今日は休日。久しぶりのデート。

さよならを告げる為の、最後のデート。

私こと田井中律は、ついに期限まで来てしまった大きな悩みを解決できず当日を迎え、

結局大して眠ることも出来ないまま朝を待ち、別れをテーマに並べた言葉をまとめる事も出来ず、ただただ宙に浮かべていた。

起きる予定だった時間を告げる目覚ましを鳴った瞬間に止めて、再びベットに寝そべる。

「どうしたもんかな……」

今日会う事を決めてからずっと考えても、いまいち出てこない。

そんな時、ふと見るとケータイが着信を告げていた。

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From ムギ

Message

りっちゃん、どうするの?

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返す返事も思いつかず、開いたまま放る。

どうするも何も、そんなところは元から問題じゃないんだ。結論は出てるんだから。

ただ、相手を傷つける話をするのに、何とかして傷つけない方法を探している。

そんな馬鹿な考えしか出来ない自分を止められなくて、夜も眠れなかっただけなんだ。

結局はぐらかす様に、頑張るよ。とだけ返信した。


* * *

澪と付き合うことになったのは高校3年になって直ぐだった。

「なぁ、良いだろ?律ぅ」

「絶対嫌だ!」

「何でなんだよ。皆あんなに褒めてくれたし、ムギも作曲する気マンマンだったぞ?」

「誰がなんて言おうと『冬の日』だけは認めない!」

「だから何でだよ!説明してくれないと……」

「だって……」

「だって?」

駄目だ、澪はこうなったら納得しないとテコでも動かないな。

「……分かったよ。説明するよ……」

澪が新作として作った歌詞を、私が誰かからのラブレターと勘違いした。

それを受け取った私が浮かれて、緊張して、思い耽ったあの数日。

あんな恥ずかしい事を思い出させる詞にメロディーまで付けて大勢の前で歌おうなんて、絶対に願い下げだ。

「今思い出しても恥ずかしいってのに……何笑ってんだよ?」

「ハハハ……いや、だからあの時も全力で否定してたんだ」

「そうだよ」

澪が書いたって知って、余計にドキドキしたなんて絶対言えない。

「いつも強気なりっちゃんが以外と乙女で驚いたか?ちくしょー」

「乙女なのは知ってるよ」

「うぐ……」

「そうだな。……でも嬉しい」

「え?」

「私の気持ちが、届いてくれてて」

澪が恥ずかしそうに笑ってる。

「は?」

「ラブレターと思ったって、あれラブレターだもん」

「はぁ?」

何を言ってるんですかこの子は。

「私ね。いつだって、律が居るだけで幸せなんだ」

「どんなに寒くたって、律が居るだけで暖かいし」

「どんなに落ち込んでても、緊張してても、律が居てくれればそれだけで頑張れる」

「律だって可愛いんだから。私の前で位髪を下ろした姿で居てくれてもいいなぁって」

「律の事ばかり考えてたら、あの歌詞が出来たんだよ」

「え……え~と、と?」

え?何?どういう流れ?この話。

私の狼狽を抑えつけるかの様に、澪がしっかりと私を見据えて言った。

「あの時から、いや、もっとずっと前から、私は律の事が好きだったんだから」

「……」

空いた口が塞がらない。

私が澪を想っていたように、澪も私を想っていてくれてただなんて。

「だから……」

頭を下げ、手をこちらに向ける澪。

「私と付き合ってください!」

そうか。やっと頭が追いついた。

私が澪を好きだったように、澪も私を想っていてくれたんだ。

今、澪は告白してくれてるんだ。

「……私で良ければ、喜んで」

言いながら、澪の手をぎゅっと掴む。

二度と離さない様にと、願いを込めて。

「本当に!?」

顔を上げた澪の目には涙が溜まっていた。

あぁあぁ、真っ赤な顔しちゃって。よっぽど緊張したんだろうなぁ。

「勿論!私だって、澪の事ずっと好きだったし……」

「友達じゃ無くて?」

「友達じゃ無くて」

「ライクじゃなくて?」

「ラブですよ」

「本当に?」

「だから言ってんじゃん。好きだよ」

ああもう恥ずかしい。

「やったー!」

いきなり抱きつかないで下さい澪さん。

「良かった~。『言うなら今しかない!』って思ったけど、断られたらどうしようかと思った」

私を抱きしめたまま、心情を吐露する澪。

肩に濡れた感触がするのはきっと彼女の嬉し涙だろう。

恥ずかしがりの澪がここまで勇気を出してくれたんだ。

しっかり応えてあげないとな。大好きな澪の為にも。


……さて、それは置いておいて。

「あのですね、澪さん」

「ん?なんだ律?」

「ここ、往来ですよ」

「え?」

今は二人で帰ってる最中だったじゃないか。

街中でいきなり女子が女子に大声で告白なんて、そりゃ注目も集めるよ。

そんな事を忘れてまで気持ちを伝えてくれるなんて、なんて可愛いんだこの子は。

「え?あ……ふぅ」

あらら、限界超えて気絶しちゃったか。

よし、恋人としての初仕事だ。しっかり家まで送り届けてやろう。

* * *

……懐かしいな。あの時は幼かったなぁ、私も。

二人で居ればそれで幸せ。

そんな幻想を本気で信じてがむしゃらに愛し合ってたあの頃。

最初は隠していたけど、軽音部の皆も認めてくれて。

愛さえあれば性別も何も関係ない。

澪さえ居れば周りの意見なんてどうでもいい。

そんな浅はかな考えでも生きていけた。

高校も大学も、澪との想い出で一杯だ。

……何でこんな日に、こんな事思い出すんだろうか。

よりにもよって今日、思い出す事も無いじゃないか。


気づけば湯気も立たなくなっていたコーヒーを飲み干し、出発の準備をする。

結論を伝える事以外、何も決まって無いのにもうこんな時間か。

ケータイがまた震えている。可愛い後輩からだ。

____

From 梓

Message

今日なんですよね。

私、まだ分かりません。

どうしてなんですか?

別れる理由なんて無いんでしょう?

____

別れる理由?

未来が見えない事が平気なほど、子供じゃ無くなったんだよ。

……そんな言葉伝えても、分かってはくれないんだろうな。


____

To 梓

Message

別れない理由も無いんだよ。

何より、それがお互いの為なんだ。

____

……澪の為なんて言ったって、言い訳にしか思ってくれないんだろうな。

本当に……澪の為なんだけど。

誰に対してだって、嘘を吐くのは辛いもんだな。

* * *


放課後ティータイムは結果として解散し、

みんな社会人1年生として別々の道を歩み始めた。

あの頃3年生だった四人は一緒に大学を卒業。

唯はいつだったか語っていた幼稚園の先生の夢を目指し叶えた。

ムギは親の跡継ぎの勉強も兼ねて直営会社の運営。

澪は大手企業のOL。

互いに甘えてしまうからと、卒業後の住まいは別にした。

私は中々就職先が決まらず困っていたけど、

ムギのコネも有って何とか楽器店に就職出来た。

梓は音楽系の専門学校を卒業後、

親と一緒に日本や世界を飛び回っているとの事。

時々英語や何語かも分からない外国語を喋らせると、

どうにもアイツらしくなくて面白い。

からかうと頬を膨らませて怒るのは、昔と変わらず可愛いままだ。

解散して別々の道を進んだとはいえ、

疎遠になったりした訳じゃない。

月に一度はバラバラにだけど全員と顔を合わせている。

色々喋ったり相談したり。

唯は子供たちにギー太でお唄の授業をして大人気だとか、

梓に最近事務所契約の話が来て悩んでいるとか、

私達の近況報告とか。

* * *


待ち合わせまでは後1時間、待ち合わせ場所までは歩いて30分。

最後くらい待っててやるか。びっくりさせてやろう。

きっとあいつの事だから「明日は雪かな?」とか言うんだろうな。まだ9月だってのに。

いつだったか買った、澪のサイズのブラウスを羽織って、靴を履いて鍵をとる。

ドアを開けると同時にケータイが鳴った。

____

From 唯

Message

りっちゃん今日ヒマ?

お家でご飯でもいかが?♪

____

……こいつには今日の事伝えてなかったな。

まぁ言っても分かんないだろうし。

そんな事言うと私だってもう子供じゃないんだからね!とか怒りそうだけど。

夜には全部話してやろう。今日は唯の家集合でよろしく。

* * *


「田井中さんってさ、彼氏とか居ないの?」

「ほへ?」

帰る支度をしている私に対する職場の先輩の突然の質問に、つい変な声をあげてしまった。

「いや、そんな話聞かないな~って思って」

薬指の指輪を擦りながら彼女が聞いてくる。

自分に彼氏が出来たばかりなんだから他所なんか見てなくていいだろうに。

「いえ、私は~」

「あ!もしかして、女子高女子大だったから~、彼女が居るとか?」

何も言った覚えは無いのに、ビシっと突かれた。

「え、あ、はい、あの」

話をしようとする私を遮って、お喋り好きの先輩は言葉を続ける。

「な~んてね。そんな訳無いよね?ゴメンネ気持ち悪い事言っちゃって」

「気持ち……悪い?」

ザワリ、と背筋に何かが走る。

「だってそうじゃない?女の子同士でイチャイチャしてるのってさ。なんか気持ち悪くない?」

「え……」

先輩が話を続ける。私を、否定する話を。

「女子高とかって、そういうの多かったの?」

こっちの返事も何も無視して、彼女は続ける。

「分かんないなぁ。女の友達にそんな感情抱くっていうのが分かんない」

「だってさ、同性だよ?何も出来ない、何も産めない、何も認められない。世間からズレてるってのに、そんな事出来る人たちの気が知れないよ。ね?」

私を否定されている。

澪を否定されている。

同意を求められる。

否定が出来ない。

言葉が出ない。

「まぁ、学校には居ましたけどねぇ……」

そんな風にはぐらかしてしまう。

自分でも、何処かで気付いていた事。


「やっぱり?女しか居ないとそんな異常な考えの人間も出るんだねぇ」

異常……。その言葉を突き付けられても尚、何も言い返せない。

黙ってしまった私を見て、彼女が申し訳無さそうに言う。

「あぁ、ゴメンネ?田井中さんを責めてる訳じゃ無いのよ?」

「田井中さんはまともだものね」

まとも……?

「まともって……何でしょう?」

「やっぱり女の幸せって言ったら、好きな男の人と結婚して、子供産んで、彼の帰りを待つ事じゃない?」

「人によっては彼に任せて自分が仕事~なんて人も居るけど、やっぱ私は主婦がいいな」

誰もそんな事聞いてないのに。

「仕事に生きるとか、そういう選択肢も有るけど、それも私は無理だな~」

わざわざ私に見える位置に指輪を持ち上げ

「やっぱ、女は恋に生きるものよ!人生変わった気がするもの」

「そうですか……」

「田井中さんも良い男見つけなよ!可愛いんだから直ぐ出来るって。じゃあね、お疲れ様」

止めを刺して更衣室を出ていった。

残された私は刺された言葉を拭う事も出来ず、ただ呆然とするだけだった。

* * *


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最終更新:2011年05月28日 00:52