部室

唯「あずにゃんに聴いてもらいたい歌があるんだ…」

律「勉強の合間縫って作ってみたんだ、聴いてくれる?」

梓「…はい……私、聴きたいです……」

………♪ ~~~♪……



さわ子「……」

 音楽室から聴こえる歌声に耳を寄せる…。

 もう、唯ちゃん…いや、放課後ティータイムの歌を聴くのも最後になるのか…
 そう考えると、切なくなってくる。

 軽音部はなくならない…風邪をこじらせたときに紀美にも言ったけど…でも、分かってはいても、いざ別れが目前に迫ると寂しくもなる…

 ここには思い出が多過ぎた…先日みゆき達と和解した事もあって…たくさんの暖かい思い出が…私には多過ぎた…

 …はぁ…教師がこんな事考えてちゃ駄目だな…

「先生。」

 後ろから聴き馴染みのある声が聞こえたので振り返ってみる。

さわ子「真鍋さん…」

和「3年間、ありがとうございました」

さわ子「あら、私があなたを請け負ったのは1年だけよ?」
和「いえ、私の事じゃなく…唯の事で…」

さわ子「……唯ちゃんの事?」

和「軽音楽部に入ってからあの子、すごく変わりました」

和「毎日をのんびり過ごすでなく、部活に入って…目標を持って…あんなに立派な演奏をできるようになって…」

和「いつも私と憂にべったりな唯でしたけど…この学校に来て…軽音部と出会って…すごく変わって…」

さわ子「それは私だけじゃないわ、りっちゃんや澪ちゃん、憂ちゃんや和ちゃん、みんなに囲まれたからできたのよ」

和「…ですけど、唯の中では、先生がいてくれたからって言うのが大きかったと思います。」

和「いつの頃か、結婚式の次の日に唯、言ってたんです、『私も、大人になったら大人になるのかな』って…」

さわ子「……ああ………」


 ……あの時か…。


さわ子『―――今、本物ってのを見せてやる!!』


 旧友の結婚式の打ち上げで紀美に一杯食わされて、つい私は昔の本性をみんなに晒してしまった。

 私自身も今では完全に失敗したと思っていたけど、それが結果的に唯ちゃんの心の成長に繋がったのだと、彼女は語ってくれた。


和「多分、私が思うに…あれ、先生を見て思った事だと、私は思うんです」

和「『大人になっても決して輝きを失わない、さわ子先生みたいな大人に、私もなるのかな』って…そう思ったんじゃないかって…今の唯を見てると…そんな気がして…」

さわ子「それは、大袈裟よ…」

和「いいえ…その、大人になっても変わらない輝き…きっとそれって、あの子達の音楽にも、先生にも通じてると思うんです。」
和「先生の歌が今も昔と変わらず色褪せないのと同じように、あの子達の音楽も、場所は違ってもどんなに時が流れようと…輝いていられると、私は信じています」

さわ子「……………」

 ……今日のこの子はやけに強気な気がする…

 もしかして……私が杞憂にしてる事を見抜かれていた…?

さわ子「……あはは、生徒に見抜かれるようじゃ…私もまだまだねぇ…」
和「…すみません、出過ぎた事を言って…」

さわ子「ううん…実際、当たってたから…」

さわ子「大人になっても変わらない輝き……ね、確かに、そうかもね」
さわ子「あの子達の演奏聴いてたら、私もそんな気がするわ」

和「色々と…本当に、ありがとうございました…」
さわ子「……こちらこそ…真鍋さん」

さわ子「素敵な教員生活をありがとう…とても楽しかったわ」
和「………」

さわ子「大学生になってからも大変でしょうけど、頑張りなさいよ?」
和「はい…先生も、頑張ってください」

さわ子「同窓会には是非呼んでね、みんなと飲むお酒、楽しみにしてるわ♪」

和「……はいっ!」


 そして……真鍋さんは私に一礼して、階段を降りて行った……

さわ子「変わらない輝き……か」

 私にも、あるだろうか…
 歳を取ったこの私にも……輝きってやつが…

 音楽室からは…彼女達の、どれだけの月日が流れようと…決して消える事の無いであろう輝きが…絶えず響いていた…。


―――
――

 翌日

 引っ越しを来週に控え、家で支度をしていた夕暮れ時、私は紀美に呼び出されて市内のライブハウスにいた。

 …懐かしいな…確か、私もあの子達も、ここでライブした事あったんだっけ…

紀美「さわ子ー! お疲れさん」
さわ子「紀美、どうしたのよ?」

紀美「早く、こっちこっち!」

 紀美に手を引かれ、私はステージのある部屋に入る。

 ステージの方を見るとそこには、制服に身を包み、ライトに照らされたあの子達がいた…
 そして、着々と楽器をセットしてるデラやジェーン、脇には憂ちゃんや純ちゃんの姿も見えた。

唯「さわちゃん、やっと来てくれた!」
律「遅いよー、もうちょっとで開演だったんだからさ!」
梓「機材の準備は整ってます、いつでも行けますよ!」

みゆき「良い空気ねー、この緊張感、まさにライブって感じだね」
恭子「さわ子、あんたの育てた生徒の演奏、楽しみにしてるよ」

さわ子「2人とも…」
恭子「紀美に急に呼び出されてさ、でも、来て正解だったかもね」
みゆき「今日は、たっぷり楽しませてもらうわよー」

憂「先生、こっちへどうぞ!」
純「お菓子もジュースもあるんですよ~♪」

さわ子「みんな…これは一体…」

紀美「鈍感なヤツ…いいかげん分かるっしょ?」

律「今日は、さわちゃんのお別れ会をやろうと思ってさ」
唯「それで、先生には内緒でみんなで企画したんだ」

紀美「私らがいた旧軽音部に…」
律「私達が作った今の軽音部…」
梓「そして、これから私と憂と純で作って行く…新しい軽音部…」

唯「今日はその…今と昔と…これからの軽音部で、先生の門出をお祝いしようと思います!」

さわ子「みんな……」

澪「唯、やろう!」
唯「うん、まずは一曲目!『U&I』!」

律「ワン、ツー、スリー、フォー!」

~~♪ ~~~~♪


唯「~~♪ キーミがーいーなーいと何もできないよー、キーミのごはんが食べたいよ~♪」


 お別れ会…ね。

 あの子達も、粋な事してくれるじゃないの。

―――――――――

唯「想いよ……とーどけーー♪」

~~♪ ―――――♪

みゆき「ヒューヒュー! みんないいよー!」
恭子「一曲目からあんな難しいリフなんて、なかなかやるじゃないの!」

紀美「さっすが私達の後輩、いやぁ先輩として嬉しいもんだわっ!」

さわ子「あんたは何もしてないだろーが…」

 そして、唯ちゃんの司会でライブは始まる。


唯「えー…さわちゃ…じゃなかった…先生、それに憂に純ちゃん先輩方、今日は来てくれてありがとうございます!」

唯「私達もこんなに集まってくれるなんて思いませんでした、だから今日は精一杯歌います!」

唯「あ、それとお菓子もジュースもいっぱいあるから、今日はいっぱい楽しんでください!」

唯「えとえと…あと! 私達の分も残しといてくれると嬉しいかなぁ…あと…」
律「長いわ! 次行くぞ~!」

「――あははっ…!」

憂「お姉ちゃんったら相変わらず~」
純「でも、やっぱ憂のお姉ちゃんはこうでなくっちゃ♪」

みゆき「あははっ…司会のセンスも冴えてるねぇっ」
紀美「ホント、私らとは別だけど、こーゆーのもいいねぇ」

ジェーン「さわ子~、来てよかったんじゃないの?」

さわ子「何を今更…もちろん良かったに決まってるわよ…」


 文化祭を彷彿とさせるような雰囲気が部屋に広がり、私自身も胸の高鳴りを感じていた…

 これはまさにライブの高揚感……彼女達以上にライブの経験を重ねた私が…あの子達のライブをとても楽しみにしている証でもあった……

律「次、『天使にふれたよ!』いくぜーー、わんつーすりー!」

……♪ ………♪

純「お、新曲?」
憂「おねーちゃーん! がんばって~~!」

唯「うん! 憂も純ちゃんも是非聴いていって!」


……♪………♪

唯「ねぇ…思い出のカケラに…♪」


紀美「今度はバラードか」
みゆき「よく雰囲気出てるね、さすが」
恭子「キーボードの子も、ドラムの子も安定してる」

デラ「なんつーか、私らの卒業の頃思い出しちゃうねぇ…」

さわ子「それだけじゃないわよ…この曲には…みんなの、2年間を共に過ごした後輩への想いがが詰まっている…」

さわ子「本当に…唯ちゃん最初はギターのギの字も知らなかったのに…こんなに…立派になって…」
さわ子(みんな…本当に…立派になって……)

梓「………んっ…」

梓(……ダメダメ…今日は泣いちゃダメ…私…!)
梓(笑顔で見送るの…次期部長として…先生を笑顔で見送らなきゃ………!)

―――
――

唯「ずっと…永遠に一緒だよ……♪」

……………♪

―――パチパチパチパチパチ!!

憂「おねえちゃんかっこいい!! 私、あなたの妹で本当に…本当によかったーー!」
純「梓もいいなぁ…こんなに素敵な先輩に囲まれて…ねぇ梓?」
梓「うん…そう……だね」

唯「みんな、ありがとーー!」

唯「えー…じゃあ、ここでメンバーの紹介をしたいと思いますっ!」

唯「まずはキーボードの、琴吹紬ちゃん!」

紬「みんな今日はありがとーー」

 唯ちゃんの声に合わせてムギちゃんがキーボードを鳴らす。


唯「ムギちゃんのお茶は先生も大好きで、中でもコーヒーが特に好きで…1日になんと5杯も飲んだぐらいです!」
紬「先生、いつも私のお茶を美味しく飲んでくれてありがとうございましたー!」

「――ぶっ! あははははっ!」

さわ子「もう…唯ちゃんったら…」
みゆき「何よー、あんた生徒にお茶汲みなんてさせてたの?」

さわ子「………別に、そういうわけじゃ……」


唯「次はベースの秋山澪ちゃん! 1年生の最初の頃に、先生の歌を聴いて一番怖がってたのが澪ちゃんだったんだよねぇ~?」
澪「余計な事言うなー!」

紀美「あはははっ! 全盛期のさわ子は今とは比べものにならないぐらいおっかなかったからなぁ~」
デラ「しかし…よくもまぁここまで猫を被ってたもんだよね~」
さわ子「……も~っ…」


唯「次、ドラムで部長の田井中律ちゃん!」
律「えへへ…こんなんですけど、軽音部の部長やってました、先輩達に負けないバンドにしてみたつもりですけど…どうだったでしょうか?」

ジェーン「安心して! 私のドラムよりも十分に勝ってるよー!」
紀美「うんうん、放課後ティータイムサイコー!」

律「……えへへっ…」

唯「そういえば、りっちゃんのおかげでさわ子先生が軽音部の顧問になってくれたんだよね?」
律「そーいえばそーだったな…」

唯「あの写真を見つけてなかったら…ここでみんなが集まる事はなかったんだから、今日のこの日はりっちゃんのお陰でもあるんだよっ!」
唯「りっちゃん、ホントに…本当にありがとっ!」
律「やーめろって、照れるだろ~~」

唯「もしも…りっちゃんがあの時さわちゃんの弱みを握ってなかったら…」
律「それ以上は言うなぁぁ!!」

純「…そんな事があったんですか?」
憂「私も、詳しくは知りませんでしたけど…」
紀美「あっはっは! 生徒に一本取られるとは、あのデスデビルのキャサリン一生の不覚だったねぇ!」

さわ子「……………ぶ~…」

 …今日はお別れ会のハズでしょ? なんでいつの間に私のこの子達にまつわる暴露大会になってるのよ~…


唯「続いて、ギターの中の中野梓ちゃん!」
梓「どうも…先生、短い間でしたけど、お世話になりました…」

さわ子「いいえ、梓ちゃんのネコミミ、とってもチャーミングだったわよ♪」
梓「~~~それは…恥ずかしいです~っ」

唯「あずにゃんは、私達がいなくなったあとの、軽音部の部長さんなんだよ~」
梓「先輩…あまり緊張するような事言わないで下さいよぉ~」

紀美「よっ! 次期軽音部部長! 頑張れー!」
デラ「応援してるよー!梓ちゃん頑張ってーー!」

唯「もう部員も決まってて、オルガン担当の平沢憂…あ、私の妹と…そのお友達でベース担当の鈴木純ちゃんです!」

憂「どうも…楽器…あまりやった事ありませんけど、私達も先輩方に負けない演奏をしたいと思ってます!」

純「わ…私も! 澪先輩みたいな立派なベーシストになれるように頑張ります! ですから、よろしくお願いします!」

さわ子「3人とも…頑張りなさい!」
さわ子「お姉ちゃんに、先輩達に、そして私達に負けないような……素晴らしい軽音部を作ってね!」

梓「…はいっ!」

憂「頑張ります!」

純「……よ…よーし! やるぞー!」


唯「最後に私、ギター担当の平沢唯!」

唯「思えば…私がこうして軽音部にいられたのも、実は全部全部先生がいてくれたからなんですっ」

唯「忘れない……あの日、職員室にりっちゃんと澪ちゃんが軽音部の立ち上げに来た時に…さわ子先生が私に軽音部の事を教えてくれた時から、全部始まったんだ…!」

さわ子「…………そうだった…わね…」

 …………そうだった…

さわ子『 『軽い音楽』 と書いて、軽音よ』
唯『軽い…音楽?』

さわ子『そ、軽い…音楽…』


 この子が私に軽音部の事を聞いてくれて…私はそれを説明して…

 気付いたら私はこの子達の顧問になっていて…文化祭前に唯ちゃんに猛特訓をして…

唯「あの時はいっぱい練習しすぎて私、声ガラガラになっちゃったんだよねぇ…」

紀美「さわ子の指導はキツかったろうに…よく耐えれたねぇ」

唯「えへへ…でも、すっごく楽しかった! ギターのコードたくさん教えてくれて…かっこいい歌い方とかギターの弾き方も教えて貰って……」

唯「可愛い…衣装とかも…っ…徹夜で作ってくれて、何かあった時は…すぐに助けてくれて…っ!」

唯「クリスマス会にも来てくれて…そうだ、2年せぃ…っの、ときの文化祭…っドジな私に代わってギター弾いてくれて…グズッ……あの時は…みんなすっごく…助かったって…言ってて…!」

 元気だった唯ちゃんの声は…次第に涙声になって行く…
 その唯ちゃんの涙が、私の胸を打つ…

 目頭が熱くなる…涙が…零れてくる…

 だめ…今日ぐらい…生徒の前では……教師として…あるべきなんだ…

 この子達の指導者として…担任として…顧問として……!

憂「お姉ちゃん!頑張って!!」
紀美「唯ちゃんの気持ち、さわ子にどんどんぶつけてあげな!」

みゆき「がんばれー!」
恭子「頑張って…!!」


唯「他にも他にもね…っ…さん年生の時には担任になってくれたり…グズッ…音楽室でのお菓子とかお茶も許してくれて…!」

律「っっ…私と唯が…っ…進路の紙を適当に出した時、私と唯の事…真面目に叱ってくれて…えぐっ…っ」

澪「…推薦蹴って進路変えた時……遅くまで私の話に付き合ってくれたの…さわ子先生……だけ…でした……!」

紬「最後の文化祭…一人で生徒全員分のTシャツを用意してくれて…わた…し…すっごく……感動して…今でも、大事に仕舞ってあるんです……っ!」

梓「他にも……まだまだ、数え切れないぐらいあって……」

唯「さわちゃん……今まで…ありがとう……ほんとうに…ありがとう……!!」

さわ子「…………っっっっ…ぅ…ううぅぅぅ……っ」

 我慢してたけど…もう…止まらない……
 涙が…止まらない………っっっ!

さわ子「っっ…っく……ううぅぅぅぅ……」

さわ子「もう……ぐずっ…みんな…っ…いい歳して泣かせないでよ……っっっ…うっ…」

紀美「さわ子…もう、いいじゃん…今日ぐらい…さ」
さわ子「紀美…」

紀美「あんたは、あの子達の先生だけどさ、その前に、軽音部員でもあるんだ…私達と同じさ」

みゆき「応えてやんなよ、みんな…あんたと離れたくなくて、あんなに泣いて…それでも、あんたに今まで世話になった想いを、あの子達は伝えてるんだ」
恭子「そうだよ…ここは、ちょいと先輩として、後輩の気持ちに応えてみるのもいいんじゃないの?」

憂「先生…お願いします…!」
純「先生…」

デラ「さわ子…!」
ジェーン「さわ子っ、頑張れ!」

さわ子「みんな………っ」


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最終更新:2011年05月27日 04:08