唯「えー、皆さん。本日は私と憂の結婚披露宴にお越しいただきありがとうございます!」

広い会場に私の声が響いた

今日は私と憂の晴れ姿をお世話になった人に披露する大切な日だ
会場は都内にあるコトブキロイヤルホテル

唯「えーと……」

まずい、昨日の夜に精一杯考えたウェルカムスピーチの内容を忘れてしまった
緊張でマイクを持つ手が震え沢山の視線がチクチクと突き刺さる

唯「ごめん憂!パス」

会場の沈黙に耐えられなくなった私は隣に座る憂にマイクを手渡した

憂「えっ!?困るよ……えーと」

憂「今まで私達を支えていただいてありがとうごさいます」

憂「どうぞ、これからの料理をお楽しみ下さい」

ふぅ、なんとか憂が綺麗に纏めてくれた

唯「えへへ、ごめんね。ど忘れしちゃった」

憂「ふふ、やっぱりお姉ちゃんには私がついてないとダメだね」

純白のウェディングドレスに身を包んでもいつも通りの笑顔を浮かべる憂に一層の愛しさを覚えた

唯「憂、似合ってるよ」

憂「お姉ちゃんも似合ってるよ」

今日の私は便宜上新郎役を務めている
フロッグコートの裾を汚さないように気をつけなければ

和「それでは、平沢姉妹の披露宴を始めます」

和「司会進行を務めさせていただく真鍋和です。よろしくお願いします」

和「皆さん会場右手側をご覧下さい」

暗幕とカーテンが閉められ会場が暗転し
スクリーンにムービーが映し出された

和「平沢姉妹の生い立ちビデオです」

今まで憂と歩んだ道のりを五分間に収めたビデオだ
本当に懐かしい

私達はいつだって一緒だったんだ

まだ始まったばかりなのに憂は涙を浮かべている
会場が暗くなった今、どうしてもあの頃の記憶が蘇る

唯「えへへー………ねぇ…憂…?」ソワソワ

憂「うん?どうしたのお姉ちゃん?」

唯「えっとねー………えへへ……ウェディングドレスよく似合ってるよっ!!」

憂「ふふふ…ありがとう、でもお姉ちゃんの方が似合ってるよ?」

唯「いやいやいやいやそんな事ないですよはい!!憂の方が絶対かわいいんだから!」

憂「えーそーかなー………クスッ」

唯「んっ?………いきなり笑ってどうしたの…?」

憂「んーやっぱりお姉ちゃんと結ばれて幸せだなってね!……」

唯「そそそそう!?………あはははは………私もその……幸せだよ…?」

憂「あーもう!お姉ちゃん可愛いんだからぁ!!」ガバッ

唯「ひゃっ!ちょちょっと!いきなり抱きつかないでよ………ほっ、ほら、みんな見てるよ!?……」アセアセ

憂「いーの!私だけのお姉ちゃんなんだから…」ギュ

唯「うっ…憂……………」ギュ


────

大学に進学して私は寂しい思いを募らせていた

物思いに耽ることも多くなり良くりっちゃんにつっこまれたものだ

当然電話やメールを欠かさなかった

しかし憂に触れることができない
寮に戻っても憂の姿を見ることができない

そんな事実が私を蝕んで行ったのだ

それからは二人の時間を大切にしようと努力した
今までのように隣にいることが当たり前では無くなったから

手元から離れてしまったから

憂「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

唯「おっと」

憂に揺さぶられ意識を取り戻した
すでにムービーは終了していて会場は明るくなっていた

和「続いてケーキ入刀に移ります」

和「カメラをお持ちの方は高砂までお集まり下さい」

沢山の人が椅子を引いてケーキ台まで集まって来る

黒服を来た会場の責任者からケーキナイフを受け取り握りしめた
そして私の手を憂の手が優しく包み込む


黒服が合図を出したのを確認してウェディングケーキにナイフを押し込んだ

カメラのフラッシュとシャンパンのコルクを抜く音で会場が包まれる
私は沢山の人に祝福されているんだ

眩しくて隣にいるはずの憂が見えない
しかし私の手に添えてある憂の手からは確かに温もりが伝わってくる

唯「憂」

憂「なぁに?」

煩いほどの喧騒の中憂の声ははっきりと私に届いた
ゆっくりと間を置いて今の感想を述べる

唯「幸せだね」

憂「そうだね」

───

唯「ふぅ」

あんなに写真を撮られることは生涯もう無いだろう
ずっと笑顔を保っていたので顔が疲れてしまった

憂「お姉ちゃん、お料理が来るよ」

唯「やったぁ、待ってました!」

黒服「ホタテ貝のマリネと魚介類のジュレ仕立てでございます」

唯「美味しそー!」

聞き慣れない単語の羅列に戸惑った
料理は全て憂に任せてあったから初見である

憂「お姉ちゃん、あんまり食べないようにね」

唯「わかってるよぉ、一口だけね」

オードブルを口に運ぶと高級な味が口の中に広がった
グルメリポーターではないのでうまく伝えられないがとにかく美味しい

唯「もう一口だけー」

しかし私の食事は友人によって中断させられた

紬「唯ちゃん、おめでとう」

顔を上げると馴染みの軽音部メンバーがいた

律「飯食ってる場合じゃないぞー、写真撮ろうぜ!」

唯「まっふぇー」

まだ咀嚼の途中だ
しかしあずにゃんはこちらにカメラを向けている

梓「はーい、取りますよー」

唯「まっふぇっふぇばー」

パシャ

私の努力も虚しく頬を膨らませた酷い顔のまま写真を撮られてしまった
その後も交代で写真をとってゆく

結局、オードブルを食べ終わる前にスープがやってきた

黒服「冷静ポタージュでございます」

ブイヨンスプーンを手に取りスープをいただこうとするも
やはり中断させられてしまう

和「続いて新郎友人代表のスピーチです」

律「唯ー、聞いてるかー?」

唯「聞いてるよー!」

りっちゃんはマイクを手に取り饒舌に喋り始める

りっちゃんには本当に世話になった

私の恥ずかしいエピソードを暴露したことも水に流そう

和「続いて新婦友人のスピーチです」

梓「えーと、新郎の後輩で新婦の友人にあたる中野梓です」

りっちゃんの背の高さに合わせたマイクでは高すぎてあずにゃんの顔が隠れてしまっている
ホテルの人が慌ててマイクの位地を下げた

梓「えっと、唯先輩には高校時代本当にお世話になりまして……」

唯「ふふ、あずにゃん緊張してるね」

憂「そうだね、しょうがないよ」

まぁ、緊張するのもわかる
この広い会場にぎっしり百名ほどの人間が詰まっている
その視線を向けられているのだから

主賓卓に座るさわちゃんに目を向けると意味深な表情を浴びせられた

唯「さわちゃん……いい人が見つかるといいね」

私はボソッと呟いた

梓「──唯先輩、憂、これから幸せな家庭を築いて下さい!」

唯「ありがとー!」

憂「お姉ちゃん、静かにー」

唯「えへへ、ごめんごめん」

あずにゃんが席についた

和「それではお色直しに移ります」

和「新郎はお父様と新婦はお母様と一緒に会場を一時離れます」

お父さんとお母さんが席を立ち高砂に歩いて来る

父「唯、行こうか」

唯「うん」

母「憂」

憂「大丈夫、立てるよ」

燕尾服を着たお父さんはいつもとは違った
お父さんと手を繋ぐなんていつ振りだろうか

沢山の拍手で見送られ会場を後にする
静かなホワイエまで歩ききると不思議な浮遊感から解放され気が抜けてしまった

まるで夢のような時間だった

唯「はぁぁぁ……」

心に溜まった物を吐き出す様に
大きなため息をつく

憂「まだ披露宴はこれからだよ」

唯「二次会もあるんでしょ?今日は寝れないね」

憂「じゃあ私、着替えてくるね」

唯「うん、いってらっしゃい」

ウェディングドレスを擦りながら憂はエレベーターに乗り上階へ消えてしまった

唯「はぁ、可愛いなぁ……」

この感情に気付いたのはいつ頃だっただろうか
中学生の頃から、いやもっと前からかもしれない
それこそ憂が生まれたその日から私は憂に恋していたのかも

今となってはどうでもよいことだ

憂を妻にもらったのだから

しかし、結婚はゴールでは無いスタートだ

あずにゃんも言っていた

『幸せな家庭を築いて下さい』と……

唯「私は憂を幸せにできるのかな……」

父「幸せにするって約束しただろう」

唯「うわっ!まだいたの?」

お父さんとお母さんに独り言を聞かれてしまった

確かにあのときは憂を幸せにすると約束したが
どうしても一抹の不安が脳裏に焼き付いて離れない

今日、披露宴に来てくれた沢山の人は私と憂の結婚を祝ってくれたが
世間は……

社会の反応は……


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最終更新:2011年05月28日 21:48