、梓だった。
唯「あずにゃ~ん!!」ダキッ
梓「きゃっ、ゆ、唯先輩お久しぶりです……他の先輩方も…
あれ? ムギ先輩はまだですか?」
紬「呼んだ?」ヒョコッ
唯「どぅわ!?ム、ムギちゃんいつの間に!?」
紬は梓のすぐ後ろから顔を出した。
どうやら梓の後をついてきたらしい。
梓「忍者ですか……」
梓がぼやく。
そんなことはお構いなしに、紬は懐かしげに部室を見渡す。
紬「みんな集まってるみたいね」
紬が唯と梓に、座るように促す。
5人はかつて放課後にそうしていたように、それぞれの席に座った。
紬「部屋の明かりは消しましょう。外はもう暗くなってるし、バレるとまずいわ」
そう言うと紬は部室の電気を消す。
唯「暗~い」
律「……ムギ、本当に今、ここで全部話してくれるんだろうな?」
律がいぶかしげに聞く。
紬「私が知っている限りのことはちゃんと話すわ。そのあと私たちがどうするのか……
それはみんなで決めることよ」
澪「だけど、なんでわざわざこの場所なんだ?
私たちはもう軽音部じゃないんだ。この部屋に立ち入る権限はないのに…」
紬「………言われたの。この日に、この場所に来るように…って」
律「……誰に?」
紬「『手品師(マジシャン)』よ」
その名前が出た途端、全員が驚いたように目を見開いた。
紬は、学園祭の時に起きた出来事を全て4人に話した。
長門に『手品師(マジシャン)』が乗り移ったこと。
『手品師』の本来の目的は達成されず、その代わりに教員組合が自作自演し、
軽音部を潰そうと企んでいたこと。
オカルト研が桜高の魔技能力の源となっていたこと。
教員議会がそれを利用し、魔技兵器による独裁政治を目論んでいたこと。
そして『手品師』が、紬にある使命を託したこと……。
全てを話し終えた時、4人はさまざまな反応を見せた。
澪「そんな……信じられない」
律「だけどつじつまは合うな……その『手品師』は一体何者なんだ?」
唯「やっぱりシャロは犠牲者だったんだ……教員議会…許せない…!」
梓「……でも正直、まだ不明な点だらけです……何故『手品師』は軽音部に肩入れしながらも
あの場から私たちを助けようとしなかったんでしょう?
軽音部が解散してしまったらますます教員議会の思うつぼでは……」
紬「梓ちゃんの疑問ももっともだけど、私たちを解散させ、再びこの場所に集まらせることに
その答えがあるみたいなの……」
律「しかしそれだけじゃ何も分かんねーぜ……ここに何かあるってのか?」
紬「『手品師(マジシャン)』はマザーを起動して、私たちの『楽器』との連携プログラムに
アクセスするように言っていたわ……」
澪「マザーに……?」
唯「きっとそこに何か手掛かりがあるのかも!」
唯が興奮気味に身を乗り出す。
律「……行ってみるか……」
5人は重たく腰を上げ、マザーの置いてある倉庫へと向かった。
ギィ・・・
倉庫の中は暗く、埃っぽい。
その狭い空間には無理に詰め込んだような巨大なコンピュータがどっしりと構えていた。
先頭をきった律がけほ、と小さく咳払いする。
律「真っ暗だな……」
手さぐりで電源ボタンを入れると、ディスプレイに青白い光が映りだす。
静かな闇の中で『元』軽音部の5人の顔が照らされる。
唯「……りっちゃん、マザーいじったことあるの?」
律「…初めてだ。っていうかここは澪の出番だろ」
律がぐいっと身を引き、澪にモニタの正面の席を譲った。
澪「よし……」
澪が鮮やかにマザーのキーボードを叩く。
画面上のメッセージが次々と現れては消えていった。
梓「…すごい速いですね。何をしてるのかさっぱりです」
梓、唯、律は感心したように澪のタイピングを見ていた。
澪「技術部のメインコンピュータはもっと面倒だったんだぞ。
それに比べればマザーは5つの『楽器』を制御するだけだから楽なもんだ」
カタカタとキーボードを叩く音だけが響く。
5人は画面を注視していた。
澪「……これがそれぞれギー太、エリザベス、むったん、キー坊、ドラ美との
接続タスクだ。今はどれも起動してないから状態は0だけど……」
そう言って澪は全員に説明した。
澪「そして、これがマザーのメインプログラム……ここに各『楽器』との並列
リンクや
相互アクセスプログラムがある」
澪が指をさした箇所にはいくつかのファイルが置いてあった。
律「つまりこのファイルの中を見てみろ、ってことか?」
律は澪の言ってることがさっぱり理解できていなかったが、
分からないなりに意見してみた。
紬「『手品師』は外部からこのファイルに細工したってことかしら……」
澪「可能性としては最も高いな」
澪はファイルを開いてみた。
澪「!!……これだ…!」
唯「ど、どれ!?」
5人に緊張が走った。
澪「これは……テキストデータというより、実行ファイルみたいだな」
紬「…やってみましょう」
律「お、おい…大丈夫なのかよ…?」
2人だけで先に進もうとする紬と澪に対し、律は不安そうに訊ねる。
澪「…このデータを解析してる暇なんてない。それにファイル名からして
これを立ちあげてくれと言ってるようなものだ」
梓「ファイル名は…『magician_presents』」
唯「なんかすごく怪しいけど……」
律「…ま、やるしかないか……澪、頼む」
澪は軽く頷くと、ファイルを実行した。
ヴン・・・・・・
すると、懐かしい慣れた感覚が頭の中に入ってきた。
《久しぶりだね、紬。急で悪いけど、キミたちの脳に直接おじゃまするよ》
律「『知覚網(シェア)』だと!?」
全員、一斉に警戒する。
攻撃か?いや、どうやら『知覚網』だけを張られているようだ。
実害はないとすぐに判断したものの、5人は用心しながらその声を聞く。
《僕は『手品師(マジシャン)』。便宜上そう名乗っておくけど、本来僕に名前なんてないんだ。
ま、そこは今は置いておこう》
《紬は僕のこと、みんなに話してくれたかな?》
紬「ええ、話したわ……」
《なら話は早いね。僕はあの学園祭の日、色々なものを失った……
教員議会に出し抜かれ計画が失敗し、キミたち軽音部も巻き込んでしまった》
《そしてあの日を境に、僕の魔技能力も失われた。もはや僕に残っている物なんて
何もない。こうやってキミたちと話すことしか出来ないんだ》
律「……私たちをここに呼んで、お前の目的はなんなんだ?」
律が流れを切るように鋭く質問する。
《……そうだね…結論から言おう。僕はキミたち軽音部を救いに来たんだ》
唯「救う……?」
《そう。そしてその先にある未来……軽音部だけでなく、この桜高の未来までも
決定してしまう二つの選択肢を、キミたちに選んでもらう》
紬「……何を言ってるの?私たちを救うのに桜高の未来が関わる……?」
素朴な疑問を投げかける。
しかし手品師はそのまま話を続けた。
《ひとつは、キミたちの信じる正義を全うし、この桜高を悪の手から解放する。
上手くいけばキミたちは冤罪を証明して元の軽音部に戻ることが出来るだろう》
澪「だけど私たちはもう何の権限も持たない、追われる身なんだぞ。
この状況からどうやって……」
《このマザーの深層記憶領域に教員議会とオカルト研、および
その他の部活動や組織との
関わりを示す証拠になるデータを隠しておいた。それを使えば、例え追われている身でも
外部から桜高へ情報を浸透させることが出来るだろう》
《上手くやればキミたちは何のリスクも冒さずに桜高に復帰できる。
生徒会長直属の防諜機関として、再び活躍できるはずだ》
律「……なるほど……そのデータを、学園祭の時にお前がやったように
全校生徒にばら撒けばいいってか…」
唯「確実な証拠があるなら、むしろ部外者になった私たちにこそ可能なことなのかも……!」
確かに『手品師(マジシャン)』の持っているデータが証拠になるのであれば、根回しの効いてる
軽音部メンバーにとって情報の拡散は不可能なことではない。
5人は『手品師』の説明に納得した。
紬「…貴方の持つ証拠を私たちが掴めば、起死回生の一手になることは間違いなさそうね…。
それなら全てが元通りになるかもしれない……現教員議会の役員を桜高から追い出す以外は」
律「ならそれでいいじゃねーか。『手品師』さんよ、選択肢を用意する必要なんて
無かったみたいだぜ」
律はもう勝ちを確信したかのように笑みをほころばせた。
《……僕が心配してるのは、その元通りになった桜高軽音部が、果たしてキミたちにとって
本当に良い世界だと言えるのかどうか……そのことなんだよ》
唯「……どういうこと……?」
唯が不可解な表情に変わる。
《楽器も満足に弾くヒマもない、ティータイムも思う存分楽しめない……忙しく治安組織として
桜高を守り続ける軽音部で、キミたちは幸せなの?》
《キミたちが信じる正義を否定するつもりはない。この仕事だって、十分立派なものさ。
だけどキミたちは知ってしまったはずだ……魔技と呼ばれる超能力が、ある人を傷つけてまで
生み出された歪んだ力だってことを……》
5人はハッと思い出した。
自分たちの活動の源になっていた魔技は、オカルト研…ミルキィホームズから強制的に抽出した
人工能力だったことを。
最終更新:2011年05月25日 23:18