《もし現教員議会の役員がいなくなっても、魔技能力者は残ったままだ。
 でもキミたちは魔技を使うことに疑問を持ちながらそれらと戦って行かなくちゃならない。
 それはとても辛く、苦しい道のりだよ……?》

《それに今の教員議会が一度解散しても、またそれに代わる存在が台頭するだろう…
 この世界には常に悪がいる。闘いは終わることなく、ずっと続くんだ》

律「……じゃあどうすりゃいいってんだよ!?そんなこと言ったって…
  今までだって私たちに出来ることを精一杯やってきたんだ!
  お前に何が分かる!?」

紬「りっちゃん、落ち着いて…」

紬が律をなだめる。
しかし律が怒る理由も、今の軽音部にはなんとなく理解できた。

自分たちだって、出来れば平和なままがいい……。
でもそれが不可能だと分かっているからこそ、こうやって軽音部として活動してきたのだ。

《……その苦しみから解放される術を、僕は知っている》

澪「………なんだと?」

《キミたち軽音部は、本来こんな形で存在するべきじゃないんだ。
 本来の軽音部……それは毎日楽しく放課後を過ごし、何の事件も事故も起きない
 平和そのものの桜高で音楽を演奏し続ける世界の住人…》

律「そんなの幻想さ……」

《違う。幻想なんかじゃない。もうひとつの在るべき世界へ導く術を、僕は知っている。
 今の桜高に残るか、もう一つの桜高へ、もう一つの軽音部として生きていくか……。
 その選択を、キミたち5人に委ねる》

澪「……もうひとつの桜高に行ったら、私たちはどうなるんだ?」

《この桜高は、はっきり言ってしまえば『異常』な世界なんだ。
 幾多の平行世界がいびつに交差した結果、魔技なんていう能力が生まれた……
 元の世界に戻った時、軽音部は永遠の平和が約束される》

唯「永遠の……平和……」

にわかに信じがたい話だ。
先程まで迷うことなく『手品師』の証拠データを受け取ろうと考えていた律も、
その顔に曇りを見せていた。

梓「その、元の世界に戻るための方法は……?」

《……ヒントは、桜高の人工魔技能力開発とは無関係に誕生したもう一つの魔技……
 巴マミたちの『魔法少女システム』だ》

唯「マミさんたちが……」

《彼女たちの魔法の生成ルートは、桜高のオカ研からの魔技抽出ルートから唯一独立している。
 そこに秘められた可能性は桜高の『魔技』以上だ》

《…キミたち軽音部が元の世界に戻るための鍵は二つある。ひとつは巴マミたち魔法少女を
 生み出すQBという存在……そしてもうひとつは、軽音部で唯一魔技を使えない人物……
 中野梓、キミだ》

梓「わたし……!?」

突然名指しされ、梓は戸惑う。
他のメンバーの視線が梓に向けられた。

《梓は魔技が使えないと言っても、実は潜在的に魔技使いになる条件をすでに満たしている。
 僕はこの可能性を残しておくため、今までわざと梓の魔技覚醒を防ぎ続けていた》

梓「!」

《詳しい説明は省くけど、今の梓にはQBとの魔法少女システムと桜高の魔技システムの
 両方を混同させた新しい可能性が秘められている。どちらの法則にも縛られない能力を
 持ってすれば、キミたちだけでなく他の人々も元の世界に戻ることだって出来るだろう》

律「……なにやら良く分からねーが、そのQBってヤツに会えばいいのか?」

《とりあえずはそういうことだね。ちなみに今の梓ならQBが見えるはずだよ。
 巴マミたちの居場所はここに示しておく》

『手品師(マジシャン)』はそう言ってマザーのモニタに地図を表示し、巴マミ、美樹さやか、
佐倉杏子、暁美ほむら、そして鹿目まどかの位置情報を示した。

《QBはだいたい鹿目まどかと一緒にいるから、彼女を追えばいずれ会えるだろう。
 後は梓が願えばいい。交錯した平行世界の紐を解き、それぞれの在るべき世界へと
 還元するように……》

『手品師(マジシャン)』の話はそこで終わった。
5人の反応を待っているようだった。

紬「……治安組織の軽音部としてこのまま生きていくか、事件も何も起きることのない
  別の世界に移るか……その二択なのね」

律「現実的に考えるなら、このまま証拠のデータを私たちが引き継いで軽音部として
  復活するってのが妥当だろうな」

律が全員を見渡す。

律「………多数決で決めよう」

一人一人の眼を見ながら言った。




―――ずさ

―――あずさ…

――おい……梓……!



梓「…………う……ん……」

律「おい!梓、起きろって!」バシバシ

梓「ん……痛いですよ律先輩……えっ!?」ガバッ

梓はハッと目を覚ました。
勢いよく顔を上げ、辺りをキョロキョロと見る。

澪「?どうしたんだ、梓?」

梓「え?あれ?」

目を点にして顔をひきつらせる。
全く状況が呑みこめない。


梓は軽音部の部室に居た。
外は明るい。

軽音部のメンバーは全員、定位置に座って梓を不思議そうに見ていた。

唯「どうしたのあずにゃん……なんだか変だよ?」

梓「えっと……あれ?……なんで……」

紬「…どこか具合悪いの?さっきまでぐっすり寝てたみたいだし…」

梓「ね……寝てた?」

梓の頭は強烈な違和感を覚えたが、それが何なのか分からない。
自分が知らぬ間に寝ていたからだろうか?

いや、そうじゃない。
何かもっと根本的なところで、自分が何か大切なことを忘れているような……

梓は妙な胸騒ぎがしたが、次第に今の状況を受け入れ始めた。

梓「す、すいません……ちょっと昨日の夜遅くまで起きていたので…」

律「それにしても気付いたら熟睡してんだもんなー。びっくりしたよ」

唯「遅くまで起きてるなんて、あずにゃんはイケナイ子だねぇ~」ニヤニヤ

梓「……そういえば今日って何月何日でしたっけ?」

どうしてそんなことを聞くんだろう。
梓は自分で自分の言ったことに疑問を抱いた。

澪「え?4月10日だけど……」

澪が怪訝そうに言う。

梓「……そうですよね」

梓は思い出した。
そうだ。今日は新歓に向けて話し合う予定で集まったのだ。

梓は二年生。
唯たちは三年生になり、新入生を集めるべく真面目に新歓ライブの
作戦を練りましょうと言い出したのは他ならぬ梓だ。

梓「すいません、ちょっと気が抜けてたみたいで……」

紬「気にしないでいいのよ~」

澪「ま、梓の言う通り、今年の新歓祭はちゃんと勧誘のことも
  考えておかないとな」

澪がそう言うと、それぞれ適当な案を出し合ったりして会議が始まった。
紬が淹れる紅茶やお菓子を口に含みながら、梓は唯たちの会話を黙って聞いた。

梓(……何かが違う……でも、別にいつもと変わらない放課後の部活のはず……)

そんなことを考えているうち、梓はハッとギターの仕舞ってあるハードケースに目をやった。

梓(………むったん…?)

心の中でつぶやく。

まるでそこにあるムスタングに語りかけるように。

ひょっとすると返事をしてくれるかもしれない……

そんな淡い期待を抱きながら―――





楽器たちは静かに軽音部の声を聞いていた。




おしまい



最終更新:2011年05月25日 23:18