―――軽音楽(けいおんがく)。

 『軽い音楽』と書き、その内容は主にジャズやダンス音楽など、気軽に楽しめる音楽の事を指す。

 近年様々な高校では「バンド部」と称されることもあり
 メンバーはギター、ベース、カスタネット、トライアングル等多種に渡り
 各々が好きな楽器を好きに奏でる事で、今時の若者に比較的人気の音楽のジャンルとして幅広く慕われている。

 そして、音楽には人の様々な思いが込められる。
 友情、夢、努力、達成、絶望、後悔…様々な思いを、人は音楽に込めては歌い、音楽を通じて、人は様々な思いを抱く。

 それはここ、私立桜が丘女子高等学校、その学校にある軽音部も変わらない。

 これはその軽音楽、軽い音楽の中に込められた…3組の少女達の青春の物語である。



 さわ子の部屋

さわ子「部屋の掃除も楽じゃないわ…っと…わっ!」

バササッ!

さわ子「あ~~…やっちゃった…えっと、このダンボールは……」

さわ子「ん…………アルバム…か。」

さわ子「これ、私がヘビメタをやる前の………」

 ぱらりとアルバムをめくり、昔を思い返す。


さわ子「………懐かしいなぁ…」

さわ子(勝手やってヘビメタに走っちゃったけど、あの頃も楽しかったわよねぇ…)

さわ子「っと、だめだめ、今は片付けが先っと」

さわ子(でも………もしも、あの頃に戻れるんだとしたら…私は……)


 受験も大詰めを迎えた高3の秋、文化祭を大成功に納めた私達は受験勉強に追われていました。
 大学の事で調べ事があった私は、職員室にいる担当の先生に話を聞こうとしたんだけど、まさかそこで、あんな話を聞くことになるなんて思いもしなかった…。


 職員室

唯「失礼しまーす。先生あの~…」

さわ子「…はい、ええ……分かりました」

教頭「それではよろしくお願いしますよ、山中先生」

唯(さわちゃん…?)

さわ子「はい…」

教頭「……正直急な話で戸惑うかと思いますが、どうかよろしくお願いします…」

さわ子「いずれこうなる事は覚悟はしてましたし、私でしたら大丈夫です…」

教頭「ええ、無論心配なさらなくとも大丈夫ですよ、山中先生の実績があれば他校でもやっていけます。どうか自信を持って下さい。」

さわ子「はい……」

教頭「転勤先の教頭先生は私の恩師でしてね、これがまた良い方なんですよ…。」

さわ子「…………」


唯(他校って…転勤って……一体何の話?)

教師「あら平沢さん、どうかしたの?」
唯「あっ…えっと、大学の事なんですけど…」
教師「そっか、それじゃあ場所を移しましょうか」

唯「はい…」

唯(まさか…さわちゃん……)

―――
――

図書室

律「X=…ううう……」
澪「ほら律、またここの方程式飛ばしてる…」
律「うがーーー!! わかるかこんな計算!」

澪「あのなぁ…この計算式、1年生の頃習っただろ?」
律「私、過去は振り返らない主義だからっ!」

澪「あっそ…じゃあ律だけ浪人で私達は3人で楽しいキャンパスライフを…」
律「そ…それだけは嫌ぁぁ~」

澪「はい、じゃあしっかり計算しような?」
律「うううううう………」

紬「りっちゃんも大変そうねぇ…」
唯「ん~~…」

紬「唯ちゃん?」
唯「ん~~……」

紬「唯ちゃん、ゆいちゃーん?」

唯「んえ…? あっ…ごめんムギちゃん、どうかした?」
紬「どうかしたは唯ちゃんよ、さっきから唸ってばっかで…どうしたの?」

澪「ペンも進んでないな…唯、何かあったのか?」
律「お腹でも痛いの? あ、良かったら私の薬貸そっか?」

唯「ううん、そういうんじゃないから……」

 ここで私一人だけ考え込んでても仕方ないか…。

 一人でモヤモヤしてるのも嫌だったから、私はみんなに職員室で聞いた事を話してみました。


唯「実は、さっき職員室で…」

―――
――

律「そっか……さわちゃん、いなくなっちゃうのか…」
澪「でも、まだ確定じゃないんだろ?」

唯「でも、あの話の感じ、ほとんど決まってたみたいだよ…来年の春にはもう、別の学校に行っちゃうんだって…」
紬「先生も、『卒業』しちゃうのね…」

………………

唯「あのさ、みんな…」
澪「唯が何を言いたいのかは分かるよ」

唯「ん…私、まだ何も…」
律「分かるよ、梓と同じで、歌を届けたいって言うんだろ?」

唯「………うん。」

 りっちゃんと澪ちゃんの言葉に、私は無言で頷きます。

紬「……唯ちゃんらしいわ、優しいのね」


 私が考えていることは、みんなにはお見通しだったようです。

 そう。 夏のある日、私は、卒業の日にあずにゃんに歌を届けようとみんなに提案しました。

 そして、私のその気持ちを酌んでくれたように、澪ちゃんは歌詞を、ムギちゃんは作曲を快く引き受けてくれた。

 澪ちゃんもムギちゃんも受験勉強で大忙しなのに、引き受けてくれた…。


澪『曲作りは私とムギでなんとかするから唯と律はとにかく勉強しろ、他に時間を食って受験に失敗したら元も子もないからな』

紬『そうね、私もあまりこんな事言いたくはないけど…成績も判定も、私と澪ちゃんなら多少勉強が遅れても取り戻せる余裕はまだあるからね…』


 そうして、2人は私のわがままに付き合ってくれた…。
 それどころか、私の提案を全部引き受けてくれて…私とりっちゃんは勉強に打ち込むことができた…。

 その甲斐もあって、私とりっちゃんは志望校への合格率を大きく引き上げる事が出来たんだ。
 そうやって、夏休みに4人で集まって決めた曲名が『天使にふれたよ!』。

 この学校で出会えた掛け替えの無い一人の天使、私の…ううん、私達のとっても大切な後輩に捧げる歌が、生まれたんだ。


紬「『天使にふれたよ!』は、なんとかパートの振り分けまでは出来上がっているわ、でも他に作るとなると…時間が上手く取れるかどうか…」
澪「私も、3/4ぐらいまでなら歌詞もできているけど…これ以上の作詞はちょっとな…」

律「だろうなぁ…まぁ、唯の気持ちもわかるけどさ…さすがに、これ以上曲作りを2人に課すのはヤバイって…」

 りっちゃんの言うことはもっともでした。

澪「音合わせをしたりする事も考えると…どこまでやれるか分からないからな…」

紬「悔しいけど…さすがに………さわ子先生の分までは……」

 それは私自身も分かっていました。
 文化祭も終わって本格的に受験モードに入った今、これ以上勉強以外の事でみんなの時間を割くわけには行かない…。

 でも…それでも……私は悔しかった…。

 …一人じゃ満足に作詞も作曲も出来ない、ギターを弾いて歌うだけしかできない自分が、すごく悔しかった…。
 3年間、この学校で一番お世話になった先生に…軽音部らしいこと、何もしてあげられないなんて……。


 ―――ただ、それだけが…すごく悔しかった……。


―――
――

 さわ子の部屋

さわ子「…ん~~……さすがに、多いなぁ…」

さわ子「一人暮らししてから色々と買い込んではみたけど、よくもまぁこんなに荷物があるもんだわ…」


 ―――引っ越し準備。
 転勤が決まってからゆっくりやろうと決めたので、今はとりあえず荷物の整理から。

 しかし…多いなぁ……。

 フラれた腹いせに衝動買いしたバッグや洋服、どっぷりハマってグッズを買い漁った洋楽バンドのCD、教師を志した時に買った参考書やら哲学書……数えたらキリが無い…。

 …いっそのこと、質屋にでも売ってしまおうかな?

さわ子「これはゴミっ…これは…んん~~……悩むなぁ…」

さわ子「…………」

 転勤は、来年の春に決まった。 新学期と同時に、私の新たな教師生活もスタートを切ることになる。

 転勤先は遠くの女子高で、桜が丘(ここ)よりも偏差値はやや高め。

 …まだ見て来たわけではないのだが、手のかかる子はいないと評判らしい。


……………


さわ子「ふぅ……」

 一段落着き、軽く食事を済ませる。

 そして、ふと目についたものをぱらぱらとめくる…。

さわ子「………ぷっ…」

さわ子「……あははっ…懐かしいー」
さわ子「あーー、クリスティーナ若い…うふふっ…」

 高校時代のアルバムをめくり、思い出にふける。

 そして、とあるページを前に指を止める。

 私がヘビメタをやる前にやっていたグループ、その頃のメンバーの2人の写真が目に止まる。

さわ子「…………懐かしいな…」

さわ子「まだ…あったかな……あの衣装…」

 私は押入れの奥を漁る。

 あの人に恋をしてから一心不乱に走り続けた過去を、そして決してあの子達には見せられない過去を、私は探す…。

 …どうしてだろうか。

―――何故、今更になって…私は…あんな物を探しているのか。

 過去を忘れたい気持ち。
 でも、それを大事に残しておきたいと言う思い。

 矛盾した気持ちがグルグルと頭の中を回り……。

さわ子「……やっぱり、やめよう…」


 心が重くなり、私は探すのを中断する。

さわ子「今更あんなもの探して、何をやってるんだ私は……」


 今更あんなもの見つけても、何かが変わるハズ無いのに…。

 だって……私は…私は、あの2人を…裏切ったのだから……。

 2人を裏切って…ヘビメタの世界に進んだのだから……。

―――
――

 桜が丘図書館

唯「う~ん…」
澪「…まだ悩んでるのか?」

唯「うん…ちょっと…ね」
律「諦めろって…1曲作るだけでいっぱいいっぱいなんだからさ…」

紬「唯ちゃん、今は勉強頑張ろっ、これが終わったら久々に演奏よ♪」
律「そうそう、やっと澪とムギの歌が完成したって話だから、早いところ音合わせやっておかないとな」
唯「…うん、そう……だね」


和「あら、みんなお揃いね?」

 さわちゃんの事で勉強も手つかずだった時、和ちゃんが声をかけてくれました。

唯「和ちゃんっ」
澪「和、図書館に来るなんて珍しいな」

和「ちょっと志望校の過去問をね…あら? 唯何か考え事?」

律「うわ、顔見ただけで当てたよ」
和「だって、いかにも悩んでますって顔してるじゃない?」

澪「さすが、幼馴染…」
律「私と澪も大概知ってるけど、こいつらの仲は私ら以上だねぇ…」
紬(目と目で通じ合う関係…素敵ねぇ)

 和ちゃんには一発で見抜かれた、さすがは和ちゃんと言うか…私の事よく知ってると言うか…。

和「話してごらんなさい、私でよければ力になるわよ?」

唯「うん、実は……」

 私は事の始まりを和ちゃんに話してみた。
 和ちゃんなら、もしかしたらすんなり答えを出してくれるかも知れない…そんな期待を込めながら…。


―――
――

和「そっか…そんな事が…」
唯「うん……だから私さ…」

澪「でも、さすがにこれ以上の時間は…」

和「澪や律の言う事はもっともね、でも、唯の気持ちも分からなくはないわね…」
唯「うん……」


和「だったらその、先生の昔いたバンドの音楽を、みんなで演奏して聴かせてあげるってのはどうかしら?」

紬「先生の…昔のバンド…」

和「そうよ、梓ちゃんの為に歌う歌と違って、無理に新曲にする必要はないんじゃないかしら?」
和「それに、先生の思い出にある音楽なら、送別の歌にはもってこいだと思うけど」

律「…そ、そうか…!」
唯「和ちゃんすごい! こんなに簡単に答えを出してくれた!」

 みんなが『その手があったか』って顔で和ちゃんを見ています。

 前から思っていたけど和ちゃんの提案にはいつも驚かされる…。
 やっぱり、和ちゃんはすごい…!

紬「確かに、それなら音源はもうあるから作詞も作曲も必要はないわね…」

律「って事は、私達にヘビメタをやれと…」
澪「……私…無理かも……」

唯「いつかの結婚式のとき、私先生にダメ出しされちゃったからなぁ…」

和「そこは…みんなの頑張り次第だと思うけど…」
和「でも、現状で上手く時間を使うのなら、これが一番ベストな方法だと思うけどね」

律「私、和の意見に賛成」
紬「私も、それならさわ子先生喜んでくれると思うわ」
澪「怖いのは苦手だけど…先生の為だし、頑張ってみるよ」

唯「わたしも……頑張ってみる!」


和「うん、みんな頑張ってね」

 そして、和ちゃんはまるでお姉さんの様に優しく微笑んで…エールを送ってくれました。

和「それじゃあ私、家に戻るね」

律「っと…和!」

和「…?」

律「これからライブハウスで音合わせするんだ、良かったら私達の歌、聴いてってよ」

和「そうねぇ…ありがと、せっかくだし、聴かせてもらおうかしら?」

唯「じゃあ私…憂も誘ってみるねっ」

和「それじゃあ、私は憂と一緒に向かうから、先行っててくれる?」

唯「うん! 和ちゃんありがと!」


 そして、一足先にライブハウスに向かった私達は、お茶を飲みながら憂と和ちゃんが来るのを待ちました…。

 それから…

―――
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最終更新:2011年05月27日 04:05