ライブハウス

―――♪ ~~♪

唯「ずっと、永遠に一緒だーよ…♪」

~~~♪ …♪


唯「…ど、どうかな?」

憂「良い歌…梓ちゃん、きっと喜んでくれるよ…」
和「ええ…卒業にぴったりね…」

律「さすが私達、息ぴったりだな」
澪「これなら各々練習すれば何とかなりそう、卒業までには完璧に仕上がりそうだな」
紬「3年間、頑張った甲斐があったわねぇ」

唯「じゃ…じゃあ! この調子でさわちゃんの歌もやってみようよ!」
憂「先生の歌?」

唯「うん…見てて!私、先生っぽく歌ってみるから!」


 そして、私は咳払いを一つして…

唯「スゥゥ……お…お前らが来るのを…待っていたあああ!!!」

――――シーン……………。


律「わ…ワンツースリーフォー!!」

ジャカジャカジャカジャカ………ジャラララン!!!

―――――!!! ~~~~!!!


 半ば強引に始まったりっちゃんのドラムに合わせて、私達は先生のバンドの音を…デスデビルの音を再現してみる。

~~~!!! ―――!!!

―――! ―――!!!

唯「ヘゥザワールド、ヘゥザワ~~! あ~~~!!!」

 ……………………

 な…なんとか歌えた……。
 …でも、やっぱり…何かが違う…。

 と、とりあえず、憂と和ちゃんに感想を聞いてみようかな…

唯「ね、ねえ…。 ど…どうだったかな……?」 

和「んんん……私は良かったと思うけど……ねぇ憂?」
憂「…う、うん!! お姉ちゃんなら大丈夫だよ!!」

唯「みんなぁ…優しい言葉ありがとうねぇ……」

 憂と和ちゃんのフォローが胸に刺さる…やっぱり、私には難しいのかな…

律「前途多難だな…あはは……」
澪「でも、演奏自体に問題なかったな」
紬「先生の演奏、テープでよく聴いてたもんね…」

律「演奏は練習すりゃなんとかなりそうだけど…ボーカル次第…かねぇ」

 やっぱり、私が頑張らなきゃいけないよねぇ…

 と、自分の声の小ささに半ば幻滅しかけてた時。


声「おやおや、懐かしい音がしたと思ったら、まさかあんた達が演奏してたとはねぇ…」

 聞き覚えのある声が聞こえたので声の方を向いてみる、するとそこには…

唯「の…紀美さん!」

紀美「よ、久しぶりっ!」


―――軽音部のOB…さわちゃんと同じデスデビルのメンバーの、河口紀美さんが…そこにいた…!


―――
――

 ライブハウス

 憂と和ちゃんも帰って、私達は久々に会えた紀美さんとお茶を飲んでいました。

紀美「久々に顔出したら懐かしい音が聞こえたからちょっとね、でも、なかなか上手い演奏だったよ」
紀美「っても、まだまだ私達には及ばないけどね、あははっ」

 ニコニコ顔で紀美さんは褒めてくれた、先輩に褒められたこともあって、それが妙にくすぐったかったな…えへへ。

律「あ、ありがとうございますっ!」
紬「紀美さん、お茶をどうぞ…」

紀美「うん、ありがと。 んで、なんでまた私達の演奏を?」
紀美「あー、まさか顧問に影響されちゃったクチ? まったくさわ子のヤツ…」

唯「あ、そーゆうんじゃなくて…」
紀美「…?」

澪「実は…さわ子先生、来年の春に別の学校に行ってしまうんです…」

紀美「ふむふむ」

紬「それで、先生がヘビメタに出会ったこの学校の軽音部で、私達がヘビメタを演奏すれば…喜んでくれるかなと思って…」

紀美「んで、恩師であるさわ子の為に、慣れないヘビメタをやったと…」

唯「紀美さんっ! あの、私達に…ヘビメタを教えてください!!」

律「時間は取らせません! コツを教えてくれるだけでいいんです!」
澪「練習は…あまりできないかもしれませんけど、なんとか時間作ってやってみたいんです!」
紬「ですから…お願いします!」

 みんなで紀美さんに頭を下げます、そして……

紀美「………そっか…」

紀美「……………」

 少しの間を置いて、紀美さんは持ってたタバコに火を付ける。

紀美「…っと失礼、さすがに年頃の女の子の前で吸うモンじゃなかったね…」

 すぐさま火を付けたばかりのタバコを灰皿に押し付け、ゆっくりと紀美さんは言葉を繋げます。

紀美「私からあんた達に教える事は無いよ…」

唯「そんな…」
澪「やっぱり、私達には荷が重すぎたのかな…」

律「いくら私達でも…先輩の紀美さん達には遠く及ばないか…」

紀美「違う違う…みんなの音楽は大したもんだと、私は思ってるよ……」
紀美「ただ…みんなの音楽は私達のそれとは違うからさ…」

紀美「私のアドバイス一つでどうこう出来るとも思えないし、それにヘビメタってのはそんなに甘い道じゃ無い」

紀美「何より、突貫工事で作り上げた音で、本当にさわ子の心を揺さぶれるとは思えない」

 そう言って紀美さんは優しく、私達を諭してくれた…

紀美「でも、みんならしい音楽でさわ子の心に響く曲、私知ってるよ」

唯「…? どういうこと…ですか?」

紀美「…さわ子がヘビメタに入るきっかけ、知ってるよね?」

唯「えっと…確か、好きだった男の人に振り向いてもらいたくて、ヘビメタをやるようになったんですよね?」
紀美「まぁそんな感じかな、その男、ワイルドな感じなのが好きだったからさ…」

紀美「じゃあその前、ヘビメタをやる前のさわ子がどんな歌を歌っていたかは、みんな知らないワケだ」

唯「ヘビメタをやる前のさわちゃん?」
律「まぁ…きっかけがあったからヘビメタに走ったんだから、それ以前にも音楽はやってたんだよな…」

紬「それ、どんな歌だったんですか?」

紀美「あいつさ、よくみんなに可愛い衣装作ってくれたりしてない?」

澪「まぁ…ちょっと恥ずかしいけど、確かに可愛らしい衣装を作ってくれますね…」

紀美「やっぱり抜けてないな、アイツ……フフッ」

 何かを思い出したように含み笑いをする紀美さん、そして話は続きます…。


紀美「私らん時の軽音部は部員もたくさんいてさ、それぞれいろんな演奏をしていたんだ」

紬「前に、さわ子先生から聞いた事あったわね」

紀美「ああ、私は最初っからヘビメタ一直線でさ、デラやジェーン…あ、前に披露宴に来てたアイツらね、そいつらと一緒に歌ってたんだけど…」

紀美「さわ子は…今で言うと萌え系って言うのかな、メイド服とかを着て歌って踊ってた時期があったんだ」

澪「あの先生が…メイド服!?」
唯「い…意外……」
律「さわちゃん…やるなぁ…」

紀美「そう、だから元はみんなと変わらない、明るくて可愛らしい歌を歌っていたのさ、アイドルみたいに元気な歌を…ね」

紀美「それが、ある日を境に私らのとこに来たもんだからそりゃもう大変でさ…」
紀美「当時のさわ子のグループのメンバーにゃ白い目で見られたもんよ、なんせボーカル取ってっちゃったって事になったんだから…」

澪「それで…その、先生のグループのメンバーは…先生がいなくなってからはどうしたんですか?」

紀美「…ああ、さわ子が抜けてから、日も経たないうちに退部した…」

唯「そうなんだ……」

紀美「色々あったなぁ…あの時は……」


―――紀美さんは嬉しそうに、時に寂しそうに当時の事を語ってくれた。

 さわちゃんの昔の事。
 さわちゃんがどんな感じで歌を歌っていたのか。
 ヘビメタをやる前のさわちゃんのグループの人が、どんな人だったのか。

 さわちゃんが紀美さん達と出会ってから、どう変わったのか…

 それを遠い目で、昔を懐かしむように、教えてくれました…。

―――
――

紀美「とまぁ、こんな感じかな」

律「さわちゃんにも色々あったんだなぁ…」

紀美「…この話、さわ子には絶対内緒だからね? アイツもこの事相当気にしてるから…」

唯「私にはとても言えないよ…あはは」
律「さすがにこれをネタにゆすったら殺されるかもな…」

澪「でも、さわ子先生の在学時代にそんな事があったんじゃ…その歌をいくら私達が聴かせても…嫌な記憶を思い出させるだけなんじゃないか…?」

紬「…理由はどうあれ、さわ子先生が紀美さん達の所に入った事で、その二人は部を辞めてしまったんですものね…」

紀美「ああ、そこは私に任せてよ、なんとかしとくからさっ」

 そして、紀美さんは親指を立てて私達に微笑んでくれました。

 …和ちゃんやさわちゃんとは違うけど、とても頼り甲斐のあるお姉さん、そんな雰囲気が、紀美さんから感じられました…。


紀美「来週またここに来てよ、そん時の音源探しといてあげるからさ。 ついでに色々と奢ってあげる♪」

唯「わぁ~、や…やったぁ!」
律「へへ、儲け儲けっと♪」
澪「すみません…でも、ありがとうございます!」
紬「紀美さんのお気持ち、すごく助かります!」

紀美「いえいえ、それにあの歌ならみんなにも問題なく演奏できると思うよ。 明るくてポップな楽しい歌だからさ」

律「明るくてポップな歌か…きっと放課後ティータイムにはもってこいの曲なんだろうなぁ」

澪「私、今ならわかる気がする…なんで私達が、あの人の前で、あの人とは違った音楽を奏でられてたのか…」

紬「さわ子先生も…もとは私達と同じ音楽を奏でていたのね……」

唯「みんな…これだよ、その…さわちゃんがやってた演奏こそが、私達がさわちゃんに送るのに一番の曲なんだよ!!」

律「ああ、梓への曲もそうだけど…絶対に聴かせてやりたいよな」
紬「頑張って練習しなきゃ!」
澪「みんな、もちろん勉強もな?」
律「ああ、受験もライブも何もかも、私達で乗り切るぞ!」

一同「おーーーー!!!」

紀美(いいねぇ…若いって…)

紀美(さわ子…あんた幸せじゃないの…こんなに想ってくれる生徒がいてくれて…さ)

―――
――

 1週間後

紀美「来た来た、はいこれ、約束の音源」

 紀美さんから渡されたCDをセットし、再生ボタンを押します。

律「どんな曲なんだろうな……」

~~~♪ ~~~♪

 ……………。

 プレーヤーから流れる曲は、ちょうど当時のアイドルソングみたいにノリノリで、明るくて…歌ってるさわちゃんも、コーラスの人もとっても楽しそうに歌っているのがよく分かる、そんな歌でした。


唯「すごい…心が軽くなるね」
律「これが…さわちゃんの最初の最初の歌…」

澪「正直信じられない…あんなに怖い歌を歌ってた人なのに…」
紬「でも……すごく可愛い歌声…♪」

唯「うん、私達にもぴったりの歌だよ、コレ!」

律「決まりだ、これをさわちゃんに送ろう! この歌を、さわちゃんの前で歌ってあげよう!!」
澪「ああ、賛成だ!」
紬「さわ子先生、きっと喜んでくれるわよ…ね?」

律「じゃあ、今日はこの歌聴いて練習と行くか!」
唯「うん!」

澪「律、梓への歌も忘れちゃダメだからな?」
律「わかってるって…それじゃあ放課後ティータイム、やるぞー!」

一同「お~~~~!!」


紀美「さわ子の事は私に任せて、安心して練習してね。」

紀美「あ、でも、勉強もしっかりとね?」

律「平気平気、いざとなったら澪に頼んで…」

澪「私に何をさせるつもりだ…」


紀美「あはははっ、みんな、良い友達を持ったもんだねぇ♪」

―――――――――――――――――――

 そして、日々は過ぎて行きます。

 最初は都合を見つけてやってた音合わせも、次第に回数が減り…受験勉強一色になって…
 音合わせも練習も、たまにやる程度になって…

 今じゃ勉強時間1日8時間! でもたまに息抜きにギー太をいじってると…止まらなくなっちゃうんだよね…あはは。 こんなんじゃまた憂に怒られちゃうな…

 でも、ギー太を触ってる時が、一番楽しいな…


―――――――――――――――――――

 冬休み、クリスマス、お正月と季節は巡ります。
 受験のプレッシャーに押しつぶされそうになった時でも、上手く時間を見つけてみんなで集まってお茶飲んで演奏すれば、どこか心が軽くなって…

 やっぱり私、この学校でみんなに会えてよかった…
 みんなとお茶でほっと出来て、本当に良かった…

 だから、絶対に受験も演奏も成功させなきゃ…

 大好きなあずにゃんとさわちゃんの為に…そして、私自身の将来の為に……
 憂やりっちゃん、和ちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん…お父さんにお母さん……私を信じて頑張ってくれてるみんなの為にも、頑張らなくちゃ……!!


―――――――――

――――――

―――


 引っ越し準備も生徒の進路もおよそ半分が片付いた1月の終わり頃の休日、私は紀美に呼び出されて近くの飲み屋まで来ていた。

 この冬真っ盛りで雪も降りしきる夜、…寒さが身体に堪えるなぁ……


さわ子「ったく、紀美のやつ急に呼び出して…」

紀美「おーい、さわ子久しぶり~」

さわ子「紀美、あんたねぇ…」
紀美「まぁまぁ、あんたもいろいろあって疲れてるだろうから、今日はプチ同窓会でもねと思ってさ」

さわ子「プチ同窓会…?」

紀美「あっちあっち」

 紀美がクイクイと親指を向ける方向、そこには懐かしい顔ぶれがそろっていた。

「おいっすさわ子~!こっちこっちー!」
「去年の披露宴以来だねー、キャサリン元気だったー?」

 そこには、デスデビルのメンバーだったデラやジェーンの姿があった。

さわ子「あ…! みんな久しぶり! どうしたのー?」

 まさか、みんなに会えるとは…!
 確かに最近仕事仕事で立て込んでたから、これは嬉しいサプライズだ。

紀美「それだけじゃないよ、今日はもう二人特別ゲストにも来てもらったのさ」
さわ子「特別ゲスト…?」

紀美「おーい、2人ともこっち来なー」

 そして、紀美の声に合わせて奥から顔を覗かせる2人の女性が…。

「さわ子、久しぶりね」
「やほー、さわ子元気してたー?」

さわ子「みゆき……恭子…?」

みゆき「こうして会うのも卒業以来だねぇ」
恭子「んま、過去の事は水に流して…今日は飲みましょ♪」

さわ子「………え…ええ……そう……ね…」

 みゆきに恭子……

 私の、昔の仲間…

 私が裏切ったこの2人にだけは、もう会うまいと思っていたのに…どうして………その2人がここに…?

―――
――

 頃合いを見て、紀美を連れて外に出る。

 降り続ける雪のせいで身体が締まる様に寒いが、店の中で…何よりもあの2人の耳に届く所でだけは…話したく無かった…

 それに幸いというか…他の4人は昔の思い出話に華を咲かせていたので、今が抜け出すには絶好のチャンスだったのだ…

さわ子「紀美、どういうつもり…?」
紀美「どういうって…そーゆー事さ」

さわ子「アンタ…知ってるでしょ? 私があの2人に何したか…」
紀美「うん、知ってる」

さわ子「ふざけないでよ…私は今更あの2人に合わせる顔なんて…!」

 そうだ、あの2人を…私は裏切ったんだ。

 …もしも過去に戻れるのなら、あの時の自分を殴ってでも止めてやりたい。

 一時の恋心を理由に仲間を裏切ってまで違うグループの所へ行くなんて…あの時はどうかしてた…

 確かに恋愛に一途だったと、聞こえ良く言えばそうなのかもしれない…でも、結果的に私が抜けた事で…あの2人は…!

 …………嫌な過去が頭に蘇る……

 忘れたくても忘れられない……苦い思い出が頭に鮮明に蘇ってくる……


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最終更新:2011年05月27日 04:06