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みゆき『ちょっとさわ子……アンタマジで言ってんの?』

さわ子『ええ、私、本気よ…』

恭子『か…考え直そうよ! 私達、これから3人で頑張るって約束したじゃん…!』

さわ子『恭子…ごめんなさい…私、あの人だけはやっぱり忘れられない……!』

さわ子『私…これからはワイルドに生きていくの……! 河口さん達と一緒に…ワイルドに生きて行くのっ!』
さわ子『だから…だから……こんな…ちゃらけたギター………っっ!…ふんッッ!!』

 ―――バキィッッ!!

さわ子『はぁ…はぁ……! 聞いて二人とも…私…本気なの…!』

恭子『…さわ子……あ…あんたねぇ!!!』

みゆき『もういいよ……さわ子がそこまで言うならさ…』

恭子『ちょっとみゆき…あんたまで何言って…!』

みゆき『勝手にしなよ…もうアンタの事なんて知らない…』

さわ子『……………』

みゆき『恭子…行こう……こんなヤツ…もう知らない……』

みゆき『裏切り者…』

――裏切り者…。

 それが、いつも温厚で優しい仲間が、最後に私に向けて放った言葉だった……。

 …そして、そう日もかからない内に、みゆきと恭子は…部を辞めた。

 残った私は…デスデビルのボーカルとして、軽音部に残ったんだ…

 私は…私情であの2人の夢を奪って…図々しく居残ったんだ…

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さわ子「やめてよ…嫌な事思い出させないでよ…お願いだから…っ」

紀美「じゃあ聞くけど、なんでアンタは生徒にあんな恰好させて歌わせてるのさ?」
さわ子「…あんな恰好って…唯ちゃん達の事?」

紀美「そ、昔に未練タラタラなのがよく分かる衣装だと思ったけど?」
さわ子「紀美には…関係ないでしょ……」

紀美「いんや、関係あるね」
さわ子「…なんでよ?」

紀美「このままいなくなったら、アンタ一生その事気にして余所へ行かなきゃならないんだよ?」
さわ子「…知ってたの? 私の転勤の話…」

紀美「ちょいと小耳に挟んで…ね」
さわ子「でも…今更なんて言ってみゆき達に会えばいいって言うのよ……」

紀美「…………」


 少し間を置き、紀美はタバコに火を付け、怒ったような目で私を睨みつける。

紀美「キャサリ…いやさわ子、いいかげんにしなよ…?」

さわ子「…何よ?」

紀美「お前が逃げてたら意味ねえだろ? お前自身の為にも、お前を慕ってる生徒の為にもならねえだろ…?」

さわ子「別に私は逃げてなんか…ってか、紀美には関係ないじゃない!!」

紀美「聞け!! デスデビルのボーカルだったキャサリンも…その前から萌え萌えの服着て踊ってたさわ子も…」
紀美「生徒の為に教師として軽音部の顧問やってるさわ子も…全部軽音部の『山中さわ子』に変わりねえだろうがっっ!!!」

さわ子「…っ!!」

 ……紀美の迫力に声が出なくなる…
 ここ一番で怒った時の迫力…変わってないな……

 でも、それでも私は……!


紀美「これからアンタは大きな感動を目にする、ここで教師やってて良かったって…そう思えるようなことがさ…」
紀美「その為にも、今ここでさわ子の中の過去を、嫌な思い出を…良い思い出にしとかなきゃなんねえんだよ!!」

さわ子「一体…何の話よ?」

紀美「それはまだ言えない、でも、『その時』の為にも…さわ子が生徒として、また教師として桜高で過ごした思い出に、悪い思い出があっちゃならないんだ…」

紀美「それにもう時効だよ…恭子も言ってたじゃん…過去は水に流してってさ……」

さわ子「…………っっ…でも…でも……」

 紀美の言葉に声が出ない。

 …どうすればいいって言うんだ…今更、どう謝れって言うんだ……

 私のせいで2人は部活を辞めた…私の身勝手な振る舞いで…2人は……

 ……でも……忘れられないのもあった

 たとえ一時でも、みゆきや恭子と歌った『あの歌』を…。
 紀美やみんなで歌った…あの激しいヘビメタも…。
 教員としてあの子達と共に過ごした…あの音楽室を…。

 あの部室で…みんなと出会ったあの音楽を…たとえどんなに苦い思い出があったとしても…忘れる事なんて…できやしなかった…。

紀美「昔に未練あるんだろ? だから、あの子達の衣装に、昔の思い乗せて…せっせと衣装作ってたんだろ? あの子達の可愛い歌声、楽しみに聴いてたんだろ?」

さわ子「そりゃ未練なんてあるわよ…でも、でも!! 私は…私は……!!」

さわ子「………っっく…っう…! わたし…は……!」


 柄にもなく涙が出てきた…きっと酒のせいだと、そう思いたい……でも…!
 止まれ止まれと思うほどに…涙が溢れてくる…!

 泣いてこの気持ちが晴れるなんて思っちゃいない…でも…忘れようと思えば思う程に蘇る…あのメロディが…。 みゆきと恭子と奏でた…あのメロディが。頭に響いてくる…

 …許して貰いたいとでも思っているのか、私は…

 でも…それは…

 どんな事があろうと…私は背負って行かなければ…自分の犯した罪を…背負わなければ…


さわ子「どんな理由であれ…私は恭子とみゆきを……裏切っ…て…!」
さわ子「今更…どんな顔して…2人…に……っう…ぅ…」

紀美「さわ子……まだそんな事…」


「まったく、やっぱりそんな事だろうと思った…」

「ホント、相変わらず気にしいなんだから…」

さわ子「……っ…?」

 声に振り向く、するとそこには…いつの間にか話を聞いていたのか、みんなの姿があった…

ジェーン「あんなに叫んでりゃそりゃ様子も見に来るってえの」

みゆき「恭子も言ってたでしょ?もう、時効だよ」
恭子「気にしていてくれてありがとう、さわ子…でももう良いのよ。」

みゆき「あの頃は許せなかったけど…でも今はもういいよ…」

恭子「さわ子が作った今の軽音部、放課後ティータイムの歌、聴かせてもらったよ…すごく、完成されてるじゃない…」

デラ「うん、演奏技術もそうだけど、純粋に音楽を楽しもうって気がビンビン感じられたよ」

恭子「私もみゆきも感動しちゃった、さわ子が桜高で先生やってる事にもびっくりしたけど…」
恭子「それで軽音部の顧問やってて、あんなに素敵な演奏ができる生徒に囲まれてるって知って…ホントにびっくりした」

ジェーン「さわ子の造った軽音部、すごいよなぁ」


さわ子「みん…な……」

紀美「みんな、あの子達の演奏聴いて、先輩として鼻が高いって言ってるんだよ」

紀美「さわ子、あんたはこうしてやってくれたじゃないか…」
みゆき「私達の音楽も、紀美達の音楽も…」

恭子「きっとさわ子はさ、無意識のうちに、でもしっかりと引き継いでいてくれてたんだね…」
紀美「私達も、この子達もそう、さわ子がいたから、音楽をより楽しもうって気になれたんじゃないか?」

みゆき「まぁ…これだけやってくれてたのなら、私達から離れた事も間違ってなかったなって、今ならそう思えるんじゃないの?」

紀美「さわ子、だからもう過去を引きずるな、むしろ受け入れろ」

さわ子「…受け入れ…る…」

みゆき「そ、さわ子は、もう立派にやってくれたんだよ?」
恭子「昔は昔、今は今、そして…これからはこれからだよ…」

紀美「さわ子もさ、長い間後悔して…辛かったろ、でももう、そんなこと気にしなくて良いんだよ」

さわ子「みんな……」

みゆき「長い間お疲れ様、さわ子…」
恭子「それに…せっかく久々に会えたんだし、今日は楽しみましょ♪ 私、まだまだ飲み足りないのよ~」

ジェーン「さーてさて、んじゃあ過去の清算も終わった事だし、飲みの続きと行きましょか?」

デラ「この後さ、久々にカラオケ行かない?」
紀美「お、それいいねぇ…」

 そして、みんなは連れだって店の中へと戻っていく…
 残された私は…涙を拭ってから……少しの間だけ佇んでいた。

恭子「ほら、さわ子、早く戻ろっ!」
さわ子「……う…うん……」

みゆき「私達がいなくなってからの事も、じっくり聞かせて貰いましょうかね…」
さわ子「そ…それは……」

 ……本当にこれで良かったのか、それは…まだ分からない。 実感もあまりない…。

 でも、これだけは言える、きっと間違いない……みゆきも恭子も…紀美も…みんなが、私を認めてくれた。

 あの子達の歌が、みんなを認めさせてくれたんだ…


 ……あの子達の顧問になって本当に良かった…

 唯ちゃん…りっちゃん…澪ちゃん…紀美…みゆき…恭子……

 みんな…ありがとう………。

紀美「さわ子ー? 風邪引くから早くー」

さわ子「…ええ、待って、今行くから…!」

 気付けばもう、雪は止んでいた……  
 明日は晴れるに違いないと…そう、思えるように…

 月明かりが煌々と、雪道を照らしていた…。


―――
――

 試験まであと3日、バレンタインも近付いて来た2月の放課後、私達はあずにゃんと一緒に部室に集まりました。

梓「…さわ子先生の、お別れ会ですか?」

律「そ、どう? 梓もやってみない?」
澪「この曲を、私たちなりにアレンジしてやってみようと思ってさ」

紬「実はもうパートの振り分けも終わってるのよ、あとは梓ちゃんが頷いてくれればすぐにでも音合わせ出来るわ」

梓「ちょっと、聴かせて貰っていいですか?」

唯「うんっ!」

 ………………………

梓「………わぁ…」

梓「以外です…さわ子先生の演奏だって聞いたから、てっきりヘビメタかと思ってました…」

梓「でも、良いですねこの曲、私達らしいって言うか…ううん、私達にもぴったりですよ! この歌!」

紬「じゃあ…!」

梓「ええ、私にも演奏させてください!」

律「よっし決まったな! じゃあ早速演奏を…」

澪「りーつ、試験までもう残り少ないんだから、演奏してる暇なんか…」

律「ん~…でもぉ~」

紬「じゃあ、勉強してから休憩でやりましょ?」
澪「ま、それならいいか…」

唯「よっし…がんばるぞ~っ」

梓(……………。)

梓(そっか…先生も先輩達も、もうすぐいなくなっちゃうんだ……。)

梓「……………っ…」

――――――――
――――――
―――

 そうして、試験当日…

律「絶対合格するぞーーー!」
澪「この日の為に、今日まで頑張ってきたんだもんな…!」
紬「行くわよみんなっ」

唯「放課後ティータイム、ファイトー…」

一同「お~~~~!!」

―――――――――

 部室

梓「先輩……」
憂「お姉ちゃん…」

純「だ…大丈夫だよ二人とも…みんな絶対に受かるって!」

さわ子「そうよー、だから後輩のあなた達まで不安になってないの」

さわ子「先輩を信じましょう…あの子達が本番に強いの、知ってるでしょ?」

梓「…そう…ですね……あははっ…私ったら、なんで不安になってるんだろ…」
純「なんか雰囲気重いな…ねえ梓、憂…何か演奏しない?」

さわ子「あ、それいいわね~、じゃあ今日は私が指導してあげるから、何か演奏してごらんなさいな」

憂「私達の演奏、聴いてくれるんですか?」

さわ子「ええ、『次期』軽音部の演奏、『元』軽音部の私も聴いてみたいわぁ」

梓「…ええ、それじゃあ先生聴いてって下さい、私達の演奏を…」
憂「おぼつかない所とかあればどんどん言って下さい!」
純「ここで人前で演奏するの初めてだから…なんか緊張するなぁ…」

さわ子「言っとくけど私の指導は厳しいわよ~? みんな、覚悟なさいよー?」

梓「先生…ありがとうございます!」
さわ子「いえいえ…」

さわ子(私も残り少ないし…顧問としてやれることはやっておかなきゃ…)

さわ子「じゃあ頑張りなさい、みんな!」

梓「…ふわふわ時間、いきます!」

梓「せーの…!」

 梓ちゃん達の演奏は…先輩には及ばないとはいえ、熱意の籠った音になっていた。

 おぼつかない憂ちゃんのオルガンに、基礎のしっかりしてる純ちゃんのベース、そして部長としてみんなを支えようとしてる梓ちゃんのギター。

 それぞれの旋律が個々を支え合っている…その意思は、あの子達に劣らないものがあった…

 今なら胸を張って言える…


 …この学校に来て、この部の顧問になれて本当に良かった……と

 だからこそ、それが残念でもあった…

 これからこの子達の指導が、あの子達の意思を受け継ぐこの子達の指導を出来ない事が…辛かった…

 残念な気持ちと、こんなにも立派な演奏が出来るこの子達を前に目頭が熱くなるのを堪えながら、私は彼女達の音に聴き入っていた……



―――
――

 そして1か月後の春。
 桜も芽吹く時期に、志望校に見事受かることが出来た私達はこの日を…卒業の日を迎えました。


 教室

さわ子「みなさん、卒業おめでとうございます」

さわ子「この学校で初の担任を請け負って…それがあなた達で、私自身も色々と勉強にもなったし、何よりも充実した1年を迎えられました。」

さわ子「とまぁ…堅苦しい話は抜きにして…みんな、3年間お疲れ様」

さわ子「この学校で皆さんと過ごして、私もすごく楽しかったわ…」

さわ子「みんなも知ってのとおり私も…今日で最後になっちゃうけど……最後ぐらい、明るく行きましょ♪」


 …先生のその言葉に…私はたまらず立ち上がります。


唯「………せ…先生っっ…!」

律「…さわちゃんっ!」
紬「わ…私達も! 先生が担任で…楽しかったです…その…!」
澪「…先…生……っっ」

さわ子「ほらほら、涙はまだ取っておくの、まだまだあなた達には、やらなきゃならない事があるんだから…ね?」

さわ子「じゃあ委員長、そろそろ号令をお願いします」


和「はい…みんな、もう式の時間よ、そろそろ講堂へ向かいましょう」


律「和…」
唯「和ちゃん…」

和「先生、私達は、先生の生徒でとても幸せでした」

和「私達の最後の晴れ舞台…是非、見て行って下さい…」

さわ子「…ええ、しっかり、目に焼き付けておくわね……」

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 講堂

和「―――私達がこの学校で学んだ3年間は……」

 生徒代表の和ちゃんの答辞はすごく通った声で、全生徒がその声に聞き入っていました。

生徒「………っっ…ぅ…っ…グズッ…」

 …中には、もう泣いちゃってる生徒もいる……

 卒業……しちゃうんだな…もう……


さわ子「…………っ…」

さわ子(駄目よ…泣かないって…決めたのに……っ)


―――そして…教室でみんなとお別れをしてから、私達は…大切な後輩に…最後のお別れをするために…部室に集まっていました。


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最終更新:2011年05月27日 04:07